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しおりを挟む「この金があれば、普通に暮らす分には困ることはないと思いますよ」
綺麗な顔がにっこりと微笑む。
「あ…、ぅ…」
痴れ者のように呻き、差し出された皮袋のずしりとした重みに心を決めたようだ。
今更、この店に来る客はいない。
こっそりと最高のドレスを仕上げ、この町を去り余生を別の土地で暮らすことも悪くはないだろう。
鍼による治療は恐ろしかったが、今まで霞んでいた目が嘘のように晴れ、腕の細かな震えも治まった。
朝夕飲むようにと渡された丸薬も続け、持ち込まれた最高級の生地・糸・縫い付ける宝石と夜毎に格闘した。
決して人の目に触れぬように細心の注意を払って作業を続けた。
仕事を失い、気力を無くしていた店主は謎の男から受けた仕事に生きる糧を見出だしていた。
妻も子もない身で得た生き甲斐。
そう…彼は、自分の娘が着るドレスだとは夢にも思っていなかった。
自堕落に身を持ち崩し、その日暮らしのように生きていたのだ。
詮索をしてはならない…と解っていたが、仕上がりが近づくにつれていらぬ好奇心が頭をもたげ始めてきていた。
これだけの材料を調達できるのに、こんな所に頼む…
どんな訳があるのだろうか。
愚かな…
卑小な男だった。
舞踏会開催の半月前に仕上がったドレスを渡す時、ついに好奇心に負けてあれこれと凱に尋ねてしまった。
「旦那…
いったいどちらのお嬢様がこのドレスをお召しになるんですか?
あ、いやいや、絶対に他には言いはしませんよ。へへ…。私の最後の一世一代の作品をどなたが、ってねぇ」
上目使いで、探るように媚びるように。
いつもの微笑みを浮かべたままで受け取ると、店主に最後の治療を申し出る。
「この土地を離れるのでしたよね。どちらか行かれるあてがあるのですか?」
「へへ…、いやぁ…
なんだかねぇ、頂いた薬も良く効いて調子もいいし…。この年になって知らない土地もねぇ」
「…ここに留まると?」
「ええ…。お陰様ですっかり元気になりましたしね」
ベッドにうつ伏せ、鍼治療を受けている。
「これ、すごいですよね。肩凝りや頭痛まですっかり良くなっ…て…っ
……!?」
とん!と細い鍼が打ち込まれ、話すことも動くこともままならない。
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