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ココットとフルオリーニの出会い
6.
しおりを挟む「動くな!!」
腹にどんと響く低い怒声にココットはヒッと小さく悲鳴をあげ身体を縮こませる。
「両手を上げてゆっくりこっちを振り向け!!」
再び響き渡る野太い声に震えながら手を上げ、ゆっくりと身体の向きを変える。明かりが差し込む扉の前で壮年の男性が剣を構え、その後ろには使用人の男性が数人。さらにその後ろにチラリと女性の姿もある。
壮年の男性は、忍び込んだのが小柄な娘だと知って一瞬目を見開いたものの、すぐに一歩踏み出し間合いを詰めてた。
「魔法使いか。何しにここに来た。返答次第では殺す!」
「待って!! お父様、彼女は悪くないんだ!!」
短剣が床を転がる音がして男の子が両手を広げココットの前に立つ。背にココットを庇い、自分の背丈の倍近い父親を見上げて枯れる声で「殺さないで」と訴えた。
「お前の知り合いか?」
「知り合い、ではないけれど、俺は彼女に酷いことをしたんだ。五年前、馬車の事故を覚えているでしょう。俺とお母様は馬車から這い出たんだけれど、お母様が足に大怪我をしていて、それで俺は医者を探したんだ。這い出た場所と反対側の場所に医者はいて、明らかにお母様より重症の二人を手当していた。お、俺、お母様を早く手当して欲しくて、それで……『コンスタイン公爵の息子だ、母が怪我をしている』って言ったんだ」
壮年の男性――コンスタイン公爵は構えていた剣の切っ先を床に向けた。使用人を掻き分け前に出てきた女性は公爵夫人で夫の横に並び立つ。
「そんなこと初めて聞いたぞ、キャサリン知っていたのか?」
「いえ、私は何も。でも、フルオリーニか呼びに行ってくれて、すぐに医者は私のもとに来てくれたわ。それで、先に手当されていたお二人は……」
「死んだ。二人は彼女の両親だ」
フルオリーニの言葉にシン、とその場が静まった。
少ししてから、「そんな」と悲痛な細い声が公爵夫人から漏れる。
「……それで、今更ではあるが敵討ちに来たのか?」
「違います!!」
少し怒気を抑えた声に、ココットの張り付いた喉からやっと声らしきものが出た。普段の声と違う緊張でしゃがれた声だ。次いでゴクンと唾を飲み込む。
「あれは、不幸な事故です。フルオリーニ様、先程は酷いことを言いました。貴方は何も悪くありません。私が言ったことは忘れてください」
「でも……」
フルオリーニが振り返って泣きそうな顔でココットを見る。
(あぁ、こんな子供を傷付けて、私なんてことをしたんだろう)
ココットの胸に罪悪感が広がる。怒りに任せて何てことを口走ったのか、後悔が重くのしかかる。
「では、何のためにここに来た」
「薬を盗みに来ました」
コンスタイン公爵の問いにはっきりと答えれば、下がったいた剣先が再び上を向いた。
「待って!お父様。それも俺のせいなんだ。彼女のお祖母さんはいま流行病で病危篤状態なんだ。それで彼女は薬を王都中を探し回ったらしい。でも、やっと見つけた薬がコンスタイン家に売る物だから売れない、って断られたらしいんだ。俺、もう大丈夫だよ。こんなに元気だから薬は彼女にあげる!」
「……そこにいる女性の事情は分かった。だが、魔術で屋敷に忍び込み薬を盗もうとしたのは事実。たとえ未遂だとしても、どんな理由があっても許されることではない」
「あなた! 待って!! 彼女の両親の犠牲の上に私は生きているのです。その上、お祖母様まで……。フルオリーニはほぼ回復しています。でも、念のためにと強引にツテを辿って手に入れた薬でお祖母様まで死んでしまったら。お願い、彼女を許してあげて」
「しかし、泥棒は泥棒だ」
コンスタイン公爵は辛そうに顔を歪めたけれど、ぎゅっと唇を噛むとさらに一歩ココットに近づく。それに反応するかのようにフルオリーニが一歩前に出て、目一杯両手を広げる。
「フルオリーニ様、ありがとうございます。でも、コンスタイン公爵様の仰っていることは間違っていません」
「そんな! でもそれではお姉さんは……」
「コンスタイン公爵様、泥棒に入ったのは事実。裁きは受けますが朝まで待って頂けませんか。それから
厚かましいお願いですが薬を売ってください。祖母に薬を届けたら、再びこちらに戻ってきます」
こんな言葉信じてくれるだろうか、とココットは思う。名前は名乗っていないし、このまま姿を消して二度と現れない可能性の方がずっと高い。
祈るような気持ちで銀色の瞳を見つめた。
その瞳の奥にある僅かな戸惑いに賭けるしかない、そう覚悟した時。
「分かったわ! 行きなさい」
意外な声が聞こえてきた。声を出したのは公爵夫人、手には白い紙に魔法陣が描かれた護符を持っている。部屋に貼ってあった魔法封じの護符を剥がしたのだ。
「キャサリン! 何を勝手に!」
「何でも杓子定規に考えるのはあなたの悪い癖です。確かに彼女は泥棒に入りましたが、盗んだのは薬だけ。これだけの調度品や宝石、お金があるのに。その上、お金を払うと言っているのです! 彼女は悪党ではありません。あの真っ直ぐな瞳を見れば貴方はだって分かるはずです!」
「罪は裁かれなくてはならない」
「では、私達に非はないというの? 裁かれるものだけが罪だと?」
フルオリーニが振り返り、残りの薬全てをココットに押し付けてきた。
「行って! お姉さん。僕は大丈夫だから」
「……ありがとう。コンスタイン公爵様、必ず朝には戻ります」
ココット深く頭を下げ、
……そして姿を消した。
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