裏路地の魔法使い〜恋の仲介人は自分の恋心を封印する〜

琴乃葉

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ココットとフルオリーニ、それぞれの想い

9.

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 傍を通りかかった給仕係にお皿とグラスを渡すと、部屋の隅に行き壁にもたれかかる。煌びやかな広間に私だけ場違いに放り込まれたようで、どんだけ綺麗に着飾ったところで、ふさわしくないなぁと思う。

「ねぇ、見てフルオリーニ様がユーリン国のナターシャ様と踊っているわ」

 隣から聞こえた声を目で追えば見かけた顔が。私が裏路地の魔法使いとして助けたライリーとアメリア、それから二人の友人のククル。
 ククルがグラス片手に、フルオリーニ様のいる場所を残りの二人に教えている。三人とも私に背を向けているので、私がここにいるのに気付いていないよう。

「あっ、見つけたわ。お相手、凄く綺麗な方ね。ファーストダンスの相手の方って私の誕生日に一緒に来られた方よね。ダンスが苦手のようだったけれど、あの二人は凄く息が合っているわ。そう思わない? ライリー」

「私もダンスは苦手だから……。ただクロードが言うには、第三皇女様がユーリン国に嫁がれたから、今度はユーリン国の御令嬢がこの国に嫁いでくるだろうって。もしかしてその結婚相手はフルオリーニ様かも知れないわね」

 優しい笑みを浮かべ、ナターシャ様の手を取るご主人様。それに答えるナターシャ様の笑顔は華が咲き誇るよう。

 先程の旦那様の言葉が胸に深く根を張り、視界を歪ませる。

 消えるべきは私だ。

 瞳を閉じると、――私はそっと転移した。



 目を開けると頬を夜の風が撫で、背後から賑やかな人の声と音楽が聴こえてくる。
 転移できるからといって一人で先に帰るわけにもいかないし、夜会が終わるまで庭で待つことにしよう。
 座る場所はないかと当てもなく広い庭を歩き始めると、幾つかあるベンチにはすでに先客が。

 仲睦まじい方々の邪魔にならないよう気配を消し、緑の芝生を踏み歩くうちに建物の裏側まで来てしまった。やっと見つけたのは、大きな木の下で闇に紛れるようにひっそりとあるベンチ。煌びやかな光が届かないそこは私にこそふさわしい場所、なんて嗜虐的なことを思ってしまう。
 
 近くで見ると少し汚れていたからハンカチを取り出すと、絹ではなくついうっかりいつも使っているものを持ってきちゃってた。
 ま、いいか。これなら汚れてもいいし。

 私が持っているハンカチには全て小鳥の刺繍がしてある。お母様が幼い私にしてくれていたのを、今では下手ながら自分で刺しているのだ。

 ハンカチの上に座り空を見上げても、生い茂る木が邪魔をして星は見えない。
 目を閉じれば風が運ぶ音楽の旋律が微かに聞こえてくるだけでとても静か。
 少し肌寒いけれど、夜会が終わるまでここに居ようと思っていると、音楽に混じってかさかさと草を踏む音が聞こえて来た。

「……ねぇ、貴女もしかしてフルオリーニ様とファーストダンスを踊っていた人?」
「えっ?」

 突然声をかけられ、びっくりして目を開ければ、小柄な令嬢がのシルエットが闇の中から現れた。

 この声は聞き覚えがある。
 さっき私の隣で話していたクルルだ。

「違うわ」
「嘘。私、夜目が聞くの。その銀色の髪に紫の瞳も良く見えているわ」

 ……うっ、さっきはフルオリーニ様ばかり見ていて隣にいても気づかなかったくせに。

 クルルはにこりと微笑むと、勝手に私の隣に座り、その大きな瞳で覗き込んできた。

「やっぱりそうだわ。その顔、間違いない。ねぇ、あなたアメリアの誕生日パーティにもフルオリーニ様と一緒に来ていたわね。どういう関係なの?」
「……それ、答えなくてはいけない?」

 いくら何でも初対面の人間に失礼すぎると少しぶっきらぼうに答えると、クルルは慌て両手を顔の前で振る。

「気分を悪くさせたのならごめんなさい。私フルオリーニ様のファンだから、彼のことなら何でも気になっちゃって」
「ファン……」
「フルオリーニ様がナターシャ様の婚約者候補だって噂があるけれど、でも、ファーストダンスはあなたと踊ったわ。どちらが本命なんだろうって思っただけよ」

 本命?
 そう言えばフルオリーニ様もファーストダンスにやけにこだわっていた気が。

「ねぇ、もしかしファーストダンスって何か特別な意味があるの?」
「えっ?もしかして何も知らずに踊っていたの?」
「あー、うん。私、社交界に縁がなくて、その辺りのことよく分からないの」
「そうなの。あのね、ファーストダンスは妻や婚約者、恋人と踊る人が多いの。もちろん絶対ではないけれど」
「えっ!? 婚約者や恋人?」

 そんなこと聞いていない。
 私は侍女だし、フルオリーニ様が挨拶回りをしている時は食事を愉しめば良いだけのお飾りのパートナーのはず。

 ってことは、皆私のことそんな目で見てたってこと?
 そりゃ、視線が痛いはずだわ。
 何も知らずに広間のど真ん中で踊っちゃったじゃない。

 ああ、だからダンスのあと旦那様が釘を刺しに来たのね。わざわざ弁えろって言いにきた理由が分かった。

 色々と辻褄が合うことに今更ながら頭が痛くなってくる。それなのにクルルはまだ何か聞きたそうにこちらを見てくる。

「まだ何か?」
「もうひとつ聞きたいことがあるの。あなた、『裏路地の魔法使い』さんでしょう?」

 大きな瞳をキラキラさせて、可愛い唇から溢れた言葉は衝撃的なものだった。

 ………………

 えっ?
 今なんて言った?
 どうしてここで裏路地の魔法使いが出てくるの。
 
「え、えーと。ど、どうして突然そんなこと言うの?」

 やばい。焦って声が上ずってしまった。
 これでは明らかに不自然。

「私の友達が『裏路地の魔法使い』さんに会ったことがあるの。それで二人ともその時ライラックの香りがしたって言っていたわ」
「ライラック……」

 思わず自分の身体の匂いを嗅ぎそうになって、慌てて止める。
 そんなことしたらバレバレだ。

「さっき広間にいた時突然ライラックの香りがしたの」
「へえー」

 あぁ、転移した時傍にいたからなぁ。
 あの時は早くその場から消えたくって安易に魔術を使っちゃった。
 
「魔術封じの護符が貼っていないのは広間と庭だけで、庭より外に出たのなら反応するはず。その反応がないから庭にいると思って出てきて、ライラックの香りを頼りにここに辿り着いたの」

 そうなんだ。
 うっかり庭より外に転移しなくて良かった。
 って、どうしてクルルはそんなことまで知っているの?
 
 フルオリーニ様は皇族の護衛をしているから知っていたのでしょうけれど、そうそう知ることができる情報ではない。

 それも気になるけれど、今はこの追い詰められた状況をどうするかが先。
 
 こうなったらいっそ消えちゃう? 
 それで誤魔化せる?


 ……そんなやけっぱちな考えが浮かんだのと背後で人の気配がしたのは同時だった。

 これ以上の厄介ごとは御免よ、と振り向いた瞬間、私の口は大きな手で塞がれた。

 何? 何が起きているの?
 大きな手に大きなシルエット。
 男の人が二人突然現れた。

 暴れようとしたら、男はもう一方の手で私の両手を後ろ手にして纏めて握る。

「おい、連れ去るのはどっちの女だ?」
「小柄で目の大きな女だって聞いていたけれど……どっちもそうだぞ?」
「ちっ、しかも暗くて髪の色もドレスの色もよく分からない」

 連れ去る?
 小柄で大きな目って……
 目だけ動かし横を見ると、同じように口を押えられ後ろ手にされたクルルと目が合った。
 確かに私達の特徴はよく似ているし、光の届かないここでは髪や瞳の色は見分けがつかない。

 とにかくこのままでは私もクルルも危険。
 どうする? いっそ二人そろって転移する? 

 でも、正体を明かすことはできれば避けたい。
 他に手は無いか頭の中で考えを巡らせる。

 その迷いが間違いだった。

 私が決断をするよりも、男達の方の決断の方が一呼吸早かった。
 
「いいや、どっちも連れていこうぜ」

 低い声と共に握られたいた手が離され、男の手刀が首に下ろされる。

 脳天まで響くような痺れる衝撃に、身体がぐらりとよろめく。目の前に地面が迫り今度は全身に痛みが走った。

 そうだ、……私、逃げ足は速いけれど、反射的に動くのは苦手だったんだ。緑の草を見ながら頭に浮かんだのは、ご主人様の眉を下げ困ったような顔。

 ーーそれを最後に私は意識を失った。
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