余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ

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28 / 222
2巻

2-3

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 店を出て宿屋に戻ると、〝ティルレイン・人生がダルメシアン模様・馬鹿王子〟からお手紙が来ていた。
 追伸に今度遊びに行きたいなどと書いてあるが、シンは無言でそのふざけた泣き言を却下する。
 手紙を持ってきた配達人の女性から便箋びんせんを貰い、そこに黙々と線を引いていく。
 できたのは、全部で三十の枠があるスタンプカード。
 シンは一つ一つ文字を確認しながら、それぞれの枠にあの馬鹿王子が何をやるべきか、順を追って丁寧に記していった。
 自分の言動に問題のあったことを書き出し、何が悪かったかルクスに確認してもらう。チェスターに反省文を採点してもらう。元婚約者のヴィクトリアに謝罪し、そして許しを得る。家庭教師に勉学で褒められる。ちゃんと医者や解呪してくれる人たちの言うことを聞く、などなど。
 シンの思いつく範囲で、可能な限り書き連ねた。
 洗脳されていたとはいえ、ティルレインはヴィクトリアに酷いことをしたのだ。人としてすじは通してほしい。
 そして、課題を達成したらその相手からスタンプを貰うようにはっきり記しておく。ズルをしたら問答無用でタニキ村に帰るし、場合によっては出国するというおどし付きだった。

「これをよろしくお願いします」

 シンがぺこりと頭を下げて手紙を渡すと、何故か配達人は目頭を押さえてそっとあめちゃんを差し出した。
 翌日、王城ではべっそべそに泣いたティルレインが、チェスター・フォン・ドーベルマン宰相に罵倒ばとうされながら「やり直し!!」と反省文を突き返されていたそうだ。
 その手にはくしゃくしゃに握りしめられている例のスタンプカードがあったとか。以来、ティルレインの我儘わがままが目に見えて減ったという。


 ◆


 手紙を書いた数日後、また配達人が来た。
 そして、先日のスタンプカードによって起こった顛末てんまつを実に楽しそうに語る。
 うふふ~、と柔らかく微笑む女性は、ティルレインの婚約破棄に対して腹に一物あるようだ。
 話を聞いたシンが、ちょっと言いすぎたかなと思っていると、彼女は「もっとさげすんでいいのに」と言わんばかりの反応をする。
 なんで周囲はこんなに第三王子であるティルレインに辛辣しんらつなのか。
 そんな扱いをされて、王族としてどうなんだと、ティルレインの資質をただしたかったが……そもそも彼には最初から落ちるほどのモノがない。
 アレは既に立派なやらかし王子である。
 美点が外見と、愚直ぐちょくかみ一重ひとえ素直すなおさの二つに極振りのお花畑王子なのだ。
 しかも黙っていれば美形だが、大抵くちゃっと表情が歪む。主に泣き顔で。
 そもそもシンのティルレインに対する暴言や狼藉ろうぜきは教育のためであり、王家公認だ。
 面倒や権力から遠ざかりたいのに、ままならぬものだ。シンは色々としょっぱいものを呑み込んだ。
 そんな彼の複雑な心境を知ってか知らでか、配達人は何かを取り出す。

「そうそう、シン君に王妃様からプレゼントがありまして」
「え!?」

 何故いきなりティンパイン王国のファーストレディから贈り物が届くのか、まるで心当たりがない。
 シンがかなり引き気味に身構えていると、配達人から「あのスタンプカードを頂いてから、真面目に話を聞いてお勉強しているそうで」と補足が入った。

「ハイ、どうぞ」

 拒否する暇もなく渡されて、思わず受け取ってしまったが、シンがそれを返す前に彼女は消えていた。恐るべき逃げ足である。

(……なんだこれ。かばん? ちょっと上等そうだけど、普通の鞄だよな)

 一見するとアイボリーの鞣革なめしがわでできた横幅の長いウェストポーチである。
 金具はしっかりしており、ベルトの調整をすれば肩掛けにもリュックにもできそうで、汎用性が高そうだ。
 もし金貨や宝石みたいな露骨な光ものを贈られていたら、扱いに困っていただろう。

(怪しいところはないよな……? 意外と普通の贈り物だ)

 中を開けてみると、カードが一枚入っていた。証明書のたぐいだろうかと手に取ってみると、ポーチとカードが一瞬ピカッと光った。


 ――マジックバッグの持ち主として、登録しました。


 カードは表面にその一文だけ浮かび上がらせた後、黄金の粒子となって消えた。
 シンはカードをまんだ姿勢で呆然と固まる。
 何が起こったか理解しようにも、脳が拒否して処理落ちして、完全に〝スペースキャット〟状態である。とにかく、偉い人からとんでもないものを貰ってしまったのはわかった。
 マジックバッグは桁違いに高い。それなりの財産持ちならともかく、貧乏人には運よくダンジョンなどで手に入れない限り、一生縁がないものだ。今のシンが全財産をなげうっても、間違いなく買い取れない。
 どうやらその持ち主として登録されてしまったらしい。
 血の気が引き、何度も登録を抹消まっしょうしようと試みたが、無理だった。
 自分が欲しかったものをズバリ当てられたという意味では内心嬉しいのだが、同時にバレていたことに恐怖を感じる。アンビバレンスと言うべきか、非常に複雑な思いを抱いていた。
 この不意打ちのようなプレゼントは非常に実用性が高く、的確にシンの需要を突いている。
 また、これがあれば、異空間バッグの存在を隠しやすくなるという利点もある。事実として有難いのは確かだ。
 一方で、シンとしては、貸し借りを作りたくなかった。
 あのオツムの緩い王子のお世話の代価が、高価なマジックバッグ。
 しかし面倒を見たといっても、たかだか数ヵ月程度だし、こういった慰労はタニキ村領主のポメラニアン準男爵じゅんだんしゃくが受けるべきだ。
 お礼をするにしても、シンは王妃というロイヤルかつハイソサエティーのトップにいる女性の喜ぶものなどわからない。日本にいた頃に恋人がいたことはあるが、普通の女の子と王妃は比較できないだろう。世代も世界も違いすぎる。

「……どーすんだ、これ。余計なご縁になってなきゃいいけど……」

 既にあの駄犬王子と関わった時点でどうしようもないことなのかもしれない。
 考えるだけで恐ろしいが、もう突っ返せない状態になっている。
 シンは観念して、まずはお礼のお手紙を書いたのだった。


 ◆


 マジックバッグを王妃マリアベルから貰ったことにより、シンの荷物問題はあっけなくクリアされた。
 その後ろに権力が近づいてくる気配をひしひしと感じるため、シンとしてはそっとフェードアウトしたいところだ。
 長いものには無闇むやみに反抗するよりも、そこそこ巻かれつつ、上手に使うのが賢い。
 シンが王都に滞在している主な理由は出稼ぎなので、ほとぼりが冷めたらとっととタニキ村に戻る予定だ。
 場合によっては、ティルレインを王都に置いていくのも、アリ寄りのアリである。
 シンはとりあえず討伐や採取依頼を受けながら、マジックバッグの容量や性能を確認していくことにした。
 異空間バッグの下位互換くらいだとは思うが、使って慣れていった方がいい。

(うーん、狩りもいいけど、ポーション液肥でこっそり栽培した薬草とかをごっそり詰める? 調合用にもキープしたいし、あとで異空間バッグに移動して、冬場の内職用に多めにとっておこうかな……。やりたいことがいっぱいだ)

 ファンタジーならではのポーション調合作業は、理科の実験のようでもあって楽しい。
 薬師になるつもりはないが、ポーションは使い勝手が良いのでたくさん作りたかったし、たとえちょっと失敗しても、それはそれで使い道がある。
 今作れるのは下級ポーションだけだが、作り方がわかったら中級や上級を目指したい――と、シンは考えていた。

(とりあえず、冬の蓄えができてからだな……地道に稼ごう)

 今年はシンにとってタニキ村での初冬籠りになる。だから余裕をもって支度をしたかった。
 シンはさっそく王都の外に出て狩りを始める。
 今まで持ち帰れないからと自制をしていたが、ボアを数匹狩ってマジックバッグに収納してみたところ、あっさり入った。
 名前通り灰色の毛並みのグレイウルフや、羊のように分厚い毛皮を持つコートウルフなどを合計七匹仕留め、さらにギロチンバーニィも五匹倒した。

(ぐんぐん入りよる)

 さすが王族からの品、と感心するシンであった。
 これならたくさんとっても運ぶのに困らない。採取も狩りも気兼ねなくできる。
 普段の鬱憤うっぷんを晴らすかのごとく色々とマジックバッグに詰め込んだシンだったが……王都に戻ってから困ることとなった。
 大量の収穫物をどうやって出すか。それに尽きる。
 異空間バッグみたいな神様直送のギフトスキルほどではないにしろ、シンのような子供が貴重品のマジックバッグを持っていたら、それはそれで人目を引く。場合によっては、ガラの悪い冒険者にカツアゲされる可能性がある。
 厄介事を避けたいシンとしては、とにかく悪目立ちをしたくなかった。
 シンはカウンターで少し悩んだ末、受付職員をちょいちょいと手招きする。
 今日は眼鏡のクール美女ではなくて、後輩の愛らしい女性職員だった。

「あの……ちょっと内緒で出したい品があるので、別の場所で見てもらっていいですか?」
「ええ、どうぞ。ではこちらへ」

 にっこりと笑った受付職員は、あっさりとシンを奥の方へと案内してくれた。
 シンは人前でマジックバッグを出さずに済んでほっと胸をろす。

「何か珍しい薬草? それとも魔物でもいたかしら?」
「いえ、その……身分の高い方とご縁がありまして、お礼にマジックバッグを頂いたんです。貴重品なので、あまり人に見せたくなくて。ごめんなさい、持ってきた中身は普通の魔物なんです」

 コソコソとシンが小声で返すと、若い女性職員がすごい速度で振り返った。

「えっ! マジッ――ふぐっ! もが!」

 叫び声を上げる後輩職員の口を、クール美女の受付職員が後ろからふさいでいた。

「しっ! ダメよ。騒いだら、シン君が隠そうとした意味がないじゃない。シン君、良い判断だわ。正解よ。マジックバッグはもの凄いレアアイテムだから、強奪しようとする人が出てくるかもしれないもの」

 やはり狙われるのかと、一瞬目が死にかけるシン。

「シン君はソロ活動だから、なおさら危険ね。徒党を組んだ冒険者がめようとするかもしれないわ」
「……やっぱりですか」
「今度から解体場で直接出した方がいいかもしれないわね。シン君がランクアップしてBランクくらいになれば、だいぶ危険性も減るでしょうけど」

 冒険者の事情をよく知るギルド職員の言葉は重かった。冒険者の実力の見方は、装備や年齢ではなく、ランクが重要視される。
 I~Hランクはビギナー、G~Fランクでようやく慣れはじめの脱初級、E~Dランクで中堅、C~Bランクはベテラン、A~Sランクは選ばれたごく一部のみ。
 大抵の者が中堅のE~Dランクで終わり、少し才能があるとC~Bランクあたりまで行ける。
 だが、そこに達する前に大怪我を負ったり命を落としたりする若者もたくさんいる。
 シンはアドバイスに従って、冒険者ギルドの奥にある解体場に移動し、マジックバッグに入れていた魔物をどさどさと出した。
 その後受付に戻り、改めて依頼達成と買い取り査定の手続きをお願いする。
 すると、冒険者カードを受け取った職員が「そういえば」と口を開く。

「シン君にランクアップの打診が来ていますよ」
「打診?」
「はい。本来なら次はEランクですが、一気に二ランクアップしてDランクにもできます。この前、下水路の掃除を達成してくれたでしょう? ああいった街への貢献度が高い依頼や、ずっと未達になっていた依頼を解消してくれた場合は、特別なポイントが付与されるんです。言わば、信用や信頼的なものですね。その冒険者が、人として危険性がないかを判断するものでもあります」

 低賃金で地味だが人の役に立つ仕事には、そういう特典が付いてくるとは意外だったが、自分の利益や名誉だけを追い求めた人間はそんな依頼を受けないからこそだろうと、納得できる。

「そんなものがあるんですね」
「タニキ村みたいな場所では同じ系統の依頼がどうしても増えていますから」

 ドブ掃除は複合型依頼で、様々な貢献度があるという。
 冒険者ギルドといっても、ただ魔物をぶっ倒せばいいわけではないらしい。日銭を稼ぐくらいなら問題ないが、トップランカーを狙うなら貢献度は必須なのだという。
 なんでも、この貢献度系の依頼を果たせないとBランク以上に上がれない、という裏システムまであるのだと、受付職員がこっそり教えてくれた。

「大抵は仲間や周囲からの人望があれば、何かしらの形でそういった情報が耳に入ります。もしくはビギナーの時に知らず知らずに貢献度アップを済ませていることが多いんです。ですが、一気に駆け上がった人や、能力におごって一匹狼を気取っているタイプはダメですね~」

 受付職員が愛らしく微笑む。恐らく、実力があっても俺Tueeeee! とイキリまくっていた者がつまずいた姿を何度も見たことがあるのだろう。
 シンは以前、同郷とおぼしきエンドーだかシンドーだかという冒険者が、一気にCランクに駆け上がったらしいという噂を耳にしていた。
 強い魔物をぶっ倒して、自分の能力を自慢しまくりたいとオラオラ街道まっしぐらだったら、間違いなく足止めを食らうタイプだ。彼はその後どうなったのだろうか。

「シン君はどうしますか?」
「あ、Eランクでお願いします。普通がいいので」
「えっ、勿体ない……高ランクに興味はないのですか?」
「希望はスローライフですから」
(悪目立ちはしたくないでござる)

 NOと言える日本人であるシンは、スキップ昇格を断った。
 受付職員はびっくりしたように、ちょっと納得できない顔をしたものの、一ランクアップの手続きをした。

「一つ上がるのと二つ上がるのでは何か違うんですか?」
「もしダブルアップだったら、特殊依頼をやることになるんです。それを達成したら完了ですね。ちょっとした試験みたいなものです」
「へー」

 地道に行きたいシンとしては、あまり興味がない話だった。
 シンのなさを察したのか苦笑した受付職員は、使わなかった書類をどこか残念そうに仕舞うと、一度奥に下がっていった。
 代わりに先輩格のクール美女受付職員がやってくる。

「シン君、マジックバッグがあるのよね?」
「はい」

 受付職員はスッと一枚の依頼カードを差し出してきた。

「もしよかったら、食料の調達をお願いできないかしら」
「食料ですか?」
「正確に言えば食材ね。レストランに卸すの。そういうのが得意な人がいたんだけれど、今は別の依頼で遠出していてね……。で、そこのシェフは定番よりもちょっとした変化を持たせることや、個性や季節ものにこだわるのよ」

 でもね……と、物憂ものうげに続けるクール美女。

「食材は狩りや採取が上手な人じゃないと、鮮度がすぐ落ちちゃうものもあるの。シン君、ちょっと前に薬草以外にも胡桃や木苺をたくさん持っていたでしょう? あんな感じのものでいいから、採れないかしら」

 狩りや採取作業はタニキ村の山林で慣れているシンにとっては、難しくなさそうだ。

「それくらいなら……」
「特に食材に指定はないわ。市場に並ぶような普通の野菜じゃなければいいと思うの」

 食材と聞いて、シンは異空間バッグに貯蔵してあるものを思い出す。

自然薯じねんじょとか山芋の類ならまだしこたまありますけど」

 シンはマジックバッグから取り出したていで、それらの食材を並べる。
 王都はどちらかというと平地で、山や森は遠い。芋は芋でも山芋は手に入りにくく、珍しい部類ではないだろうか。
 とりあえず、自然薯、むかご、胡桃、クコの実、『メープルドロップ』などを納品することになった。
 メープルドロップはトレントの戦利品だ。その名の通りメープルシロップの詰まった丸いボール状の物である。蜂蜜はちみつよりくせがない、それでいて濃厚な甘みが特徴だ。
 かごに入れられた食材を見て、受付職員は何やらほっとしている。

「では、先に五万ゴルドお渡ししますね。シェフが気に入ってくれたら、さらに上乗せで払ってくれるわ。追加があったらまた持ってきてもらえれば、質と量に応じて支払います」

 どれも余ったら冬場の食料にしよう程度に考えていたもの。本当にただのバッグ内の余剰在庫だったのに、とりあえずで五万ゴルドは気前がいい。
 この金払いの良さからして、もしかして高級レストランなどのかなりお偉いところの料理長なのかもしれない。

「肉類はなんとか間に合っていたんだけれど、それ以外はほとんどなくて困っていたのよ。もしよかったら、東や西の森に行ってみるといいかもしれない。魔物は少し強いけれど、あそこなら珍しい食材が手に入ると思うの」

 女性職員が地図で示した場所は少し王都から離れている。
 シンはなかなかの健脚なのでそこに行くこと自体は簡単だったが、さすがに日帰りだと難しいだろう。食材の鮮度や状態を考えると、不安があった。

「ただ、少し遠いので、馬など騎獣があった方がいいかもしれませんね。夜になると活発になる魔物がいますし」
「騎獣ですか。考えてはいるんですが」
「お店によってはレンタルをやっているところもありますよ。相性が良い騎獣を探すのも兼ねて試してみては?」
「ははあ、レンタルなんてあるんですね」

 案の中に入れていいかもしれないと、感心しながら頷くシンだった。


 ◆


 ギルド職員の勧めに従い、さっそくいつもの騎獣屋にやってきた。

「ここはレンタルとかやっているんですか?」

 事情を説明すると、店主のおじさんは顎をしごきながらうなった。

「うちは基本やってねぇが……まあ、坊主ならいいだろ。好きなのを持っていきな。ただし、もし逃がしたり、死んじまったりしたら買い取りか、しばらく下働きだからな」
「いいんですか?」

 この辺りでも古参で高級騎獣も取り扱っている店だというのに、意外とあっさりOKが出てしまった。

「その代わり、胡桃くるみ林檎りんごがあったら採ってきてくれ。馬どもの好物なんだ」
「わかりました」

 胡桃林檎は胡桃サイズの非常に小さな林檎だ。舌がびりびりにしびれるくらいの独特の苦みがあり、人間が普通に食べるのには向いていない。
 だが、馬たちは何故か大好物なのだという。
 シンはどの子を借りようかと、うろうろ見て回る。
 馬にランナーバード、ピヨリンなどは積極的に寄ってくる。しまいには運搬用の巨大なリクガメもやってきた。
 えさをくれるか、水遊びをしてくれると期待しているのかもしれない。
 だが、その中にあって、最も存在感を主張する巨漢ならぬ巨馬がいた。
 魔獣の戦馬――バトルホース種の中でも最もデカいと言えるデュラハンギャロップ。
 艶やかで真っ黒な筋骨隆々きんこつりゅうりゅうたる四肢に、それよりなお漆黒しっこくの鬣はドレッドのような癖がある。耳は少し毛が長く、真っ黒な目は聡明そうめいそうで、鼻筋はなすじに沿って真っ白に雪が下りたかのごとき筋がある。
 本来ならひたいに黒曜石に似た質感の角があるのだが、それは根元から折れてしまっている。その代わりに、今はえぐれた宝石みたいなものが額についているのが痛々しい。
 だが、それすらも跳ね飛ばす威風堂々いふうどうどうたる王者の風格を持つ魔馬だ。
 ぶるるとひかえめにいなないて、鼻面はなづらをシンに押し付けてくる。
 連れてくよな? と言わんばかりの圧――というか、主張が激しい。

「あー、そいつ、胡桃林檎大好物だからな。まあ、魔角が折れちまっているが、戦力としても機動力としても申し分ないだろう。そいつにするか?」
「これ、滅茶苦茶高級騎獣じゃないですか! なんかあったら払えませんよ!」
「いらんいらん。確かに傷なしのデュラハンギャロップならその通りだが、そいつは角なしだ。そのうち弱って死んじまう。元気なうちに連れてってやれ」

 店主のあっけらかんとしたその言葉に、シンは絶句する。
 今は元気にシンをべろんちょとめているが、この見るからにたくましい馬が、そう遠くないうちに死んでしまうらしい。
 角は大量の魔力の結晶なので、ある程度残っていれば大丈夫だ。しかし、このデュラハンギャロップのように根元から抉れてしまっていると回復は難しいという。
 そんな理由もあり、売れ残って色々とたらい回しにされているのだそうだ。

「お前が脚を治してやったんだろう? それだけでも十分満足してるはずだ。むしろ俺から頼む。連れていってやってくれ」

 確かに、シンはこの魔馬を治した。飼い葉を食べに行くのも大変そうだったので、ポーションと魔法で治療したのだ。それもあってか、この魔馬はシンに懐いている。
 高級騎獣のレンタル許可があっさり下りたことに戸惑とまどったものの、結局そのまま押し切られる形で連れて行くことになった。


 ――三十分後。
 シンは微妙な顔のまま、馬上で揺れていた。
 他の人間が手を出そうものなら無言で頭の毛をむしる魔馬は、嬉しそうに尻尾を振ってパッカパッカと軽快な足音を立てて進んでいる。
 乗っているというより、乗せられているシン。
 彼は王都から出ると、スマホでデュラハンギャロップについて調べはじめた。
 概ね知識通りであり、その魔角は時間をかけてゆっくりと魔力を溜め込んで伸びるものだそうだ。魔力や魔素の高いものを取り込むと伸びが早くなるらしい。
 魔力を含むものとして代表的なのは、魔力を帯びた植物や、魔石、霊石の類である。

(魔石……そういえば、この前の下水路掃除の時にちょっと出たよな。小さいのばっかりだったけど。全部ギルドで売っちゃったよ……手持ちの中に魔石ってあったっけ?)

 異空間バッグの中を探すと、いつだかタニキ村で倒した蜂の魔物の魔石があった。

「食べる?」

 真っ赤な魔石を差し出すと、魔馬は躊躇ためらわずにぱくりと食べた。
 口に含むとひと欠片かけらも落とすものかと言わんばかりにバリムシャと食べていく魔馬。

「……生きたいよな」

 不憫ふびんになって声を掛けると、ぶるる、と嘶きが返ってくる。

「よし! お前の名前は、どんな場所にも対応してしぶとく強く生きられるように、雑草根性にあやかって、『雑草号グラスゴー』だ」

 ひでぇネーミングセンスだが、これはシンの決意の表れだった。
 他に思いついたしぶといイメージの案が、台所の黒い悪魔や特定外来種の魚類しかなかったのだから、まだマシな方である。
 シンは食材を求めて森に向かいながらも、スマホで魔石の探し方を検索していた。
 基本はある程度の強さの魔物から採るのが一般的。稀に魔素溜まりに水晶のように現れることもあるという。
 だが、そういった場所には大抵強力な魔物がたむろしている。

(でも蜂はそんなに強くなかったような? 弱点を突けばそう難しくないのかな? 霊石ってのはゴースト系の魔物がたまに落とすやつだよな。……下水路掃除をすれば、またスライムの魔石と一緒に集められる? 毒石も魔石の一種だろうけど、名前からして体に悪そうだよなー……)

 今日は巨大な馬に乗っているせいか、小型の魔物はやってこない。
 しばらく走っていると、グレイウルフやグリーンウルフが群れをなして襲い掛かってきたものの、あっけなくグラスゴーに蹴り殺されていた。
 それらの亡骸なきがらは異空間バッグに収納しておいた。あとでギルドに持って行けば毛皮や牙を買い取ってもらえるはずだ。
 だが、魔石は出ない。
 平原を横断し終え、やがてこんもりと緑が密集した森に着いた。
 ギルドの受付職員の話では、ここは平原よりも強い魔物が出るそうだ。ここならば魔石を期待できるかもしれない。
 だが、当初の目的である食材と胡桃林檎探しも忘れてはいけない。
 きょろきょろと周囲を見渡すと、平原でも見かける薬草や香草の類が目に入る。一応それらをぷちぷちと採取しておく。


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