無気力系主人公の総受け小説のモブに本物の無気力人間が転生したら

7瀬

文字の大きさ
110 / 171
第二章 少年期編

第四十話 本物の無気力は誘拐される(6)


 ※妊娠について過激な表現が出てきます。苦手な方はご注意ください。
 次行から本編です。



 リシュレン伯爵家の長女として産まれたアストレアは絵に描いたような苦のない人生を送っていた。

 貴族としての誇りを持ちながら厳格さと慈愛を持ち合わせた両親に目一杯の愛情を注ぎ込まれ、周囲の期待に応えられるだけの才能もあった。幼い頃からの婚約者との関係も良好で結婚後も誠実に自分と向き合ってくれていた。

 アストレアの身に初めて降りかかった絶望は結婚して半年後。
 初めて身籠った子にこの世界を一目すら見せてあげられなかったこと。
 流産だった。

 その事実はアストレアの夫の指示で秘匿され、屋敷の外に漏れることはなかった。
 アストレアが再度妊娠できる身体なのか分からなかったからだ。
 領主の妻にとって跡継ぎを産むことは何より重要な使命で、それができないとなればアストレアの地位が危ぶまれる。アストレアに前辺境伯の血が流れていたとしても変わらない。

 アストレア自身にそんな些末なこと気にしている余裕はなかった。
 これまでの全ての幸福はこの不幸との帳尻合わせのためだったのだと思うほど深い絶望の奥底にいた。

 しかし時の流れとは不思議なものだ。
 深く空いた絶望の穴が浅くなることも、ましてや塞がることもなかったがアストレアの足は知らぬ間に新たな地についていて、背後に大きな穴を抱えたまま前を向いて歩き出していた。

 そうして出来た二人目の子。
 お腹の子を大切に思わなかったことなどない。それでもより大きく、深く、重く愛した。
 その子が産まれた時、自分がこれから得るであろう幸福を全てこの子に捧げても構わないと思った。
 それこそアストレアにとって最大の幸福になるからだ。

 そして同時に何故かあの深い穴が再び自分の背後に迫っているように感じた。

 幸福と絶望が常に隣り合わせであることを彼女は知ってしまったのだ。

 ひと時も赤子から離れようとしないアストレアを夫を含め屋敷の者達全員が心配していた。

「アストレア、このまままでは君の身体が壊れてしまう。偶には使用人達に任せよう」
「でも、」
「あの子の母親は君しかいないんだ。あの子のことを思うなら自分のことも大切にしないと」

 夫と話したその日。子どもが生まれてから一か月と少し経った頃。
 アストレアは初めて子どもと別れて眠ることにした。

「ま~ま?」
「大丈夫よ。明日の朝は大好きなヨーグルトを食べましょうね」

 不安そうに自分の指を握る我が子の手を放したことを一生後悔するとも知らずに。

 自分がいない間に何かあったら。不安で眠気すら感じなかった。

「心配いらない。今夜は私が側についているから」

 それでも夫の言葉を脳内で繰り返しているうちに気付くと眠りに落ちていた。

 この一年、子どもから目を離すのが怖くてまともに眠れていなかったのだ。やはり疲れが出たようでかなり深い睡眠だった。

 顔を真っ青にした騎士が狼狽えた様子で起こしに来るまでまったく目覚めないほどに。

 騎士の制止を振り切って子ども部屋に走る。
 熱さも痛みも息苦しさも感じなかった。
 あるのは恐怖だけだ。再び我が子を失う恐怖だけ。

(神様、どうか………どうかあの子をお守りください!私の全てを捧げますから、どうか………!)

 恐怖以外何もなかったはずなのに身体は動かなくなっていく。
 廊下で意識を失いかけているアストレアの瞳にぼんやりと人の姿が見えた。

 我が子を抱える男の姿。燃え盛る炎の中颯爽と歩く人影に一瞬だけ思ってしまった。

(神様が………助けに来てくださった………!)

「お、ねがい………。どうか、幸せに………」

 グシャリ。神へ伸ばしたはずの手が踏みつけられる。

「わ、ごめん踏んじゃった。まあいっか。どうせ死ぬんだし」

 その言葉を聞いて気づく。神様などではない。我が子攫う悪魔だと。

 地面を這ってでも助けたかった。
 意識を失う寸前まで必死に伸ばした手は遂に届くことはなかった。


 いっそ死んでしまいたかった。
 目を覚ましてからいったい何度そう思ったことか。

 皇室にまで協力してもらった捜索も一年後には何の進展もないまま打ち切られた。
 そんな時アストレアの両親も順にこの世を去り、アストレアの心に空いた二つ目の深い穴は大きくなっていくばかりだった。
 優秀な補佐官が領地の運営をしてくれているがそれもそう長くは持たないだろう。

 ある日、気を利かせた使用人がアストレアを馬車で外に連れ出した。
 目立たないよう商人の馬車を装い市場を進む。

 長い間虚空しか映していなかった彼女の瞳にとある景色が映る。

 自分の領地で楽しそうに走り回る子ども達の姿だった。

「守らなきゃ………」

 ただ一つ、その感情だけがアストレアを絶望の底から掬い上げたのだった。


感想 65

あなたにおすすめの小説

妖精です、囲われてます

うあゆ
BL
僕は妖精 森で気ままに暮らしていました。 ふと気づいたら人間に囲まれてました。 でもこの人間のそばはとても心地いいし、森に帰るタイミング見つからないなぁ、なんて思いながらダラダラ暮らしてます。 __________ 妖精の前だけはドロ甘の冷徹公爵×引きこもり妖精 なんやかんやお互い幸せに暮らします。

この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜

COCO
BL
「ミミルがいないの……?」 涙目でそうつぶやいた僕を見て、 騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。 前世は政治家の家に生まれたけど、 愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。 最後はストーカーの担任に殺された。 でも今世では…… 「ルカは、僕らの宝物だよ」 目を覚ました僕は、 最強の父と美しい母に全力で愛されていた。 全員190cm超えの“男しかいない世界”で、 小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。 魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは── 「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」 これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。

人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます

七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。 歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。 世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。 気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。

声を失った悪役令息は北の砦で覚醒する〜無詠唱結界で最強と呼ばれ、冷酷侯爵に囲われました〜

天気
BL
完結に向けて頑張ります 5月中旬頃完結予定です その後は、サイドストーリーをちょこちょこ投稿していこうと思ってます

悪役の僕 何故か愛される

いもち
BL
BLゲーム『恋と魔法と君と』に登場する悪役 セイン・ゴースティ 王子の魔力暴走によって火傷を負った直後に自身が悪役であったことを思い出す。 悪役にならないよう、攻略対象の王子や義弟に近寄らないようにしていたが、逆に構われてしまう。 そしてついにゲーム本編に突入してしまうが、主人公や他の攻略対象の様子もおかしくて… ファンタジーラブコメBL シリアスはほとんどないです 不定期更新

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

聖獣召喚に巻き込まれた俺、モフモフの通訳をしてたら冷徹騎士団長に外堀を埋められました

たら昆布
BL
完璧っぽいエリート騎士×無自覚な愛され系