余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ

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1巻

1-2


「このカード、一ヵ月以上依頼を受けないとIランクは失効しちゃうから気を付けて。ランクが上がれば失効猶予期間も伸びるから、最初は小まめに依頼を受けてね」

 紛失すると千ゴルドの手数料を払って再交付してもらうらしい。今のシンには地味に痛いので、気を付けて保管する必要がある。
 さっそくギルドの二階に行くと、書架しょかに『剣術基礎』『弓術基礎』『槍術基礎』『武術基礎』『回避術基礎』『防御術基礎』といった、体術や武術系の基礎教本がずらりと並んでいた。
 ここは紙とインクの臭いより、冒険者ギルドという場所柄ばしょがらのせいか生活臭が強い。
 元々本は好きだったが、社畜時代は本もおちおち読めないほどにゆっくりする時間がなかった。
 シンはその中から一冊、まさにRPGっぽい『剣術基礎』の教本を手に取ってみる。
 開いた瞬間、読むというよりその知識が脳内に飛び込んできたような感覚がして、一瞬くらりとしかけたが、なんとか踏みとどまった。
 何故か汗が止まらない。しかも、本を開いただけなのに、既に読み終わって内容を理解しているという感覚がある。

(ステータスオープン――とか考えたら、目の前に表示が出てくるとか?)

 だが、しーんと静まり返って特に反応はない。さすがにそこまでゲームっぽい世界ではないらしい。代わりにスマホがぴろんと鳴った。
 通知画面には『ギフトスキル成長力により、スキル剣術を取得しました』と出ている。

(スキルってこんなに簡単に入手できるものなのか?)

 シンは拍子抜ひょうしぬけして思わず苦笑する。ちょっと楽できればいいなと思って貰った『成長力』が、割とチートなスキルだったようだ。
 その後、本棚にあった全ての本を読んだ結果、スキルをたんまりと得ることができた。ついでに魔法も習得した――らしい。しかし、魔法に馴染みのないシンには、その実感がわかなかった。
 スキル関連の本を読むと、知識が脳味噌のうみそに強引に焼き付けられるような感覚だ。慣れればするする入ってくるが、最初の数冊はしばらく酩酊感めいていかんがあった。これはあくまで成長力のスキルの特典かもしれないので、他の異世界人もこんな感じなのかどうかはわからない。
 ギルドの書架には、スキルを得られるもの以外にも、簡易な地図や、ポピュラーな薬草や木の実や魔物などを記した図鑑もあった。よくわからない取得物はこれで照合するようだ。
 少しすると、スキル取得連弾による知識酔いも落ち着いてきて、シンは一息ついた。
 木枠のついたガラス窓越しに、空が見える。
 部屋を出たシンは、再びギルドの受付のある一階に下り、コルクボードに貼られていた依頼カードを一枚取る。
 そして、初心者向けとおぼしきIランクの薬草の採取依頼を受けることにした。

「城壁を出たすぐそばの草原にあるからね」

 シンが子供の姿だからか、受付の女性は少し心配そうに助言した。この世界の基準だと、この姿はかなり小柄こがらで幼く見えるらしい。
 人通りの多い大通りを抜けて目的地を目指す途中、シンは念のため露店で装備品を購入した。
 真新しくもないが破れてもいない丈夫そうな袋をいくつかと、両手が空いて作業できるようにリュックと手袋、護身用にナイフと弓。それからこの世界に馴染むために、外套がいとうや着替えの服もそろえた。
 戦闘技術関連のスキルをいくつか取得していたようだが、まだ試していないので正直弓は使えるかどうかわからない。とはいえ、最悪ナイフに関しては、振り回せば何とかなる。
 王都だけあって、町は城壁に囲まれており、見張りも立っている。しかし肝心の衛兵があくびをしているあたり、暇なのだろう。
 特にとがめられもせずに王都の外に出たシンは、言われた通り王都の城壁からあまり離れていない草原で採取作業を開始した。

「……これであっているのかな?」

 スマホで出てきた画像と目の前の薬草を照合する。
 依頼の書かれた紙にもイラストの記載はあったが、そこまで精密な絵ではない。
 採取依頼の対象になっている薬草は、主にハーブ類だった。ミントやローズマリー。あとドクダミなど。
 何故異世界にも地球と同じ植物があるのか不思議に思ったが、シンはもうその辺に突っ込むのはやめた。前の世界と同じ分、わかりやすくて楽できたと納得した方が良い。異世界は何もかもが異なっているはずだ、などという変な先入観を持ち込むのはかえって危ない。
 とりあえず、目的の薬草で間違いなさそうなので、ありったけ袋に詰めた。数量が多いほど報酬ほうしゅうが増える依頼だ。念のため異空間バッグにも入れておく。このバッグの内部は特殊な空間らしく、採取してから日が経っても劣化はしないらしいので、無駄にはならないだろう。
 こうして、シンはギルドの依頼という名の農作業を続けた。
 地味だが、割とこういう単調作業は嫌いではなかった。

(さて……薬草採取はこの辺でいいだろう。せっかく町の外に出たんだから、弓がどれだけ使えるか試してみたいな)

 シンが買ったのはウッドボウ。その名の通り木製の弓だ。金属製よりも軽いし、コンパクトで子供のシンでも持ちやすい。当然、矢も一番安いものだ。
 試しにつがえて近くの木に向かって放つと、矢は狙い通りに飛んだ。ドッと、思いのほか重い音を立てて幹に刺さる。

「おお……」

 感動のあまり声が漏れる。
 独特のバネやしなりがあり、矢は思いのほかよく飛ぶ。シンはそのまま数回同じように放った。
 矢筒が空になったので矢を取りに行き、次はもっと遠くの木を狙って試射する。
 少し中心からずれたが、しっかり木の幹に刺さった。
 何度か繰り返すと、中心に当たるようになった。素人しろうとにしてはかなりすじが良い。スキルの恩恵だろう。
 また矢筒が空になり、取りに行ってはもっと遠くの木を狙い……と、繰り返すうちに、いつの間にか城壁からかなり離れていた。
 シンは慌てて街の方へ戻っていく。夢中になりすぎていたらしく、気づけばスマホがピロピロと鳴っていた。またスキルラッシュが起きているようだが、これは無視した。大体は弓矢関連のスキルだろう。
 ふと、空を見上げると、かもに似た鳥が飛んでいた。
 まだ動いている的は狙ったことがない。興味本位で矢を放ってみると……鴨が落ちた。当たったようだ。

「……どうしよう。血抜きとか羽をむしって持っていった方がいいんだろうか」

 異空間バッグにしまって、困った時のスマホさんに頼る。
 食べると美味うまいらしい。ありがたいことに、血抜きや処理の仕方も記載されていた。鳥の首を切り、逆さにして吊るす。首を落とすやり方もあるが、頸動脈けいどうみゃくが切れていればいいようだ。
 手頃なナイフはあるし、その辺にロープの代わりになる蔓植物つるしょくぶつもあるので、シンはスマホを参考に下処理を終わらせて、鴨を持ち帰った。
 暗くなる前に町に戻り、依頼達成報告のために冒険者ギルドへ向かう。
 カウンターには朝と同じ金髪の若い女性職員がいた。さすがに手慣れているのか、確認作業はサクサクと進む。

「はい、確かに。お疲れ様でした。実績を重ねればランクも上がるわ。頑張がんばってね」
「ありがとうございます」
「シンくん、礼儀正しいよね。そういうの、大事よ。たまに貴族絡みの依頼があるけど、礼儀作法ができないと受けることができないから。相手の機嫌を損ねたら、途中でも依頼破棄されちゃうのよ」

 シンはこくりと頷いてはみたものの、少なくともこの国の貴族には関わりたくなかった。
 薬草採取は数量に応じて支払われる。袋いっぱいの薬草で貰えたのは三千ゴルド。
 通りがかりにチェックした宿屋の値段は、素泊すどまりで一泊二千ゴルド、食事は一食五百ゴルドだった。これでは、夕食と朝食を付けると、ちょうど三千ゴルドで使い切ってしまう。
 まとまったお金を稼ぐのはなかなか大変らしい。
 よく見れば、ギルドには十歳(推定)になったシンと大して歳の変わらない少年もちらほらいた。子供でも労働するのは珍しくないのだろう。

「わかりました。ところでオススメの宿屋とかありますか?」
「うーん、安さなら『黒猫亭くろねこてい』や『カモノハシ亭』だけど、食事が美味おいしいのは『忘れずの思い出亭』だね」

 カモノハシもツッコミどころ満載だが、最後のやたらロマンティックな命名は、荒くれ者やゴリマッチョも多い冒険者が泊まる宿屋としてどうなんだ。思わず心中で突っ込むシンだったが、美味しい食事は魅力的だ。

「その忘れずの思い出亭はどこですか?」
「宿屋街があるから、そこで女の人の横顔の看板を探せばわかりやすいよ」

 冒険者ギルドを出たシンは、しばらく周囲を歩き回って情報収集した。
 まず、ここはテイラン王国の王都テイランだとわかった。
 テイラン王国は周辺諸国の中でもそれなりに大きな国で、栄えている。
 特に軍事と魔法に力を入れている国で、王家伝来の召喚魔法で求心力を得ているらしい。戦争のたびに勇者を召喚して、そのチート力で国土を広げている。十五年前にも隣国との戦争に勝って、領土奪取に成功したそうだ。

(……つまり、召喚に頼らないと大したことはないってわけか)

 しかし今回の召喚は一応成功している。
 勇者は死んだとはいえ、シンのようにいくつかスキルを貰った異世界人がたくさんいるかもしれないのだ。
 あの時バスに何人乗っていたかなんて、ブラック勤務で頭が死んでいたので覚えていない。シンが召喚された場所には、少なくとも五人くらいいたが、それで全部とは限らない。あの時より前に召喚した異世界人が何人いるかも不明だ。シンと同じく社畜臭のする駄女神に聞けばわかるかもしれないが、余計なことに首を突っ込みそうなので、やめた。
 シンはスローライフを希望しているのだ。下手に目立って権謀術数けんぼうじゅっすうが渦巻く国家権力に捕まりたくはないし、戦争兵器にされたくもない。
 しばらく気ままな根無し草を続け、田舎いなかでゆったりと暮らしたい。

(うん、悪くない)

 平穏、安定が一番。一人で納得するシンである。
 ちなみに、とった鴨は、その日の宿屋の夕食で、ソテーにしてもらって美味しくいただいた。


 ◆


 その後、シンはしばらく王都テイランで冒険者として生活を続けた。最近では、採取の他に一角兎いっかくうさぎやウリボアといった比較的動物に近い小さな魔物を討伐する依頼を受けるようになっている。
 毎日コツコツとお金を貯め続け、ちょっと良い弓矢に新調し、冒険用の外套を購入した。
 Hランクに昇格したが、あまりにスピード出世をすると目を付けられるだろうと考えて、ひたすら地道な仕事をこなす日々だ。
 その懸念けねんは当たっており、シンと同時期に登録したエンドーという冒険者があっという間にCランクまで駆け上がり、この界隈かいわいうわさになっていた。
 冒険者の集まるギルドや、酒場や宿屋では彼の話を聞かない日はない程の有名人。
 期待の新星と言えば聞こえは良いが、明らかに悪目立ちしていて、やっかみを受けている。具体的に言えば、ランクが長らく停滞ていたいしている冒険者からの嫉妬しっとによる妨害を受けたり、冒険者ギルドに来るたびに荒くれ者に絡まれたりしている。今のところ大きな被害は出ていないとはいえ、悪質だ。名前からして間違いなく日本人だろうが、シンはエンドーとは一切接触しなかった。
 子供という外見は便利だった。あなどられるが、目こぼしもされる。不自然にならぬように情報を集めながら、シンはこの国からの逃亡を画策した。
 冒険者ギルドは国家とは独自のルートを持っているから、他の国でも利用できる。
 ――この国ではダメだ。目立つなら、他の国に行ってからの方が良い。一生目立たなくていいけれど、この国だけはダメだ。
 心中でそう唱えながら、シンは逃亡資金を貯め続けたのだった。


 ◆


 シンとして生きること約一年。
 無事にテイラン王国からの逃亡を果たした彼は、ティンパイン王国という地に流れ着いた。そこではテイラン王国からの流民は珍しくないらしく、特に怪しまれずにタニキという山村にきょを構えることになった。
 サーベルバーニィという文字通りサーベルのような牙を持った兎の魔物を退治していたところ、弓の腕を見込まれて猟師りょうしとして受け入れられたのだ。
 静かでのどかな田舎村の領主は準男爵じゅんだんしゃくであるが、名ばかりの貴族といった感じで、自ら狩りや開墾かいこん、畑仕事に出ていることも珍しくない。彼は特に腕が立つわけでもなく、罠もあまり得意ではないみたいで、よく空手からてで帰ってくるそうだ。
 逆にシンは弓による狩りも罠も得意だ。スマホの情報は狩りや採取で大いに役に立つ。スマホ様万歳である。だが、スマホの表示はシン以外には見えていないようなので、扱いに注意が必要だった。どうやら、他の者には画面は真っ暗に見えていて、通知音も聞こえないらしい。
 とりあえず、周りには――

「……これは、故郷の思い出の品なんです。故郷も家族ももうないので、いわば形見みたいなものです」

 ――と説明している。
 嘘ではない。このスマホは確かに故郷のものだ。
 少しばかり珍妙ちんみょうなものを持っていても、それをしょっちゅうながめていても、その説明を聞けば、優しい田舎村の人たちは何も言わなくなった。
 小さな冒険者ギルドのおっちゃんたちなど、男泣きして食事までおごってくれた。
 そんなスマホには、幼女女神フォルミアルカからべそべその泣き言メッセージが定期的に届く。

『テイラン王国がまた召喚をしようとしているんですー!』
『甘やかしはその国の為にならないから無視しろ。よそはそれに頼らんでも回っている』
『あぅ……それもそうですね』

 最初の半年はそんなやり取りが一番多かった。
 威厳いげんもクソもないフォルミアルカからのメッセージ。
 フォルミアルカは女神なのに腰が低すぎるし、要望を通り越した我儘わがままを聞き入れすぎる。これでは第二のテイラン王国ができるのも時間の問題だ。あまりにだらしないのでシンの返しもどんどん辛辣しんらつになっていくが、女神はあっさり受け入れている。

(いいのか、女神)

 内心ではツッコミを入れざるを得なかったが、シンにとってはありがたい情報源でもあるので黙っていた。
 予想通りと言うべきか、テイラン王国はりずに召喚魔法に頼っているらしい。
 目当ての勇者をまだあきらめていないのだろう。
 他にも――

『魔物のスタンピードが起きちゃいましたああああ!』
『体張って頑張っている奴に、期間限定でギフトでも贈ってやれ。人望がありそうならそのままくれてやれ』
『その手がありましたか!』
(この駄女神、マジで大丈夫なんだろうか。この世界はヤバすぎやしないか)

 あっさり納得する幼女女神に不安がつのる。
 ギフトだのスキルだのはこの世界では非常に貴重なので重要視される。
 シンの場合は、本を読んだり、スマホで学んだり実地で作業や工作をしたりすることによって、ぽこぽこスキルを得ているが、普通はそうじゃないようだ。
 とりあえず、テイランがどうなろうと、ひなびた田舎の村人には関係ないことだ。

(昨日は鹿をとったから、今日は釣りで魚でもとりに行こう。そろそろ領主のところに適当な獲物を差し入れして、ご機嫌取りをした方がいいかもな)

 先々週、ドードーニタドリを差し入れて以来、ご無沙汰ぶさただった。
 よそ者が上手くやるには、こういった根回しが必要だ。あまり裕福ではない準男爵家の食卓は、硬い黒パンと薄い塩味の野菜スープが定番らしい。このあたりは世界がファンタジーでも、リアルな懐事情ふところじじょうだ。
 釣りを終えたシンが準男爵家を訪ねると、そだざかりの坊ちゃんが「シンにーちゃん、今日は肉ある!?」と、くもりなきまなこで聞いてきた。ないと答えた時の絶望の表情があまりにすごかったので、シンは思わず苦笑する。憐れに思ってこっそり鹿の干し肉を渡すと、五歳児は一瞬にして猛獣もうじゅうの面になって、鹿ジャーキーにかじりついた。

(明日は山菜と野兎でも差し入れるか)

 このようなシンの気遣いは領主一家にかなり歓迎され、彼はタニキ村の人々からも少しずつ受け入れられていくのだった。


 ◆


 ある日、領主の家の敷地に見慣れない馬車が入っていった。
 たまに通る荷馬車ではなく、王都や賑やかな町で見る、貴族様たちが乗るような立派な馬車だ。馬車をくのも駄馬ではなく、見目も立派な鹿毛で、御者ぎょしゃはかっちりとした制服らしき衣装を着ていた。また、馬車の左右と後方には、立派な金属製の鎧を着た騎士が騎乗して護衛ごえいについている。この辺りの冒険者は、懐事情や機能性を重視して、丈夫な布か革製の鎧を使うことが多いので、余計に目立つ。
 パカパカカツカツと、蹄鉄ていてつをつけられた馬のリズミカルな足音が響く。
 シンはそれを木の上から聞きながら馬車の中に目をらしていた。
 田舎には似つかわしくない一行だ。
 日々の狩猟しゅりょう生活せいかつきたえているだけあって、シンの目は良い。また、若返りにともなって、社畜生活ですっかり悪くなった視力が元に戻ったのもありがたかった。
 大人の時より体力や筋力は減ったが、回復は早いし、物知らずでも世間の目は甘い。
 一瞬、若返ったのは女神のサービスだったのだろうかとも思ったが、何度考えても、あの女神のことだからどこかでドジったんだろうという結論に至った。
 ――今頃どこかの異空間で幼女女神がくしゃみをしているかもしれない。
 馬車に乗っていたのは多分若い男だ。うつむいていて、シンがいる木の上からではよく顔は見えない。
 やたら大層な護衛がついていて、目立っている。こんな辺境にやんごとなき(多分)人が来るなんて、きな臭くて仕方ない。
 せっかく平穏な生活を手に入れたというのに……と嘆息たんそくしながら、シンは木から降りてその場を後にした。
 シンが向かった先は、村の近くにある洞窟どうくつだった。入り口からはもうもうとけむりが渦巻いている。彼はそれを風魔法で散らして、口に毒消し草を含んで中に入る。
 そこにはぴくぴくと毒に痙攣けいれんし、口から泡を噴く多数のゴブリンが転がっていた。
 最近、この近隣で家畜が奪われると被害があって、その討伐依頼を受けたのだ。思っていたより数は多いが、ここにいるのは普通のゴブリンだけだ。ゴブリンリーダーやゴブリンナイト、ゴブリンメイジという進化系亜種は見られない。そういった知能や統率能力の高いゴブリンが出ると、一気に厄介やっかいになる。
 しかし、普通のゴブリンの群れであっても、一度人間の家畜や人間に手を出した連中は、何度もそれを繰り返すから、早めに退治しなくてはならない。そのうち、人間をさらったり襲ったりするようになるのだ。真っ先に狙われるのは女や子供といった弱者だ。
 事前に数日観察したが、このゴブリンたちは日中より夜中に活動する。その分発見が遅れ、これだけの群れになっていた。二十匹はいるだろう。
 シンは討伐の証拠部位として耳を切り取り、念のため死体ごと土魔法で洞窟を埋めた。これで、万が一まだ生きている者がいても這い出ることはできないはずだ。
 村のギルドに戻って報告すると、思った以上のゴブリンの数だったらしく、職員から悲鳴じみた声が上がった。

「シン、今回は一人で討伐できたようだが、次は応援を要請しなさい。無傷で戻ってこられたのが奇跡だ」

 職員のおっちゃんがあきれた様子でシンをたしなめた。

「気を付けます」

 だが、必ずそうするとは言わなかった。自分の分け前が減るし、ちゃんと対策はっている。
 ヤバいと思ったら一切手を出さずに戦略的撤退をするし、応援を求めるかは罠で全て仕留められるか熟考してからだ。

「しかし、どうやって倒したんだ? この数を」
「ネムリタケと、シビレタケと、ドクベニタケをいぶしました」

 毒キノコ三段仕立てだ。風魔法で容赦ようしゃなく洞窟内部奥深くへ送り込んでやった。
 幸い、タニキは山村なのでこの手のキノコはたくさんある。それに、誰も食べないので残っているのだ。シンはそれを有効利用しただけだ。普段の狩りでもこうした毒を使うことがある。

「ははぁ、そんな手を……よくまあ上手くやったな」

 逆に、何故思いつかないのかと、心中でツッコミを入れるシン。ゴブリンは食用にしないのだから、どう殺してもいいはずだ。のんびりな田舎なので、あまりガツガツしていないからだろう。
 シンはブラック戦死――もとい、戦士だったので、効率を求められる時間とのデッドレースがしょっちゅうあった。

「やり方は後で他の人にも教えましょうか?」
「本当か! それなら退治も楽になるな! 助かるよ!」
「じゃあ今度、やり方のマニュアルを作るので」
「あー……文字を読めるのはそんなにいないからなぁ、この村じゃ。ギルド職員や冒険者なら単語を少しくらい読めるんだが」
「では、やり方を知りたい人にはギルドで説明してもらえますか? あ、くれぐれも討伐用だけで、食用にするものには絶対に毒を使わないでくださいね」

 シンは紙にサラサラと要点を書いて残しておく。
 といっても、シンもまだこの世界の文字に慣れていないので、複雑な文章は無理だ。箇条書きに近い文章に簡単なイラストを付けて補足する。
 使ったキノコの種類と、大体の重さ。どれくらい燻すか。毒消し草は多めに用意が必要だし、風魔法が使えないと逆に燻した毒で自分がやられかねないといった、注意点も書いておく。
 少し考えれば、誰だってできることだ。
 ただ、この辺ではシン以外に魔法を使う人は見かけなかった。魔法を使えるのは、貴族や魔法使いの家系などに限定されているのかもしれない。
 ゴブリン討伐は一匹千ゴルド。二十匹で二万ゴルドになった。
 最初は数匹だと聞いたのに、実際はかなり違った。基本的にボッチなシンは、大勢に囲まれたら危険だ。今回の件に懲りて、今度から討伐依頼は受けるのはやめようと、密かにちかうのだった。

「そういや、シン。領主様の家にすごい馬車が来たのは知っているか?」
「ゴブリン退治で森にもっていたので、詳しくは……」
「あれかね、ついにうちの領主様も出世したんかね? ショーシャクってやつかい?」

 しゃべりたくてたまらないのか、ギルド職員のおっちゃんがずいっと顔を出し、受付のおばちゃんもにゅっと顔を近づけてきた。

「いやー、わたしゃあれは厄介事と見たね! なんかやらかした貴族様が逃げてきたんじゃない?」

 タニキ村はど田舎なので、ちょっと珍しいことがあるとあっという間に噂になる。
 シンが来た当初も、少し人だかりができたくらいだ。だが、ただの冒険者の子供とわかると散り散りになった。ここの住民だった猟師が、若いのに弓の腕が良い子供がいると事前に触れ回っていたのも一因だろう。
 謎の馬車はしばらく村を騒がせていたものの、数ヵ月もするとその噂はすっかり消えていった。
 人の噂も七十五日というやつである。


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