裏路地の魔法使い〜恋の仲介人は自分の恋心を封印する〜

琴乃葉

文字の大きさ
28 / 50
ココットとフルオリーニの出会い

6.

しおりを挟む


「動くな!!」

 腹にどんと響く低い怒声にココットはヒッと小さく悲鳴をあげ身体を縮こませる。

「両手を上げてゆっくりこっちを振り向け!!」

 再び響き渡る野太い声に震えながら手を上げ、ゆっくりと身体の向きを変える。明かりが差し込む扉の前で壮年の男性が剣を構え、その後ろには使用人の男性が数人。さらにその後ろにチラリと女性の姿もある。

 壮年の男性は、忍び込んだのが小柄な娘だと知って一瞬目を見開いたものの、すぐに一歩踏み出し間合いを詰めてた。

「魔法使いか。何しにここに来た。返答次第では殺す!」
「待って!! お父様、彼女は悪くないんだ!!」

 短剣が床を転がる音がして男の子が両手を広げココットの前に立つ。背にココットを庇い、自分の背丈の倍近い父親を見上げて枯れる声で「殺さないで」と訴えた。

「お前の知り合いか?」
「知り合い、ではないけれど、俺は彼女に酷いことをしたんだ。五年前、馬車の事故を覚えているでしょう。俺とお母様は馬車から這い出たんだけれど、お母様が足に大怪我をしていて、それで俺は医者を探したんだ。這い出た場所と反対側の場所に医者はいて、明らかにお母様より重症の二人を手当していた。お、俺、お母様を早く手当して欲しくて、それで……『コンスタイン公爵の息子だ、母が怪我をしている』って言ったんだ」

 壮年の男性――コンスタイン公爵は構えていた剣の切っ先を床に向けた。使用人を掻き分け前に出てきた女性は公爵夫人で夫の横に並び立つ。

「そんなこと初めて聞いたぞ、キャサリン知っていたのか?」
「いえ、私は何も。でも、フルオリーニか呼びに行ってくれて、すぐに医者は私のもとに来てくれたわ。それで、先に手当されていたお二人は……」
「死んだ。二人は彼女の両親だ」

 フルオリーニの言葉にシン、とその場が静まった。

 少ししてから、「そんな」と悲痛な細い声が公爵夫人から漏れる。

「……それで、今更ではあるが敵討ちに来たのか?」
「違います!!」

 少し怒気を抑えた声に、ココットの張り付いた喉からやっと声らしきものが出た。普段の声と違う緊張でしゃがれた声だ。次いでゴクンと唾を飲み込む。

「あれは、不幸な事故です。フルオリーニ様、先程は酷いことを言いました。貴方は何も悪くありません。私が言ったことは忘れてください」
「でも……」

 フルオリーニが振り返って泣きそうな顔でココットを見る。

(あぁ、こんな子供を傷付けて、私なんてことをしたんだろう)

 ココットの胸に罪悪感が広がる。怒りに任せて何てことを口走ったのか、後悔が重くのしかかる。

「では、何のためにここに来た」
「薬を盗みに来ました」

 コンスタイン公爵の問いにはっきりと答えれば、下がったいた剣先が再び上を向いた。

「待って!お父様。それも俺のせいなんだ。彼女のお祖母さんはいま流行病で病危篤状態なんだ。それで彼女は薬を王都中を探し回ったらしい。でも、やっと見つけた薬がコンスタイン家に売る物だから売れない、って断られたらしいんだ。俺、もう大丈夫だよ。こんなに元気だから薬は彼女にあげる!」

「……そこにいる女性の事情は分かった。だが、魔術で屋敷に忍び込み薬を盗もうとしたのは事実。たとえ未遂だとしても、どんな理由があっても許されることではない」
「あなた! 待って!! 彼女の両親の犠牲の上に私は生きているのです。その上、お祖母様まで……。フルオリーニはほぼ回復しています。でも、念のためにと強引にツテを辿って手に入れた薬でお祖母様まで死んでしまったら。お願い、彼女を許してあげて」
「しかし、泥棒は泥棒だ」

 コンスタイン公爵は辛そうに顔を歪めたけれど、ぎゅっと唇を噛むとさらに一歩ココットに近づく。それに反応するかのようにフルオリーニが一歩前に出て、目一杯両手を広げる。

「フルオリーニ様、ありがとうございます。でも、コンスタイン公爵様の仰っていることは間違っていません」
「そんな! でもそれではお姉さんは……」
「コンスタイン公爵様、泥棒に入ったのは事実。裁きは受けますが朝まで待って頂けませんか。それから
厚かましいお願いですが薬を売ってください。祖母に薬を届けたら、再びこちらに戻ってきます」

 こんな言葉信じてくれるだろうか、とココットは思う。名前は名乗っていないし、このまま姿を消して二度と現れない可能性の方がずっと高い。

 祈るような気持ちで銀色の瞳を見つめた。
 その瞳の奥にある僅かな戸惑いに賭けるしかない、そう覚悟した時。

「分かったわ! 行きなさい」

 意外な声が聞こえてきた。声を出したのは公爵夫人、手には白い紙に魔法陣が描かれた護符を持っている。部屋に貼ってあった魔法封じの護符を剥がしたのだ。

「キャサリン! 何を勝手に!」
「何でも杓子定規に考えるのはあなたの悪い癖です。確かに彼女は泥棒に入りましたが、盗んだのは薬だけ。これだけの調度品や宝石、お金があるのに。その上、お金を払うと言っているのです! 彼女は悪党ではありません。あの真っ直ぐな瞳を見れば貴方はだって分かるはずです!」
「罪は裁かれなくてはならない」
「では、私達に非はないというの? 裁かれるものだけが罪だと?」

 フルオリーニが振り返り、残りの薬全てをココットに押し付けてきた。

「行って! お姉さん。僕は大丈夫だから」
「……ありがとう。コンスタイン公爵様、必ず朝には戻ります」

 ココット深く頭を下げ、
 ……そして姿を消した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた魔王様と一緒に田舎でのんびりスローライフ

さら
恋愛
 美人な同僚・麗奈と一緒に異世界へ召喚された私――佐伯由香。  麗奈は「光の聖女」として王に称えられるけれど、私は“おまけ”扱い。  鑑定の結果は《才能なし》、そしてあっという間に王城を追い出されました。  行くあてもなく途方に暮れていたその時、声をかけてくれたのは――  人間に紛れて暮らす、黒髪の青年。  後に“元・魔王”と知ることになる彼、ルゼルでした。  彼に連れられて辿り着いたのは、魔王領の片田舎・フィリア村。  湖と森に囲まれた小さな村で、私は彼の「家政婦」として働き始めます。  掃除、洗濯、料理……ただの庶民スキルばかりなのに、村の人たちは驚くほど喜んでくれて。  「無能」なんて言われたけれど、ここでは“必要とされている”――  その事実が、私の心をゆっくりと満たしていきました。  やがて、村の危機をきっかけに、私の“看板の文字”が人々を守る力を発揮しはじめます。  争わずに、傷つけずに、人をつなぐ“言葉の魔法”。  そんな小さな力を信じてくれるルゼルとともに、私はこの村で生きていくことを決めました。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~

朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。 婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」 静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。 夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。 「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」 彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

悪役令嬢として断罪? 残念、全員が私を庇うので処刑されませんでした

ゆっこ
恋愛
 豪奢な大広間の中心で、私はただひとり立たされていた。  玉座の上には婚約者である王太子・レオンハルト殿下。その隣には、涙を浮かべながら震えている聖女――いえ、平民出身の婚約者候補、ミリア嬢。  そして取り巻くように並ぶ廷臣や貴族たちの視線は、一斉に私へと向けられていた。  そう、これは断罪劇。 「アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン! お前は聖女ミリアを虐げ、幾度も侮辱し、王宮の秩序を乱した。その罪により、婚約破棄を宣告し、さらには……」  殿下が声を張り上げた。 「――処刑とする!」  広間がざわめいた。  けれど私は、ただ静かに微笑んだ。 (あぁ……やっぱり、来たわね。この展開)

王子の寝た子を起こしたら、夢見る少女では居られなくなりました!

こさか りね
恋愛
私、フェアリエル・クリーヴランドは、ひょんな事から前世を思い出した。 そして、気付いたのだ。婚約者が私の事を良く思っていないという事に・・・。 婚約者の態度は前世を思い出した私には、とても耐え難いものだった。 ・・・だったら、婚約解消すれば良くない? それに、前世の私の夢は『のんびりと田舎暮らしがしたい!』と常々思っていたのだ。 結婚しないで済むのなら、それに越したことはない。 「ウィルフォード様、覚悟する事ね!婚約やめます。って言わせてみせるわ!!」 これは、婚約解消をする為に奮闘する少女と、本当は好きなのに、好きと気付いていない王子との攻防戦だ。 そして、覚醒した王子によって、嫌でも成長しなくてはいけなくなるヒロインのコメディ要素強めな恋愛サクセスストーリーが始まる。 ※序盤は恋愛要素が少なめです。王子が覚醒してからになりますので、気長にお読みいただければ嬉しいです。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...