余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ

文字サイズ
特大
75 / 228
5巻

5-2

 すっかり耳も尻尾もしょげ返らせたビャクヤは、そろそろとレニの方を見る。
 そして心なしか同情気味の視線を投げかけられた。

「シン君、結構根に持ちますよ?」
「だって、こいつ悪質だろ。マウントの取り方が性格悪い」

 鉄は熱いうちに打てと言わんばかりに、シンがズバリと指摘した。
 それを受け、ビャクヤはさらにビビり散らす。彼としてはシンを懐柔かいじゅうするために、近しいレニを支配下に置こうとした。ところが、懐柔するどころかシンの逆鱗げきりんに触れてしまったのだ。

「お二人は付きおうとるん?」

 恐々とビャクヤが問う。
 シンが随分ずいぶんレニを大切にしているようなので、思わず口からまろび出たのだ。

「「いや、別に」」

 ナイナイと互いに手を振る。この手の掛け合いは何度もされている。
 仲は良いとは思うが、シンとレニは互いに友情と親愛しか持ち合わせていなかった。
 男女の泥沼はタニキ村での騒動そうどうでお腹いっぱいで、胃もたれは継続中である。


 カフェの席に戻ると、カミーユがハムやチーズを挟んだカスクートに似たサンドイッチを食べていた。
 シンは美味しそうにかぶりつくカミーユを見て、軽く眉を上げる。先ほど別のサンドイッチを食べていたので、追加注文したということだった。
 シンは冷静に分析する。
 カミーユはまた週末あたりに腹を空かせてぴーぴー泣くだろう。料理の腕が壊滅的で、放火一歩魔手前のフランベ職人の火加減であるカミーユに、自炊は期待できない。
 彼にも節約しようとする気はあるが、生まれが貴族なこともあってか、金勘定全般が苦手だった。
 成長期という点を差し引いても、カミーユの燃費は良くないため、すぐに手持ちの金が底を突くだろう。

「話し合いは終わったでござるかー?」

 問題児を紹介したというのに、カミーユは状況を全く呑み込めていない様子だ。
 無表情のシンはともかく、すっきりとしたレニと、半泣きのビャクヤはスルーしている。

「とりあえず、要注意人物で、お前よりしっかり躾けた方がいいのはわかった」

 シンがぴしゃりと言うと、隣で毛を逆立てた狐が一匹。

「ちょぉ、まっ! 待ちや、シンさ――」

 ビャクヤがあわてて叫んで手を伸ばすが、サクッとそれを避けたシンは、冷たく見返す。
 それでもカミーユにスネイクバードの討伐と、素材採取を了承したからには、今回は手伝うつもりだった。

「シンでいいです。様とか、うすら寒い」

 そびえ立つ心の壁を感じ取ったのか、真っ青になったビャクヤはがっくりと項垂うなだれた。

「~~~~~っ! シン君で、ええ?」
「それなら可。次にレニ……あとカミーユにもなんかしたら、マジで怒るからな」

 どんなスキルや称号を持っているかわからないビャクヤは、その性格もあって、シンの中の危険人物ナンバーワンに一気にのし上がった。
 どうやらビャクヤはシンとお近づきになりたいが、それを強要するのは避けたいようだ。

(僕の持っている加護が関係しているのか? 神様の依怙えこ贔屓ひいきが付いているって聞くしな……)

 ティンパイン王国の宰相さいしょうチェスターや、ティルレイン王子の付き人のルクスから、その手の話はちょいちょい聞いているが、実感は薄い。
 シンの不利益になるようなことをすると、神罰が下るなどするらしいが、まだ彼の目の前ではそういう事態は起こっていはいない。
 嵐が去ってからとか、遠回りに起きるのだ。
 さいわい、今のところシンに近い人の中に、ひどい大人は少ない。味方に権力者はちらほらいるが、シンの意思を尊重している。

「あ……お前、後でちょっと温室な。実家やテイランに余計な情報流したら、マジでチェスター様にチクるから。つーか、もう話が伝わっているかもしれないけど」

 ビャクヤが権力に頼ろうとするなら、シンの方も権力で打って出るだけだ。
 ホームはこちらにあるのだから、状況が不利なのはビャクヤの方だ。それを理解したのだろう、毛並みをふくらませたビャクヤが食い下がってくる。

「そな殺生せっしょうな!? まだ出会ってそう経っとらんやん。そないなイケズなことせぇへんでも――」

 すがるビャクヤの後ろで、事件が勃発ぼっぱつした。
 事件は会議室でも教室でもなく、現場で起きている――そんなフレーズがシンの頭をよぎる。

「何が〝アマリンだけ♡〟よぉ! 人の友達引っかけておいて!」

 バシイイイン! と、プロレスラーも真っ青な平手打ちが決まった。とても良い音である。そして、物凄く痛そうだ。事実、叩かれた男子生徒は見事に体勢を崩した。
 ビャクヤの大声は、後ろで平手打ちされてぶっ飛ばされた男子生徒によって掻き消された。どうやら、彼の前にいる三人の女子生徒は、彼女+浮気相手二人だったようだ。
 修羅場しゅらばの気配に周囲は唖然あぜんとしたり、ワクワクしたり、顔をしかめたりしている。

「出会って五分で私をおどそうとした口が何を言いますか」
「オンナを馬鹿ばかにしてんじゃないわよ、屑! 貧乏貴族のくせに、うちの援助切られたらどうなるかわかってんの!?」
「人が贈ったプレゼント、横流ししてるとか、最低! アンタのお姉さんにもチクってやりますわー!」

 後ろの声と存在感が大きすぎて、ビャクヤとシンたちとの会話に殴り込み状態。
 会話が玉突き事故されまくっている。

「だって一番押さえどころやろ、レニちゃんは」
「そういうドクズな開き直りは良くないでござるよ、ビャクヤ。その、すぐに当たり前のように人に喧嘩けんかを売るくせはやめた方がいいでござる」
「カミーユ、なんでこれを僕たちに紹介しようとした?」
「ビャクヤは外面そとづらがいい奴でな。気にならない相手にはそつなく対応するのでござるが、どうやらシン殿とレニには興味を持ってしまったようでござる……」

 肩を竦めるカミーユの声を、男子生徒に詰め寄る少女の声が上書きする。

「ああ腹立つ! もう一発殴らせなさい!」
「口開けなさい、口! 馬術部から貰った騎獣用クッキーを食らわせて差し上げましてよおお!」
「ごちそうさまが! 聞こえない! そーれイッキイッキ!」

 後ろの地獄絵図を軽やかにスルーしながら、シンとレニは飲み物をすすり、カミーユは手についたソースをめている。
 男女の修羅場に他人が首を突っ込んで良いことなんてない。
 地味に椅子がぶつかり、時々クッキーのカスが飛んでくるビャクヤは、複雑そうな顔だ。

「お三方、この修羅場の中でまだ話すつもりなん?」
「でも、この時間帯は混むから、他に空いている場所を探すのは大変ですし」
「なら温室行く? 少し早いけどその予定だったし」

 シンがそう言ったのは、ビャクヤを助けるためではない。ただ、会話がしにくいし、そばにいて飛び火したら迷惑だからだ。

「ほな行きましょ! そーしましょ! 会計は自分がしますんで!」

 一刻も早くその場を離れたかったのか、ビャクヤは逃げるように立ち上がった。
 その後ろ姿を見ながら、シンは思案顔だ。

「なんかアイツさ」

 シンのぽつりとした呟きを拾ったのはレニだった。

「どうしたんですか?」
「小悪党臭がするから、グラスゴーに頭むしられなきゃいいんだが」

 シンの愛馬、デュラハンギャロップのグラスゴーは、ご主人過激派で、敵意や悪意には非常に敏感である。
 ティルレインやカミーユといった害のないお馬鹿や、好意的なお馬鹿には、割と鷹揚おうように接してくれる。軽くシバくというか、襲ってくるが、それはあくまでからかいレベルだ。
 だが、ビャクヤに関してもそうかと言うと、ちょっと微妙だった。
 人はそれをフラグと言う。


 ◆


 とぼとぼと歩きながらも、ビャクヤの内心では、はらわたが煮えくり返っていた。
 シンの想像通り、彼は全く反省していなかった。

(なんやねん、あの坊主ぼうず。大人しい思うとったら、えげつない性格しとるし……)

 シンは黙っていれば大人しそうな童顔少年だ。
 特に自分からは目立とうとせず――むしろ気配を殺し、周囲に同調しているタイプだと、ビャクヤは思っていた。
 少し強めに押しながら周囲を巻き込めば転がせると踏んでいたのに、全く上手くいかない。
 ビャクヤの家は代々巫覡を輩出はいしゅつしていた。神殿や教会とは少し毛色が違い、彼自身の血筋ちすじには、異世界転移者の血が流れており、異世界転生者も多く生まれていた。
 それゆえに神々からの加護を得る者は多く、テイラン王国の領土にありながらも、ビャクヤの故郷は独自の文化と風習を持っていた。
 しかし、ここ数百年はその特異な血筋も薄くなり、異世界人のたましいを持つ者は生まれず、近くに現れることもなくなっている。
 一方、テイラン王国は異世界召喚を乱発して勢力を強めていた。
 実はビャクヤの故郷が異世界人と縁が薄くなったのは、これが原因でもある。
 度重なる異世界召喚のせいで、『龍脈りゅうみゃく』という、地に埋まる世界のエネルギーの大きな流れが枯れてしまったのだ。
 ビャクヤの故郷は強大な大地のエネルギーが集まる『霊穴れいけつ』と呼ばれる、いわゆるパワースポットなので、高次元能力者が現れやすかった。
 異世界転生者や異世界転移者が現れやすいのも、そのエネルギーの強さゆえだ。
 しかし、その流れから溜まるはずのエネルギーは、召喚魔法の儀式に乱用され、カスッカスになった。結果、ビャクヤの一族――ナインテイルの一族は、衰退すいたい一途いっとを辿っている。
 ビャクヤは狐人きつねびとと呼ばれる狐の獣人である。ナインテイルは、非常に強力な魔力を持っていたという、始祖たる狐人の尾の数に由来する。
 しかし、最近は一族の短命化や能力の質の低迷があり、直系のビャクヤでも一尾しか持たない。
 存命の中では最も尾が多い曽祖父ですら、三本しか持っていない。
 その彼とて、体は最盛期をとうに過ぎて骨と皮ばかりのミイラのようなご老体。ぱっと見は既に御仏みほとけになっていそうな乾き具合だ。とても九尾ナインテイルの始祖に及ばない。
 ビャクヤも一族では強い方だが、それでも一尾でしかない以上、天井は見えている。
〝力こそ全て〟のテイラン王国では、ナインテイル一族の発言権は失われつつあった。
 ナインテイルは獣神や商売の神、自然にまつわる神などの加護を手広く信仰していたのも、一族が冷遇される理由の一つだ。日本の八百万やおよろず信仰しんこうに近いものだが、テイランでは異端である。
 当然、現役の異世界者をたくさん保有し、戦神バロスのみをまつっているテイラン王家とは折り合いが悪くなる。
 バロスを唯一神のごとくあがめるテイラン王家とは徐々に不和が生じ、世代が交代するにつれてナインテイルの一族が弱体化すると、その待遇はさらに悪化していった。

(今はバロス神の力がガクッと下がっとる……俺らんとこが巻き返すには、加護持ちを家に迎えるしかあらへんのや。テイランの王侯貴族どもの鼻を明かしてやるんや!)

 そんなことより今の生活を大事にしろと周りは言うが、ビャクヤにはナインテイル一族としてのプライドがあった。
 ティンパインには強力な加護持ちがいると、占いが得意な巫女たちも口を揃えて言っていた。明確な背景や人相までは把握はあくできないが、有益な情報である。
 ビャクヤは相手の称号やスキルを見抜く鑑定系の能力は持っていない。しかし、巫覡の家系なので、勘はするどい方だ。
 シンを見た瞬間、ピンとくるものがあった。
 地味で埋没しそうな少年だが、態度ばかりでかくて中身はスッカラカンのボンボンたちとは違うナニカを感じたのだ。
 だからビャクヤは、前哨戦ぜんしょうせんとしてシンの傍にいるレニにマウントを取ろうとした。
 レニは才女として学園でも有名だったし、従わせることができれば有利と踏んだ。教会と関わり合いがあると聞いたし、うまくすればティンパインにいる加護持ちの情報を得られるかもしれないとも思っていた。
 なお、お気楽なカミーユは、社交的な面ではダメなので、純粋な戦力としての期待値から少しつるんでいただけだ。そんな海老えびたいを釣れたのは僥倖ぎょうこうと言えただろう。
 しかし、あともう一息のところでしくじった。あんな地雷になるとは。
 絡め手でじわじわ行こうと考えていたら、即行で悪行がバレて怒られた。

(なんやねん、アイツ! かーちゃんか!? 仲良くしましょーってか? ハッ、アホらしか! 世の中、蹴落とし合いや。利用し、利用される中で最も上前をはねた奴だけが人生を楽しめるんや! これだから田舎いなか育ちの小僧はなってな――)

 不意に視線を感じ、ビャクヤはそーっとそちらに視線をやる。
 持ち前の勘の良さがビンビンに警報を鳴らしていたが、向かないともっとヤバい気がしたのだ。
 むしゃくしゃした気持ちが一気にしぼみ、穴の開いた風船のようにぺちゃんこになっていく。
 ぱちり、と黒いんだ目と視線がかち合う。
 シンが見ていた。
 それも、ただ見ていたのではなく、あきれたような、僅かに怒っているような、どことなく冷え冷えとした、アンニュイともアルカイックスマイルとも言える微妙な表情である。
 ただ、良くない方に転んだ気がした。

(なななな、なんやのあの坊主? もしかして心読しんどく心眼しんがん系のスキルでもあるん!?)

 やましいことを考えまくりだったビャクヤは、戦々恐々せんせんきょうきょうとした。
 へらっと誤魔化ごまかしの笑みを浮かべるビャクヤに、ニコッと人畜無害そうな微笑みを返すシン。
 目が合って微笑を交わすというだけだったら、なごやかに感じるかもしれない。
 しかし、ビャクヤの心臓はバックバクに暴れていたし、シンはずっとニココニコしているものの、心の壁が滅茶苦茶分厚く要塞のようになっている。
 気まずすぎて、先に目をぱっとらしたのはビャクヤだった。
 どこかで梵鐘ぼんしょうが鳴った気がした。


 ◆


 しょぼーんと垂れ下がった耳と尻尾は、体積が先ほどの三分の一くらいになっている。

(なんかちょっとあきらめたっぽいな)

 先ほどまでは、ビャクヤの表情や丸まった背中は、さも「落ち込んでいます」と言わんばかりだったが、時折尻尾がボッと広がり、耳が不機嫌そうにピコピコ動いていた。
 尻尾や耳は、その速さや、動き方によって多種多様な感情を表現するのだ。
 シンは騎獣屋でアルバイトをしていたので、魔獣や動物が不機嫌な時の仕草を覚えていた。
 ビャクヤは、言動はちゃんと繕えていたが、尻尾や耳に感情がはみ出てしまっていたので、モロバレモロダシ状態だった。
 しかし、今はビャクヤの表情や空気と、尻尾が完全に連動している。
 てろんと力なく垂れ下がったモフ尻尾を見て、シンはふと思う。

(そういや、狐って稲荷寿司や油揚げとかが好きって定番だけど、こいつもそうなのかな? 本当は鼠の天ぷらが好物とか聞いたことあるけど)

 魔物や魔獣も食べるこの世界では、鼠を食用とするのは珍しくない。さすがに溝鼠どぶねずみなどは臭みが強くて食べないが、ある程度大きくて食べでのあるモノなら普通に食用になる。
 むしろ、たっぷり太った山鼠なんかは美味の部類と言えるだろう。
 狐が油揚げを好むという考えは日本独自のもの。こちらの世界でどの程度一緒なのかはわからない。もしかしたら、逆に顰蹙ひんしゅくを買うかもしれない。
 ビャクヤはカミーユよりも貴族っぽいというか、独特の雰囲気がある。それなりな身分の出自なのだろうと、シンは想像していた。

(あっちから絡んでくるなら追い払うけど、こっちから喧嘩を売るほど暇じゃないし)

 さすがに進んで恨みを買いたくはなくて、油揚げの件は保留にするのだった。


 その後、四人でスネイクバードの討伐についての話し合いをした。
 スネイクバードの生態を調べて、棲息地せいそくちから出現場所を特定する。念のため、冒険者ギルドでも聞き込みなどをして情報収集した。
 幸い、シンは良い意味で顔が知られている。おかげで、カウンターにいた女性職員がとても丁寧に教えてくれた。
 とはいえ、若干怪しい目で見られていたので、必要な情報を貰ったらすぐに退散した。
 シンたちはむさくるしさとは程遠いメンバーだ。
 小柄こがらで童顔のシンに、紅一点こういってんの物静かな美少女レニ、黙っていればクールな細身のイケメンのカミーユ、神秘的な風貌ふうぼうの狐人のビャクヤ。
 中身は割と濃いが、全員外面の良いタイプだった。メッキの厚さは違うとはいえ、露骨ろこつなオラオラ系ではない。
 そんなメンバーが集まれば、荒くれ者が多い冒険者ギルドで浮くのは当然だ。

「シン君、Cランクなんかい……」

 カウンターでの話を切り上げると、ビャクヤが呟いた。

「依頼の種類をネチネチこだわらなきゃ上がるよ」
「ぐぅうう……俺かて、剣も魔法も自信あるんやで? 遠距離攻撃は得意やあらへんけど、接近戦ならその辺のには負けへんもん」
「もしかして討伐系ばっかりやってる?」
「当然や。一番実入りがよろしいやろ」
「お前、採取依頼とドブ掃除やれ」

 シンの脳裏には、ランクアップの隠し条件がよみがえっていた。
 しかし、ビャクヤはねるようにプイッとそっぽを向く。

「イヤや、俺はそんなんせぇへん。掃除なんてガキの小遣いかせぎや。俺はその辺の盆暗ぼんくらとは違うんや。ほこり高きナインテイルがそないな下賤げせんなことするなんて、死んでもあり得へんわぁ」

 ちなみに、ビャクヤはEランク、レニとカミーユはFランクだった。
 カミーユの場合、肉欲しさに討伐系を重視しているのもあるだろう。あと、薬草などを見分けるのに自信がないと言っていた。
 一方レニは、シンとの付き合いの延長だ。彼女は特に金には困っていないし、冒険者業に本腰を入れていない。

(……一応、アドバイスなんだけど、まあいっか)

 そんなシンの気も知らず、ビャクヤは苛立いらだたしげに尻尾を揺らして、一人で先に冒険者ギルドから出て行ってしまった。
 実はこの中で一番精神年齢が低いのはビャクヤなのかもしれない。
 シンは冷静に分析しつつ、カミーユとレニにも同じアドバイスをした。

「ドブさらいでござるかー……実入りが微妙なのでござるが」
「ああいう地域貢献型の依頼をやると、特別な評価やコネができやすいんだよ。生活魔法の洗浄や浄化があると楽なんだけど」

 魔法が得意でないカミーユは、手作業でやるしかないだろう。かなり体力を使うはずだ。

「シン君はどんな依頼やったんですか?」
「五番街の下水掃除。ただ、あそこは依頼があっても、やばいからやめた方がいい」

 レニの質問に、苦々にがにがしげにシンは答える。
 あれは悪夢と言っていい、地獄の作業だった。感謝はされたが、だいぶ骨の折れる仕事だった。主に精神的に。
 酷い臭気というのは、静かに――しかしゴリゴリとメンタルを削ってくる。
 シンがやった時の状況は、ほこりを被りまくった状態の依頼だったので、余計に悪かったとはいえ、それにしても酷かった。

「まあ、二人がやる時は先輩として手伝うよ。我流だけどノウハウはわかっているから。依頼って、種類に拘らず満遍まんべんなくやった方がランク上がりやすいし、ステップアップが早いんだよ」

 シンの言葉に、なるほどと二人は頷き合った。
 二人ともランクをガンガン上げたいと燃え上がっているわけではないが、将来的にも幅広い依頼をと考えておけば、やっておいた方がいいという方向になったらしい。


 ◆


 翌日、準備を整えたシンたちは、スネイクバード狩りに向かっていた。
 目指すは湿地。以前、シンがビッグフロッグやポイズンフロッグという魔物たちに散々襲われた、蛙天国かえるてんごくだ。
 冒険者ギルドで得た情報から、その場所がスネイクバードの狩りに適しているという結論に至った。
 最初はスネイクバードが巣を作ることが多い岩壁を狙っていたのだが、餌場えさばにしている湿地の方が近いし、戦いやすいと判断したからだ。
 シンとレニはグラスゴーに、カミーユとビャクヤはジュエルホーンのピコに乗った。
 それぞれの体重を考えれば逆の組み合わせの方が良いが、グラスゴーはシンと彼の親しい人間以外が乗ろうとすると簡単に殺意の波動に目覚める恐れがある。
 背中を許す人間はシビアに選び抜くグラスゴー・首刈くびかり族・パイセン。
 無論、ピコはピコでシンを乗せたがったが、その辺はわきまえているようだ。最初は微妙な感じだったものの、シンが騎手であるカミーユに「ピコが疲れたらすぐ飲ませろよ」と、ポーションを渡したら、わかりやすくやる気を出した。
 シンはグラスゴーをなるべくビャクヤに近寄らせないようにしていたので、出発してからも特に問題は起きていない。
 以前湿地に行った時は、それらしき魔物は見なかったのだが、今回は近づいた時点で無数のスネイクバードを見つけた。

感想

あなたにおすすめの小説

二十七日休まない夫を、いったい誰が働かせているのでしょう 表紙

二十七日休まない夫を、いったい誰が働かせているのでしょう

王城勤めの夫ユリウスは、二十七日間休んでいない。 帰宅は日に日に遅くなり、ついには王城に泊まり込むようになった。それでも本人は「殿下が僕を必要としてくださっている」と嬉しそうに笑う。 ある夜、「今日こそ夕食には間に合う」と約束した夫は、また帰ってこなかった。 いったい誰が、夫をここまで働かせているのか。 王太子か、上司か、それとも仕事を押しつける同僚か。 夫と温かい夕食を食べる。ただそれだけの日常を取り戻すため、私は王城へ向かうことにした。
ファンタジー 完結 短編
文字数:4,958
完結 さようならと言った少女と、家族を失った父 表紙

完結 さようならと言った少女と、家族を失った父

私の本当のお母様は、もうこの世界にはいない。 6歳で母を亡くした少女。父親が連れてきた「新しい家族」の輪に入ることも許されず、食事さえ拒むようになった彼女に突きつけられたのは、父からの容赦ない暴言と手酷い一打だった。 「お母様のところへいきます」 一通の遺書を残して冷たい池に消えた少女の、切なくも温かな再スタートの物語。
ファンタジー 完結 短編
文字数:49,486
【完結】私の出産日に初恋の人を選んだ夫、あなたを彼女に返品します 表紙

【完結】私の出産日に初恋の人を選んだ夫、あなたを彼女に返品します

「子供っぽい嫉妬はやめろ」私が命懸けで出産した日、夫のヴィンセント侯爵は初恋の人の所へ行ってしまった。理由を説明して欲しいと言うと、子供っぽい嫉妬をやめろと厳しい声で言われてしまう。しかも初恋の相手がいきなりやってきて「侯爵様は昔から私を命懸けで助けてくれるんです」と悪びれもせずに言い放った。妻よりも初恋相手を優先する夫は必要ないので私は夫を初恋相手へ返品した。すると生まれてから一度も人に頭を下げたことのないヴィンセントが、ボロボロになって私に頭を下げてきて⋯⋯。
恋愛 連載中 長編
文字数:94,149
「荷物を整理するだけなら要らない」と追放されましたが、その荷物、本当に一緒に入れて大丈夫ですか? 表紙

「荷物を整理するだけなら要らない」と追放されましたが、その荷物、本当に一緒に入れて大丈夫ですか?

冒険者パーティーで荷物管理を担当していたエルナは、「魔法鞄があれば荷物持ちは要らない」と追放されてしまう。 道具を細かく分ける理由を説明しようとしても、「そんな細かい話はいらない」の一言で終わり。何も事故が起きていないことまで、仕事が不要な証拠にされてしまった。 翌日、新しいパーティーの荷物持ちとして雇われたエルナは、無造作に詰め込まれた魔法道具を次々と仕分けていく。 そして、隣り合った赤い箱と銀色の筒を見つけた瞬間、彼女の手が止まった。 「この二つは、絶対に離してください」 ――何も起きないのには、理由がある。 その意味を、エルナを追放した彼らはまだ知らない。
ファンタジー 完結 短編
文字数:4,733
初夜のあとに愛する人がいると言われたので祝福で身体の時間を一日戻しました 表紙

初夜のあとに愛する人がいると言われたので祝福で身体の時間を一日戻しました

夫婦となって初めて迎えた夜、セレンティアは夫リオールから「俺には、愛する人がいる」と告げられる。 彼が初夜を済ませた理由は、三年後に白い結婚として婚姻無効を申し立てられないようにするためだった。 けれどリオールは知らなかった。セレンティアの祝福《一日回帰》が、自分自身の身体にも使えることを。 セレンティアは自分の身体の時間を一日前へ戻し、三年間、侯爵家の妻として務めを果たすことを決める。 夫に愛されるためではない。三年後、白い結婚としてこの家を出ていくために。
恋愛 完結 短編
文字数:12,593
百三十二回、黙って払いました。妹に婚約者を譲れと言われたので、鍵束を置いて出ます 表紙

百三十二回、黙って払いました。妹に婚約者を譲れと言われたので、鍵束を置いて出ます

「お姉様は金遣いが荒いから」——妹はそう言って、わたしの婚約者を取りました。父も母も頷きました。 十一年。わたしは月に一度、家の借金を返し続けていました。百三十二回。自分の名義で、自分の持参金で、誰にも言わずに。 家族はその出金を「長女の浪費」だと思っていたのです。 わかりました。では帳簿と鍵をお返しします。名義も一緒に。 三月後、オルグレン伯爵家は破綻しました。返済していたのがわたしだと、誰も知らなかったからです。 ——けれど本当に恐ろしかったのは、そのあとでした。返済先の商会に足を運んだわたしに、若き会頭はこう言ったのです。 「その借用書、十一年前から一度も有効になっていません」と。 わたしが返し続けていた借金は、最初から存在しませんでした。
恋愛 連載中 長編
文字数:21,450
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました 表紙

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
恋愛 完結 短編
文字数:52,731
『嘘の病気で同情を買うな』と私を死に追いやった婚約者、私の墓標の前で額を叩きつけ、血の涙を流して号泣する大破滅! 表紙

『嘘の病気で同情を買うな』と私を死に追いやった婚約者、私の墓標の前で額を叩きつけ、血の涙を流して号泣する大破滅!

婚姻届を出す前日、久世景人はようやく、十年遅れの婚約指輪を私の指にはめた。  銀色の輪が薬指に滑り込んだ瞬間、私は照明の下で光るダイヤをぼんやり見つめた。長く続いた待ち時間が、やっと終わったような気がした。けれど次の瞬間、彼は私の手を見下ろし、まるで似合わない品物を評するように静かな声で言った。 「正直、澪の手ってあまりきれいじゃないよな」  私は言葉を失った。  景人はそのまま私の指先を取ると、さっきはめたばかりの指輪を抜き取った。十年待ち続けた指輪は、彼の手のひらの上で冷たく光っていた。 「この指輪、瑠奈の手にあったほうが似合うと思う」  私は手を引き戻し、信じられない思いで彼を見た。 「どういう意味? 瑠奈と結婚するつもりなの?」  景人は目を伏せ、指輪の縁を指先でなぞった。まるで、たいしたことではない問いを少し考えているだけのようだった。 「そこまでじゃない。ただ、会えない時間が長くなると、どうしても瑠奈のことを考えるんだ」  その瞬間、私は自分がどうやってあのタワーマンションを出たのかさえ覚えていない。
恋愛 完結 短編
文字数:20,838