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第二章 少年期編
第七十二話 再・本物の無気力はお迎えに行く(13)
「『言いたくない』で済まないこともあるんですよ。僕は坊ちゃまに甘いので見逃してあげますけど聞かれて困ることを無闇に仄めかすのはやめましょう」
リッツェは床ドンにより苛立ちを鎮めると真剣な面持ちで言い聞かせてくる。どう見ても歳の離れた弟を叱るお兄ちゃんの図だ。
それにしても思ったより元気そうだな。別に凹んで欲しかったわけでもないけれど想像していたより平然としている。もっとこう………俺と離れることへの未練はないのか?ここまで育ててきた坊ちゃんの成長を見届けられないことへの悔いは?
「聞いてますか?そんな可愛い顔して」
人差し指で鼻をツンと触られる。やはり深刻さの欠片もない。
この(元?)お世話係は感情の起伏が激しく、その上嘘が下手である。つまり平静を装っているなんてことはあり得ない。だとしたらエリュースト家を離れることに本当になんの心残りもないか、或いは………
名探偵ルシオンの名に懸けて分析した結果一つの答えに辿り着いた。
「リッツェもしかして………執事辞めただけのつもりだな?」
「だ、だけぇ!?なんでそんな酷い言い方するんですか!僕の一世一代の大決心を!」
「執事は辞めたけど夜中にこっそり覗きに来るつもりだろ」
リッツェの肩が不自然に揺れる。
「なんなら偶に遊びに来ようとまで思っている」
今度はわざとらしく視線を逸らした。
なんて分かりやすい反応だろう。素直なのは美徳だが一線を越えると弱みにもなり得る。今回が正にそのパターンというわけだ。
「リッツェさん、それ多分無理っすよ」
どういう風の吹き回しかオーガスが低い声で口を挟んだ。
そのまま魔塔主とのやり取りを中心に俺達がここに至るまでの経緯を説明してくれる。
まさか俺が説明を面倒くさがっているのに気付いて代わってくれたのか?これぞ気遣いのできる男。見習うには難易度が高すぎるが付いて行きたい。というか付いて来てほしい。
「師匠がそんなことを………」
リッツェはやはり魔塔主の行動を承知していなかったらしい。相当衝撃を受けた様子で言葉を失っている。
「魔塔主が反対している以上、リッツェさんでもそう簡単に魔塔を抜け出すことはできないっすよね。魔塔で過ごすなら神子様とは二度と会えないと思った方がいい。
つーか正直俺も魔塔主の行動が間違ってるとは思ってねぇしな」
オーガスの口調には少しだけ棘がある。
怒っているというよりは鈍いリッツェに分からせようとわざとそうしている、という風に感じた。
もしかすると俺ではリッツェに事の重大さを伝えられないと判断して代わりに話してくれたのかもしれない。どちらにしろリージャのお守りに徹するには勿体無いほど良い男である。
「中途半端な離別なんて意味ないんですよ。
離れる覚悟を決められないなら側にいる覚悟を決めないと。少なくとも神子様は全部知った上でリッツェさんと一緒にいる覚悟を決めてるみてぇだし」
いつの間にか隣に座っていたオーガスが視線だけで「だろ?」と問うてくる。
仰る通りです。そもそも俺はリッツェを迎えに来たんだから。
ただそれは『リッツェが帰りたいと思っている』ことを大前提としていて、俺の感情だけで連れ帰るわけにはいかない。
オーガスが俺を見たことでリッツェも自然とこちらに目を向けた。
この空気………間違いなく俺の言葉を待っている。
俺はもう散々喋ったんだからこっちに振らなくていいだろ。とは流石に言えそうにない。
うーん。
出会ってから十年経っているというのに歳の重なりを感じさせない童顔を視界に入れながら考える。
リッツェ相手なら帰って来てくれるよう言いくるめるのは容易いだろう。でもそれをしてしまったら魔塔主が憂いている『最悪』に近づくだけのような気がする。
だからきっと今必要なのは俺の願いを伝えることじゃなく。
「リッツェはどうしたい?」
リッツェの心を聞くことだ。
「………」
相も変わらず感情がそのまま顔に出るリッツェは分かりやすく困っている。
震える唇を僅かに開いたかと思えば閉じて、意を決して何か言いかけたかと思えば結局怯んで俯いて。それを何度も繰り返す。
この俺ですら助け舟を出したくなるほどだ。オーガスも険しい表情をしているが気遣いができる男故に俺の意図を察して必死に堪えてくれていた。
「う………いや………あの、………」
鳥の孵化を見守る時ってこんな感じなのか。もどかしさを覚えながらも無言を貫くと長い長い葛藤の末リッツェが小さく口を開けた。
「坊ちゃまは………怖くないんですか?」
俺はリッツェの気持ちを聞いたんだけど。というツッコミを呑み込む。
仕方ないから先輩がお手本を見せてやろう。
「怖くない」
「「………」」
「………?」
なんで二人して訝し気な目を向けてくるんだろう。こんなに簡潔明瞭に答えたのに。
「なんかこう………普通もっと言うことありません?怖くない理由とか」
「ない」
堂々と言い切るとリッツェはそれ以上何も言えなくなった。いくら不貞腐れようとないものはないのだ。考えれば見つかるのかもしれないがそんな行為に一体なんの意味があるのやら。
「どうせ怖くないんだからわざわざ理由を探す必要ないだろ」
リッツェの瞳が大きく揺れる。驚きと不安が透けて見えた。
「僕は………怖いです。
昔みたいに暴走して坊ちゃまを傷つけることがあったらって、想像するだけで死にたくなる。
坊ちゃまと一緒にいたいけど、でもやっぱりそれは出来ません。離れるのはすごく苦しいですが………坊ちゃまが大切だから我慢できます」
そう言って浮かべた笑顔は酷く歪んでいて強がりなのが丸分かりだった。
「ん。じゃあ帰る」
「うぅ………別れを惜しむ素ぶりくらいしてくださいよぉ………」
「何言ってるんだ。リッツェも一緒に帰るんだろ」
「へ?」
「おんぶ。いっぱい喋って疲れた…」
リッツェに向かって両腕を伸ばすがちっとも背中を向けてくれない。それどころか俺の肩を掴んで激しく揺らしてくる。
「僕の話聞いてました!?まさか寝てたんじゃないでしょうね!?」
「聞いてたよ。『一緒にいたい』んだろ?
俺はリッツェがどうしたいか聞いたんだから、答えはそれだけで十分だ」
「も………もっと真剣に考えてください!ヨル様は坊ちゃまを狙ってるんですよ?僕はヨル様の敵にはなれないんです!僕が坊ちゃまの側にいたら、いつか絶対………」
リッツェは続きを声出せないまま俯いてしまう。
それにしても随分な言われようだ。真剣に考えていないなんて、一体どうしたらそんな風に見えるんだ。
そろそろ魔塔主が来そうなので急いだ方がいいと思いつつここに至るまでに超絶真剣に考えて導き出した答えを早口で伝える。
多分明日は顎が痛くて喋れない。
「だから敵にならなければいいんだ」
「へ?」
リッツェが顔を上げた。まん丸な瞳一杯に俺が映っている。
それでいい。これ以上余計なことは考えないで今から言うことだけに耳を傾けろ。
「俺はヨルの欲しいものを知ってる。それは神の力なんかじゃ手に入れられないってことにヨルはまだ気づいてないんだ。だから俺達でヨルを止めて、アイツが本当に欲しがっているものをあげる。全部ヨルの為にすることなら敵ってことにはならない」
「………」
言葉遊びと思われるかもしれないが嘘は言っていない。俺自身別にヨルの敵になりたいわけではなくただのんびり過ごしたいだけなのだ。無論信者になるつもりもないが。
「そう、かもしれないですけど………」
どつやらリッツェを納得させるにはまだ足りないらしい。万策尽きた。これ以上粘ったら部下からの退職願を躱し続ける上司みたいになる気がする。
そんな俺の心配を他所にリッツェは指遊びをしながら心做しか頬を淡く染めて問うてきた。
「そんな面倒なことするより僕と離れた方が絶対に楽なのに、どうしてそこまで………?」
コイツ………分かってて聞いてやがる。そういう顔をしている。
呆れて答える気も起きないでいるとリッツェがチラチラわざとらしい視線を送り始めた。
くそう。今日だけだぞ。
「そんなの、俺がリッツェといたいか………」
「僕も坊ちゃまといたいです!相思相愛ですね!!」
せめて最後まで聞くべきだろ。無駄に喋らずに済んだからいいけどさ。
わーい!わーい!
子どもみたいに声を上げて喜ぶリッツェはさっきまでのしおらしさが嘘のように元気いっぱいで抱きついてきた勢いのまま俺を持ち上げる。
「よし!じゃあ一緒に帰りましょう!」
なんだか騙された気分である。
それでも、やっぱりこの騒がしさが俺の日常には必要なのだ。
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