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6巻
6-1
プロローグ
――これは、とある元社畜の物語。
勇者召喚に巻き込まれて異世界転生を果たしたその青年の名は、相良真一。彼は、新たな世界で少年シンとして生きることになった。
創造主である女神フォルミアルカから貰った『ギフト』や『加護』のおかげで、ファンタジーな世界で第二の青春を謳歌している。
勇者と一緒に召喚されたテイラン王国が大変糞だったので、シンは冒険者として生計を立てながら別の国に移動。
流れに流れ、ティンパイン王国の辺鄙な山の奥にあるタニキ村に腰を落ち着けることになった。
そこで狩りや採取をしたり、野菜を育てたり、王都からやってきた第三王子ティルレインに懐かれたりと、時々珍事件が起こりつつも、概ね平和に暮らすシン。馬鹿王子をシバきながら神々にアドバイスしたら、それがきっかけで新たな加護を貰ったりと、だんだん平凡から逸脱しながらも、スローライフを満喫していた。
そんなシンは、現在王都エルビアにあるティンパイン国立学園で、学生生活をエンジョイ中だ。
加護持ちであることが国のお偉方に露見した結果、得てしまったティンパイン公式神子の身分を隠し、庶民として在籍している。
そこでもギフトや加護が妙な具合に発動して、トラブルが起こることもあるが、ご愛嬌。
今日も今日とて、シンは異世界スローライフを邁進するのだった。
第一章 豆の木
学園の校舎から少し離れた位置に、シンが個人的に利用している温室があった。
古くなって使われていなかったそこで、シンは学園に許可を得て色々と栽培していた。季節の野菜や調合用の薬草などが、所狭しと茂っている。
少し前まで『白マンドレイク』の繁茂に悩まされていたその場所に鎮座しているのは……童話にある『ジャックと豆の木』までいかずとも、規格外に成長した豆の木。
しかもこの豆の木、ただデカいだけでなく、豆を銃弾よろしく発射して攻撃してくる厄介な代物だった。
それでも、肥料代わりのポーションを与えなければ、そのうち栄養が足りずに落ち着くだろうと判断したシンは、発砲ならぬ発豆される豆を収穫することにした。
シンの友人で、テイラン王国出身の狐の獣人ビャクヤは、ぶっ放される豆の成長具合を見て「青い……まだ熟しとらん」と、ブチブチ文句を垂れている。
彼が望んでいるのは、枝豆がさらに完熟した大豆である。
それでも塩ゆでにしてやると黙々と食べるあたり、枝豆が嫌いというわけではないのだろう。
シンの個人的な要望としては、莢からぷちゅっと押し出して食べたいところである。だが、ジャンボ枝豆は規格外。自分の腕サイズもあるため、莢一つ食べる前にお腹いっぱいになりそうだ。
もちろん、シンだけでは食べきれないので、ギルドに納品し、さらに残った分は寮や錬金術部にお裾分けしている。
この辺りでメジャーな豆の食べ方は、煮物やスープらしい。
ビャクヤはずんだ風にして、甘味として食べていた。
ずんだは油を使わない分、ティンパイン王国で一般的な洋菓子よりローカロリーである。砂糖の使用量がえげつないが、それでも乳脂肪や脂質の塊であるバターやクリームよりずっとヘルシーだ。
ずんだのあっさりとした甘さに、錬金術部の女子たちは沸き立った。甘いものは食べたい。でも、体重や肌荒れは気になる。そんな彼女たちのニーズにストライクだった。
シンも錬金術部でお菓子を作るようになって実感したが、洋菓子に使う砂糖・油の量はすさまじいのだ。
ビャクヤはパワフルガールたちの圧に屈して、ずんだだけでなく、あんこ系のメニューのレシピも吐いている。
だが、小豆は大豆より入手が難しいので、実際に作るのはどうしてもずんだ率が高い。
(ずんだ餅とか、お饅頭も美味しいからチェスター様にもお裾分けしようかな)
ふと、シンはティンパイン王国で宰相として辣腕を振るうチェスター・フォン・ドーベルマン伯爵の顔を思い浮かべた。
それに、多くの女性は甘い物が大好きなので、彼の妻のミリアも好むかもしれない。
少なくとも、ドーベルマン邸で甘い物を嫌っていそうな者はいなかった。
(これから暑くなるし、ずんだで冷やし善哉っぽくするとか? 餅は冷えると固まるから、白玉団子みたいのがあるといいけど……)
ドーベルマン夫妻は、シンの学生ライフを支えてくれる大事なスポンサーである。
シンも時には長いものに巻かれ、ゴマをスリスリしまくっておく。
あの二人はシンに甘い。実の息子が悪気なくアッパラパーなところがあるので、二人はちょっと小癪なところがあるシンを、むしろ「お利口で可愛い」と思っている。
しかもチェスターは愛妻家だ。ミリアを喜ばせれば、自動的にチェスターも喜ぶ。一石二鳥である。
社交界のストレスや、オツムに難アリの息子たちからの無自覚ラフプレーで時折情緒が乱高下するミリア。そこをシンがカバーしてくれるので、チェスターとしては大助かりだった。
なお、その裏で「チェスターばっかりずるい!」と駄々こねている国王や第三王子は、黙殺されている。
巨大豆の木が温室に居座るようになってから数日経った。
冒険者ギルドの一室で、分厚い小さな麻袋を手にした二人の少年が、しみじみと顔を見合わせている。
一人は毛先に行くにつれて赤みを帯びた金髪とマロ眉のエキゾチックな狐の獣人の少年。もう一人は紺色の髪をポニーテールにした、すっきりとした顔立ちの少年である。
ビャクヤと、彼と同郷で同じ騎士科に通うカミーユだ。
あり余る豆が、こんな大金になるとは――二人の目にはそう書いてあった。
温室で草取りをする際、豆マシンガンスプラッシュを食らうのは、毎回恒例になっている。食べられる豆を捨てるのももったいないので、そのまま収穫したのだが、それがかなりの量になった。
「お裾分けじゃ捌けないから、冒険者ギルドに納品しよう」というシンの提案に従って、二人は豆を拾うのを手伝ったのだ。
豆は当たればそれなりに痛いが、騎士科から借りた模擬専用の木の盾を使えば、簡単に防げる。
基本、豆の木の攻撃はワンパターンだ。ある程度豆をぶっ放したら、莢に新しい豆が充填されるまでは次の攻撃をしてこない。
防ぎ切った後でゆっくり豆を拾えばいいし、冒険者ギルドに運ぶのだって、シンの持っている『マジックバッグ』を使えば大容量の収納が可能なので、楽ちんだ。
少ない労力の割には嬉しい臨時収入になった。
ずっしりとした重さが詰まっている麻袋の中身を改めたビャクヤとカミーユは、得た報酬を見て目を丸くする。
シンは慣れているので気にならなかったものの、二人にとっては少なくない金額だったようだ。
以前、シンはレストランの食材として豆を納品したのだが、それが好評だったようで、今回追加で納品したら、喜んで引き取ってくれた。ついでに稀少素材である白マンドレイクにも結構な値が付いた。
シンはマジックバッグ持ちであるし、有望な若手ということで、ギルドから目を掛けられている。今回も個室に案内されたので、報酬もそこで分けた。
子供が大金を持っていると知られると、カツアゲする者が出てくるため、配慮してくれたのだろう。
「シン君、毎度やけど、ええの?」
ビャクヤが少し遠慮がちにシンに尋ねた。
「うちの地方の諺に〝タダより高い物はない〟って言葉があるんだ。適正報酬」
「ありがたいでござるー……騎士科の模擬戦や遠征で、最近は冒険者業が疎かだったのでござる。これで靴が新調できるでござるよ」
絶対チクチクするだろうに、カミーユは麻袋に頬ずりしている。
シンは「ほどほどにしときなよ」と、一応は忠告しておいた。
「靴、どこか壊れたの?」
カミーユのブーツはそれなりに使い込まれているが、目立った傷みはなかった。
「気に入っていたのでござるが、窮屈になってきたでござる。最近、なぜか体が痛いでござる……」
「成長痛? なんか急激に背が伸びたりするとあるらしいね」
凄い人だと、自分の骨がミシミシパキパキと音がするのがわかるという。
シンも真一時代にも多少は経験したが、痛みもほどほど、身長もほどほどだった。
カミーユは現時点で三人の中で一番身長が高い。それなのに、さらに成長痛が来たということは、今後ニョキニョキ伸びるということだろうか。
シンとビャクヤは、無言で顔を見合わせた。そして、カミーユのつむじをドスドスと指でつつく。
「一人だけデカくなるとか、裏切りだ」
「そうや。カミーユはもともと一番大きいのに、なんでさらに伸びるんや」
座っていたので、容赦なくつつき回してやった。
「や、やめるでござる! 理不尽でござる!」
カミーユは頭を押さえて逃げようとするが、二人の指プッシュ攻撃はやまない。
「縮め」
「凹んでまえ」
ドスドスと二人はつつきまくった。
実に虚しい嫉妬である。
ちなみにその頃、同級生であり聖騎士のレニは、錬金術部のメンバーで女子会スイーツ巡りをしていた。
いつもシンの護衛を頑張っているので、ティンパイン側から護衛人員を増やすから休んでおいでと送り出されたのである。
彼女はカミーユのつむじではなく、人気カフェの不動のナンバーワンであるショートケーキをつついていた。
◆
シンが学生生活をエンジョイしている時、王宮の中でも特に秘匿されている神子用の離宮で、一人の貴人が駄々をこねていた。
そのやんごとなき身分はティンパイン王国第三王子。ティルレイン・エヴァンジェリン・バルザーヤ・ティンパイン、その人である。
ちょっと頭の作りが残念で、持ち前の愛嬌や両親譲りの美貌をもってしてもカバーできない。
だが、馬鹿な子ほど可愛いという感じで、なんだかんだでみんなに愛されている御仁である。
彼は離宮の四阿で、誰かとお茶に興じていた。
「シンに会いたい! 君だって影武者ご苦労様って感じだよ!? でもね、僕はいい加減、本当のシンに会いたいの! 最近は学生寮にいるから、チェスターのとこ行っても入れ違いが多いしさー!」
ティルレインはベチベチとテーブルを叩きながら管を巻く。
向かいにいるのは、少年とも少女とも言えるような相手だった。
頭からすっぽり覆う形の薄布は、顔どころか髪一筋残さず隠し、ゆったりとした白い法衣は裾拡がり型であり、体の線を曖昧にして、腕や足の太さもわからない。
歩くとたまに、靴のつま先がチョコチョコ見える程度。
露出は完全にゼロで、性別の判断に迷う。
白装束の『神子様』の後ろにいるのは、護衛騎士のアンジェリカだ。
白銀の鎧を纏い、長い髪を一つに結い上げている。もともと迫力のある美人なので、清廉と高潔な白の鎧は、彼女の美貌を一層引き立てた。
「チェスターもヴィーも会いに行っちゃダメって言うしさー。洗脳魔法? 魔術かスキルかわかんないけど、もうだいぶ良くない? 元気だよね、僕?」
頭をテーブルの上でゴロゴロ動かし、宰相と婚約者への不満を口にしながら、手足をばたつかせる姿は、酷く子供っぽい。
影武者の神子様は、ティルレインの訴えに首を傾げるような動きを見せた。
アンジェリカはやや不安げにティルレインと神子様を見ながら口を開きかけるが、躊躇って口を噤んだ。
「ね! 君も本物のシンに会いたくない!? アンジェリカも会いたいよね!? 僕もヴィーを招待して、お茶会セッティングして、色々積もる話をキャッキャウフフってしたいんだよおおお!」
大声の勢いで起き上がったティルレインは、白い法衣の肩をがっしりと掴んだ。
その瞬間、ゴロリと神子様の首が取れた。
テン、テン、ゴロゴロ。
テーブルの上に落ちて転がり、床に落ちてさらに転がっていく。
首が落ちた拍子に、薄布もひらりと落ちて、風にさらわれた。
「……ぎゃあああふがん!」
真っ青になって騒ぎかけたティルレインの口を塞ぎ、早口でアンジェリカが伝える。
「落ち着いてください、ティルレイン王子殿下! これは魔道具の一つです! 影武者を使うよりも色々と応用ができると、王宮魔術師様たちが作ってくださった人形です!」
「なんで人形!?」
衝撃的な首ポロリに半泣きのティルレイン。その縋るような眼差しに、アンジェリカは「え、えーと、その」と、歯切れが悪い。
そんな時、泣きべそのティルレインの後ろから、若き淑女が手入れの行き届いたホワイトブロンドの髪を煌めかせてやってきた。
「それはですねぇ。ティンパイン公式神子様は国内外から注目されていまして、時々許可もなく接触しようとする愚か者が後を絶ちませんの。それ以外にも理由はありましてよ? 部屋を抜け出して、たびたびこちらで管を巻く王子をとっ捕まえたりするため……とかですわ」
口元を扇で少し隠しながら、優美な笑みを湛えている。だが、そのオレンジ色の瞳には悪戯っぽい輝きがあった。
「あ、ヴィー。でもさ、ヴィーもシンとお話ししたいよね?」
ヴィーことヴィクトリア・フォン・ホワイトテリア公爵令嬢の姿を認めると、ティルレインはぱっと嬉しそうに笑顔で手を振る。
なんだかんだで仲の良い二人である。
「うふふ、そうですわね。その前に殿下、聖女様と王宮魔術師たちの診察を受けてくださいまし?」
ヴィクトリアの言葉に、ティルレインは胸元から懐中時計を引っ張り出して確認する。
「え? もうそんな時間?」
思いのほか針が進んでいて、ティルレインは焦った。ちゃんと戻るつもりだったが、思った以上に長居していた。
「そんな時間ですわ。ああそう、午後に王妃様の離宮のお庭をお貸しいただけることになりましたの。百合が見頃だとお聞きしましたし、診察が終わりましたら、ご一緒しませんこと?」
「行くぅ!」
元気よく返事をするティルレインに、ヴィクトリアはさらに笑みを返す。
「まあ、嬉しく存じますわ。ちょうど、素敵なチョコレートを入手しましたの」
「じゃあ、僕はトラッドラ産の茶葉を持っていくよ。ほら、あの林檎やベリーが入ったの。知らないかな? でも、ヴィーもきっと気に入るよ!」
「あら、私も? 私以外に、誰かお好きな方がいらっしゃるのかしら?」
「乳母のベッツィーと侍女のビビだよ」
ヴィクトリアの優秀な頭脳が、完熟のマダムを超えて干物クラスに入った二人のレディの顔を弾き出す。
確か、まだティルレインが病弱だった時に、一緒に王家の療養地までついていってくれた使用人である。さすがに今は高齢を理由に引退している。
そして、そのベリー入りのフルーツティーは、美容と健康に良いとされる高級茶の一つだ。
この王子のことだから、幼い頃に一人のお茶は寂しいからと、侍女たちも巻き込んだのは想像できる。ここで以前彼を陥れた女狐アイリーンの名が出てきたらお仕置きコースだったが、見事に回避したティルレインであった。
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幸い、鈍感なティルレインは、気まずい気持ちに気づいていなかった。
「あ、じゃあヴィー。僕は診察行ってくるね! アンジェリカもまたね!」
「いってらっしゃいまし」
「お気をつけて」
ヴィクトリアとアンジェリカがそれぞれに見送りの言葉を掛ける。
走って出ていくティルレインを追って、護衛たちも駆けていく。
「今日のチョコレートは、〝甲虫チョコレート〟といって、本物ソ~ックリな虫型チョコレートなのですが……殿下はどんな反応するかしら?」
小さくなる足音の方向を見ながら、うっとりと頬を染めたヴィクトリアが小さく呟いた。
ちなみに、彼女の父であるホワイトテリア公爵は、甲虫チョコレートを目にすると乙女のような悲鳴を上げて、執事と一緒に逃げ回っていた。都会育ちの公爵にとって、リアル虫チョコは見る拷問でしかない。
とても楽しそうなヴィクトリアの様子にちょっと寒気を覚えながら、アンジェリカは何も言えずにそっと人形の首を戻していた。
◆
試験が終わり、伯爵子息のシフルト・オウルとシンの決闘騒ぎにもけりがつき、なんだかんだで騒がしくも楽しかった前期が終わろうとしていた。
学園は後期に入るまで、長期の休みがある。夏休みだ。
王侯貴族たちにとって春から夏にかけては社交シーズンなので、連日連夜とまではいかないものの、積極的に外に出るらしい。そうやって築いた人脈で事業を展開し、家と家の顔を繋いで婚活をするのだから、サボるわけにもいかないのだろう。
家の未来に直結する社交は、貴族にとっては営業活動に近いものといえる。ご苦労なことである。
一方、平民たちにとって夏場は、作物の育成や出荷に忙しいし、冬に向けての蓄えをする大事な時期だ。ここできっちり稼いでおかないと、飢えるのは自分と家族だ。生命線になるので、魔物や病害虫に神経を尖らせて、せっせと働かなくてはならない。
特に今年は、先の冬に神罰が猛威を振るって異常気象が発生したこともあり、みんな必死に備蓄を用意しようとしている。
シンもチェスターたちに挨拶した後、一度はタニキ村に戻る予定だ。
お土産は何にすべきか、教室でクラスメイトや錬金術部の仲間たちに相談していると、シンはがっしりと肩を掴まれた。
振り返ると、暗雲を背負うビャクヤがいた。
「うわ、どうしたんだよ?」
「どーしたもこーしたも、アレはどないすんの?」
「アレ?」
なんのことだと首を傾げるシンの反応に納得いかなかったビャクヤが、クワッと眼光鋭くさらに近づいてきた。
「お豆さんや! 枝豆は食べたけど、大豆はまだ収穫しとらんやん! 実家戻るって、あの立派なお豆の木は放置か!?」
「いや、グレゴリオ先生が人を手配してくれて、学校の用務員さんとかが草塗れにならないようにしてくれるって。まあ、マンドレイクも豆の木も一度引っこ抜くけど」
錬金術科目を受け持つ教師のグレゴリオは、白マンドレイクの研究の一環か、定期的にシンの温室に来ては、土壌検査や肥料や水やりの様子をチェックしている。シンがいなくなった後に増えられても困るので、経過を見てくれるという。
シンの中では白マンドレイクは雑草一歩手前のオモシロ植物だが、魔法学、薬学、錬金術などに携わる者にとってはお宝だ。
マンドレイクはともかく、豆の木を抜くというワードに、ビャクヤが敏感に反応した。
尻尾がぶわっと膨らみ、神経を張り詰めさせた耳は強く立っているし、よく見れば、力が入りすぎてぴくぴく震えている。
「お豆は!? 大豆は!? 油揚げは? お稲荷さんはー!?」
「うーん、今の豆が成熟してなかったら、最悪後期? 今から種豆を蒔いて間に合ったら、タニキ村で作ってみるよ」
「イヤやあああー! そんな殺生な! ずっと俺はシン君のお豆さんを楽しみにしとったのにー!」
「でも僕、ずっとここにいるわけじゃないし。豆は買えばよくない?」
「イヤや……あのお豆さんがええ」
いつもなら諦めるところが、やけに粘るビャクヤ。
確かに大豆ができるのを楽しみにしていたし、あの豆の木が白マンドレイクポーションを与えられていなければ、今頃は大豆を収穫できていたはずだ。
だが、ビャクヤがそこまで意固地になる理由が、シンにはわからない。
「なんで」
「シン君、気づいとらんの?」
「なにが?」
純粋に、大豆だけなら市場や八百屋で買える。
「シン君の温室のお野菜はどれもめっっっっっちゃ美味いんよ!」
「そっか、ありがとう」
褒められて悪い気はしない。
シンとしては、特に味にこだわった覚えはない。コスパを求めると自然と自給自足になるので、育てただけだ。
今までシンは「鮮度が良いものはやっぱり美味しいんだな」としか思っていなかったが、彼の畑で作った作物は一般的に見ても非常に美味らしい。
シンの収穫物を食べたことのある生徒――特に錬金術部所属や、同じ寮生たちは、ウンウンと頷いている。ビャクヤの大袈裟な強調を聞いても、なんら否定をしてこない。
「シン君のお稲荷さんがええんや!」
ビャクヤにしては珍しいことに、何も裏のないストレートな要求である。
若干下ネタに聞こえるのは、シンの心が汚い大人だからだろうか。
ビャクヤの懇願に、スンとした真顔になる。
ビャクヤはシンの作った大豆で油揚げを作り、お稲荷さんを拵えたいと考えていた。
狐系男子としては、どうしても油揚げはこだわりたいところなのだろう。
ビャクヤは腹に一物持っていて、ちょっと性格が捻じれているものの、なんだかんだで悪い奴ではない。
威勢は良くても、へろんと下がった尻尾は、ちょっと諦めかけた心をよく表していた。
「とりあえず、温室の豆の木を収穫してみよう。それでできるか考えてもいいんじゃない?」
ぶっちゃけ季節外れなので、食用豆はあっても、種豆が入手できるかはわからない。しかしそれを言ったら、ますますビャクヤは温室の豆にこだわるだろう。
シンの提案に、ビャクヤも頷いた。
そこで収穫できれば、ヤキモキしないで済む。
レニはそんなシンとビャクヤの様子を見てニコニコしている。
曲者を手懐ける〝トップブリーダー〟レニではあるが、癖の強いフォックス野郎の手綱を握るのは難しい。狐はイヌ科ではあるが、犬ほど人に懐かない野生動物である。
だが、馬に人参、狐に油揚げで、好物によるマウントは可能そうだ。
シンにはそんなつもりはないが、彼の傍にいれば、金に困って空腹に耐えるような事態になる可能性は格段に減る。
それを理解しているビャクヤは、シンに一目置いていて、協力的だ。カミーユより頭が回るし、周囲を観察できる人間なので、味方ならば心強い。
ティンパイン王国からの情報によれば、ビャクヤはテイラン出身だが、中枢とは繋がりが薄い。
彼の生家ナインテイルは、テイラン王家とは距離のある家だったし、たとえ故郷でも、愛国心は全くなさそうだ。
シンたちのやり取りを見ながら、レニは考えを巡らせる。
(ビャクヤもカミーユも国に帰る意思はなさそうですし、引き入れを考えてもいいですね)
シンに対して搾取や寄生するつもりなら戦う所存だったが、共存するのであれば、レニだって無闇に攻撃しないのだ。
カミーユはもともとティンパインに亡命希望だし、ビャクヤは祖国に一泡吹かせてお家を返り咲かせるのが目的だった。
だが、ビャクヤが見返そうとしている相手は、現在落ちぶれている。
王家ですら、亡命希望でティンパインに来ようとする者がいるくらいだ。
ビャクヤの様子を見る限り、そこまでテイランが逼迫しているのは知らないようだ。
あちらの王侯貴族にも面子がある――今まで威張り散らしていただけあって、弱みを見せないように、表面上は取り繕っている。繕い切れず、だいぶボロは出ているが。
タイミングは重要だ。
そんなレニの笑顔の裏で編まれる計画など知らず、ビャクヤとシンは豆の木チャレンジを考えていた。
ちなみに、カミーユはレニの隣でずっと〝待て〟をしている。作戦会議はブレイン役にお任せなのだ。
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