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第ニ章
12.一人じゃない①
その日もエリオットは王宮の回廊を歩いていた。
ここ数日、晩餐会の情報収集のため王宮に通い続けている。けれど、集まるのは断片的な情報ばかりで、犯人の手がかりは掴めないままだった。
そんな折、すれ違った二人の貴族の会話が耳に飛び込んできた。
「来週の晩餐会、楽しみですな」
「ええ、エルデンハイム王国との同盟締結を記念する晩餐会ですからなあ。盛大な催しになるでしょうね。」
エリオットの足が止まる。
そう。晩餐会は、もう来週に迫っていた。
毒殺未遂はきっとその場で起きる。と思う。
対応を間違えれば、自分はその罪を着せられて処刑される。
原作を知っているのは自分だけだ。
でも、一人で動くにはもう限界だった。
(誰かに話したい、協力者がほしい)
――その「誰か」の顔が、自然と浮かんだ。
***
王宮の門前に、馬車が一台待っていた。
騎士団の紋章が入った、見覚えのある馬車。その横に、ガイウスが立っている。
「卿」
ガイウスが、いつものように短く声をかけてきた。
「……いつもありがとうございます」
エリオットの声が、少しかすれた。
ガイウスは怪訝そうにわずかに眉を動かしたが、何も聞かず、馬車の扉を開けて手を差し出す。
大きな温かい手。
いつものようにその手を取って乗り込み、ガイウスも続いて馬車に乗る。扉が閉まり、馬車がゆっくりと動き出した。
夕日が窓から差し込み、車内をオレンジ色に染めている。
いつもなら、二人きりの空間に少しドキドキする時間だ。
でも、今日はそれどころではなかった。
エリオットは膝の上で拳を握りしめた。
話すべきか。
「夢を見ました」なんて言って、信じてもらえるのか。
怪しまれるかもしれない。
せっかく積み上げてきた信頼を失うかもしれない。
でも、晩餐会は来週だ。
もう時間がない。
「卿」
ガイウスの声が、沈黙を破った。
エリオットは、はっとして顔を上げた。
琥珀色の瞳が、まっすぐこちらを見ている。そこにははっきりと心配の色が滲んでいた。
「顔色が優れないようですが」
「……」
エリオットは唇を噛んだ。
この人ならーー
「……ガイウス様」
すこし声が震えてしまう
「お話ししたいことが、あります」
ガイウスは何も言わずに頷いた。聞く姿勢を整えるように、背筋を伸ばす。
エリオットは深く息を吸った。
「……私は、先日倒れた時に夢を見ました」
「夢、ですか」
ガイウスの声は平坦だった。否定も肯定もしない。ただ、先を促している。
「はい。……とても鮮明な夢です」
エリオットは膝の上の拳をさらに強く握った。爪が掌に食い込む。
「その夢の中で……晩餐会がありました」
「晩餐会」
「はい。盛大な晩餐会です。王族や重臣が集まるような。」
一呼吸おき、エリオットは続けた。
「その晩餐会で、第二王子殿下が……毒を盛られ、倒れました。」
馬車の中に、沈黙が落ちた。
車輪が石畳を踏む音だけが、規則的に響いている。
その言葉で、ガイウスはようやく腑に落ちた。
晩餐会の話が出るたび、エリオットの表情が強張っていたのはこのせいか。
エリオットは膝の上の自分の手をじっと見つめていた。
沈黙が、永遠のように長く感じられた。
「……料理にですか。飲み物にですか。」
エリオットは、驚いて顔を上げた。
ガイウスが真剣な目でこちらを見ていた。
笑っても、茶化してもいない。
ただ、真剣に聞いている。
「……わかりません。夢では、そこまでは見えませんでした」
「犯人は」
「それも……わかりません」
「殿下は、無事でしたか」
「一命は取りとめていました。でも……」
エリオットは声を絞り出した。
「その後、私は犯人として捕まります。でも、冤罪です。私は毒を盛るなんて、そんなことはしていません」
「ですが、冤罪だと誰にも信じてもらえず、……私はそのまま処刑されました」
ガイウスの眉間に、わずかに皺が寄る。
「……信じてもらえないかもしれません」
エリオットは俯いた。
「夢の話なんて、おかしいと思われても仕方がない。でも、どうしても伝えておきたかったんです。もし、万が一、」
「信じます」
即答だった。迷いが、微塵もなかった。
驚きのあまり、パッと顔を上げると、ガイウスと視線が重なる。
「あなたのことは、ずっとそばで見てきました。嘘をつくような方ではないことを、私は知っています」
「……っ」
喉が詰まり、すぐには言葉が出なかった。
「あ、……ありがとうございます。その……そんなふうに、簡単に信じてもらえると思っていなくて」
「なぜですか」
「だって……夢、の話ですから……」
「私は、あなたの言葉を信じます」
ガイウスは静かに続けた。
「それに、殿下の命に関わることであれば、軽視するわけにはいきません」
ここ数日、晩餐会の情報収集のため王宮に通い続けている。けれど、集まるのは断片的な情報ばかりで、犯人の手がかりは掴めないままだった。
そんな折、すれ違った二人の貴族の会話が耳に飛び込んできた。
「来週の晩餐会、楽しみですな」
「ええ、エルデンハイム王国との同盟締結を記念する晩餐会ですからなあ。盛大な催しになるでしょうね。」
エリオットの足が止まる。
そう。晩餐会は、もう来週に迫っていた。
毒殺未遂はきっとその場で起きる。と思う。
対応を間違えれば、自分はその罪を着せられて処刑される。
原作を知っているのは自分だけだ。
でも、一人で動くにはもう限界だった。
(誰かに話したい、協力者がほしい)
――その「誰か」の顔が、自然と浮かんだ。
***
王宮の門前に、馬車が一台待っていた。
騎士団の紋章が入った、見覚えのある馬車。その横に、ガイウスが立っている。
「卿」
ガイウスが、いつものように短く声をかけてきた。
「……いつもありがとうございます」
エリオットの声が、少しかすれた。
ガイウスは怪訝そうにわずかに眉を動かしたが、何も聞かず、馬車の扉を開けて手を差し出す。
大きな温かい手。
いつものようにその手を取って乗り込み、ガイウスも続いて馬車に乗る。扉が閉まり、馬車がゆっくりと動き出した。
夕日が窓から差し込み、車内をオレンジ色に染めている。
いつもなら、二人きりの空間に少しドキドキする時間だ。
でも、今日はそれどころではなかった。
エリオットは膝の上で拳を握りしめた。
話すべきか。
「夢を見ました」なんて言って、信じてもらえるのか。
怪しまれるかもしれない。
せっかく積み上げてきた信頼を失うかもしれない。
でも、晩餐会は来週だ。
もう時間がない。
「卿」
ガイウスの声が、沈黙を破った。
エリオットは、はっとして顔を上げた。
琥珀色の瞳が、まっすぐこちらを見ている。そこにははっきりと心配の色が滲んでいた。
「顔色が優れないようですが」
「……」
エリオットは唇を噛んだ。
この人ならーー
「……ガイウス様」
すこし声が震えてしまう
「お話ししたいことが、あります」
ガイウスは何も言わずに頷いた。聞く姿勢を整えるように、背筋を伸ばす。
エリオットは深く息を吸った。
「……私は、先日倒れた時に夢を見ました」
「夢、ですか」
ガイウスの声は平坦だった。否定も肯定もしない。ただ、先を促している。
「はい。……とても鮮明な夢です」
エリオットは膝の上の拳をさらに強く握った。爪が掌に食い込む。
「その夢の中で……晩餐会がありました」
「晩餐会」
「はい。盛大な晩餐会です。王族や重臣が集まるような。」
一呼吸おき、エリオットは続けた。
「その晩餐会で、第二王子殿下が……毒を盛られ、倒れました。」
馬車の中に、沈黙が落ちた。
車輪が石畳を踏む音だけが、規則的に響いている。
その言葉で、ガイウスはようやく腑に落ちた。
晩餐会の話が出るたび、エリオットの表情が強張っていたのはこのせいか。
エリオットは膝の上の自分の手をじっと見つめていた。
沈黙が、永遠のように長く感じられた。
「……料理にですか。飲み物にですか。」
エリオットは、驚いて顔を上げた。
ガイウスが真剣な目でこちらを見ていた。
笑っても、茶化してもいない。
ただ、真剣に聞いている。
「……わかりません。夢では、そこまでは見えませんでした」
「犯人は」
「それも……わかりません」
「殿下は、無事でしたか」
「一命は取りとめていました。でも……」
エリオットは声を絞り出した。
「その後、私は犯人として捕まります。でも、冤罪です。私は毒を盛るなんて、そんなことはしていません」
「ですが、冤罪だと誰にも信じてもらえず、……私はそのまま処刑されました」
ガイウスの眉間に、わずかに皺が寄る。
「……信じてもらえないかもしれません」
エリオットは俯いた。
「夢の話なんて、おかしいと思われても仕方がない。でも、どうしても伝えておきたかったんです。もし、万が一、」
「信じます」
即答だった。迷いが、微塵もなかった。
驚きのあまり、パッと顔を上げると、ガイウスと視線が重なる。
「あなたのことは、ずっとそばで見てきました。嘘をつくような方ではないことを、私は知っています」
「……っ」
喉が詰まり、すぐには言葉が出なかった。
「あ、……ありがとうございます。その……そんなふうに、簡単に信じてもらえると思っていなくて」
「なぜですか」
「だって……夢、の話ですから……」
「私は、あなたの言葉を信じます」
ガイウスは静かに続けた。
「それに、殿下の命に関わることであれば、軽視するわけにはいきません」
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