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第ニ章
4.乱心
アレクシスと別れた後、エリオットは庭園をぶらぶら散歩していた。
お茶会はもう終盤に差し掛かる。
情報収集はまずまずの成果だった。来月、王族と重臣が招かれる大事な晩餐会があることがわかった。ただ、何を目的とした会なのかまではわからなかった。
これが原作の毒殺未遂の舞台かどうかはまだわからないが、警戒しておくべきだろう。
引き続き情報を集めなくては。
王宮にも通った方が良さそうだ……。
ふと視線を感じて、さりげなく後ろを確認する。
少し離れた場所に、ガイウスが立っていた。
護衛として、静かにこちらを見守っている。精悍な立ち姿。金色の髪が窓から差し込む光を受けて、きらきらと輝いている。
ああ、今日も推しが美しい。
……ずっと眺めていたい。
その時――
「エリオット様」
若い男の声が、すぐ近くから聞こえた。
顔を向けると、見覚えのある貴族の青年が立っていた。整った顔立ちで、年齢はエリオットと同じくらいだろうか。確か、アレクシス派の若手貴族の一人だ。
名前は…出てこない。
「なんだか最近雰囲気がお変わりになりましたね」
その青年は、笑顔で続けた。
「以前よりずっと、柔らかくお美しくなられて」
エリオットはとりあえず控えめに微笑んだ。
「……ありがとうございます」
「殿下は幸せでしょうね。」
少し羨ましそうに言う。
「こんなに素敵な婚約者がいて」
(いや、殿下は全然幸せじゃないと思うよ。だって好きなのはフェリクスだし。俺のことは政治的なお荷物くらいにしか思ってないだろうし。いつも塩対応だよ。)
もちろんそんなことは口にできない。
「お褒めいただきありがとうございます。」
適当に返す。
しかし、青年は、それをつけ入る余地と受け取ったのか、さらに一歩近づいてきた。
近いな。
「もし殿下と婚約破棄などされることがあれば、私が真っ先に求婚したいくらいです。」
冗談めかした口調だが、目が笑っていない。
(なんだこの人…。面と向かって婚約破棄って失言にもほどがあるだろう……)
「はははは……そんなご冗談を」
エリオットは困ったように笑った。
社交辞令で流すしかない。
「冗談ではありません。エリオット様ほどの美貌と気品をお持ちの方が、独り身になるなんてことがあれば、貴族たちが放っておきませんよ。」
さらにもう一歩距離を詰めてきた。
近い近い近い。
(この人パーソナルスペースって概念ないのかな。現代なら完全にアウトだぞ……)
「あの、少し……」
エリオットが後ずさろうとした、
その瞬間――
「失礼」
低い声が、二人の間に割って入った。
氷のように冷たい、鋭い声。
エリオットは、びくっと肩を跳ねさせた。
ガイウスだ。
いつの間にか、すぐそばまで来ていた。190センチを超える長身が、まるで壁のようにエリオットと貴族の間に立ちはだかっている。
圧が、すごい。
「エリオット卿、殿下がお呼びです」
ガイウスの声が、いつもより低い。
(え? 殿下が? さっき会った時は何も言ってなかったけど……)
(まあいいか、助かった)
「今すぐにと。」
ガイウスの琥珀色の瞳が、じろりと貴族を睨みつけた。一瞬だけだったが、その一瞬に込められた圧が凄まじい。
貴族の顔が、さっと青ざめる。
「あ、これは……騎士団長殿。失礼いたしました。」
貴族は慌てて一礼し、足早に去っていった。
あっという間にいなくなったな。
(……今のは完全にビビってたな。まあガイウスに睨まれたら、そりゃそうなるか)
「あ、ありがとうございます。では殿下のところへ……」
エリオットがそう言いかけたが、ガイウスはもう歩き出していた。
早いな。歩幅が大きい。
エリオットは小走りでついていく。
喧騒が遠ざかる。
二人の足音だけが、響いていた。
……なんだろう、この重い空気。
さっきからガイウスが一言も喋らない。
(なんか怒ってる……?)
「あの、殿下は……」
エリオットが、おずおずと声をかけた。
「どちらに?」
ガイウスの足が、止まった。
ガイウスは、背中をこちらに向けたまま、しばらく動かなかった。
そして――
「……すみません。嘘です。」
「え?」
「殿下は、呼んでいません。」
エリオットの脳が、一瞬フリーズした。
「え、じゃあ、なんで……」
「……」
ガイウスが、ゆっくりと振り向いた。
琥珀色の瞳が、こちらを見ている。
いつもの冷静な目……ではない。
感情が揺れているような、自分でもどうしていいかわからないような。
ガイウスのこんな表情を初めて見た。
「……わかりません」
ガイウスが、小さく言った。
「え?」
(自分で連れ出しておいて理由がわからない?)
ガイウスは、視線を逸らした。
午後の日差しが、金色の髪を照らしている。
逆光の中、彫りの深い横顔が影になっていて、表情が読めない。
「ただ――」
ガイウスが、呟くように続けた。
「あの男はあなたをひどく卑しい目で見ていた」
「それに、あなたに近づきすぎだった」
苛立ちを含んだような珍しい声。
エリオットの心臓が、ドクン、と大きく跳ねた。
それって普通に考えたら…
嫉妬とか…?
いや、まさかね。
ガイウスが嫉妬するような理由ないか。
距離が近すぎて護衛対象の安全が脅かされたとか、そういう判断でしょ、きっと。
「あの……ガイウス様」
「気になさらないでください。あの方のは、ただの社交辞令ですので。」
ガイウスが、こちらを見た。
その目に、一瞬だけ何か感情が見えた気がしたが、読み取れない。
すぐにいつもの無表情に戻ってしまった。
「……失礼しました。お戻りください。」
ガイウスの声が、急によそよそしくなった。
まるで、自分の言動を恥じているような。
「ガイウス様――」
「私は、少し……もう少し離れたところで見守っております。」
ガイウスが、一歩後ずさった。
「失礼いたします」
そう言って、ガイウスは背を向けた。
長い脚で、廊下を去っていく。金色の髪が背中で揺れている。
背中が、どんどん小さくなっていく。
エリオットは、その場に立ち尽くした。
いったいなんだったんだろう。
今日のガイウスは様子がおかしかった。
「……とにかく戻ろう」
お茶会はもう終盤に差し掛かる。
情報収集はまずまずの成果だった。来月、王族と重臣が招かれる大事な晩餐会があることがわかった。ただ、何を目的とした会なのかまではわからなかった。
これが原作の毒殺未遂の舞台かどうかはまだわからないが、警戒しておくべきだろう。
引き続き情報を集めなくては。
王宮にも通った方が良さそうだ……。
ふと視線を感じて、さりげなく後ろを確認する。
少し離れた場所に、ガイウスが立っていた。
護衛として、静かにこちらを見守っている。精悍な立ち姿。金色の髪が窓から差し込む光を受けて、きらきらと輝いている。
ああ、今日も推しが美しい。
……ずっと眺めていたい。
その時――
「エリオット様」
若い男の声が、すぐ近くから聞こえた。
顔を向けると、見覚えのある貴族の青年が立っていた。整った顔立ちで、年齢はエリオットと同じくらいだろうか。確か、アレクシス派の若手貴族の一人だ。
名前は…出てこない。
「なんだか最近雰囲気がお変わりになりましたね」
その青年は、笑顔で続けた。
「以前よりずっと、柔らかくお美しくなられて」
エリオットはとりあえず控えめに微笑んだ。
「……ありがとうございます」
「殿下は幸せでしょうね。」
少し羨ましそうに言う。
「こんなに素敵な婚約者がいて」
(いや、殿下は全然幸せじゃないと思うよ。だって好きなのはフェリクスだし。俺のことは政治的なお荷物くらいにしか思ってないだろうし。いつも塩対応だよ。)
もちろんそんなことは口にできない。
「お褒めいただきありがとうございます。」
適当に返す。
しかし、青年は、それをつけ入る余地と受け取ったのか、さらに一歩近づいてきた。
近いな。
「もし殿下と婚約破棄などされることがあれば、私が真っ先に求婚したいくらいです。」
冗談めかした口調だが、目が笑っていない。
(なんだこの人…。面と向かって婚約破棄って失言にもほどがあるだろう……)
「はははは……そんなご冗談を」
エリオットは困ったように笑った。
社交辞令で流すしかない。
「冗談ではありません。エリオット様ほどの美貌と気品をお持ちの方が、独り身になるなんてことがあれば、貴族たちが放っておきませんよ。」
さらにもう一歩距離を詰めてきた。
近い近い近い。
(この人パーソナルスペースって概念ないのかな。現代なら完全にアウトだぞ……)
「あの、少し……」
エリオットが後ずさろうとした、
その瞬間――
「失礼」
低い声が、二人の間に割って入った。
氷のように冷たい、鋭い声。
エリオットは、びくっと肩を跳ねさせた。
ガイウスだ。
いつの間にか、すぐそばまで来ていた。190センチを超える長身が、まるで壁のようにエリオットと貴族の間に立ちはだかっている。
圧が、すごい。
「エリオット卿、殿下がお呼びです」
ガイウスの声が、いつもより低い。
(え? 殿下が? さっき会った時は何も言ってなかったけど……)
(まあいいか、助かった)
「今すぐにと。」
ガイウスの琥珀色の瞳が、じろりと貴族を睨みつけた。一瞬だけだったが、その一瞬に込められた圧が凄まじい。
貴族の顔が、さっと青ざめる。
「あ、これは……騎士団長殿。失礼いたしました。」
貴族は慌てて一礼し、足早に去っていった。
あっという間にいなくなったな。
(……今のは完全にビビってたな。まあガイウスに睨まれたら、そりゃそうなるか)
「あ、ありがとうございます。では殿下のところへ……」
エリオットがそう言いかけたが、ガイウスはもう歩き出していた。
早いな。歩幅が大きい。
エリオットは小走りでついていく。
喧騒が遠ざかる。
二人の足音だけが、響いていた。
……なんだろう、この重い空気。
さっきからガイウスが一言も喋らない。
(なんか怒ってる……?)
「あの、殿下は……」
エリオットが、おずおずと声をかけた。
「どちらに?」
ガイウスの足が、止まった。
ガイウスは、背中をこちらに向けたまま、しばらく動かなかった。
そして――
「……すみません。嘘です。」
「え?」
「殿下は、呼んでいません。」
エリオットの脳が、一瞬フリーズした。
「え、じゃあ、なんで……」
「……」
ガイウスが、ゆっくりと振り向いた。
琥珀色の瞳が、こちらを見ている。
いつもの冷静な目……ではない。
感情が揺れているような、自分でもどうしていいかわからないような。
ガイウスのこんな表情を初めて見た。
「……わかりません」
ガイウスが、小さく言った。
「え?」
(自分で連れ出しておいて理由がわからない?)
ガイウスは、視線を逸らした。
午後の日差しが、金色の髪を照らしている。
逆光の中、彫りの深い横顔が影になっていて、表情が読めない。
「ただ――」
ガイウスが、呟くように続けた。
「あの男はあなたをひどく卑しい目で見ていた」
「それに、あなたに近づきすぎだった」
苛立ちを含んだような珍しい声。
エリオットの心臓が、ドクン、と大きく跳ねた。
それって普通に考えたら…
嫉妬とか…?
いや、まさかね。
ガイウスが嫉妬するような理由ないか。
距離が近すぎて護衛対象の安全が脅かされたとか、そういう判断でしょ、きっと。
「あの……ガイウス様」
「気になさらないでください。あの方のは、ただの社交辞令ですので。」
ガイウスが、こちらを見た。
その目に、一瞬だけ何か感情が見えた気がしたが、読み取れない。
すぐにいつもの無表情に戻ってしまった。
「……失礼しました。お戻りください。」
ガイウスの声が、急によそよそしくなった。
まるで、自分の言動を恥じているような。
「ガイウス様――」
「私は、少し……もう少し離れたところで見守っております。」
ガイウスが、一歩後ずさった。
「失礼いたします」
そう言って、ガイウスは背を向けた。
長い脚で、廊下を去っていく。金色の髪が背中で揺れている。
背中が、どんどん小さくなっていく。
エリオットは、その場に立ち尽くした。
いったいなんだったんだろう。
今日のガイウスは様子がおかしかった。
「……とにかく戻ろう」
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