余白怪談

蒼琉璃

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第九話 カーテン

 これは私が中学一年生の頃、林間学校で三重県に行ったときのことだ。
 以前に話したように、子供の人口が一時的に増え、溢れた人数を受け入れるために小学校が建てられた。
 中学校に上るとその二校の子供たちが合流するため、一学年は八組まで存在していた。
 そのせいか、林間学校では全クラスがホテルに宿泊することができず、二組はみんなが泊まるホテルから離れた場所に泊まることになった。

「遠くない?」
「良いホテルなんじゃない」
「高級旅館だったりして」
「でっかい民宿かな」
「めんどうくさい」

 私たちは、同級生たちが泊まるホテルより遠く離れた場所まで歩かされることに不満を持っていた。
 なんせ急な登り坂が突然現れるので、自分たちが泊まる場所が一体どんなところなのかと言い合い、気を紛らわせるしかなかった。
 もしかすると他のクラスより良い場所かもしれない。そんな淡い期待を抱きながらしばらく歩くと、ようやくその建物が見えてきた。

「え、ここ?」
 
 明らかに、かつては学校だったのだろうと思える建物だ。塗りたての白い校舎、遊具が置かれていただろう痕跡、そして背後には鬱蒼とした森が広がっていた。 
 リノベーションされて宿泊施設になったのだろうが、面影はそのまま廃校だった。
 なんとなく気味の悪さを感じながら、私たちは宿泊施設に入っていく。
 私たちの組は一階を使わせてもらうことになっており、手前から男子が使う大広間、大浴場、大きな食堂、その次の大広間が女子に割り当てられた角部屋になっていた。

「ねぇ、お風呂どうする?」
「ごめん、今日はちょっと……私あれなんだ」

 夕食が終わり、大浴場で男女交代制の入浴時間になった。私はちょうど生理が始まり、みんなと一緒に入浴するのが気が引けたため、留守番をすることにした。
 大広間には自分ひとり。隣の食堂は電気が消されていて真っ暗だ。テレビなどもなかったので、心細さを紛らわせるために本を読むしかなかった。
 カーテンの先には校庭が広がっている。

 ――――シャー、シャ……シャ……シ……ャ

「何の音?」

 静かな部屋のなかで、ゆっくりとカーテンを引くような音がする。振り返ってみても、カーテンは閉まったままだ。

 ――――シャー、シャ……シャ……シ……ャ

 少しずつ、カーテンが引かれるような気味の悪い音に、私は怖くなった。
 外に何者かがいるような気がして仕方がない。 
 それでも、山のなかとはいえ不審者かもしれないので、外を確認するべきだろうと思った。部屋の隅に座っていた私は意を決し、窓の方へ向かうと、思い切ってカーテンを引いた。

「なんだ」
  
 何者かがいるわけでもなく、ただ夕暮れ時の校庭が広がっているだけだった。私は安心してカーテンを閉め、背を向けた。
 冷静に考えれば、外の音ではなく内側の音で、何らかの環境音だったのだろう。
 すると、またカーテンをゆっくり引く音が聞こえる。
 
 ――――シャー、シャ……シャ……シ……ャ

 言葉にするのは難しいが、背中に視線を感じるというか、居心地の悪さを覚えて振り返ると、カーテンに人間の眼球がついていた。
 私が息を殺して固まった瞬間、ノイズ音と共にキンコンカンコンという放送音が鳴り響いた。

「――――男子、入浴準備をするように」

 どうやら女子の入浴が全員終わったらしく、バタバタと同室の女子たちが帰ってくる音がした。
 ちらりとカーテンの方を見ると、もうそこには眼球はなく、奇妙な音もピタリと止まっていた。

「ひとりで寂しかったでしょ?」
「う、うん」

 私は彼女たちに先ほどのことは言わず、他愛もない話をして、さっきの体験を忘れることにした。
 そして寝るときは、できるだけ窓際から離れた場所で布団を敷いた。
 電気を消し、しばらくコソコソと話していた同級生たちが、ひとり、またひとりと寝息を立て始めると、またあのカーテンを引くような音が聞こえてきた。

 ――――シャー、シャ……シャ……シ……ャ

(気にしないでおこう。もう、早く寝よう)

 天井の大きなシミを見ながら心のなかで呟くと、私は知らないふりをして眠りについた。
 翌日、バスに乗った私は昨晩隣で寝ていた同級生に、変な音がしなかったかと尋ねてみた。

「あー、なんか変な音していたよね。カーテンを引くような音。なんだろうね」

 どうやら彼女にもその音が聞こえていたらしく、私は前の席に座っていた担任にそれとなく聞いてみた。

「先生、あの宿泊所ってお化け出るんですか?」
「ああ、出るぞ。あそこは。天井に大きなシミがあっただろう。あれが夜中になると動くんだ」

 生徒を驚かせるための嘘なのかな、と思ったけれど、それにしては先生の顔はまったく笑っていなかった。

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