魔女見習いともふもふ黒猫騎士は、今日も呪いと奮闘する

琴乃葉

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彷徨う甲冑.2

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 カタカタ、と馬車は小さく揺れながらあぜ道を進んでいく。馬車の後ろには滑車のついた荷台が繋がっていて、大きな木箱が乗っている。もちろん中身は甲冑だ。

 第三騎士団の本来の仕事の一つに貴重品を運ぶ際の護衛も含まれている。レオンは当初は護衛を三人つけると言ったが、屈強な騎士三人に囲まれての移動はティナにとって精神的負担が多すぎる。

 そんなに多くの護衛は不要だと言っても聞き届けてくれなかったので、最終手段とばかりに指先を光らせてビビッとそれを地面に向け大きな穴を作ったら、のけ反りながら一人に減らしてくれた。実力行使だ。

 当然というべきか、その一人はリアムに決まった。なんだか周りがヤイヤイと囃し立ててきたけれど、ティナと目が合うと、ヒッと小さく悲鳴を上げて数歩下がった。ビビッがいろいろと効いているらしい。

 ティナも、いまだ天使像の呪いを纏っているリアムが傍にいるのは心強い。あの呪いは、呪いのくせになんだかぽかぽか温かいのだ。
 とはいえ、気になることもある。

「今更ですが、リアム様は夜の護衛は決して担当されないとか。甲冑を送り届け解呪して帰るとなれば十日はかかります。その間は昼夜関係なく護衛されるのですよね?」
「本来ならそうだが、日が沈んだあとは宿から出なければ護衛は不要だろう。夜はお互い自由時間としよう」

 ということは、やはり今夜も出かけるのだろうか。
 気になりつつも、それ以上の追求は止めておいた。
 そもそもティナに護衛は必要ない。ピピッとかビビッとかすればよいだけだ。

 コーランド伯爵領は、それほど広くないテーラッド国の最も西に位置する。途中に川や山があり迂回して進むので地図で見るよりずっと時間がかかる。

(師匠なら転移魔法であっと言う間なんだけどな)

 残念ながらティナはまだ練習中。師匠曰く、理屈は分かっているから後は慣れらしい。使って慣れよというスタンスは解呪の時と変わらないけれど、どこに飛んでいくのか分からないのでおいそれと実行できず、ゆえに上達もしていない。

 長閑な田園風景を眺めているうちにどんどん日が傾いてきた。予定通り、次の町で宿を探す。


 小さな街には選べるほど宿なんてなく、街に入ってすぐに目に入った大通り沿いの比較的大きな宿を今日の寝床と決めた。厩舎もあるので馬も休められる。
 と、ここで問題になったのが甲冑をどうするかだ。

「ここに置いたままにしていいのだろうか」

 こんこんと木箱を叩いたリアムだが、途端ガタガタと揺れ始め、ヒッと後ろに飛びのいた。

「より強く縛ればぴくりとも動きませんが……。ここの治安はどうなんでしょう。ま、盗まれたとしても、彷徨う甲冑なんて目立ちますからすぐに見つけられますけれど」
「盗んだ悪党の腰を抜かす姿を見てみたいとは思うが、そうなると第三騎士団の面目は丸つぶれだ。しまった、やはりボブも連れてくるべきだったか。いや、それだと夜になると……」

 ぼやくリアムを横目に、ティナはどうしようかとガタガタ揺れる箱を見る。

(こうやって動き続けてくれれば不気味がって盗人も近寄らないかもしれないけれど、中に人が閉じ込められていると勘違いした人が通報しないとも限らないわよね)

 つまりはここに置いておけない。

「じゃ、部屋に運びますか」
「えっ、でも部屋は三階だぞ」

 空室はそこだけ。鍵を受けとった時は深く考えなかったけれど、こうなると一階が空いている宿を探せばよかったと思う。

「問題ありません。肩を貸してください」

 ティナはリアムの肩に手を置き、片方の足を荷台に乗せるとひょいと身体を持ち上げた。
 箱の蓋は幾つもの長く太い釘で打ち付けられているが、荷台に乗ったティナはスッと手を翳し全ての釘を纏めて抜き取る。

「お、おい。何をしているんだ。まさか、蓋を開けるなんて……」
「その通りです。開けまーす」

 緊張感のない声でティナが蓋を頭上に掲げた。リアムは剣を抜いて構え、いつでもティナを守れる体制に入る、も何も起きない。
 箱の中の甲冑は網でぐるぐる、ダンゴムシ状態。しかしかろうじて兜を上げティナを見上げた。

「私達は、あなたを元いた場所に連れて行こうとしているの。私達の助けなんていらないって思っているかも知れないけれど、あなただけだと周りに騒がれていつまでたっても辿り着かないと思うわ」

 そこまで言ってティナが甲冑に手を翳し、普段抑えている魔力を解き放った。
 ビュンと風がなり、箱が宙に浮かぶ。ティナの赤い髪を結んでいた紐がちぎれ、生き物のように髪が舞い上がった。

「私の力がどんなものか分かるでしょう? 抵抗しない方がいいわ。解呪できなくともあなたをぺしゃんこに潰すことはできるんだから」

 いつもは真ん丸な瞳がすっと細まり怪しげな影を落とす。弧を描く唇が妙に赤く見えるのは夕陽のせいだろうか。

 もぞもぞと動いていた甲冑はぴたりと動きを止めた。

 胸の高さにまでに持ちあがった木箱。片手は甲冑に翳したまま、もう片方を木箱の縁に置き、その上に顎をのせる。

「大人しく言うことを聞くなら箱から出してあげる。ただし、余計なことをしたらぐちゃり、よ」

 にんまりとした微笑が恐ろしい。リアムのごくんと喉を鳴らす音が乾いた空気に響いた。

 ティナが人差し指一本を動かすと、網に絡まったまま甲冑は箱から浮かび上がり、どさっと土ぼこりを舞い上げ地面に尻を付けた。
 そのまま、クリルと指を回せば巻き付いていた網がフッと消える。この時ばかりはティナの顔にも緊張が走った。何かあればすぐに捕縛しなければと身構え、リアムも剣を握る手に力をいれる。

 甲冑はゆっくりと立ち上がると、腕をグーンと伸ばした。
 ギギッと錆びた音がして、次いで首を動かせばギコゴコギュゴゴと妙な音がする。
 まるで肩が凝ったと言わんばかりに腕を回す甲冑。

 ティナは厩の端に道具箱を見つけた。中をごそごそして、車輪に刺す油差しを取り出すと、甲冑のもとへ行き手のひらをちょいちょい、と上下させ身を縮めるように伝える。

 それでも背が足りなくて背伸びしながら、甲冑の首のあたりに油を差してやる。次に肩、ここまでくると甲冑の方が膝を指さしリクエストしてきた。「よし、ここね」としゃがみこんで油を垂らしてやれば今度は嬉しそうに腕を回し始めた。まだちょっとギギッと鳴っているけれど、満足したようだ。

「……ティナは呪いを手なづけるのがうまいんだな」

 呟くリアムは全く役に立たなかった剣を気まずそうに鞘に戻す。

「では、甲冑さん、自分で三階まで登ってね」
 ギギッ

 ぎこちない音で頷くと、ギシギシと小さく音はするものの、スムーズな足取りで宿へと向かう。そのあとをテトテトとティナが続き、リアムは軽く眉間を押さえながら追いかけた。
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