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第二章 少年期編
第八十七話 本物の無気力は十歳になりました(12)
さっき叩かれたのとは比べものにならない。
頭の上にでかいお団子ができること間違いなしだ。
「大袈裟だな。私の拳なんてゼオンの百分の一の威力もないよ」
両手で患部を抑える俺を皇帝が冷めた目で見てくる。
比較対象がおかしいだろ。
小動物より猛獣の方が噛む力は強いかもしれないが小動物に噛まれても痛くないのかと問われたらそんなことはないのだ。
「今ので確信した。君は甘やかされすぎている。これから私が厳しく鍛えることにしよう。強くなれば協力関係だって何の心配もなく結べるだろ」
「いやだ!」
あたかも恩を売るような言い草の皇帝に反射的に首を振った。
余計なお世話にも程がある。
こんな暴力的な人間に鍛えられたら強くなる頃には心も身体もボロボロだ。
「君は向上心というものを持ち合わせていないのか?」
「そうだ」
「そうだじゃないだろ」
ふん。今更何を言われたっておれの返事は変わらないぞ。
そっぽを向いて話を聞かないという意志を示した。
俺は屋敷に引き篭もって日向ぼっこしてお昼寝して睡眠して過ごしたいんだ。皇帝に鍛えて貰うなんてタスクは俺のスケジュールには組み込まれていない。
暫くそのままでいると皇帝の深い溜息が聞こえた。すっかり呆れ返っているようだ。
このまま諦めてくれるだろうと油断した瞬間頬を両手で掴まれて無理矢理目を合わせられる。そのままこれで最後と言わんばかりの差し迫った声で警告された。
「本当にいいんだな?このままではまた周囲の人間が巻き込まれるぞ」
「…………」
「十歳の子どもじゃないなら分かるはずだ。今のままではいつか君のために誰かが命を落とす」
「…………」
「君の周囲の人間は絶対にこんなこと言わないだろうがな」
「…………」
皇帝は黙り込んでいる俺の鼻を突いてこう締め括る。
「だからこそ私が言うんだ。誰かに言われないと永遠に目を逸らし続けてしまう」
今回の正論は不思議と俺を苛立たせはしなかった。
俺自身心の何処かで同じことを思っていたというのは勿論、『十歳の子どもじゃないなら』なんて言いながらも子どもに真摯に教え諭そうとしているように見えたから。
俺だって分かってる。
エド先生が眼鏡を反対向きにかけるほど動揺したのも、マリや屋敷の皆が泣いていたのも、母様が痩せてしまったのもリッツェが俺から離れようとしたのも元はと言えば俺が無力だからだ。
もし俺が物語の主人公みたいに強くなったら少しは皆の心配も和らぐだろう。
でも想像してみて欲しい。
この俺が少年漫画の主人公の如く日々泥だらけになりながら鍛錬し、二歩進んでは一歩下がって数年後に漸く努力が実って強くなっているところを。
うん。これっぽっちも想像できない。
努力に結果が伴わないのはよくあることだが百パーセント実を結ばない努力は時間の無駄だ。
何もしないとは言わない。
ただ修行したり鍛えてもらったりするより良い方法があると思う。
俺は、努力は、しない。否、できない。そういう機能は備わっていない。
というわけでちょっと検討してみたものの結論は変わらなかった。
「いやだ」
「…………なるほど。エイデンの言っていた通り度を超えた面倒くさがり屋なんだな」
皇帝が一周回って感心した様子で頷く。
さすがはエディ。俺の本質をよく捉えている。
ところで皇帝さん。それは本当に絶賛反抗期中のエディから聞いたのか?
盗み聞きしたか騎士さんあたりから報告を受けたかの二択だろ。
もう一度胡座をかいた皇帝は身体を右へ左へのんびり揺らした。視線は天井へ向けられていて何か考え込んでいるようだ。
「ふわぁー」
長い沈黙に欠伸が溢れる。
チラリと隣を見れば皇帝は未だ斜め上を向いている。
今なら寝そべってもバレないかも。
いそいそと身体を傾ける。
「よし。こうしよう」
ビクッ。
「なんだいその変な角度は。腹筋でも鍛えているのか?」
そんなわけあるか。
まさか自分の隣で寝そべろうとする不届者がいるなんて夢にも思っていない皇帝陛下は幸い俺の無礼に気付かなかった。
仕方なく体操座りをして身体を丸める。
うーん。この体勢でも余裕で寝れる。
「もし君が私に従って良き協力者になり、私の目標が成し遂げられた暁にはこの先一生働かなくてもいい立場と財産を与えよう」
「なんでもやります!!」
「急に元気だな」
素晴らしい提案に無意識に立ち上がって返事をしていた。右手を真っ直ぐ伸ばしてやる気に満ちた瞳で皇帝を見つめる。
俺は無意味な努力はしない。けれど意味ある努力はできる。
無気力な生活のためなら努力を惜しまないのが俺の良いところ~♪
「あ。でも詳細はちゃんと決めるからな。契約書も作ってくれ。
大まかに話しとくと、まず立場。権力者的な立ち位置はいらないから。皇帝の補佐官的な感じにして村に調査に行かせる名目で穏やかな田舎暮らしをさせて欲しい。あとお金はいらないから代わりに定期的に物資を送ってくれ。家はベッドさえ置ければいいから。広いのは絶対ダメ!歩くのが大変!あとは………」
「騒がしい」
皇帝の右手が僅かに動いた。
シュバっ!
風を切るように俊敏に上半身を横へスライドさせる。
「何……!?」
振り上げられた拳を華麗に避けてみせた。
皇帝は空振りした拳を信じられないという顔で見つめている。
ふ、これだから若造は。やる気が漲っている俺にそんな小癪な技が通用するはずないだろう。
「相当気味悪いぞ」
「気味が悪くてもいいから!契約書!」
「はいはい。すぐに書いてあげるから執務室に戻ろう」
「…………」
「何故このタイミングで座り込むんだ……」
皇帝が眉間を揉み込んでいる。
そんな目で見られても歩くのはだるい。
「仕方ないな。協力者になったことだし抱っこくらいしてあげよう」
抱っこ!
有り難いお言葉に嬉々として両腕を伸ばす。
「嘘に決まってるだろ。少しは学べ」
皇帝は意地の悪い笑顔を残して一人でさっさと歩いて行ってしまう。
性悪め。今すぐ躓いて転べばいいのに。
そう考えた矢先、皇帝が顔面から床に倒れ込んでいくのが見えた。
「……!」
大変だ。本当に転んでしまった。
皇帝が転ぶのを見るのは二度目だが今回は糸がないにも拘らず見事な転びっぷりでかなり気まづい。しかもエディもいないので器も小さくなっているはずだ。
取り敢えずそっと自分の額を隠しておいた。
月のマークが出ている可能性あり。
「ルシオン……君とはとても良い関係を築けそうだな」
あれ。神子の力を使ったのがバレてる。
「ごめんなさい」
黒いオーラを纏いながら恐ろしい剣幕で立ち上がる皇帝に精神誠意謝罪した。心の底から願ってはいたがわざとじゃないんだ。
合間合間でそんなくだらない小競り合いを挟みつつ執務室に戻り、無事に契約書が完成した。
俺が成すべきことは二つ。
中級の魔物数体なら一人で倒せるくらいの力を身に付けること。
そしてロイデンが即位するまでの間皇帝の目標達成のため協力すること。
そうすれば皇帝という立場を退いたあと『先帝の補佐官』として自由な生活を保障してくれるらしい。
きっちり期間も決めたし、ロイデンが皇帝になった後の俺のニートライフは確立されたも同然だ。
「嬉しそうだな」
「ん」
嬉しくないわけがない。長年の夢が叶ったんだから。
前世では叶える前に生を終えてしまったが今回は必ず生き延びてみせるぞ。
「契約の記念に君に良い事を教えてあげよう」
床に座ってホクホク契約書を眺める俺に何故か同じく床に座っていた皇帝がまた怪しい言葉をかけてくる。
半信半疑で顔を上げ、続く言葉を聞いた俺は一瞬頭が真っ白になった。
しかしこれまでの訝しげな言動の数々を思い出して寧ろ納得してしまう。喜びとか申し訳なさとか色んな色の感情が入り混じり、契約書を持つ手に力を込めた。
「そうだ。ゼオンとルシアには私から折りを見て話しておくから。それまではこれまで通り過ごしてくれ」
「ん」
「坊っちゃま!!もー!遅かったから心配したんですよ!?怪我はないですか?何か酷いことされませんでしたか?んー……頭が微妙に腫れてる気が………」
執務室から出てくるなりホッとした顔で俺を抱き上げたリッツェは全身くまなくチェックしてくる。
やっぱりたんこぶができてるじゃないか。訴えてやる。
「へーき」
「そうですか?それならいいんですけど……取り敢えず帰りましょうか!」
「ん」
リッツェはそう言うと廊下にあった窓から下りて風に乗って屋敷へ向かった。
風の抵抗を感じない移動に心地良さを感じているとさっきの皇帝の言葉が勝手に頭の中で流れる。
『上級の魔の森の管理者であり、魔物の研究もしている魔塔にはこの本の複製を渡してある。当然誰もが見れるわけではないが……現魔塔主と、現状最も魔塔主に近い者だけは研究のために目を通しているはずだ』
現状最も魔塔主に近い者。
小説を知っている俺が最初に頭に浮かべたのはユーリだったが、ここに至るまでの反応を見れば誰が知っていたかは明白だった。
『僕は坊っちゃまのお世話係ですから。なんにも変わりませんからね』
あの言葉の意味がを漸く理解する。
まったく。とんでもないお世話係だな。
リッツェが着ているローブを掴む。
相変わらず安心感のある抱っこを目を閉じて味った。
他者の好意を利用して私利私欲を満たす者が嫌いだと皇帝は言っていたが、周囲の人が与えてくれる深すぎる愛情に応えられる気概は俺にはない。
それでも、利用したいわけじゃないなら拒むか応えるかの二者択一だ。
面倒でも足が重くてもエド先生やリッツェを迎えに行ったのは純粋に離れたくなかったから。
離れたくないなら、せめて応える姿勢だけでも取らないと。
服の中に隠した契約書にもう一度布越しに触れる。
幸いリッツェなら田舎の村の小屋暮らしも平気そうだ。エド先生も昔は村に住んでいたわけだからきっと平気だろう。
全て解決した後も二人が俺の元に残ってくれるとは限らないのにそんな事を考えながら眠りについた。
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