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カトリーヌと裏路地の魔法使い

9.

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「えっ、へっ?、ご、ご主人様!! どうしてここに!!」

 ご主人様は私の肩に手を置き引き寄せると、エリオット卿を一睨み。そして作ったような笑顔を私に向ける。

「今日は学園に生徒会の引き継ぎで行くと言っただろう。一緒に帰ろうと思って探したのにいない。すれ違った用務員に聞けば、フルーツパーラーに浮かれ足で向かったと教えてくれた」

 どうしてこのタイミングで現れますかね。
 いや、もうこれどうすればいいの?

「で、この男は誰だ?」
「カトリーヌ先生の婚約者です」
「先生の?」

 銀色の瞳が一回り大きくなる。
 そのまま首だけ動かしてエリオット卿と視線を交わらせると、今度は碧い瞳が見開かれた。

「もしかして、コンスタイン公爵令息ではないですか?」
「いかにも。失礼ですがあなたは?」
「俺は第二騎士団長のエリオットです。明日から第三皇女の護衛としてユーリン国に向かいます」
「騎士団長でしたか。これは失礼致しました」

 ご主人様が姿勢を正し礼をすると、エリオット卿も立ち上がり頭を下げられる。

「それにしてもどうしてこのような場所で二人で食事を? 婚約者がおられるのですよね」
「ええ、カトリーヌも一緒だったんですが、忘れ物を取りに学園に戻りました。もうすぐ戻ってくると思うので私は店の前で待つことにします」

 そう言ってエリオット卿は席に座ることなく、私に向かって右手を差し出した。

「改めて礼を言う。あの時、カトリーヌを助けてくれてありがとう」

 クシャッとした少年のような笑顔につられるまま握手を交わすと、では、と言って立ち去っていかれた。

 その背中を私は恨みがましく見送る。
 笑顔は好感が持てるよ。頭と性格も良さそうだ。
 でも、去り際に凄い爆弾落としていったよ、あいつ!!

「ほぉ、それで? 何故カトリーヌ先生の婚約者がお前に礼を言うのだ?」
「……はて、何故でしょう」
「その態度、俺を誤魔化せると思っているのか?」

 うっっ、誤魔化せるものならそうしたい。 

 胡乱な目をしたご主人様が向かいの席に腰をおろすと、店員さんがフルーツタルトを二つ持ってきてくれた。ついでにと紅茶をもう一杯注文する。

「あの、食べますか?」
「そうだな。俺が食べなきゃいずれお前のウエストのホックが壊れそうだしな」
「そのご心配なら無用です! 苦手な針作業を頑張って少しゆとりを作りましたから」
「相変わらず努力の方向がまちがっているな」

 そんなことはない。
 それに今回は私のおかげでカトリーヌ先生が無事だったんだから。
 
 しかし、ご主人様から全て話せと言われれば、命令に従わなきゃいけないわけで。
 せめてもの抵抗とふにゃふにゃと曖昧に話せば、容赦なく突っ込まれる。
 結局全て話し終えたころにはフルーツタルトの皿は空になって何故かどちらも私の胃袋へ。

「うーん、確かに今回のことはお手柄と言えるのかもしれないが」
「でしょう! 私、頑張りました!!」
「だが、どうしてエリオット卿がお前に礼を言うのだ? 助けた時は老婆の姿だったんだろう」

 銀色の瞳がじっとこちらを見る。
 その目は明らか真実に気づいている。
 ご主人様は外堀からじっくり埋めるタイプ。言質はとれているぞとばかりの圧を肌で感じて、これはもう奥の手しか……

「何を転移しようとしている。どうせ帰る家は同じ。無意味なことは止めろ」

 どうして分かるんですか? ご主人様こそ魔法使いじゃないの?

「ご主人様、どうか旦那様にはご内密に。お礼にケーキを奢りますから」
「ほぉ、父上には言うなと俺を買収するのか。しかもケーキで」
「ううっ、ですがしくじったことがバレたら私、首になるかも、ですよ。私に会えないと寂しいでしょう?」
「どこからその自信が湧いてくるのか分からないが、確かにお前にいなくなられては困るので黙っていてやる」

 そうですよね。私、結構役に立ちますものね。

「私もご主人様に会えないと寂しいです!」

 目をしっかりと見つめ口にすればご主人様の顔がサッと赤くなる。

「な、なんでお前はそんなことをさらっと言うのだ」
「たまにはリップサービスも必要かと」
「リップ……あぁ、そうだよな。お前はそういう奴だった。学習能力のない自分が腹立たしいわ」

 ぶつぶつと不機嫌顔で呟くご主人様はちょっと糖分が足りないのではないでしょうか。紅茶に砂糖を入れようとしたら、何しているんだと止められた。

「ご主人様のためなのに」
「それが何故砂糖になる」
「糖分は癒しであり正義です」
「お前の論理を俺に押し付けるな」

 はあ、とため息をつきながらストレートティーを口にする。その顔は少し……心配している?

「お前を巻き込んだのは間違いだったかもな」
「何を仰るんですか。ご主人様のために働くのが私の役目」
「だが、俺はお前に危険な目に遭って欲しいわけではない」
「大丈夫です。いざとなったら逃げ足早いですから」
「確かにお前追いつけるやつはいないな」

 ええ、もちろん。転移魔術でビュビュッと姿を消しちゃいますからご安心を。ちなみに銃弾みたいな小さな物体の転移もできます。私って凄い!

「とりあえず無理はするな。俺はお前に傷ついてほしくない」

 やっぱりご主人様は少し心配症だと思う。
 だって私を見る銀色の瞳がとても真剣だから。

 大丈夫ですよ、ご主人様。私はずっと傍にいますから。
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