【R18】高潔なる妖精国の軍人様と花楔の愛玩人形

蒼琉璃

文字の大きさ
14 / 21

淫蕩なる円舞曲③

しおりを挟む
 それから、エレンディルは日々の勤めを終えて、邸に戻ってくると社交界の間までダンスの練習をしてくれた。軍人といえば粗暴そぼうな印象だったが、エレンディルは夜のイメージとは違って、非常に丁寧にかつ気品ある動きでダンスを教えてくれた。
 今まで、労働以外に体を動かすようなスポーツはあまり好きでは無かったが、ドレスを着て軽やかにステップを踏むダンスはまるで夢を見ているようで楽しかった。
 キラキラと輝くシャンデリアの下、エルフの職人によって作られた鮮やかな美しい模様の大理石の上を、オーケストラに合わせて踊れば気持ちが良いだろうと思った。

「随分と様になってきたね。明日の社交界で踊ってもエルフのお嬢様方と引けを劣らないな」

 一通りダンスを終えて、エレンディルとメリッサが動きを止めると、ティリオンが拍手をして間に入ってきた。ダンスに夢中になって彼の存在に気が付かなかった。あの日からエレンディルがずっと傍にいたので、ティリオンと接する時間が無かったが、思わずあの日の事を思い出して羞恥と気まずさを感じた。

「ティリオン様、気が付きませんでした」
「――――いつまで俺達を覗き見てるのかと思っていたぞ、ティリオン」
「二人とも、酷いなぁ。最初はどうなる事かと思っていたけど、メリッサは短期間でダンスが上達しているね。本当に明日が楽しみだ……僕と踊ってくれるかい」

 ティリオンは、踊り終えたメリッサの手を取ると、エルフの淑女に挨拶するように手の甲に口付けた。エレンディルは腕を組むと鼻で笑って、ワインテーブルに置いていた年代物のワインで喉を潤す。
 メリッサはどぎまぎとしつつ、こくりと頷いた。

「お前の人間ヒューマンへの好意を将軍に悟られないようにしろ。それで無くともあいつは、お前がダークエルフの混血だと言う事で良く思っていないからな」
「エレンディル兄さん、嫉妬みたいに聞こえるけど? まぁ、将軍も表立って僕に何か言えるような立場じゃないしね」

 そう言えば、エレンディルは軍人として毎日勤めに出ているが、ティリオンは普段は一体何をしているのだろう。従者を連れて人造馬レプリカントの馬車で王都に向かっているが、彼の職業を聞いたことが無い。
 普段の自由な雰囲気から、失礼ながら先代の財産でブラブラとしている放蕩息子なのかと思っていた。

「ティリオン様は何をされているのですか? エルフの貴族は人間ヒューマンを小作人として働かせて、農業させているのだとばかり思っていたのですが」
「それも間違いではないがな。先代からの遺言で人間ヒューマンの雇用先として確保している。弟は、王都で検察官をしている」

 意外な職業に目を丸くさせた。植物や蝶、そして女性を愛でるのが好きな彼とは思えない程にお固い職業についている。驚きを隠せないメリッサの反応に笑いながら言った。

「傷つくなぁ。とにかく僕が検察官だから、将軍がいくら僕のようなダークエルフの血が混じった奴が、エレンディル兄さんの親族に居ても、何も言えないんだよ。つつかれちゃ困る事でもあるのかもね……?
 それに、僕は女性の扱いに慣れているから、ララノア嬢の我儘にも付き合ってたあげれる数少ない男だから」

 ティリオンがそんなに偉い人だったなんて知らなかった。そして不意にララノアの事を思い出して気が重くなる。明日は、許嫁の彼女ももちろん社交界に来るだろう。あの悪意の無い無邪気な絶世の美女の前に立つと、何故か縮みあがるような気持ちになる。

「メリッサ。明日は俺が開く社交界だ、エルフなど気にせず楽しめ。お前は俺の愛玩人形ドールなのだからな」
「はい、エレンディル様」
「良い子だ……」

 そう言って月光のような柔らかな金の髪に口付けた。
 あの日から、久し振りに聞いた愛玩人形と言う言葉だ。あれから毎晩、エレンディルと交わったが何故かその言葉を口にしなくなった。エレンディルが自分をどのように見ているか分からないが、何度も体を重ねて言葉を交わす度に胸が熱くなる。
 しなやかな指先も、蒼玉サファイヤ色の瞳も、熱い吐息も、濡れた舌も、嗜虐的な調教も、独占出来るあの時間が愛しい。ドロドロに快楽に溶けて理性もこの世界の常識も無くなってしまう密室を思うと、体が無条件に反応してしまいそうだ。
 あんなに恥ずかしい事だと敬遠していた性行為も、交わる度にエレンディルの味を覚え、もっと彼から与えられる快楽と躾が欲しい、高潔なエルフの主人に平伏したいと言う欲求が強くなる。
 それを二人に気付かれないように、太もも擦り合わせた。
 下着を付けないでいる事を義務付けられた愛玩人形は、頬を染め、エレンディルとの情事を思い出してじわりと濡れた花弁を隠した。

✤✤✤

 普段は眠りについているホールも、今夜は客人達をもてなす為に、天井に幾つも吊り下がったシャンデリアは煌々こうこうと輝いていた。磨かれた美しい模様が刻まれたホールに、二階席からは、音楽団のオーケストラが曲を奏でている。
 これはエルフの作曲家のものだろうか。美しいドレスに身に纏う淑女と紳士達が次々とホールへと集まり、執事達がシャンパンを振る舞い始めていた。エレンディルの少し後ろでティリオンと共に客人を出迎えるように頭を下げる。
 長い髪で丸い耳を隠しているが、エルフより身長の低い人間ヒューマンは目立ってしまう。

「あら、人間ヒューマンの奴隷ね。メイドではないようだけど……綺麗な子だわ、随分と高価なドレスを着させているのね。相変わらず貴方は変わっているわ、エレンディル」
「本当だ。その人間ヒューマンは普段見る奴等とは違うな。礼儀がある。こんな人間ヒューマンばかりなら扱いやすくて仕事がしやすい。幾らでも買ってやろう」
「ええ、メリッサは賢く礼儀があります……引き取って教育をしています」

 エレンディルがやんわりと言うと、中年エルフの貴族が関心したように頷いた。人間ヒューマンはエルフより、遥かに劣っているので保護しなければならないと信じている貴族達の反応は、大抵同じようなものだった。メイドではない人間ヒューマンが社交界にいることはずいぶん奇異きいに見えただろう。
 メリッサは慣れたもので、ただ無言で両手を揃えて頭を下げていた。

「エレンディル、お招きありがとうございますの。あら、今日はメリッサもエルフみたいに綺麗な装いをしているのね。似合っていましてよ」
 
 聞き慣れた声がして、メリッサは目を開き顔を上げた。目の前には鳶色の美しい髪を結い上げ、高価な美しいデザインのドレスに宝石を散りばめたネックレスを付けた知的で高貴な絶世の美女が目の前にいた。尖った耳には大きな光り輝く宝石のイヤリングをしている。
 この様子から見てもどれだけ彼女が、父親に溺愛されているかがわかった。
 ララノアはエルフの中でも人目を引くのか、男女問わず貴族達が彼女に魅入っている。隣には父親らしき背が高く厳格げんかくな雰囲気をもつ、口髭を生やしたエルフが娘をエスコートしながら立っていた。この人がクルニア将軍だろうか。エレンディルは事務的に微笑みを浮かべて頭を低くする。

「クルニア将軍、ララノア嬢。今宵は久方ぶりのウォルフォード家の社交界にお越し下さいまして、ありがとうございます」
「ウォルフォード家の社交界はいつ来ても心が踊るな。ティリオン殿もご機嫌麗しゅう。……ふむ、その人間ヒューマンの雌がララノアが言っていた奴か。お前の父上も人間ヒューマン保護などとおかしな事をしていたが、いささか下劣な人間ヒューマンの雌がこの場に相応しいとは思えんな……芸の一つでもできるのか?」
 
 酷く見下すような口調で言葉を投げかけられると、メリッサは肩をすくませて視線を落した。軍人としての威圧感も感じるが、何より絡みつくような舐め回すような気味の悪い視線が、本能的に背筋を寒くさせる。ララノアは、そんな父親を少し叱りつけるようにして言った。

「あら、お父様。失礼だわ……、メリッサはきちんとわたくしに挨拶をしてくれましたの。きちんと躾けられた雌ですわ。毛並みも良くて可愛らしい顔立ちですもの色んな服を着せられるから良いわね。雌を飼えば良かったかしら」
「雌を飼う……? どう言う事なのかな、ララノア嬢。君の後ろに控えているのは人間ヒューマンかい?」

 メリッサが、彼女の背後を見ると自分と同い年くらいの美少年が首輪をつけられており、彼女の手にリードが引かれている。服装は黒の礼服を着せられているが、足は裸足だ。
 久方ぶりにメイド以外の人間ヒューマンと対峙したメリッサは彼と目があったまま口をつぐんだ。見知らぬ同胞を目の前にして彼も複雑な表情で見つめてくる。
 エレンディルにふと視線を向けると、その瞳は氷のように冷え切っていて、ふと静かな声で言った。

「ララノア、その人間ヒューマンは?」

「ふふっ、エレンディルの気持ちが知りたくてわたくし人間ヒューマンの雄を飼ってみましたの。この子はソルと言う名前に致しましたわ……可愛いでしょう、躾けてる最中だけど噛み付いたりしないわ」
「弱ったものだ、その雌を見て人間ヒューマンを飼いたいと娘が言い出した時は頭がおかしくなったのではないかとな。だが私も亡き妻の忘れ形見には弱いものだ。卑しい人間ヒューマンを躾出来るなら、飼っても良いとな。こうして連れてくると言って聞かんのだよ」

 ララノアがグイッと強引に首輪を引っ張ると、無理矢理体を寄せられた少年がよろめく。その様子を見ると怖くて、メリッサは体が震えるのを感じた。

「いずれわたくしになったら、ソルをメリッサとつがいにさせたいと思いますの。そうしたら寂しくないでしょう? 人間ヒューマンを乳飲み子から育てられそうだわ」
「――――申し訳無いが、靴を履かせていない人間ヒューマンをホールに通すわけにはいかない。他の客人も後ろに控えていらっしゃるので、別室に彼を通してから来て頂きましょうか」

 メリッサとティリオンは、彼の笑顔の奥にある怒りを肌身に感じて心臓が痛くなる程、緊張した。
 ララノアは無邪気に振る舞っているが、エレンディルの怒りを感じていないのか、彼に対する警告なのか判断に苦しむが、そのどちらでもあるのかも知れないと言う恐怖を感じ、メリッサは心の中で呟いて時分の手をぎゅっと握りしめた。

(エレンディル様、凄く怒ってる……。絶対に……知らない人とつがいになんてなりたくないわ! それに……あの子大丈夫なのかな)
 
「私の言った通りだろう。私はその人間ヒューマンをここに連れてくるのは反対だったのだ。こいつは私が連れて行くから、お前はエレンディルと行きなさい」
「あら、残念ですわね。しないで下さいませね」

 パッと鎖を離すと、ララノアは嬉しそうな笑顔でエレンディルの腕に抱きつく。ララノアとは対象的に、彼女と一切目を合わさず仮面のように無表情で、一切言葉を発さないままホールへと連れて行く。
 メリッサは、複雑な表情で愛しい主人の背中を目で追いかけた。その場には、ティリオンとクルニア将軍、そしてメリッサが残った。
 既に招待された客人達は立ち話をする彼等を追い越し、ホールに集まっていて、そこに立ち往生しているのは三人だけになっていた。乱暴に鎖を引き寄せながら、将軍はニヤついた表情で言う。

「ティリオン殿、その雌も共に連れて行きましょうか。舞踏会では、色々と足手まといになるでしょう」
「いいえ、お気遣いありがとうございます。このはウォルフォード家の大事な愛玩人形ドールですので、僕がエスコートいたしますよ。では失礼しようか、メリッサ」
「は、はい……ティリオン様」

 ティリオンは笑顔で恭しく将軍の申し出を断ると、メリッサの手を取り共に一礼し、ホールへと向かう。貴族の出会いの場でもある舞踏会で、気を使ってやったのにとその背中を苦々しく思いながら、将軍は呟いた。

「若造が……」
 
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!

ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」 それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。 挙げ句の果てに、 「用が済んだなら早く帰れっ!」 と追い返されてしまいました。 そして夜、屋敷に戻って来た夫は─── ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

処理中です...