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男装助手は女性にモテる・上

男装助手はアイドル事務所にいる(いない)。

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ドアがノックされた。フロイドに目で指示されたから、私が扉を開けに行った。確かに令嬢なら指示されたからって絶対やらないだろう。

開けようとしたのと同時、扉が開いた。扉を押す力の方が強かった。

「やあ失礼するよ!」

勢いよくオッサンが飛び込んできた。ルービン警部だ。

この人は攻略対象じゃない。しかしネームドキャラクターではある。身長が高くて口髭の紳士。フランクでちょっと間抜けなムードメーカー。

エッチな作品だと声優さんは源氏名を使うこともある。この声優さんのみ、いわゆる表名義だった。声と演技に特徴のありすぎる人だから聞けばわかるレベルということもあるかもしれない。声だけならラスボス級の声帯なんだけど、お話としては脇役である。

私、ドアの後ろに隠れちゃった。潰されそう。隙間からはなにも見えないけど、アレンさんがご機嫌にゲラゲラ笑ってるのは聞こえてきた。

「うん?私の顔に何かついてるかい?」

「すみません、ここにいます。潰れてますー」

キョトンとしているルービン警部に、ドアを押し返してアピールをする。

「おお!これはすまない!」

すぐに救出された。ルービン警部は人のよさそうな顔に照れ笑いを浮かべていた。フロイドは『なにやってんだ』って感じのまったく同情しない顔だった。

「大丈夫です。あ、僕はエドガー・モローと申します。フロイド先生の助手になりました。よろしくお願いします」

「エドガー君か。どうもよろしく。ジャック・ルービンだ」

すぐに手をとって握手してくれた。ここに来てやっとそういう普通の感覚の人に出会った気がする。なんか、ホッとする。

「いやしかし、ますますアイドル事務所じゃないか。女の子みたいな綺麗な顔しているねえ!」

それが女の子なんですよぉ。誉められちゃった。

ルービン警部は美形揃いのマープルハウス同盟をアイドル事務所と呼んでいる。皮肉ではなく素直な冗談として言っている。

それにしても、変装がばれていない!二重で嬉しい。とはいえ、私は男の子という設定なのでニコニコしてはいられない。困った顔をしておいた。

「まったく、署と違ってここは華やかでいいな」

「ルービン警部も退職したらこっち来るかい?」

とは、アレンさん。アレンさんはルービン警部ととても仲がいい、というか懐いている。

「私はマネージャーが精々だよ。ということで、おかえり。ジャスト君」

耳に違和感。フロイドの名字はジャストだけど、警部以外そう呼ぶ人がいなかった。ヒロインに対しても自己紹介のとき名前で呼んでいいと言っていたこともあり、ついつい名字を忘れがちである。

「戻りました。こちらが資料になります」

ルービン警部はフロイドへ笑いかけ、フロイドは頭を下げたあとアレンさんを手のひらを上にして示す。

「はい読んだ。どーぞ」

アレンさんはルービン警部に資料を突き出す。

「丁重に受け取らせもらおう。ありがとう。これは然るべき形で進めるよ。支払いはこれで」

資料を受け取った警部はコートの内側へスッとしまった。さらば、我が家。うまく逃げてね、元メイド女。小切手が静かにやり取りされた。

「で、他にも話あんでしょ?」

プカリとパイプの煙を燻らせるアレンさん。空気がピリピリとしているので、フロイドに倣って静かに気を付けをする。

事件の香り。

ヒロイン視点のゲーム中には直接的にマープルハウス同盟の会議なんか書かれていなかったけれど、きっとこんな場面はあったのだろう。

「先先週の月曜日に殺しがあった。それが解決する前に、昨日の朝、よく似た遺体が出た。おそらく同一犯による連続性のある殺人だ」

ルービン警部の言葉に思わず震えが走った。鳥肌が立っている。

リアクション抑えようね、私。そして田舎の令嬢だからと言って、前世に覚醒したなら世情くらいは把握してもよかった。少しは心構えができたかもしれない。

もちろん私は事件の内容を全て知っている。犯人も。手口も。動機も。分岐も。

「なんで俺のところにもっと早く来ない!俺と警部の仲でしょーが!」

息巻いて怒るアレンさん。どうにも怒り方が子供の癇癪みたいだった。

「アレン君はここ一ヶ月ほど起きてこなかっただろう。ジャスト君も留守だし。最初の遺体が出たときクリス君には話したけれど、彼は『また起こるかもね』としか言わなかったよ。あまり懐かれていないせいだろうか」

アレンさんはしゅんとしてパイプに口をつけた。警部もしゅんとしてしまった。

「被害者は全員女性だ。夜間に路上で営業している娼婦が狙われている。状態が酷くてね……子供には少し刺激が強い内容なんだが」

警部がチラと私を見る。殺人と聞いて既にビビったように見えていたのだろうか。

「大丈夫です。僕のことはお気になさらず」

それでも不安なのか、まるで親の許可を求めるように警部はフロイドで視線を向けた。フロイドは頷いた。

「助手ですから。続けてください」

「わかったよ。遺体はどれも殺された後に子宮をくり抜かれているんだ。傷口の上にしおれた白百合の花が置かれている。不安を煽るだろうから報道規制をかけているが……遺体を見てしまった人もいるから、町中がこの話題で賑わうのも目前だろう」

フロイドが落ち着かないようにチラと私を横目で確認した。大丈夫です。私、知ってますから。

口からパイプを離し、眉間に皺を寄せて小首をかしげるアレンさん。痛ましく渋い顔をしている。

「そいつぁは酷い。殺害方法は両方とも同じかい?」

「いや。一度目は頭部の損傷だ。壁に叩きつけられた後が残っている。それだけなら喧嘩にも見えるんだがな……二度目は紐状のものによる絞殺。一度目よりよっぽど計画的になっていた」

「殺人は癖になる」

フロイドがぽつりと言った。

そう、癖になったのだ。三件目の殺人も、もうすぐだろう。

三件目で猟奇殺人事件としてメディアが取り上げる。ヒロインは三件目の死体を目撃してしまい、事情聴取を受ける前に撮影して逃げて新聞に載せるのだ。そのため、警察からあらぬ疑いをかけられてしまうのだが……。
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