余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ

文字の大きさ
76 / 222
5巻

5-3

「なるほど、狩場だな」

 シンがグラスゴーの上でぽつりと呟く。
 タンデムしているレニもその様子を見て納得した様子だ。
 スネイクバードは燕のように滑空し、水面めがけて下降すると、勢いそのままにビッグフロッグに襲い掛かる。
 自分より大きなビッグフロッグに手を出すと逆に食われる恐れがあるため、上から獲物を吟味ぎんみしてから襲っているようだ。

繁殖期はんしょくき前やし、餌場として狙い目なんやな」

 繰り広げられる弱肉強食はめまぐるしい。カミーユと二人乗りをしているビャクヤがげんなりと呟いた。
 小さいビッグフロッグは、鼠サイズくらいなものもいるが、大きなものは大型犬サイズを優に超えている。
 オタマジャクシの時はだいたい普通の蛙と同じ大きさだから、蛙になった後もあそこまで成長して大きくなるのだろう。
 湿地に辿り着くと、相変わらずたくさんの蛙が目を光らせていた。
 だが、スネイクバード対策なのか、茂みの近くなどに身を隠しながら、こちらの様子をうかがっている。

「まあええわ」

 そう言って、ビャクヤは一足先にひょいと湿地に降りる。
 腰にいた長剣は刀によく似ているが、非常にほっそりとしていた。それをスラリと抜こうとしたところで、シンが止める。

「あ、こら。降りない方がいいぞ」
「なんでや? 水面近くにおったら、蛙めがけてスネイクバードも来る――」

 と言いかけた瞬間、水面から特大のビッグフロッグが飛び出し、大口を開けてビャクヤに襲い掛かった。
 すぐさまシンが弓矢で大蛙の脳天を射貫いぬく。そしてカミーユがビャクヤの首根っこを掴んで、即死したビッグフロッグの巨体から避けさせた。

「な、なななな???」

 さすがに水しぶきは避けられなかったのか、ビャクヤはびっちょびちょのまま仰天ぎょうてんして言葉を失う。尻尾もぺっしゃんこになっている。

「ビッグフロッグは口に入りそうなものは全部食いつこうとするぞ。馬から降りない方が安全」
「シン殿~、この蛙は食えるでござるかー?」

 呆然とするビャクヤを横目に、カミーユは平常運転だ。

「食べられるけど、そっちは後でな。スネイクバードの目標数いったら、好きなだければいいから」

 そう言って、シンが蒼天そうてんめがけて弓を射ったと思ったら、さっそく一匹のスネイクバードが落下した。
 後ろではレニも魔力を練って、魔法を構築しはじめている。

「水面に降りてくるのを待つより、魔法や矢で狙った方が早いから、ビャクヤは邪魔されないように頼んだぞ」

 言うが早いか、シンはグラスゴーごと襲ってきた巨大なわにを射貫く。
 レッドアリゲーター――その名の通り赤い鰐である。体長はおよそ七メートル。たらふく食べているのか、丸々と肥えていた。
 その巨体にビビり上がったビャクヤは、すぐさまピコに乗る。下手に水辺に寄ると危ないとようやく理解したのだ。
 彼が馬上に戻ると、蛙をはじめ魔物たちは狙うのを諦めたのか、息を潜めた。
 その間に、ビャクヤはすっかり濡れそぼった体をく。
 ピコはデュラハンギャロップほど戦闘向きではないが、魔角を持つジュエルホーンという立派な魔馬だ。普通の馬より余程強靭きょうじんである。
 ようやく一安心というところで、ピコの下半身が持ち上がった。

「はへ?」
「お?」

 ビャクヤとカミーユが後ろを向くと、レッドアリゲーターが空を舞っていた。
 高らかに上がっているピコの足の延長線上にいたことから、背後から狙ったところを蹴り上げられたのだろう。
 すとんと何事もなかったように足を下ろしたピコは、軽く頭を振った後にピコピコと耳を動かしていた。

「ここ、アリゲーター系だけじゃなくてデカいスネーク系も出るから、気を付けろよー」
「シン君、そういうことは先に教えてください!」

 三人を代表してレニが叫んだ。
 その声と同時に、氷柱のように鋭く岩が隆起りゅうきし、飛びつこうとしていたビッグフロッグとポイズンフロッグが蹴散らされる。

「ごめん、凄く嫌な記憶だったから無意識にふたをしていたかも」
「どんだけ嫌だったんですか?」

 鼠返しのようになった岩の隆起に負けて、次々と落ちていく蛙たち。ぼちゃんぼちゃんと水しぶきを上げるが、当然この程度ではびくともしない。
 ビッグフロッグの中には、ちょっとした隙間やでこぼこにしがみついて、こちらを目指すチャレンジャーがいた。
 さっそく飛び掛かってきたビッグフロッグを、カミーユが切り伏せる。

「シン殿? ここ、蛇より蛙の方が多いような気がするでござるが!?」
「食物連鎖だと、蛙は蛇の下が多いからなぁ」

 巨大な蛙が小さい蛇を食べることはまれにあるが、基本逆である。
 シンは気のない適当な返事をしながらも、絶えず手を動かして、蛇や蛙や鰐を射貫いている。
 ここはオタマジャクシ課程を修了した、新米蛙がたくさんいるのだろう。前回よりサイズが小ぶりなだけ、まだマシだった。

「シン君、どーにかならへんのか!? スネイクバードどころじゃなくなるで!?」
「氷系の魔法を使えば、爬虫類はちゅうるいや両生類系は動きがにぶるよ」

 その言葉に、縋るようにビャクヤはレニを見る。

「レニちゃん!」
「この数では、広範囲にかけなくてはいけません! 無理ですぅ!」

 彼らの焦燥しょうそうを感じ取ったのか、魔物たちは畳み掛けようと襲いくる。
 シンが全力を出して一掃しても良かったのだが、不利な条件で戦った方がカミーユたちの経験になるだろう。
 それに、シンの魔力のヤバさをうっかり露呈ろていしかねないので、イマイチ踏み切れずにいた。
 そして何より、この状況で一人へそを曲げている相棒がいる。
 一人冷静なシンは、ポンとその相棒――グラスゴーの首筋くびすじを軽く叩く。

「いいよ、グラスゴー」

 それを合図に、グラスゴーは力強くいなないた。
 雑魚が寄ってきて心底鬱陶うっとうしかったのだろう。魔角にバチバチと黒い光としか表現しようのない、エネルギーをまとわりつかせている。
 頭を一振りすると、そのエネルギーは黒い稲妻いなずまとなって周囲に襲い掛かった。
 ぜる音、焼ける音、悲鳴がその場に響く。
 数秒後、その場に残っていたのは、黒く焦げてぶすぶすと音を立てる残骸が多数と、水面にひっくり返って白い腹を見せるたくさんの蛙や鰐や蛇たちだった。それ以外にも、巨大な魚やかにや海老もいる。
 空を飛んでいたスネイクバードも感電したのか、何匹も落ちていた。
 シンは一人湿地に降り立ち、大容量の収納が可能なマジックバッグに、魔物たちをかたぱしから仕舞いはじめる。
 処理は後だ。とりあえず回収して、鮮度を落とさないようにするのが先だった。

「拾わないの?」

 馬上で呆然としている三人にシンが声を掛けると、ようやく彼らも動き出した。

「カエル・カエル・カエル・ヘビ・カエル・ワニ・サカナサカナカエルカエルカエル……っ! だーっ! ほぼほぼ蛙ばっかやんか!? スネイクバードもおるけど、十匹に一匹やんかー!!」

 あまりの量に、ビャクヤがうがーっと髪を掻きむしっている。
 無駄にお坊ちゃま意識が高い系ミヤビ狐なので、泥んこフェスティバルは嫌なようである。

「はいはい、キリキリ働く。口よりも手を動かす。御銭おぜぜが君を待っているよ」

 幸い、シンのマジックバッグ(異空間バッグに転送可)にどんどん収容できるので、グラスゴーの頑張りは無駄にはならなそうだ。
 功労者グラスゴーは、シンからご馳走ちそうのポーションを貰ってご機嫌である。
 時折、無謀むぼうなグラスゴーチャレンジをする魔物が蹴り飛ばされて宙を舞う中、ビャクヤがきぃっとえる。

「なんで俺がこないなことせなあかんの!?」

 まだまだ元気そうだと、シンは観察しつつ相槌を打つ。

「お前とカミーユの授業のためだろう。ここから薬作るところまであるんだぞ」
「……せやった」

 ビャクヤはガチで忘れていたらしい。シンの冷静な言葉でやることを思い出して、項垂れている。
 初対面の時こそ澄ましていたが、本来ビャクヤは随分と感情の起伏が激しいらしい。
 化けの皮がベリッベリにがれている。蛙ショックおそるべし。

「ギルドで解体してもらえれば、目玉ときもとか、素材を貰えるから。あっちで買い取ってもらうこともできるけど」
「素材や報酬ほうしゅうがあるとはいえ、死体をかき集めるだけで今日はもう腹いっぱいや」

 シンがマジックバッグを持っていたことに最初こそ喜んだビャクヤだが、収納上限が見えない作業=エンドレス魔物回収という事実に気づいてからは、どんよりしている。
 水に入って鰐を縄でくくっていたカミーユも、ややぬかるんでいるギリギリ陸地で素材回収と採取をしていたレニも、ビャクヤに同感のようだ。
 魔物だけでも十分色々あるのだが、湿地ならではの植物が多くあるので、それらもついでに採取している。

「同じくでござる……」
「まだ蛙はいますし、休憩を取るのは湿原を出てからにしましょうか」

 カミーユとレニの顔には「ゆっくり休みたい」と書いてあった。
 食事中に蛙に乱入されてはたまらない。蛙じゃなくて、蛇や鰐が乱入してくる恐れもあるのだ。
 幸い、グラスゴーが大暴れした後は、魔物の襲撃は格段に減っていた。
 スネイクバードも、上空を旋回しながらシンたちがいなくなるのを待っている様子だ。稀に降下してくるものも、シンたちからだいぶ離れた場所に行く。

(なるほど、結構警戒心が強いのか。これじゃ近距離タイプには難しいな)

 意外にも良く動いたのはビャクヤで、ぶちぶちと文句を垂れながらも後半は追い上げるように回収作業に没頭していた。
 もともと要領が良いタイプなのだろう。
 だが、さすがに疲れたのか、作業を終えて湿地から少し離れた場所で休憩を取ると、パンをかじったままウトウトとしはじめた。
 レニやカミーユも相当疲れているので、気持ちがわかるのか、苦笑している。
 なお、この手の重労働に慣れているシンは、ケロッとしていた。


 ◆


「――はっ!?」

 休憩中にうたた寝をしてしまったビャクヤが起きたのは、冒険者ギルドに着いてからだった。
 テーブルに突っ伏すようにして寝ていたので、顔を上げた瞬間、べりっとした音がした。随分と長い時間、ほっぺたをテーブルにくっつけていたのか、謎の粘着性ねんちゃくせいがあった。その原因は蛙の粘液ねんえきなのだが、幸か不幸か、それを指摘する者はここにはいない。

「あ、起きたでござるか」
「ここは冒険者ギルドですよ。今は魔物の査定と解体中です」

 食事をしながら歓談中だったのか、レニとカミーユはそれぞれシチューポットパイと骨付き肉を楽しんでいる。
 それを見て、ビャクヤは周囲にただよう香ばしい食欲をそそる匂いに気づいた。すると急激に空腹であることを自覚する。
 帰りの道中、軽くパンと水を口に入れたが、空腹を誤魔化す程度の小さなものだ。
 あまりたくさん食べすぎると、動きが鈍くなるからと、満腹までは食べなかった。だが、それでも疲れ切った体に染みわたり、睡魔に襲われたところまでセットで思い出す。
 眠っていたビャクヤが何故ここにいるかといえば、シンたちに運んでもらったからに他ならない。
 自分だけ爆睡してしまったという事実に、ビャクヤは頭を抱える。
 自分より小柄な女の子のレニですら、ちゃんと起きているのが更にトドメだった。

「なんでや……?」
「ビャクヤ、どうしたでござるか? 討伐は大成功。あれだけ魔物を仕留めたので、かなりもうかったでござるよ!」

 脳筋のうきんシバワンコはこの際置いておく。カミーユが意外とタフなのは、実技系の実習で知っていた。基本的に、カミーユの元気は食べ物を与えればすぐにチャージされる。

「デュラハンギャロップがあんなに強いとは思いませんでした」
「グラスゴーが別格なのだと思うでござる」

 しみじみと語るレニとカミーユ。
 そんなのほほんとした会話すら、ビャクヤはちょっと憎いと感じた。
 湿地での作業は足場が悪いし、湿気は纏わりつくし、蛙は飛んでくるし、泥だらけになるしで、最悪だった。冬は去ったとはいえ、まだ水は冷たいから、それも容赦なく体力を奪ってくる。
 そこで彼はふと気づく。
 意外と服も体も綺麗だった。ちょっとべたついているが。
 不思議がるビャクヤを見て、レニが種明かしをする。

「シン君が洗浄の魔法を掛けてくれたんですよ……でも、蛙の粘液はちょっと落ちづらいみたいで」
「最後の一拭きは自分でやるでござる。温めたタオルがオススメでござるよー」

 二人はすでに拭いたらしい。すっきりとした顔をしている。
 ビャクヤもホットタオルを貰って顔を拭く。顔がすっきりするし、なんだか安心する。

「シン君は査定についていっとるん?」
「はい。シン君が倒した魔物を全部持ってくれましたし」

 マジックバッグはシン以外、出し入れできない。
 彼がいなかったら、馬に乗せられる量だけしか持って帰れなかっただろう。湿地で倒した分の十分の一にも満たない量だ。

「ついさっきまでは一緒にいたのですけれど、職員さんに呼ばれて行ってしまいました」

 あの膨大な量を出したものだから、現在ギルドの裏方は大忙おおいそがしらしい。

「まあ、シン殿ならば安心でござるよ」

 もぐっと肉をむカミーユに、レニが頷く。 
 確かにあのしっかり者の――というか、いささか可愛かわいげがないくらいに抜け目がないシンであれば、正確な手続きをしてくるだろう。ビャクヤは納得した。

「とりあえず、無事を祝って乾杯しているところでござる。ビャクヤも楽しむでござるよー」

 幸せそうにパクパク食べ続けるカミーユに呆れながら、ビャクヤも注文をすることにした。
 眠って体力は回復しても、空腹は収まらない。むしろ、ちょっと入れた分は消化しきっていて悪化した。もうお腹がペコペコであった。
 起き掛けに頼むものではないかもしれないが、がっつり食べたかったので、オニオングラタンスープとボアの香草包み焼きにパンをいくつか頼んだ。

(はぁ~、これはこれで悪ぅないんやけど、たまにはお米さんたべたいわ。お稲荷さん……餅巾着もちきんちゃく。お揚げもご無沙汰ぶさたやしなぁ)

 頼んだものをぺろりと平らげたものの、なんとなく物足りなくて、数々のメニューを思い浮かべる。
 ビャクヤだって育ちざかりなので、意外と食べる。ティンパイン料理も美味しいとは思うものの、故郷の料理は格別だった。
 その時、シンが戻ってきた。

「あ、起きたんだ。精算終わったから、こっち」

 そう言って、シンは個室の方を指さした。
 自分で頼んだらしいハムとレタスと卵の入ったバゲットサンドの皿を持って、シンが移動する。すでに食べ終わり、食後のお茶に入っていたレニとカミーユも、その背中に続いたので、ビャクヤも追いかけた。
 部屋に入ってまず目に飛び込んできたのは、輝かしい山だった。
 レニ、カミーユ、ビャクヤは、目の前にこんもりと鎮座ちんざするゴルドに目を白黒させる。
 カミーユなど、何度か目をこすったり、細めて見たりして、それが夢幻ゆめまぼろしや見間違いでないかと確認している。
 そんな三人とは違い、シンはちょこんと椅子に座ってギルド職員の方を見ていた。

「合計で八十二万とんで七百ゴルド。四等分で二十万五千百七十五ゴルドになります」

 職員がカルトンの上に金額の内訳を書いた紙を置く。
 圧倒的に数が多いのはビッグフロッグやポイズンフロッグ。そしてアリゲーター系やスネーク系、魚や甲殻類こうかくるいの名前がずらりと並んでいる。
 状態や大きさや重さ、色などによって若干査定額に差があるのもわかる。

「スネイクバードの素材は買い取りではなく、そちらで引き取るとのことですので、お渡ししますね」
「ありがとうございます」

 素材の入っている袋を受け取ると、シンはそのまま近くにいたカミーユの方に差し出す。
 しかし、カミーユは目の前のゴルドの山に釘付け。使い道に意識が飛んでいる。彼の脳裏にはたくさんの料理がおどっていた。
 今にも手の中から落ちそうな袋を、慌ててビャクヤがかっさらった。セーフである。

「あの大きなレッドアリゲーターは非常に色が良いので、オークションに出します。落札価格が決まりましたら、またご連絡しますね」
「トレンドは黒系と聞いていましたけど、あんなに真っ赤な鰐皮を買う人なんているんですか?」
「いますよ? 真っ赤だからこそ欲しがる方の心当たりがあるんです。特にあの色味であれば、絶対に目を付けますよ」

 自信満々のギルド職員だが、赤い色を好んで買う方ではないシンは、首をかしげた。
 かなり濃い色なうえ、発色が良いので非常に目立つ。

「つーわけで、とりあえず今日貰えるモノはその報酬だから。一応各自で確認しといて」

 レニが遠慮がちに確認する。

「シ、シン君、いいのですか? 騎獣や運搬はシン君頼みだったのに、綺麗に四等分って……」
「今回は四人パーティだったし、僕も勉強になったから」
「お馬さんにちょっとええもんあげてもええんやで? 今回一番活躍したやろ?」

 ビャクヤもレニの意見に同意するように頷いた。
 なお、カミーユは引き続き、ドリームトリップ中である。

「いや、それはそれ。これはこれ」

 ゆずる気がないシンに、ビャクヤは少し耳を下げた。
 初対面の時の大人しそうな印象は裏切られ、意地が悪いと思っていたシンだが、こちらが変な気を起こさなければ意外と世話焼きらしい。
 騎獣を貸してくれたり、戦闘でアドバイスやアシストをしてくれたり、マジックバッグに全員分の獲物を入れてくれたり、眠ってしまったビャクヤの泥を落としてくれたり。
 今もこうやって、きっちりと利益を分け合おうとしている。
 今回一番魔物を倒したのは、シンの騎獣だ。彼が多く報酬を貰っても、誰も文句を言わないだろう。

「なんや、シン君。律儀やなぁ」

 くふんと笑うビャクヤは「じゃあもろときましょか」と自分の方へカルトンを寄せる。
 それを見て、レニも一瞬迷った後に同じように引き寄せた。そして、隣でよだれを垂らしているカミーユをいい加減現実に引き戻しにかかった。
 その後、四人はギルドを後にした。
 全員寮暮らしなので、当然ながら帰る方向も一緒である。
 行きと同じように、グラスゴーにシンとレニ、ピコにカミーユとビャクヤが乗ろうとする。
 だが、ビャクヤがシンの方へ寄ってきた。正確に言えば、グラスゴーの方へ、である。漆黒しっこく巨躯きょくをちらりと見た後、その顔をまじまじと見つめる。

「ビャクヤ、あんまり近づくと……」
「なんやこのお馬さん、魔馬やけど、ちょっと変わった気配がするんやけ――んぎゃーーーっ!?」

 デュラハンギャロップの十八番おはこ、首刈りが発動しかけた。
 すっかり伸びた魔角で、ビャクヤの眉間みけんめがけて突いてきたのだ。ビャクヤは体をひねって逃れたが、それでも頭をかすってった髪がほどけている。
 追撃がなかったのは、シンが手綱たづなを引いたからだろう。グラスゴーはやや不服そうに「なんで?」と、シンを見ている。

「あぶなー! なんやの、この子!? あぶな!」
「ごめん、基本、グラスゴーは僕以外には喧嘩腰なところがあるから」
「見とっただけなのに! なんも企んでなかったのに、何すんの!?」

 魔獣の騎獣は珍しくないが、グラスゴーからは群を抜いて強い気配を感じていた。
 それを差し引いても、何やら違和感を覚えて、ビャクヤは思わず見つめてしまったのだ。 

「ビャクヤー、それアウトでござるよ~。ピコは大人しい馬でござるが、グラスゴーは暴れん坊でござる。というか、デュラハンギャロップと目を合わせるのは危険行為でござる」
物騒ぶっそう!!」
首なし騎士の魔馬デュラハンギャロップでござるよ?」

 カミーユにたしなめられても、ビャクヤは納得いかない様子だ。
 シンがデュラハンギャロップの習性を教えると、彼はドン引きした。
 シンも「わかる」と内心で頷く。シンだって、初めてこの説明を聞いた時は同じ反応だった。

「えぇ……シン君もレニちゃんも、よぅそんな血の気の多いのに乗れるな」
「僕には懐いているし」
「そのうち懐いてくれますよ? ………………………………多分」

 レニが最後の方に小さく付け足した言葉を、狐イヤーはキャッチしていたようだ。ビャクヤは物凄く胡乱うろんな視線をレニにぶつけるが、彼女はそれから逃れるようにさっと顔をそむけた。
 シンがぺちぺちとグラスゴーの首筋を叩いて、オイタも程々にするように伝えている。

「シン君、ガッツあるなぁ。命がけの我慢比べしたん?」
「僕はグラスゴーが弱っていたところを保護というか、治療したから、そういうのはしないで懐いたんだよ」

 ビャクヤはシンの細っこい少年体形独特の腕を見て「なるほど」と納得した。
 矢の威力からかなり強肩きょうけんなのはわかるが、何時間も暴れまくる魔馬に耐えられるようには見えない。
 しかも、デュラハンギャロップは意に沿わずに背に乗れば、絶えず首を狙ってくるらしい。
 そんなグラスゴーが、べろんちょとシンを舐める。
 傍目はためにもグラスゴーからの「好き好き~♡」なオーラが見える。だが、ビャクヤを見ると、つぶらな黒い瞳を一瞬すがめ、ふんっと鼻でわらった。
 シンに対する態度とえらく違うが、昼間の恐るべき実力を見れば、ビャクヤには争う気など全く起きなかった。


あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

「お前の看病は必要ない」と追放された令嬢——3日後、王子の熱が40度を超えても、誰も下げ方を知らなかった

歩人
ファンタジー
「お前の看病などいらない。薬師がいれば十分だ」 王太子カールにそう告げられ、侯爵令嬢リーゼは静かに宮廷を去った。 誰も知らなかった。夜ごとの見回り、薬の飲み合わせの管理、感染症の予防措置——宮廷の健康を守っていたのは薬師ではなくリーゼだったことを。 前世で救急看護師だった記憶を持つ彼女は、辺境の診療所で第二の人生を始める。 一方、リーゼが去った宮廷では原因不明の発熱が蔓延し、王太子自身も倒れる。 迎えに来た使者にリーゼは告げる——「お薬は出せます。でも、看護は致しません」

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

『彼を解放して!』とおっしゃいましたが、何から解放されたいのですか?

シエル
恋愛
「彼を解放してください!」 友人たちと教室に戻ろうとしていると、突如、知らない令嬢に呼び止められました。 「どなたかしら?」 なぜ、先ほどから私が問いかける度に驚いているのでしょう? まるで「え!?私のこと知らないの!?」と言わんばかりですけれど、知りませんよ? どうやら、『彼』とは私の婚約者のことのようです。 「解放して」とおっしゃっいましたが、私の目には何かに囚われているようには見えないのですが? ※ 中世ヨーロッパモデルの架空の世界 ※ ご都合主義です。 ※ 誤字、脱字、文章がおかしい箇所は気付いた際に修正しております。

文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる── 侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。 だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。 アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。 そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。 「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」 これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。 ⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。過激ざまぁタグあります。 4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。