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第一部
問い
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前世の夢を見たあとの寝覚めの気分は、いつも決まって最悪だった。
特に今回見た夢は、アルテアにとってその中でもとびっきりの悪夢だった。
きっとうなされていたのだろう、耳に聞こえそうなほど心臓が激しく脈打ち、呼吸も乱れていた。
しばらく呼吸を整えるのに専念してから立ち上がり、淀んだ気分を部屋の空気ごと入れ替えるようにカーテンと窓を開けて風を迎える。最悪な気分とは反対に外の天気は良好で、差し込む日差しに反射的に目を細めた。
太陽が昇る澄み切った青い空の下、ほがらかな風が吹き、畑に実った黄金の麦が笑うように揺れていた。
転生してからはや数年。
もはや見慣れた景色である。
夢の世界──前世とはまるで違う景色だ。
「リーナ……」
いつか自分たちにも本当の空を見せてあげたいと、
かつてそう言っていた少女の名を呼んでいた。
当然それに対する返事はない。
ここは別世界。
彼女がいるはずもないし、そもそも彼女は死んでいる。そんなことはわかりきっているのに、ひどく落胆していた。
答えがほしかった。
死の間際、いったい彼女は自分になんと言ったのだろうか。
どんな顔をしていただろうか。
靄がかかったように思い出せない。
怨嗟の言葉を吐いていたはずと、夢の中で自分は思った。憎悪に顔を歪めて死んでいったはずと、夢の中で自分は思った。それは正しいはずだ。
復讐と言う名の暗い炎に薪をくべるように、仲間の、少女の死に様を思い出す。
色のない世界。あまりにも多くの無意味な死。
暗い炎の勢いが増していく。
自分の心は、確かにあの世界のあり様を否定している。そうだ、これでいい。自分は正しいはずだ。
一方で疑問を投げる自分もいた。
好きだと言ってくれた少女がいた。その気持ちに応えねばと思った。少女のいる美しい世界に行きたいと思ってしまった自分がいた。きっと今のままではそこに行くことも、彼女の気持ちに答えを出すこともできないだろう。
彼女の気持ちを犠牲にして、この世界を去ることは果たして正しいことなのか。
相手の心を顧みないその行いは、自分が嫌悪している前世の大人たちの行いそのものではないのだろうか。そう思うようになっていた。
──俺はいったいどうしたい?どうすればいい?
答えを探すように空を眺め続けるがそれが見つかるわけもなく、返ってくるのは憎らしいほど明るい日の光だけだ。
きっと、元の世界に戻れば全ての答えはそこで見つかる。もはやそう信じるしかなかった。
なんとなく、目を逸らしたら負けだという気持ちになって太陽を睨み続けるという不毛な勝負を繰り広げていると、風を切る鋭い音が聞こえてきた。
あまりに耳心地の良い音で、つい音の聞こえた方へ目線を移すと、
庭でアルゼイドが剣を振っていた。これもまた見慣れた光景であったが、剣を振る父を見るのは久しぶりでもあった。
──もっと私のことを知ってほしい。
父の姿を見て、不意に昨夜の少女の言葉を思い出した。
それから、せっかくならもう少し近くで見たいと思い、階下に降りて庭へ出た。
村を背に剣を振るうアルゼイドの姿を庭に出てすぐのところでじっと見ていると、
彼はアルテアに気づいて剣を置いた。
「おお、アルか。おはよう」
「おはよう、父さん」
答えながら、穏やかに微笑みをたたえる父の顔を見る。
今日の天候に負けないくらいさわやかな笑顔だった。
とても自分には真似できそうもない。
「そんなに父さんの顔ばかり見てどうしたんだ?何かついているか?」
「いや、何もついてないよ」
「そうか?ならいったいどうした──」
そこまで言ったところで、
アルテアの右手に握られているものに気づいて言葉を変える。
「何か父さんに言いたいことがあるんじゃないか?」
微笑みながら促すように首を傾げるアルゼイドに、アルテアは硬い表情を崩さずに答える。
「稽古を……いや、俺と勝負してほしい」
木剣を掴んだ右手を突き出して言った。それを見たアルゼイドが笑みを深める。
「お前から言い出すのは珍しいよな。ルールはいつも通りの一本先取……それでいいか?」
「もちろんだ」
「いいだろう、なら始めよう」
その言葉を合図に、ふたりは木剣を構えて対峙した。あたたかい風が吹き、庭に埋めている木の葉が揺れる。
風が収まるのとほぼ同時、アルテアが地を蹴り、高い空に木剣がぶつかる音が響いた。
特に今回見た夢は、アルテアにとってその中でもとびっきりの悪夢だった。
きっとうなされていたのだろう、耳に聞こえそうなほど心臓が激しく脈打ち、呼吸も乱れていた。
しばらく呼吸を整えるのに専念してから立ち上がり、淀んだ気分を部屋の空気ごと入れ替えるようにカーテンと窓を開けて風を迎える。最悪な気分とは反対に外の天気は良好で、差し込む日差しに反射的に目を細めた。
太陽が昇る澄み切った青い空の下、ほがらかな風が吹き、畑に実った黄金の麦が笑うように揺れていた。
転生してからはや数年。
もはや見慣れた景色である。
夢の世界──前世とはまるで違う景色だ。
「リーナ……」
いつか自分たちにも本当の空を見せてあげたいと、
かつてそう言っていた少女の名を呼んでいた。
当然それに対する返事はない。
ここは別世界。
彼女がいるはずもないし、そもそも彼女は死んでいる。そんなことはわかりきっているのに、ひどく落胆していた。
答えがほしかった。
死の間際、いったい彼女は自分になんと言ったのだろうか。
どんな顔をしていただろうか。
靄がかかったように思い出せない。
怨嗟の言葉を吐いていたはずと、夢の中で自分は思った。憎悪に顔を歪めて死んでいったはずと、夢の中で自分は思った。それは正しいはずだ。
復讐と言う名の暗い炎に薪をくべるように、仲間の、少女の死に様を思い出す。
色のない世界。あまりにも多くの無意味な死。
暗い炎の勢いが増していく。
自分の心は、確かにあの世界のあり様を否定している。そうだ、これでいい。自分は正しいはずだ。
一方で疑問を投げる自分もいた。
好きだと言ってくれた少女がいた。その気持ちに応えねばと思った。少女のいる美しい世界に行きたいと思ってしまった自分がいた。きっと今のままではそこに行くことも、彼女の気持ちに答えを出すこともできないだろう。
彼女の気持ちを犠牲にして、この世界を去ることは果たして正しいことなのか。
相手の心を顧みないその行いは、自分が嫌悪している前世の大人たちの行いそのものではないのだろうか。そう思うようになっていた。
──俺はいったいどうしたい?どうすればいい?
答えを探すように空を眺め続けるがそれが見つかるわけもなく、返ってくるのは憎らしいほど明るい日の光だけだ。
きっと、元の世界に戻れば全ての答えはそこで見つかる。もはやそう信じるしかなかった。
なんとなく、目を逸らしたら負けだという気持ちになって太陽を睨み続けるという不毛な勝負を繰り広げていると、風を切る鋭い音が聞こえてきた。
あまりに耳心地の良い音で、つい音の聞こえた方へ目線を移すと、
庭でアルゼイドが剣を振っていた。これもまた見慣れた光景であったが、剣を振る父を見るのは久しぶりでもあった。
──もっと私のことを知ってほしい。
父の姿を見て、不意に昨夜の少女の言葉を思い出した。
それから、せっかくならもう少し近くで見たいと思い、階下に降りて庭へ出た。
村を背に剣を振るうアルゼイドの姿を庭に出てすぐのところでじっと見ていると、
彼はアルテアに気づいて剣を置いた。
「おお、アルか。おはよう」
「おはよう、父さん」
答えながら、穏やかに微笑みをたたえる父の顔を見る。
今日の天候に負けないくらいさわやかな笑顔だった。
とても自分には真似できそうもない。
「そんなに父さんの顔ばかり見てどうしたんだ?何かついているか?」
「いや、何もついてないよ」
「そうか?ならいったいどうした──」
そこまで言ったところで、
アルテアの右手に握られているものに気づいて言葉を変える。
「何か父さんに言いたいことがあるんじゃないか?」
微笑みながら促すように首を傾げるアルゼイドに、アルテアは硬い表情を崩さずに答える。
「稽古を……いや、俺と勝負してほしい」
木剣を掴んだ右手を突き出して言った。それを見たアルゼイドが笑みを深める。
「お前から言い出すのは珍しいよな。ルールはいつも通りの一本先取……それでいいか?」
「もちろんだ」
「いいだろう、なら始めよう」
その言葉を合図に、ふたりは木剣を構えて対峙した。あたたかい風が吹き、庭に埋めている木の葉が揺れる。
風が収まるのとほぼ同時、アルテアが地を蹴り、高い空に木剣がぶつかる音が響いた。
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