処刑される悪役令息に転生したらなぜか推しの騎士団長がグイグイ近づいてくる

猫に小判

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第ニ章

7.王宮にて③

ガイウスの一言に、エリオットはしばらく何も言えなかった。

『あなた相手なら、これでも足りないくらいです。』

……それ、どういう意味だ。

護衛として、という意味だろう。
たぶん、きっとそうだ。

そう自分に言い聞かせながらも、鼓動がやたらとうるさい。
顔にまで熱が回っている気がして、エリオットは慌てて視線を逸らした。

「そ、そうですか」

なんとかそれだけ返すと、ガイウスは特に追及せず、そのまま歩みを進める。

助かったような、助かっていないような。


***


文書局の扉が見えてきたところで、エリオットは小さく息を吐いた。
とにかく今は目的を思い出すべきだ。


情報収集。晩餐会について調べる。そのために来たのだ。推しの言動に動揺している場合ではない。


エリオットは文書局の重い扉を見上げた。真鍮の取っ手は磨き上げられ、年代物らしい木目の扉には精緻な紋様が彫り込まれている。

いかにも重要文書が集まっていそうな厳めしい雰囲気だ。

その前で、ガイウスが一歩先に立った。


「私から話します」

「え?」


「あなたが直接あれこれ尋ねるより、その方が角が立たない」

もっともだった。

今のエリオットは、以前よりは柔らかく振る舞っているつもりでも、周囲から見ればまだまだ「第二王子の婚約者」であり『気難しく傲慢な令息』だ。下手に動けば、余計な警戒を招く。


「……それは大変助かります」

「素直で結構です」

さらりと返され、エリオットは少しだけむっとした。

なんだその言い方は。
でも反論できないのが悔しい。



文書局の中は、想像していたより静かだった。高い天井まで本棚が並び、
革装丁の本や書類の束が規則正しく収められている。
インクと紙、それから少し埃っぽい匂いが鼻をくすぐった。


奥の机に座っていた年配の文官が顔を上げ、ガイウスとエリオットの姿を認めると慌てて立ち上がる。


「これは、ヴァンクレール卿。騎士団長閣下。本日はどのようなご用件で」

「来月の晩餐会に関する出席者一覧と、式次第を確認したい」


ガイウスの声は落ち着いていた。


エリオットが個人的に探ろうとすると不自然になる内容でも、騎士団長が王宮警備の一環として確認するならたしかに自然だ。

さすがガイウス。やっぱり有能だな。

エリオットが内心で感心していると、年配の文官は一瞬だけ視線を泳がせた。

「し、式次第はまだ整理中でして……出席者一覧も最終版ではなく、現時点の草案であれば」

「それで構いません」

答えたのはガイウスだった。

静かなのに有無を言わせない声音で、文官はすぐに「少々お待ちください」と頭を下げて奥へ引っ込んでいく。


その隙に、エリオットは小声で言った。

「ありがとうございます。とても助かります。」

「礼には及びません」

「でも、私一人だったら絶対もっと警戒されていました。」

「…でしょうね」

また即答だ。

エリオットはじとりと横目で睨む。


「そこで即答しますか?」

「事実ですから」

「ひどい……」

ぼやいた瞬間、すぐ近くで小さく紙の擦れる音がした。


振り向くと、別の若い文官が書類を抱えて立っていた。
二十代半ばほどだろうか。涼しげな顔立ちに細縁の眼鏡をかけ、こちらを見る目がやけにやさしい。


嫌な予感がした。

「こちらでお待ちいただく間、お茶でもご用意いたしましょうか」

柔らかな声だった。
丁寧で、感じもいい。
まったく問題のない申し出だ。

問題があるとすれば、エリオットが今ものすごく既視感を覚えたことくらいだ。


「あ、いえ――」

断ろうとしたその瞬間。


「必要ない」


横から低い声が落ちた。

早い。

若い文官がわずかに目を見開く。
エリオットも内心で同じ顔をした。

ガイウスは一歩前に出ると、ごく自然な動作でエリオットと文官の間に入った。


「気遣いは不要だ。長居をするつもりはない。」

「は、はあ……承知しました」

若い文官はぎこちなく一礼すると、そのまま離れていく。

その背中を見送ってから、エリオットは小声で言った。

「……今の、別に断らなくてもよかったのでは?」

「必要ありませんので」

「でもお茶くらい」

「不要です」

ぴしゃりと重ねられて、エリオットは口を閉じる。

いや、だから。
そこまで即断するほどのことか?
ただのお茶なのに!?


そう思っているのに、ガイウスは平然としていた。
まるで当然の判断をしただけという顔だ。


その時、奥から年配の文官が数枚の書類を持って戻ってきた。

「お待たせいたしました。こちらが現時点の出席予定者、こちらが当日の進行案でございます」

ガイウスが受け取り、ざっと目を通す。エリオットも横から覗き込んだ。

貴族名の羅列。王族の席次。各大臣の列席予定。外交使節。晩餐の開始時刻。途中の歓談時間――

そして、ある一行で視線が止まる。


第二王子アレクシス殿下、主賓席。
婚約者エリオット・ヴァンクレール、同席予定。


喉の奥がひやりとした。

原作でも、毒殺未遂の場面ではエリオットはアレクシスのすぐ近くにいたはずだ。
やはりこの晩餐会が、その舞台なのかもしれない。


「……顔色が悪い」

不意に、すぐ横で低い声がした。

はっとして視線を上げると、ガイウスがこちらを見ていた。
琥珀色の瞳がまっすぐに様子を探ってくる。

しまった。
書類に気を取られすぎた。

「だ、大丈夫です」

「そうは見えません」

エリオットは慌てて視線を逸らした。


「ちょっと、思ったより本格的でしたので」

嘘ではない。
ただ、本当に言いたいこととは少し違う。


ガイウスは何か言いかけたが、その前に年配の文官が気を利かせたように提案した。

「必要であれば、この写しを後ほど閣下の執務室へお届けいたしますが」

「頼もう」

ガイウスは簡潔に答え、書類を返した。


エリオットがもう一度一覧へ目をやる余裕はなかったが、さっきの一行が頭から離れない。

主賓席。
同席予定。


逃げられない位置だ。



文書局を出ると、廊下の空気は少しひんやりしていた。
さっきより日が傾いて、窓から差し込む光も長く伸びている。

数歩進んだところで、ガイウスが足を止めた。



「先ほどの書類で、何を見ましたか」

心臓が跳ねる。

「え?」

「あなたは、晩餐会の話になると反応が露骨です」

う。

そんなに顔に出ていたのか。

「べ、別に……」

「ごまかさないでください」

静かな声なのに、有無を言わさない圧がある。

エリオットは少しだけ唇を噛んだ。

本当のことを言うわけにはいかない。
転生したことも原作小説の内容も、そう簡単に話せることではない。

けれどここで無理に隠しても、ガイウスはたぶん引かない。

逡巡の末、エリオットは小さく息を吐いた。


「……席の配置を見て、少し思っただけです」

「何をです」

「もし何か起きるなら、逃げ場がないなって」


ガイウスの目がわずかに細くなる。

「何か、とは」

「それは」

言葉に詰まる。

黙り込んだエリオットを、ガイウスはしばらく見つめていた。

やがて、低く言う。

「今はそれで構いません」

「……え?」

「話せるところまででいい」

思わず顔を上げると、ガイウスはすでに歩き出していた。

追いつきながら、エリオットはおそるおそる横顔を見上げる。


「聞かないのですか?」

「なぜです。聞いて欲しくないのでしょう?」


「それはそうですが……」

「隠したいことの一つや二つ、誰にでもあるでしょう」


その言い方が少しだけやわらかくて、エリオットは目を瞬いた。

……ずるいな。

そういうふうに言われると、全部話してしまいたくなる。


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