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第一章
4.帰り道②
庭園を抜けると、王宮の門前に黒い馬車が待っていた。
騎士団の紋章が入った、質素だが頑丈そうな馬車。
「どうぞ」
ガイウスが先に扉を開け、エリオットに手を差し出した。
大きな手だった。節くれだった長い指がこちらに伸びている。
慣れないエスコートに戸惑いながら、俺はガイウスの手を取った。
手のひらには、剣の柄で擦れたような硬い皮が残っていて、触れた瞬間にざらりとした感触と、温かさが同時に伝わってきた。
これが本物のガイウスの手。
馬車に乗り込むと、手がすっと離れた。
「…ありがとうございます」
ガイウスは、何も言わずに自分も乗り込んできた。
扉が閉まる。
密室にガイウスと二人きりだ。
馬車の中は、思ったより狭く、向かい合わせに座ったせいで、膝が触れそうなくらい近くて落ち着かない。
視線を上げると、ガイウスの顔がある。
夕日が窓から差し込んで、ガイウスの輪郭を照らす。
束ねた髪が、赤みを帯びた金色に輝いていた。
ガタン。
馬車が動き出す。
静かに揺れながら、進んでいく。
ふと気が付くとガイウスは、じっとこちらを見ていた。
え、なんだろう。
なんでそんなじっと見てくるんだ。
監視かな?
それならもう少しさりげなくしてほしい…
視線の重さに耐えられなくて、窓の外を見る。
夕日が街並みを照らしている。
綺麗だなあ…。
「…卿」
突然、声をかけられて、はっとして視線を戻した。
「先ほどの、殿下への言葉。本心ですか」
質問が唐突だ……
本心ですかって?それ本人にド直球で聞いちゃうんだ。
ガイウスって……回りくどいの苦手なんだろうな……。
「…本心です。私は、殿下の選択を妨げるつもりはありません。」
ガイウスの眉が、僅かに動いた。
「何故」
「何故、とは?」
「貴族は権力を求めるもの。殿下との婚約は、あなたにもヴァンクレール家にも有益なはずだ。それをみすみす手放すと?」
え~~?
そこまで本人に直接聞いちゃうんだ?
さすがガイウス、ストレート球しか投げない。
「…私は、愛のない婚姻に興味がありません。殿下に他に想う方がいるなら、その方と結ばれるべきです。」
俺は、はっきりと答えた。
「それが、あなたの本心ですか」
「ええ」
嘘ではない。
原作のアレクシスとフェリクスは、本当に愛し合っていた。
そもそもアレクシス自身にも権力にも興味がないし、二人が望むならそのまま勝手に結ばれてほしい。
そしてなにより処刑を回避したい。巻き込まれたくない。それだけだ。
ガイウスは、しばらく黙っていた。
「…わかりました」
沈黙が、また戻ってきた。
馬車の揺れる音だけが続く。
ガイウスは、いったい何を考えているんだろう。
探るにしても質問が直球すぎないか?
俺がもし本当に何か企んでいたとしても、こんな聞き方なら適当に躱せてしまいそうだ……。
「…あなたは」
ガイウスが再び口を開いた。
「以前と、変わられた」
またそれか。
昨日も同じこと言ってたよね。
「以前のあなたなら、私を見るなり不快そうな顔をしていた」
これ、二回も指摘されるなんて、以前のエリオットはガイウスへの嫌悪感をよっぽど顔に出してたんだな……
まさか根に持たれているのか……?
冷たい汗が、背中を流れる。
「それが今は――」
ガイウスが、ぐっと身を乗り出してきた。
さらに距離が縮まる。
近い。
狭い馬車の中、逃げ場がない。
「私に、質問をする。視線を向ける。会話をする。触れる。」
琥珀色の瞳が、じっとこちらを見つめている。
「何故ですか」
静かな低い声。
その奥には探るような鋭い響きがある。
「不快だなんて…気のせいでしょう。きっと誤解があったのだと思います。」
「そうでしょうか? 倒れる前と今とでは全く別人と接しているようだ。」
ガイウスの声が、さらに低くなった。
「あなたは、何かを隠しておられる」
ぐぬぬ。
ガイウスに、中身が変わったことがバレそう。
ここで引いてはだめだ!
負けじとじっと見つめ返して言う。
「…隠し事など、ございません」
「ただ、あの日倒れてから、少し考え方が変わっただけです。今までの人生を振り返り、自分の行いを反省しました。ほら、人は変わるものでしょう?」
ガイウスはなにも言わず俺を見つめ続けている。目がそらせない。
耐えるんだ……!
一秒
二秒
三秒
時間が、止まったみたいに長く感じる。
「…左様ですか」
そう言って、ガイウスは体を戻した。
距離が開く。
「失礼しました」
はぁ…。
危なかった。
心の中でほっと息をつく。
正直なところ、性格が前と変わったことは、隠しようがないし、今後も『倒れたことをきっかけに反省しました』路線で押し切るしかないな。
『実は転生前の記憶を思い出しまして、
以前とは人格が変わりました!
新エリオットです、よろしく!』
なんて言ったところで信じてもらえるわけがない。
それどころか、ついに気が触れたと思われて、アレクシスあたりに消されそうだ。
馬車は静かに揺れながら進んでゆく。
ふと外に目を向けると、空はオレンジ色から少しずつ紫に変わりはじめていた。
屋敷が近づいてくる。
そろそろ着きそうだと思ったその時――
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