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第一部
死の気配
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歩くこと数分、アルテアたちは無事にターニャたちの元へと帰ってきた。
ひとまず何事も起きなかったことに胸を撫で下ろす。
彼らの治療も終わったようで、ターニャと冒険者の三人とで話し合っいた。
「おや、坊ちゃん。お帰りなさいませ」
ターニャがアルテアに声をかけると、冒険者たちも気づいたようで軽く頭を下げてきた。
「ああ……戻ったよ。何か変わったことはなかったか?」
「変わったこと、と言いますか。少々厄介なことに……」
ここまでターニャが言い淀むのも珍しい。
嫌な予感はしていたがやはり何かあったようだ。
「どうした?」
「説明するよりも実際に見ていただいた方が早いでしょう 」
言いながら後方に顎を向け、アルテアもそちらに視線をうつす。
簀巻きのように拘束された異端教徒が転がっていて、その顔からは不気味なピエロマスクが外されていた。
その素顔には見覚えがあった。
イーリスもアルテアの後ろから顔をのぞかせる。
「この人、知ってる」
少女の言葉でアルテアも確信した。
「この人は……村の?」
「ええ」
「いったい、どうして?」
「そのことは俺たちが話しましょう」
クレイグたちが横合いから名乗り出て、
ターニャもそれに同意を示した。
「そうですね、私から話すより直接聞いた方が良いでしょう」
そう言ってクレイグたちを促した。
そしてクレイグたちが事の経緯を話し始めた。
「なるほど」
話を聞き終えたアルテアが一言そう呟いた。
「つまり魔鉱採取の時期に怪しい動きをするやつがいないか監視する。
それかあなたたちの本当の任務だったってことですか」
「ええ。そしておかしな行動をとる村人がいたので動向を探り、今に至ります」
「経緯はだいたいわかりました。それで、奴らの狙いは?」
アルテアが尋ねると、クレイグが口惜しそうな顔になった。
「申し訳ありません。そこまでは……」
ターニャなら何かわかるかもしれないと思い、ちらりと彼女の方を見る。
「……私も詳しいことは何も」
ターニャが首を横に振る。
「ですが、良からぬことを企んでいるのは確かでしょう。
まあ、せっかく全員生け捕りにしたのです。
あとでじっくりお話を聞かせてもらいましょう」
「そう、だな。そもそもどうして異端教徒が村に?
いや、村人が異端教徒だったのか?」
アルテアの独り言ともつかぬ問に、意外にもアーガスが答える。
「異端教徒ってのはある日を境に急に狂っちまうん……です。
善良な一般市民が急に狂い始めて近隣の住民を殺しだした、
なんてのはけっこうありふれた話なんだぜ……です」
「その豹変ぶりは凄まじく、悪魔憑きと呼ばれることもあります」
ターニャが補足してくれる。
アルテアは先程の獣のような異端教徒の姿を思い出した。
確かに、何かに取り憑かれていると言われても納得できるほど異常な様子だった。
アーガスもうんうんと頷いている。
「さっきの連中なんかまさに悪魔って感じだったよな……です」
「……あの、喋りにくいなら別に敬語じゃなくても良いですよ」
アルテアが言うと、アーガスがラッキー!といった感じに顔をぱっと輝かせた。
「まじか!喋りにくくて仕方なかったんだ、助かるぜ!」
「アーガス……不敬よ」
エレナが頭を抱え、クレイグも半ば呆れ顔で苦笑した。
「別に気にしませんよ。俺も礼儀だなんだというのは苦手なの方で」
「ご子息様がこう言ってんだ、いいじゃねえか!」
アーガスの笑い声が森に響いた。
ターニャや冒険者が苦笑する中、イーリスは不思議そううにきょろきょろと首を回していた。
「どうかしたか?」
声をかけるとイーリスがぼそりと告げる。
「……しずか」
「ん?ああ、確かに静か……」
イーリスの言葉を受けて皆も気づいた。
意識を集中して耳を澄ます。
魔獣や動物はおろか虫の声も届かない。
頬を強く打ち付けていた風が止み、木々のざわめきすらも聞こえない。
うるさい程の静寂が耳を打つ。
まるで森が死んでしまったかのようだった。
森の中で何の音も拾えない。
その異常性に気づき、いやな汗が流れて背中がじわりと湿っていくのを感じた。
握る手が徐々に熱を帯びていく。咄嗟に隣の少女の様子を伺う。
イーリスは、ある一点を見つめていた。
その先、狂おしいほど無音の世界に何者かが立っていた。
頭から足まで黒いローブで包み込み、顔の上半分ほどを黒い仮面で覆っている。
いったいいつからそこにいたのか誰にもわからなかった。
まるで空気から滲み出たように、
あるいは時間を切り貼りしたように、そいつは気づいたらそこにいた。
「……俺に気づくか」
くっきりとした、低い地鳴りのような声だった。そのくせ男の存在だけは妙に希薄だ。
虚無を思わせる佇まいとは反対に、その男が発する圧は絶大。
深淵を覗き込んだような、深く沈む魔力。
動けない。動けば、死ぬ。
そう直感した。
冒険者の三人も、滂沱の汗を流しながら凍りついたように男を見ている。
男が一歩、足を踏み出す。
瞬間、呼吸が凍る。
周囲の木々が枯れ果て、生物は命を散らした。そんな錯覚を覚えた。
ターニャだけがその気配に呑まれること無く電撃的な反応を見せる。
メイド服のスカートを大きく翻して短剣を抜き取り一直線に切りかかり、男も腰に提げた剣を抜いて応戦する。
右へ左へと鋭い斬撃を繰り出すターニャと一瞬、視線がかち合った。
──逃げなさい。
そう言われた気がした。
不意に前世の記憶が蘇る。
目の前の光景に、前世の世界で共に戦い散っていった仲間たちの姿が重なる。
ターニャの強い目に打たれて半ば呆然としていた意識が覚醒する。
すかさずイーリスの手を取って冒険者たちの元へと走った。
が、その中間地点に境界を引くように炎の壁が立ち上る。炎に巻き込まれるすんでのところで踏みとどまり、熱気から少女を守るように半身になる。
「くそっ──!おい、無事か!」
炎の向こう側に叫ぶが返事はなかった。声が聞こえていないだけなのか、それとも──。
いやな想像を頭を振って散らす。
そしてターニャの攻撃をひらひらと交わしながら男がさらに炎を放った。
蛇のように地面を這い回る炎がアルテアたちの逃げ道を塞いでいった。
俄然、一帯は煉獄と化す。
「ちっ──!」
どうやら逃がすつもりはないらしい。
イーリスだけでも。そう思ったがそれももはや叶わない。
燃え散る火の粉から少女を庇いその手を握って抱き寄せた。
「離すなよ」
一言、それだけ告げる。
少女は応えるようにぎゅっとアルテアの手を握り返した。
ひとまず何事も起きなかったことに胸を撫で下ろす。
彼らの治療も終わったようで、ターニャと冒険者の三人とで話し合っいた。
「おや、坊ちゃん。お帰りなさいませ」
ターニャがアルテアに声をかけると、冒険者たちも気づいたようで軽く頭を下げてきた。
「ああ……戻ったよ。何か変わったことはなかったか?」
「変わったこと、と言いますか。少々厄介なことに……」
ここまでターニャが言い淀むのも珍しい。
嫌な予感はしていたがやはり何かあったようだ。
「どうした?」
「説明するよりも実際に見ていただいた方が早いでしょう 」
言いながら後方に顎を向け、アルテアもそちらに視線をうつす。
簀巻きのように拘束された異端教徒が転がっていて、その顔からは不気味なピエロマスクが外されていた。
その素顔には見覚えがあった。
イーリスもアルテアの後ろから顔をのぞかせる。
「この人、知ってる」
少女の言葉でアルテアも確信した。
「この人は……村の?」
「ええ」
「いったい、どうして?」
「そのことは俺たちが話しましょう」
クレイグたちが横合いから名乗り出て、
ターニャもそれに同意を示した。
「そうですね、私から話すより直接聞いた方が良いでしょう」
そう言ってクレイグたちを促した。
そしてクレイグたちが事の経緯を話し始めた。
「なるほど」
話を聞き終えたアルテアが一言そう呟いた。
「つまり魔鉱採取の時期に怪しい動きをするやつがいないか監視する。
それかあなたたちの本当の任務だったってことですか」
「ええ。そしておかしな行動をとる村人がいたので動向を探り、今に至ります」
「経緯はだいたいわかりました。それで、奴らの狙いは?」
アルテアが尋ねると、クレイグが口惜しそうな顔になった。
「申し訳ありません。そこまでは……」
ターニャなら何かわかるかもしれないと思い、ちらりと彼女の方を見る。
「……私も詳しいことは何も」
ターニャが首を横に振る。
「ですが、良からぬことを企んでいるのは確かでしょう。
まあ、せっかく全員生け捕りにしたのです。
あとでじっくりお話を聞かせてもらいましょう」
「そう、だな。そもそもどうして異端教徒が村に?
いや、村人が異端教徒だったのか?」
アルテアの独り言ともつかぬ問に、意外にもアーガスが答える。
「異端教徒ってのはある日を境に急に狂っちまうん……です。
善良な一般市民が急に狂い始めて近隣の住民を殺しだした、
なんてのはけっこうありふれた話なんだぜ……です」
「その豹変ぶりは凄まじく、悪魔憑きと呼ばれることもあります」
ターニャが補足してくれる。
アルテアは先程の獣のような異端教徒の姿を思い出した。
確かに、何かに取り憑かれていると言われても納得できるほど異常な様子だった。
アーガスもうんうんと頷いている。
「さっきの連中なんかまさに悪魔って感じだったよな……です」
「……あの、喋りにくいなら別に敬語じゃなくても良いですよ」
アルテアが言うと、アーガスがラッキー!といった感じに顔をぱっと輝かせた。
「まじか!喋りにくくて仕方なかったんだ、助かるぜ!」
「アーガス……不敬よ」
エレナが頭を抱え、クレイグも半ば呆れ顔で苦笑した。
「別に気にしませんよ。俺も礼儀だなんだというのは苦手なの方で」
「ご子息様がこう言ってんだ、いいじゃねえか!」
アーガスの笑い声が森に響いた。
ターニャや冒険者が苦笑する中、イーリスは不思議そううにきょろきょろと首を回していた。
「どうかしたか?」
声をかけるとイーリスがぼそりと告げる。
「……しずか」
「ん?ああ、確かに静か……」
イーリスの言葉を受けて皆も気づいた。
意識を集中して耳を澄ます。
魔獣や動物はおろか虫の声も届かない。
頬を強く打ち付けていた風が止み、木々のざわめきすらも聞こえない。
うるさい程の静寂が耳を打つ。
まるで森が死んでしまったかのようだった。
森の中で何の音も拾えない。
その異常性に気づき、いやな汗が流れて背中がじわりと湿っていくのを感じた。
握る手が徐々に熱を帯びていく。咄嗟に隣の少女の様子を伺う。
イーリスは、ある一点を見つめていた。
その先、狂おしいほど無音の世界に何者かが立っていた。
頭から足まで黒いローブで包み込み、顔の上半分ほどを黒い仮面で覆っている。
いったいいつからそこにいたのか誰にもわからなかった。
まるで空気から滲み出たように、
あるいは時間を切り貼りしたように、そいつは気づいたらそこにいた。
「……俺に気づくか」
くっきりとした、低い地鳴りのような声だった。そのくせ男の存在だけは妙に希薄だ。
虚無を思わせる佇まいとは反対に、その男が発する圧は絶大。
深淵を覗き込んだような、深く沈む魔力。
動けない。動けば、死ぬ。
そう直感した。
冒険者の三人も、滂沱の汗を流しながら凍りついたように男を見ている。
男が一歩、足を踏み出す。
瞬間、呼吸が凍る。
周囲の木々が枯れ果て、生物は命を散らした。そんな錯覚を覚えた。
ターニャだけがその気配に呑まれること無く電撃的な反応を見せる。
メイド服のスカートを大きく翻して短剣を抜き取り一直線に切りかかり、男も腰に提げた剣を抜いて応戦する。
右へ左へと鋭い斬撃を繰り出すターニャと一瞬、視線がかち合った。
──逃げなさい。
そう言われた気がした。
不意に前世の記憶が蘇る。
目の前の光景に、前世の世界で共に戦い散っていった仲間たちの姿が重なる。
ターニャの強い目に打たれて半ば呆然としていた意識が覚醒する。
すかさずイーリスの手を取って冒険者たちの元へと走った。
が、その中間地点に境界を引くように炎の壁が立ち上る。炎に巻き込まれるすんでのところで踏みとどまり、熱気から少女を守るように半身になる。
「くそっ──!おい、無事か!」
炎の向こう側に叫ぶが返事はなかった。声が聞こえていないだけなのか、それとも──。
いやな想像を頭を振って散らす。
そしてターニャの攻撃をひらひらと交わしながら男がさらに炎を放った。
蛇のように地面を這い回る炎がアルテアたちの逃げ道を塞いでいった。
俄然、一帯は煉獄と化す。
「ちっ──!」
どうやら逃がすつもりはないらしい。
イーリスだけでも。そう思ったがそれももはや叶わない。
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