両親に殺された俺は異世界に転生して覚醒する~未来の俺は世界最強になっていたのでちょっと故郷を滅ぼすことにしました~

あぶらみん

文字の大きさ
104 / 123
第二部

レゾンデートル

しおりを挟む
「成ったようだな」

 アーカディアは安堵したような声色で告げた。

「竜……ですか」

 アルテアは惚けたように呟いて、掌の上で鳴く小さな竜をまじまじと見つめた。

「うむ……ある日、我が魔力を蓄えた魔鉱石が生命を宿したのだ。言うなれば、我の子供……いや、分体のようなものか」

 説明を聞いてもピンとこなかった。魔鉱石が生命体に変化するなどということが果たしてあるのだろうか。そんな疑問がわくが、実際に目の前で起こっているのだから認めるしかなかった。

「あの、それで……俺にどうしろと?」

 何もこの現象を見せるためだけに呼びつけたわけではあるまい。困惑気味な思考を整理しながらアルテアが問いかけると、アーカディアは少し間を溜めてから重く口を開いた。

「そろそろお主の旅立ちの日も近いだろう。その際に、その子も共に連れて行ってほしいのだ」

「俺が、この子を?」

 確かにアルテアは旅に出ることを決めていた。それはハクの記憶を探すという約束を果たすためであり、自分の元いた世界へ行く方法を探すため、そしてひとりの少女を戦いの宿命から解放するためだ。だがしかし、何故に自分なのだろうか。アルテアはその疑問をそのまま口にする。

「その、どうして俺なんでしょうか?」

「我には……もはや人間で知己と言えるような存在はお主とアルゼイドくらいしかおらぬ。アルゼイドはこの地を離れられぬからな。お主くらいしか頼める相手がいないのだ」

 そう言うアーカディアはやはりどこか寂しげだ。

「その子には我と同じ道を歩ませたくはない。穴の中に閉じこもるなどというこはせず、できれば広い世界を見てほしいのだ」

「そういうことですか……でも、俺はーー」

「ダメだダメだ!私は反対だっ!」

 それまで沈黙を保っていたハクが突如として大声を上げた。

「そんなトカゲ臭いトカゲを一緒に連れていくなど、許せるわけがあるまい!私は断固認めんぞ!」

「……やっと話したと思ったら、開口一番なんてこと言うんだ、お前は」

 宙に飛び上がりバタバタと子供のように駄々をこねるハクにアルテアは呆れ果てた。

「うるさい!誰がなんと言おうと嫌なものは嫌だ!」

 大人げがなさすぎる。頑として譲りそうにないハク。
 アルテアはそんなハクを手に取り、諭すような声で語りかけた。

「……なぁ、ハク。ずっとひとつの場所に囚われ続ける苦しみはお前もよく知ってるんじゃないのか」

 手の中でじたばたと暴れていたハクの動きが少し鈍くなった。ずっと同じ場所で過ごす苦しみを味わわせたくないというアーカディアの気持ちは、長い年月を本の中でひとり過ごしてきたハクならわかるはずだ。

「俺と出会って外の世界に触れた時、お前はすごく嬉しそうにしてたよな。ターニャの作るご飯をいつもおいしそうに食べてるし、俺の家族と話す時もなんやかんやで楽しそうにしてる。この子にも……いや、誰にだってそうする権利はあるはずだ。違うか?」

「それはそうだが……ぐうぅぅ」

「見てみろよ、小さくてかわいい仔竜じゃないか。こんな子に辛い想いをさせてもいいのか?」

 ダメ押しとばかりに掌で踞る仔竜をハクにずいっと近づけてみせる。

「キュイ……?キュウ、キュウ」

 自分の命運がかかっているとはつゆ知らず仔竜は呑気に欠伸をしたあと、ハクに鼻を寄せてくんくんとにおいを嗅いで、じゃれつくようにペロペロとハクを舐め始めた。

「ぐぬっ……うがががが……!」

震えながら奇怪な唸り声をあげて、ハクは脱力したようにパタンとアルテアの手の中に倒れた。

「……今回だけは特別だ」

 ぼそりとハクが呟いた。
 仔竜に自分と同じような想いをさせるのは忍びないという気持ちが勝ったのだろう。やはり根は良い奴なのだとアルテアは改めて思った。


「ありがとな」

 アルテアも小さく呟き、そっと本の表紙を撫でた。

「ということで、この子を連れて行くのは構いませんが……」

 どうも腑に落ちなかった。

「うむ……感謝する」

 安堵したようなアーカディア。その様子を見て、やはりアルテアは疑問を感じた。本当にこれでいいのだろうか、と。

「でも、本当にこれでいいのですか?」

 気づくとそう言っていた。

「本来、子は親とあるべきだと思います。たとえこの子が本当の意味での子供ではなく分身のようなものだとしても、俺はやはりあなたと共にいるべきだと思います。……あなたに掛けられた封印の呪縛は七年前のイーヴル襲来の折、異端教徒によって解かれたと聞いています。あなたは出ようと思えばここから出られるでしょう。何故、あなた自身がこの子を外へと連れて行ってやらないのですか?何故そんなにもあなたはこの地にこだわるのですか?」

 アルテアが言い終わると、深い沈黙が訪れた。この大黒穴のように深く暗く、そして重い沈黙だった。
 もしかしたらアーカディアの機嫌を損ねてしまったのかもしれない。あるいは「確かにそうだ!」と言ってすぐにこの地を離れてしまうかもしれない。
そうなればアーカディアの恩恵を受けている王国はもとより、世界中の国が大いに混乱するだろう。だが、聞かずにはいられなかった。
 子は親といたほうがいいに決まっている。それができるのに、あえて選択しないアーカディアの心中を知りたかった。

「……主は心優しい人間だな。主の言うことはもっともだ」

 重い沈黙を破ったアーカディアの声は優しげだった。

「我は封印の呪縛を自らすすんで受けた。異界へ繋がるこの穴を封じるためだ。だが既に封印は解かれ、イーヴルの現出は活発になっている。我がいることで水面下での国家間の争いも耐えず、悪化の一途をたどっている。我がこの場にいる大義は、もはや失われつつある。それでもなおこの場に留まるのは我の……私のわがままに他ならぬ。契約でも盟約でもない。些細な口約束を、ただ守っているだけだ。取るに足らぬ、本当に下らぬ理由だ」

 アーカディアは過去を懐かしむように爬虫類的な目を細めた。ずっと遠くを見ているような、そんな眼差しだった。きっと彼も何かを求めて探しているのかもしれない。あるいは待っているのかもしれなかった。

「……下らない約束を、長い歳月をかけて守り続ける者はいない。それは人も竜も、どんな生き物だって同じだ。そうでしょう?」

 アルテアが言うと、アーカディアは一瞬声を詰まらせて息を呑んだように目を見開いた。

「……彼女は人で、勇者だった。この地を頼むと、最後にそう言われた。私は遥か昔に交わした約束を守るために、私の子と呼ぶべき者すら主に押し付けようとしている。なんとも滑稽で醜い話だろう」

 アーカディアが自嘲した。
 確かに自分勝手でわがままな話だ。それで子供とも分身ともいうべき存在を他人に委ねるのだから。だが不思議と嫌悪は感じなかった。
 アーカディアが人を超越した存在であるからなのか。それとも、どこまでも一途なその在り方を美しいと感じてしまったからなのか。

「そうですね。でも、ずっと変わらないあなたの在り方は美しいと思います。それにきっと……あなたが約束を守ってくれていることを、その人は喜んでいますよ」

 アルテアが微笑み、手の中の仔竜を撫でた。
 仔竜はくすぐったそうに目を細めた。

「この子は俺たちが広い世界に連れて行きます」

「異界の魔女ーーいや、ハクよ。そなたは良きパートナーに巡り会えたな。……失くさぬよう、大切にすることだ」

  寂しい声だった。神代の時から生きる古き竜が、手の中の小さな竜と重なって見えた。

「……ふん。貴様に言われるまでもないわ」

「ああ、そうだな。その通りだ。……その子をよろしく頼む」

 そう言って、アーカディアは深い穴の中に帰っていった。

「キュウ……」

 仔竜が鳴いた。
 きっと偶然だろう。
 アルテアは優しく仔竜を胸に抱き、来た道を引き返した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

八百万の神から祝福をもらいました!この力で異世界を生きていきます!

トリガー
ファンタジー
神様のミスで死んでしまったリオ。 女神から代償に八百万の神の祝福をもらった。 転生した異世界で無双する。

前世で薬漬けだったおっさん、エルフに転生して自由を得る

がい
ファンタジー
ある日突然世界的に流行した病気。 その治療薬『メシア』の副作用により薬漬けになってしまった森野宏人(35)は、療養として母方の祖父の家で暮らしいた。 爺ちゃんと山に狩りの手伝いに行く事が楽しみになった宏人だったが、田舎のコミュニティは狭く、宏人の良くない噂が広まってしまった。 爺ちゃんとの狩りに行けなくなった宏人は、勢いでピルケースに入っているメシアを全て口に放り込み、そのまま意識を失ってしまう。 『私の名前は女神メシア。貴方には二つ選択肢がございます。』 人として輪廻の輪に戻るか、別の世界に行くか悩む宏人だったが、女神様にエルフになれると言われ、新たな人生、いや、エルフ生を楽しむ事を決める宏人。 『せっかくエルフになれたんだ!自由に冒険や旅を楽しむぞ!』 諸事情により不定期更新になります。 完結まで頑張る!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】487222760年間女神様に仕えてきた俺は、そろそろ普通の異世界転生をしてもいいと思う

こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
 異世界転生の女神様に四億年近くも仕えてきた、名も無きオリ主。  億千の異世界転生を繰り返してきた彼は、女神様に"休暇"と称して『普通の異世界転生がしたい』とお願いする。  彼の願いを聞き入れた女神様は、彼を無難な異世界へと送り出す。  四億年の経験知識と共に異世界へ降り立ったオリ主――『アヤト』は、自由気ままな転生者生活を満喫しようとするのだが、そんなぶっ壊れチートを持ったなろう系オリ主が平穏無事な"普通の異世界転生"など出来るはずもなく……?  道行く美少女ヒロイン達をスパルタ特訓で徹底的に鍛え上げ、邪魔する奴はただのパンチで滅殺抹殺一撃必殺、それも全ては"普通の異世界転生"をするために!  気が付けばヒロインが増え、気が付けば厄介事に巻き込まれる、テメーの頭はハッピーセットな、なろう系最強チーレム無双オリ主の明日はどっちだ!?    ※小説家になろう、エブリスタ、ノベルアップ+にも掲載しております。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

処理中です...