小足姫 ~Fake~

睦月

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「凱…」

「はい」

「どうして…

どうして私のお相手はお父様なの?」

「お嬢様。

良くお聞き下さいね」

 神妙な顔で凱が向かいに座る。

「はっきり申し上げた方がいいでしょうね


貴女は、その為に育てられ、生きてきたのです」

 感情のこもらない淡々とした言葉。

「…その為、だけに生きてるの?」

 緑の瞳にみるみる水の膜がかかる。

 この暮らししか知らないが、普通ではないのはうっすらと分かってはいた。

 しかしそれが、「父」と呼ぶ人の性具になるためだとは思ってもみなかった。

「…しかし」

「え?」

 ほろりと零れ落ちた玻璃の雫。


「いずれ…

貴女はお嫁にいかれる」

「私が?

お父様の…なのに?」

「ふふ。そうですよ。

でも、貴女は国一番の姫君になり、国一番の方に嫁ぐ」

 確信に満ちた言葉。

「国…一番?

それって…」

 しい…と彼女の愛らしい唇に人指し指をそっと押し当てる。

「その時の為の全てのレッスンです。何もかも」

「レッスン…

お父様、も?」

「そうですよ

全ては…、貴女が国一番になるため」

「この、足…も?」

「はい」

 買われた時からずっと口癖のように言われていた「国一番の姫君」が急に現実味を帯びてきたようだ。

 彼女の緑の瞳にはもう涙はなかった。

 奥底に、ゆらりと蒼白い焔が立つ。

 あまり記憶にはないが、売られて陽の当たらない小汚ない部屋に幾人もの同じような娘と閉じ込められた。

 あそこにいた娘達は… 

 おそらく生きている者の方が少ないだろう。

 生きていたとしても、もはや廃人同然か死にかけだろう。

 痛い、辛い、苦しいこともたくさんあったが、温かなベッドや親元にいても一生手に入れることの出来ないものも与えられている。

 それは物的な物だけではなく、知識や教養も。

「凱の…

言う通りに、する」

「はい。それでこそ私の見込んだお嬢様です」

 至極当然…とでも言うようにゆったりと微笑み、彼女の頬を撫でる。



 世更けて家人の寝静まった頃、凱は薬の調合を始める。

 簡単な痛み止や軟膏から始め、彼女の足に塗る薬や秘密の薬を。

――彼女の決意は本物だと思う。

 ならば彼女の為に全力を傾けねば… と、念入りに慎重に。

 謀(はかりごと)は密やかに… 


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