ビザ―ビースト・チルドレン

リンゴントウ

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ナイトメアトラベラー

Ⅰ 黒い『何か』

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   冷たい秋の雨がガラスを叩きつける。

   バスの中の賑わい具合とは大違いで、ここだけ、この席だけが酷く静かだった。

 ガラス窓の隙間から、ひんやりとした空気が漏れ出した。

   ―――― その窓に映る黒い、黒い何か。

 頭がまるで回らない私に、黒い何かがまた低い声で話しかける。


 「さあ、お前はどちらを選ぶ?」


 回らせようとも回らない頭を無理矢理突き動かすような、飲み込まれそうな声。

 あぁ、今日は本当に気が狂ってしまいそうだ。



 「みんなと一緒に死ぬか?それとも…










        ―――――――――― お前ひとり生き延びるか」

















 「やったー!アイカとおんなじだ!!」

 「え!?マジ!?私たち超幸運じゃん!!」

 「はあ!?なんでお前と同じなんだよ!」



 うるさい。ものすごくうるさい。

 もう吐きそう。

 金曜の六時限目、カーテンが端から端まで閉められたここ一年八組はいつに増して騒がしかった。

 今日は私以外のクラスメイト全員が心待ちにしていたであろう校外学習の班決めの日。

 そう、私「尼崎菖蒲」を除いた全員が。

 先生の指導により決め方は強制的にくじ引きになったのだが、一人一人順番に引いていっているとは思えないほどのうるささ。

 相当私にとっては頭にくる。

 私はもう一度机の上に放り投げていた紙切れを開いた。

   「5」とマジックで書かれた文字をぼうっと見つめていると、教卓の方から"あの子"の甲高い声が聞こえた。


 「あたしでもしかして最後?やった!余り物には福があるっていうもんね!」


 他の人であれば大抵は落ち込むであろう最後のくじを引こうとするのは、出席番号一番最後の柳澤愛実だ。
 (通称メグ)

 クラスのカーストの頂点に立っているといってもおかしくない人間だ。

 「何かな何かな…」と箱の中に手を突っ込む彼女の今の笑顔は、まさしく「表の顔」だ。

 あんな顔、私も最初はされていた。最初は…

 
 「あ!五班だぁ!ねぇ五班の人手挙げてよ!」


 ん? ………んえ?


 「今なんて…」

 「えっと、ひぃふぅみぃ………あれ?あと一人は?一班五人ずつだよね?」


 マズイ。 これはマズイ。

 まさか同じ班になるとは。


   「ねーえ、あとだーれ?私でくじ引き終わるから絶対いるはずなんだけどなー」


 ここは手を挙げるべきか。いや、もう少しくらい粘ることはできるのではないか。

 このクラス全員の視線が集まるであろうこの時にばれるのは流石に回避した…


 「えーじゃあ順番に聞いてこっかなー!ええっとじゃあ一斑の人…」
 
 「私…」

 「へ?」

 「あと一人…私…」

 「………」


 一瞬の沈黙が訪れる。

 冷汗が頬を伝った。予想は的中、クラスメイト全員の視線が私の身体に突き刺さる。

 あんなこと言われちゃあ挙げるしかないじゃないか。


 「へ、へへ…」


 私は必死の愛想笑いを披露する。

 文にしてみるとまるで変態の発する声みたいだ。我ながら気持ち悪い。


 「…えぇと…班決めは終わりましたか?」


 不意に廊下のほうから声がした。

 見ると、教室の扉の前に担任の小野先生が立っていた。いかにも「何があったんだ」という表情をしている。

 教卓の方に視線を戻すと、愛実が虫でも見るかのような、いやらしそうな目でこちらをちらりと見た。

 そしてすぐ、自分の席へそさくさと歩いて行った。

 汗がぶあっと一気に噴き出た。

 死ぬかと思った…!!!

 高鳴っていた心臓が未だにドクンドクンとうるさい位に鳴っている。

 あの時小野先生が来なかったらどうなっていただろう。たぶん私は死んでいた。

 
 「…では、今日はもう時間がないのでこれで終わりにします。黒板に書いた自分の班の枠のところにネームプレートを下校までに貼っておいてください。」
 
 
 先生がそれを言い終わると、みんなは「はい」と返事をして、一斉に動き始めた。

 あぁ、終わった。愛実と同じ班の修学旅行なんて、きっと本気で殺されかけるに違いない。

 冗談抜きで、だ。




 「尼崎さん、ちょっといいかしら?」


 放課後、帰り支度を済ませたところで、小野先生が少し小声で話しかけてきた。


 「はい、なんでしょう?」

 「ちょっと荷物をもってこっちに来て。長くはかからないから。」


 …嫌な感じがする。これはもしや説教の流れでは?
 
 私は重い空気を感じながら、バッグを片手に先生の後をついて行った。

 四時を少し過ぎた校内は、淡い橙色の空に照らされて、物静かな雰囲気を醸し出していた。

 生徒ももうほとんど残っておらず、聞こえてくるのは外の野球部の声やバットの音くらいだ。

 そんな感じで耳を澄ませながら廊下を歩いていると、小野先生は廊下の一番端の美術室に入っていった。

 こんなところに入って私はいったい何をさせられるのだろう。

 
 「さあ、どこでもいいから座ってちょうだい。」


 私は黙って扉から一番近い席に座った。

 そして小野先生は長机を挟んで私の向かい側の席に座った。


 「突然で悪いんだけど…尼崎さんはクラスの人の事とかで悩んでたりする事はある?」

 「……え?」


 あまりに予想外の話で思わず声が漏れてしまった。

 
 「今日、尼崎さん六時限目に何かなった?その…嫌なことがあったとか。」


 今度は予想外すぎて言葉が出ない。

 先生は今日の六時限目の一部始終なんて知らないはずだ。知っているのはあの扉の前に立っていた一瞬限り。

 あの一瞬の状況と私の今までの学校生活の様子で分かってしまうものなのか。
 
 この先生は私が思っていたよりもはるかに観察力に優れているようだ。


 「えっと…特にそういう事は今のところはないですかね…」


 大嘘だ。嫌がらせなんて軽く五十回は受けているだろう。

 それどころかこれから数十分後にはまた嫌がらせというかカツアゲというかそんな感じのをさせられるだろう。

 私はさっき愛実に向けた愛想笑いで…


 「我慢しなくていいのよ。もちろん約束は守るわ。」


 …誤魔化せなかった。


 「いや、ホントにそーいうのないので…」

 「今はまだ大丈夫だとか思ってるの?どんどん悪化していったらどうするの。」


 段々と先生の口調が強くなっていく。

 相当しつこい。こちらも段々頭にくるようになった。


 「あの先生…本人が無いっていうからには無いんですよ。」

 「いいえ嘘です。ちょっと強めに言わせてもらいますが、こちらにも何件か相談が来ているんです。」

 「誰からですか?」

 「ほかのクラスからです。休み時間に扉が毎日の様に閉まっているだとか…」

 「それで何故私が嫌がらせを受けているんだと分かるんですか?先生つい最近まで三学年の担任掛け持ちで全然
  教室来てませんでしたよね?」

 
 小野先生は先月まで三年六組の仮の担任を務めていた。元の先生が持病の悪化で暫く入院していたためだ。


 「登下校の様子を見ていれば分かります。毎日近くの自販機で何本もスポーツドリンクやらエナジードリンクや
  ら買っているし、他の子のサブバックを何個も持っていた日もあったでしょう。」

 「どこでそれ…」

 「登下校だけは必ず毎日見ているんです。そんなことより、こういう問題は自分だけで抱え込むのではなく、他
  の人に相談して助けを求めるのが一番…」

 「黙ってください!!!」


 遂に怒鳴ってしまった。けれど止める気は無い。私は勢いに任せて続けた。


 「私には別に何にもないです構わないでくださいほっといてください!!」

 「ちょ、ちょっと!」


 椅子の横に置いていたバックを掴み、駆け足で美術室を出た。


 「尼崎さん!!」


 階段を駆け下りながら両手で耳を塞ぐ。

 一瞬バランスを崩し転びそうになった。

 踊り場の壁にある鏡に自分の姿が映る。

 酷い顔だ。目と鼻が赤くなっている。

 …悔しい。あんなことで癇癪を起こしてしまう自分が。

 逃げ出してしまった自分が。

 鏡に映ったそれは今にも泣きそうだ。
 
 それが自分自身であることに、悔しくて、情けなくて、ついに嗚咽が零れた。

 こういう自分が、一番嫌いだ…。






 「お前は周りの奴らから嫌われているからな」


 そうだよ。多分消えて欲しいって思われてる。


 「でもお前も周りの奴らを必要としていないだろう?どっちもどっちじゃあないか。」


 まぁそうだね。正直消えても別に……って、それはさすがに言いすぎでしょ…




 「……というかあなた誰……」


 ―――――― 鏡の向こう、本来ならば左右対称に映った私がいるはずの位置に、

                          見知らぬ黒い『何か』が立っていた。


 










 
 
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