巻き添えで異世界召喚されたおれは、最強騎士団に拾われる

こざかな

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3巻

3-1




   第一章


 つくづく、不思議なこともあるものだ。おれは時々そう思わずにはいられない。
 ある日突然、人気乙女ゲーム「りゅう神子みこ」の世界に妹の巻き添えで異世界転移してしまったおれ――四ノ宮鷹人しのみやたかと
 転移先の森で奴隷狩りに捕まり貞操の危機に晒されていたところを、ゲーム内で最強の騎士団と名高い『りゅうきば』に助けられた。
 その騎士団の団長、ダレスティア・ヴィ・ガレイダスはおれの推し。ほんとカッコいい。
 ハプニングによって、ダレスティアと彼の補佐をしているロイ・アレクシアと情を交わすことになり、そして共に過ごす中で愛を育んだ。
 そして、副団長のオウカ・レイ・カーネリアンとも……
 妹――四ノ宮貴音しのみやたかねの巻き添え召喚でこの世界に来ただけのおれが、三人の最上の男達に愛されるだなんて、ほんと、不思議なこともあるものだ。
 神子として召喚された貴音が、ゲームのシナリオ通りに行動しようとして起こした『神子誘拐事件』。
 しかしシナリオ通りの行動をしたというのに、シナリオ通りの展開にはならなかった。
 その理由として、この世界は貴音が好き勝手に書いていた二次創作の要素が混ざっているからではないか、というとんでもない事情があったりする。
 そして次にその影響が現れたのは、貴音が助けた猫獣人の故郷だった。


    ◇◇◇◇


 ミレニア地方、アルシャ。
 ラディア王国最強の騎士団『竜の牙』による、アルシャを治めるアビアン一族の調査が始まってからひと月ほど。
 腐敗した一族そのものを容赦なく丸裸にするような調査が行われ、釈放された者はほんのわずかだったという。
 国王陛下の名のもとアルシャの領主に就任したラーニャは、叔父によって変わってしまったアルシャの街の治安を改善するべく精力的に動いている。
 ラーニャの手腕もあるが、ダレスティア達、竜の牙も協力しているお陰か、治安については順調に回復しているようだ。
 ちなみに一番やる気になっているのはオウカだ。率先して窃盗集団や近くに根城を構えていた奴隷狩りを捕まえているらしい。
 獣人が多いこの街では、オウカのような狼獣人などの上位種族は一目置かれるため、治安回復のための作戦会議をするのはダレスティアとロイ。
 現場で動くのはオウカという役割分担をしている。
 元々はアビアン一族当主の嘆願で、竜の牙は市民の暴動を鎮圧するためにアルシャへと派遣された。しかしふたを開けてみれば、倒すべきはアビアン一族のほうだったのである。
 奴隷狩りと癒着し、前当主の甥――ラーニャさえも奴隷として売った非道な一族は、皮肉にも自らが裏切ったミレニア地方の民達と、奴隷に堕としたラーニャによってその悪行は晒された。
 ゲームでは滅びていたラーニャの故郷は今、ラーニャの手によって生まれ変わろうとしている。
 そして、おれがアルシャに来た目的である、ミレニア地方に出現した神竜のものと思われる古代神殿。
 そこでおれは、神竜にとんでもないものを押しつけられた。
 それが巻き起こす騒動の予感に、おれは毎日それを見る度に身を震わせている。


 今日もまた、まばゆい日差しが赤茶の街に降り注ぐ。
 そしてその日が射す空を、竜達が背に相棒を乗せて元気に飛び回っていた。
 そんな中、おれは竜の牙のアルシャ本部で貴音と話していた。正確には貴音の映像だが。

『じゃあ、そろそろこっちに戻ってくるんだよね?』
「うん。ダレスティア達が戻れることになったから、おれも一緒に王都に帰るよ」
『こっちもあの噂はほとんど下火になってるし、ちょうどいいタイミングね。クーロにも伝えておこうか? あの子、お兄ちゃんが帰ってくるまでにもっと大きくなるんだって言って、ウィリアムさん達と一緒に毎日訓練してるの』
「毎日? すごいな」
『それに、リノウの時間が空いたら魔法も教えてもらってるんだけど、魔力も多くて理解も早いって褒められてるよ。これは将来、モテるね』
「剣も魔法も使いこなせるようになったら、竜の牙に入団することもあり得るかも」
『かもね!』

 魔道具の通信機を使って王都にいる貴音と会話をするのは、元の世界にいた頃のビデオ通話みたいでなんだか懐かしさを感じる。
 王宮で広まっていた噂は、貴音と王子達の尽力で収まりつつあるらしい。
 アルシャの件が片付いても、もしかしたらまだ王都には戻れないかもと思っていたから、本当にちょうどいいタイミングだったみたいだ。

『タカネ、少しタカトと話してもいいかい?』
「その声は、カイウス王子?」

 顔は見えなかったけど、貴音の後ろに立った人の声と服の装飾で、すぐカイウスだと分かった。多忙な第一王子が貴音のところにいるなんて珍しいな。

『正解。そこにサファリファスはいるかな』
「おりますよ、殿下」

 先日、神竜の神殿と思われる遺跡から見つかった神竜の卵。
 この世界の竜の卵を知らないおれからすれば、小さいのか大きいのか分からないダチョウの卵サイズのそれを部屋の隅で飽きずにずっと眺めていたサファリファスは、めんどくさそうに返事だけをして目は卵から離さない。どうやら対面して話す気はないらしい。
 サファリファスの返答を聞いたカイウスが苦笑し、その後ろからはウィリアムの「不敬だ!」と怒っている声が聞こえてくる。

「サファリファスさん。そんなに見ても卵は急に変わったりしないと思いますよ。カイウス王子のお話を聞いてください」
「……仕方ないな」

 渋々ながらも魔道具の前に来たサファリファスは、またしてもカイウス王子を苦笑させた。

『サファリファス……せめて身だしなみは整えなさい』
「別にボクがどのような恰好をしていようが、問題はないと思いますが」

 カイウス王子の指摘を受けて、おれも彼に視線を移す。
 今のサファリファスは、初めて会った時のように髪はボサボサで服はヨレヨレ。神竜の卵を連日分析しているから、見た目に気を回すつもりがなくなったようだ。

『そこは君の工房じゃないだろう? 王宮から派遣された魔術師ということになっているのだから、せめて身なりだけはきちんとしてくれ』
「カイウス王子もこう仰ってるんですから、せめて髪だけでも整えましょうよ。せっかくの綺麗なお顔が隠れてしまってもったいないですよ」

 サファリファスがおれを見た。正確に言うと前髪で目が隠れて見えないので、『見られている気がする』だけだけど。

『……さりげない言葉で心を掴むなんて、流石さすがお兄ちゃん』
「貴音、何か言ったか?」

「なんでも~」なんて言ってはぐらかす貴音に気を取られている一瞬の隙に、サファリファスは魔法で全身の身なりを整えていた。
 うん。整ったサファリファスは眼福だ。

「それで、ボクに何の御用ですか。タカトに話があるのでは?」

 憮然とした表情を浮かべるサファリファスは、映像のカイウス王子に向けてそっけなく質問する。カイウスは軽くため息を吐いて、口を開いた。

「タカトと君に、だ。まず噂の件だが、先ほどタカネが言ったように、王宮内で噂を口にする者はいなくなった。噂を広めていた犯人達には陛下の名をもって相応の罰を与えたからね。そんな中でまだ噂の真偽について話そうとする愚か者はいないよ」

 以前の通信で貴音から聞いていたけど、噂を広めた令嬢達の家に課せられた罰は、実質的な没落だったらしい。
 令嬢達の両親はすぐに王様のところに謝罪に訪れて、娘を修道院に入れると宣言したという。娘よりも家柄を選ぶのか、と少しもやっとしたけど、貴族にとってはそれくらい没落っていうのが不名誉なことだったんだろうな。
 王様もそれで手打ちにして、家の没落という罰を少し軽くしたらしい。

『社交界のほうは今アイルが確かめているけど、元からそんな噂はなかったことにするつもりらしい。やはりガレイダス家の名が大きいみたいだね』
「それって、国王陛下が下した罰にビビったってこともあるんじゃ……?」
「それもあるだろうな。この国の貴族にとって没落は不名誉なことだ。処刑されたほうがまだマシだと考える者もいるくらいにな。その噂の元凶も、修道院に追放で済んで良かったと思うか、生き恥だと絶望するか……だろうな」

 サファリファスは嘲笑うかのように、ふんと鼻を鳴らした。

『あ、そのことなんだが、噂の元凶は別だ』

 カイウス王子の補足に、思わず彼の後ろにいる貴音を見てしまった。貴音も困ったように頷いている。どうやら貴音もつい最近知ったようだ。
 前回の通信で、おれと貴音は二人だけで話していた。
 アルシャの街でのことや、ラーニャのこと。神竜の卵についてなど、ゲーム『りゅう神子みこ』の知識を持つ者同士でゲームの記憶を擦り合わせる必要があったからだ。
 そこで『不名誉な噂が流れる』という今回の事件は、ゲームの中でも起こるイベントだということを思い出した。
 どうやら貴音も推しキャラであるラーニャのルートを多めにプレイしていたから、今回の事件について咄嗟とっさに出てこなかったらしい。
 噂の事件が起きるのは、カイウス王子、リノウ王子、アイル王子達やダレスティア、ウィリアム、サファリファスという、いわゆる高貴な血筋で令嬢達からの人気が高いキャラクターの誰かと良い感じになっている時に進むルート。
 ゲームでの犯人は、今回と同じくおれ達の噂を流したことで断罪されてしまった令嬢達。ゲームではここまで厳しい罰は与えられなかったんだけどな……
 ちなみにラーニャはその事件には関与しない。
 とはいえ、おれはダレスティアルートでばっちりそのストーリーをやり込んでいるはずなのに、全く覚えていなかったって、どれだけダレスティアのことしか見てなかったんだ……

「でも、噂を流したのはその令嬢達の意志なんですよね?」
「裏でそそのかした者がいるということだ。しかし、陛下が罰を下したのは令嬢達の家だけ。ということは、簡単には処罰を与えられない相手なのでしょう?」
『その通りだ、サファリファス。元凶はあのゼナードだよ』

 ゼナードと聞いて思い出した。
 貴音とこの世界で再会したあの日。竜の牙の宿舎に向かう途中で会った、蛇のような目を持つ男。
 あの視線を思い出して背筋がぞわっとする感覚に襲われ、鳥肌が立った腕をさする。
 どうしてあの男が令嬢達をそそのかしたんだ?

「どうしてあの人があんな噂を?」
『お兄ちゃん、ゼナード伯爵に会ったことあるの? お兄ちゃん、社交界に顔出したことなかったんじゃ?』

 貴音が首を傾げている。とはいえ不思議がるのも無理はない。
 神子みこの兄ってことでおれと話したいと思ってる貴族は多いみたいだけど、オウカに追い払われているせいで、並大抵の貴族がおれの前に現れる機会はない。
 そんなオウカの鉄壁ガードの頑強さを貴音も知っているからこそ、危険人物リスト(ロイ調べ)入りをしているゼナード伯爵をおれが知っていることに驚いたんだろう。

「貴音とこの世界で再会した日に、たまたま会ったんだ。ダレスティアが一緒にいたから、ちょっとしか顔を合わせてないけど、それでも嫌な雰囲気の人だったよ。ダレスティアも警戒してたみたいだったし……」

 あの時のダレスティアもかっこよかったなぁ。そんなことを思い出しているおれとは別に、カイウスは暗い表情で口を開いた。

『ゼナードは奴隷狩り達のボスと言われている。ゼナードの下にタカネをさらったあの商人達がいて、その下に奴隷狩り達がいる――という感じでね』
「ゼナードがボス……。あの商人はゼナード伯爵について何か証言しましたか?」
『いや、ゼナードについては何も。よほど弱みを握られているのか、ゼナードのゼの字を言っただけで気絶する有り様だ。やっと竜と獣人に慣れてきたところだったのにと、竜の眼の隊員が嘆いてたよ。取り調べが進まないんだから彼らも可哀想だ』

 竜と獣人って、竜の牙の竜達とオウカだよね。同情の余地はないけど、せっかくの情報源がその有り様じゃあね。

『とはいえゼナードを無理に調べようとすると、彼が弱みを握る貴族から妨害を受ける可能性があるから、内密に調査するように指示しているよ。そのせいでリノウの仕事量がすごいことになってて……でも私が手伝おうとすると怒るんだ。自分の仕事を取られるのが嫌みたい』
『リノウ、お兄ちゃんみたいに社畜してるのよ』
「社畜、ダメ、絶対」

 貴音のしかめ面を見て、思わず腕でバツを作って真顔で主張してしまった。ほんと、社畜は百害あって一利なし。
 ただ、リノウってゲームでは社畜キャラじゃなかったと思うんだけどなぁ?

『うん。だからリノウがクーロに魔法を教えてる隙に、まだ確認してない書類の山からこっそり抜き取ってるんだ』

 悪戯いたずらっ子のように笑うカイウスだが、その内容が良い子すぎる。なんかぽわぽわとお花が飛んでる気がするし、完全にカイウスは癒し系だな。

『あ、リノウは無理してクーロに魔法を教えてるわけじゃないから安心してね。むしろ息抜きになってるみたい』

 カイウスが言うには、リノウのほうが積極的に構いに行っているらしい。貴音も頷いていた。

『私にはもうアニマルセラピーにしか見えないけどね。何か一つできたらわしゃわしゃ撫でまくってるもん』
「クーは癒し効果抜群だもん。本人も真面目で素直だから、余計に褒めたくなるんだと思うよ」

 つまりは、クーロは魔法を覚えられる。リノウはクーロで癒される。ウィンウィンな関係だ。リノウにクーロの魔法授業を頼んで良かった。
 なんだかクーロのことを話していたら、恋しくなってきた。でも王都に戻ってもおれはなかなか外に出れないかもしれないな。クーロと市場に行く約束をしてたんだけどなぁ。
 ほんの少しの希望を胸にカイウスに聞いてみたけれど、やっぱりしばらくは竜の牙の宿舎から出るのは難しそうだ。

『ゼナードはリノウや竜の眼でもなかなか尻尾しっぽを掴めない人物だ。ダレスティアやロイ、オウカが側にいれば大丈夫かもしれないが、どんな手を使ってくるか分からないから、警戒するに越したことはない』
「そう、ですか……」
『それに、狙われるのがタカトだけとは限らない。神竜の卵のこともある』

 カイウスに言われて、おれは部屋の隅の日当たり良好な場所に置かれた神竜の卵に視線を向けた。日の光を浴びてキラキラと輝いているその卵は、宝石と言われれば信じてしまうほどに美しい。

『神竜の卵について、サファリファスはどう考えている?』
「あれが竜の卵であることは間違いないでしょう。現代の竜の卵を見たことがないので断定はできませんが、卵としては現代の竜のものと変わらないかと。しかし神竜の卵となると、その性質はだいぶ違うと考えられます」
『そうか……それの存在はまだおおやけにされていないとはいえ、ゼナードに勘付かれれば危険だ。ゼナードと神竜の卵については、君達が王都に戻ってきたら国王陛下も交えて対策を練ることにしよう』
「国王陛下も、ですか!?」
『神竜は竜王のつがいだよ。竜王はこの大陸にとって最も重要な存在。その神子みこの兄である君も神子みこと同じくらい庇護すべき存在だ。陛下が対処してしかるべき案件だよ』
「それに陛下の協力があれば、竜についての機密書類も開示してもらえるかもしれないな。使えるものは使え。そのほうがボクも調査しやすい」
『サファリファス! 貴様っ、陛下に対してなんという不敬な――』

 とそこで、通信が終了した。
 サファリファスの明け透けな物言いにウィリアムがまた怒り出したことをうっとうしく思ったのか、サファリファスが問答無用で魔道具を停止させてしまったのだ。
 隣にいたカイウスはまた魔道具の前で苦笑しているだろう。苦労性の王子様に、何かお土産を差し上げようかな。

「サファリファスさん、勝手に通信切らないでくださいよ」
「口うるさいウィリアムが悪い」

 むすっとした顔でベッドに座っているサファリファスは、まるでねた子どものようだ。
 この唯我独尊極まる稀代きたいの天才魔術師様は、竜に関する文献がなくにっちもさっちもいかなくなった調査にヤキモキしている。頼みの綱の神竜も、遺跡の件のあとはほとんど眠っているから、竜のことも卵のことも、神竜に聞くことができないのだ。

「卵については王都に戻ってから調査するしかないと諦めているが、王都に戻るとなると問題はゼナードだな」
「まさかそんなに厄介な人物だとは思いませんでした」
「昔からゼナード家は狡猾な手段で他家の薄暗い秘密を収集しているというのは有名な話だ。家によっては目を付けられないようゼナード家の機嫌を伺うことすらあるらしい。サファリファス家にとっては縁がないがな」
「それって、サファリファス家にそんな秘密はないってことですか?」
「いや、誰もが知っている醜聞しゅうぶんしかない。父上はそれでこそサファリファス家だと笑っているがな」

 醜聞しゅうぶんがあってこそのサファリファス家って……むしろそんな醜聞しゅうぶんを気にすることもない天才の家ってことなのかな。その分、オウカのカーネリアン家が流れ弾を食らってそうだけど。

「ボクはそういった社交界には疎い。竜の牙の連中もそうだ。騎士団に入ると必然的に社交界との縁が遠くなる。ゼナードについては、やはり王宮で調査結果を聞いたほうがいいだろう。つまりは、神竜の卵のことにしろゼナードのことにしろ、王都に戻らない限り何もしようがないということだ」
「そうですね……神竜が寝てる限り、おれにも何もできないですし」
「見事な手詰まりだな」

 心底退屈だ、と言わんばかりの表情でため息を吐くと、サファリファスは散歩に行くと言って部屋を出て行った。
 遺跡の調査もほとんど終わってしまった今、サファリファスの興味を示すものはこのアルシャにはない。卵を眺めるだけの日々は、サファリファスにとって苦痛に違いないだろう。

「せめて、神竜が起きてくれればいいんだけどな……」

 そう呟いてみても、おれの中の神竜が返事をする気配はない。過去の通信で貴音を通じて竜王に聞いてみたことはあるけれど、実際に会わなければ分からないと言われてしまった。
 卵を見つけるまで元気だったのに、一体神竜はどうしたんだろうか……


    ◇◇◇◇


「タカト、準備はできましたか?」
「うん!」

 貴音達と魔道具で最後に話してから二週間。おれ達は王都に戻ることになった。
 帰り支度をしているおれを見に部屋にやってきたロイが、おれの荷物を見て目を瞬かせた。

「タカト、荷物がだいぶ増えていませんか?」

 怪訝けげんそうに吐かれたその言葉に、おれは目を逸らした。
 確かに、おれの荷物はアルシャに来た時よりかなり増えている。およそ、鞄二つ分くらい。

「タカトは私かダレスティア団長の許可を取った時しかこの部屋から出られなかったはずですよね。どう見てもこのお土産の量はそれ以上ですが……いつ買われたのですか?」
「えっとぉ……」

 ロイがおれの荷物から手に取ったのは、カイウスへのお土産に買ったルービックキューブ型のカラクリ。カイウスは意外とコツコツやる作業が好きだと貴音が言っていたから、息抜きになればいいと思って買ったものだ。ちなみに、絵柄を完成させるとアルシャの街が現れる。
 そしてロイのもう片方の手にあるのはアルシャの赤土から作られた顔料だ。アルシャの女性にとっては身近で泥パックのように使うものだと露店の女性にオススメされて、貴音へのお土産として購入した。

「少しだけなら分かりますよ。ダレスティア団長が市場に視察に行かれた時にタカトも同行したと聞きましたし、その時に購入したとすれば何個かは納得できます」

 あの時は他の騎士達が同行するから護衛も十分にできるという理由でダレスティアに連れて行ってもらった。ロイはそのことを言っているのだろう。

「けれど流石さすがにこの量となりますと……貴方、私やダレスティア団長に内緒で何度か市場に行っていますね? おそらくオウカ副団長と一緒に」

 にっこりと笑うロイ。その目はしかし、笑っていない。そんなロイを誤魔化そうとする度胸は、おれにはなかった……

「えっと、三回くらい? だけかなぁ……アハハ」
「ふぅん? 三回も、ですか」

 何その「ふぅん?」って!? ちょっとゾクッとしたのは気のせいだよね……?

「何度もこの部屋に来ていますが、このお土産にはまったく気付きませんでした。一体どこに隠していたのですか?」
「ボクの魔道具の中にしまっていたのさ」

 ロイの視線から逃れていると、部屋に戻ってきていたサファリファスが助け舟を出してくれた。しかしロイの機嫌はむしろ下がっている。

「……サファリファス殿」
「そう怒ることじゃないだろう。市場に行った時はオウカだけではなくボクも一緒に行ったんだ。タカトがお前達に内緒にしていたのもタカトなりの理由がある。ボクは単に息抜きのためだったがな。いくら安全のためとはいえ、部屋にこもりっきりにさせられるのもなかなかの苦行だぞ」

 サファリファスが助けてくれたものの、部屋の雰囲気は明るくならない。
 黙っていたのは申し訳ないから素直に謝ろう。ベッドの上に座り込んで荷物を整理していたおれは、そのまま正座の体勢になった。まるで親に怒られた子どもみたいな図だ。

「えっと、ロイ。市場に行ったこと、黙っていてごめん……」
「……はぁ。私達もタカトへの気遣いが足りていなかったことは事実です。しかし、せめて一言でも言ってほしかったというのが本音です」
「うん……ごめん」

 そっと頭を上げさせられる。片膝をついて、おれの顔を覗き込んできたロイは悲しそうな表情を浮かべていた。まるで伏せた犬耳と垂れた尻尾しっぽが見えるようだ。

「そもそもタカト、お前が油断しなければバレなかっただろうに。王宮に戻ったあとならボクかオウカに買ってきてもらったと言い訳ができたはずだぞ」
「おれ忘れ物が怖くて、旅行の帰る前日に買った物を確認して詰め直すタイプなんです……」

 言い訳をすると、サファリファスに『めんどくさい奴』という感じの目で見られた。いつも冷たい目が更に冷たい……

「まぁいい。それはお前の問題でボクには関係のないことだ。存分に怒られるといいさ」
「冷たい……」
「それよりも神竜の卵を運ぶ方法だが、これに強い魔力を与えるのは止めたほうがいい、ということだっただろう?」

 絶対聞こえていたはずなのに、おれの呟きはスルーされた。ひどい。

「竜の卵は竜が魔力を与えることで成長するので、下手に魔力を与えると卵の殻の成長を抜かしてしまい、割れてしまう可能性がありますから」
「ああ。それが理由で転移魔法が使えないということだったな。だから魔力無効化装置を作ってみた」
「……え?」

 思わずおれは、ロイと顔を見合わせてしまった。作った、とは?

「魔力感知装置を入れて転移魔法をかけてみたが、この装置の中ではほとんど魔力を感知しなかった。これに入れて転送魔法を使っても、神竜の卵は安全なはずだ」

 ドヤっという効果音が出そうなほど誇らしげな顔をして、サファリファスは亜空間に繋げてたくさんのものを収納できる魔道具の中から、ちょうど神竜の卵が入るサイズのケースを取り出した。

「これを、作ったんですか? いつ?」
「元々構想はあったんだが、作り始めたのは王都に帰る話が出た頃だな。ちょうどいい魔石が旅商人から買えたこともあって、なかなかによくできたと思うぞ」
「これをこの短時間で……」
「天才だ……。流石さすが稀代きたいの天才魔術師だね」
「その言葉は嫌いだと言っているだろう」
「いてっ!」

 思わず彼の禁句を言ってしまい、デコピンを食らった。
 涙目のおれは仁王立ちでおれを見下ろすサファリファスに視線で文句をぶつける。口に出さないのは、またデコピンを食らいたくないから。
 でも、結局は視線の中身を読まれたせいでもう一発デコピンを食らうことになり、あまりの痛みにロイに泣きついたのだった。


    ◇◇◇◇


 オウカと一緒にこそこそと市場に行っていたことをチクられて、ロイだけでなくダレスティアにもお説教されたりしていたらもう日が落ちかけていた。
 暗くなっていた部屋の灯りがつくと、ラーニャがドアの前に立っていた。どうやらつけ忘れていた灯りを彼がつけてくれたらしい。

「もう帰っちゃうんだね」
「あ、ラーニャさん。なんだか久しぶりですね」
「そうかな。毎日忙しすぎてね」
「うん。ダレスティア達から聞いてます。頑張ってるって」
「はは……あの人達に褒められるなんて、なんか照れるね」

 ラーニャはおれ達の帰る日が決まってから更に忙しくなったようで、ほとんど顔を見せることがなくなっていた。どうやらダレスティア達が抜ける穴は大きいらしい。
 本当はまだいてほしいみたいだけど、竜の牙はラディア王国最強の騎士団。国にとっても重要な存在だから、王都不在が長くなるのも良くない。
 今回の竜の牙の主な目的は、アルシャで起こりそうな暴動を収め紛争を防ぐこと。


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