38 / 50
ココットとフルオリーニ、それぞれの想い
9.
しおりを挟む傍を通りかかった給仕係にお皿とグラスを渡すと、部屋の隅に行き壁にもたれかかる。煌びやかな広間に私だけ場違いに放り込まれたようで、どんだけ綺麗に着飾ったところで、ふさわしくないなぁと思う。
「ねぇ、見てフルオリーニ様がユーリン国のナターシャ様と踊っているわ」
隣から聞こえた声を目で追えば見かけた顔が。私が裏路地の魔法使いとして助けたライリーとアメリア、それから二人の友人のククル。
ククルがグラス片手に、フルオリーニ様のいる場所を残りの二人に教えている。三人とも私に背を向けているので、私がここにいるのに気付いていないよう。
「あっ、見つけたわ。お相手、凄く綺麗な方ね。ファーストダンスの相手の方って私の誕生日に一緒に来られた方よね。ダンスが苦手のようだったけれど、あの二人は凄く息が合っているわ。そう思わない? ライリー」
「私もダンスは苦手だから……。ただクロードが言うには、第三皇女様がユーリン国に嫁がれたから、今度はユーリン国の御令嬢がこの国に嫁いでくるだろうって。もしかしてその結婚相手はフルオリーニ様かも知れないわね」
優しい笑みを浮かべ、ナターシャ様の手を取るご主人様。それに答えるナターシャ様の笑顔は華が咲き誇るよう。
先程の旦那様の言葉が胸に深く根を張り、視界を歪ませる。
消えるべきは私だ。
瞳を閉じると、――私はそっと転移した。
目を開けると頬を夜の風が撫で、背後から賑やかな人の声と音楽が聴こえてくる。
転移できるからといって一人で先に帰るわけにもいかないし、夜会が終わるまで庭で待つことにしよう。
座る場所はないかと当てもなく広い庭を歩き始めると、幾つかあるベンチにはすでに先客が。
仲睦まじい方々の邪魔にならないよう気配を消し、緑の芝生を踏み歩くうちに建物の裏側まで来てしまった。やっと見つけたのは、大きな木の下で闇に紛れるようにひっそりとあるベンチ。煌びやかな光が届かないそこは私にこそふさわしい場所、なんて嗜虐的なことを思ってしまう。
近くで見ると少し汚れていたからハンカチを取り出すと、絹ではなくついうっかりいつも使っているものを持ってきちゃってた。
ま、いいか。これなら汚れてもいいし。
私が持っているハンカチには全て小鳥の刺繍がしてある。お母様が幼い私にしてくれていたのを、今では下手ながら自分で刺しているのだ。
ハンカチの上に座り空を見上げても、生い茂る木が邪魔をして星は見えない。
目を閉じれば風が運ぶ音楽の旋律が微かに聞こえてくるだけでとても静か。
少し肌寒いけれど、夜会が終わるまでここに居ようと思っていると、音楽に混じってかさかさと草を踏む音が聞こえて来た。
「……ねぇ、貴女もしかしてフルオリーニ様とファーストダンスを踊っていた人?」
「えっ?」
突然声をかけられ、びっくりして目を開ければ、小柄な令嬢がのシルエットが闇の中から現れた。
この声は聞き覚えがある。
さっき私の隣で話していたクルルだ。
「違うわ」
「嘘。私、夜目が聞くの。その銀色の髪に紫の瞳も良く見えているわ」
……うっ、さっきはフルオリーニ様ばかり見ていて隣にいても気づかなかったくせに。
クルルはにこりと微笑むと、勝手に私の隣に座り、その大きな瞳で覗き込んできた。
「やっぱりそうだわ。その顔、間違いない。ねぇ、あなたアメリアの誕生日パーティにもフルオリーニ様と一緒に来ていたわね。どういう関係なの?」
「……それ、答えなくてはいけない?」
いくら何でも初対面の人間に失礼すぎると少しぶっきらぼうに答えると、クルルは慌て両手を顔の前で振る。
「気分を悪くさせたのならごめんなさい。私フルオリーニ様のファンだから、彼のことなら何でも気になっちゃって」
「ファン……」
「フルオリーニ様がナターシャ様の婚約者候補だって噂があるけれど、でも、ファーストダンスはあなたと踊ったわ。どちらが本命なんだろうって思っただけよ」
本命?
そう言えばフルオリーニ様もファーストダンスにやけにこだわっていた気が。
「ねぇ、もしかしファーストダンスって何か特別な意味があるの?」
「えっ?もしかして何も知らずに踊っていたの?」
「あー、うん。私、社交界に縁がなくて、その辺りのことよく分からないの」
「そうなの。あのね、ファーストダンスは妻や婚約者、恋人と踊る人が多いの。もちろん絶対ではないけれど」
「えっ!? 婚約者や恋人?」
そんなこと聞いていない。
私は侍女だし、フルオリーニ様が挨拶回りをしている時は食事を愉しめば良いだけのお飾りのパートナーのはず。
ってことは、皆私のことそんな目で見てたってこと?
そりゃ、視線が痛いはずだわ。
何も知らずに広間のど真ん中で踊っちゃったじゃない。
ああ、だからダンスのあと旦那様が釘を刺しに来たのね。わざわざ弁えろって言いにきた理由が分かった。
色々と辻褄が合うことに今更ながら頭が痛くなってくる。それなのにクルルはまだ何か聞きたそうにこちらを見てくる。
「まだ何か?」
「もうひとつ聞きたいことがあるの。あなた、『裏路地の魔法使い』さんでしょう?」
大きな瞳をキラキラさせて、可愛い唇から溢れた言葉は衝撃的なものだった。
………………
えっ?
今なんて言った?
どうしてここで裏路地の魔法使いが出てくるの。
「え、えーと。ど、どうして突然そんなこと言うの?」
やばい。焦って声が上ずってしまった。
これでは明らかに不自然。
「私の友達が『裏路地の魔法使い』さんに会ったことがあるの。それで二人ともその時ライラックの香りがしたって言っていたわ」
「ライラック……」
思わず自分の身体の匂いを嗅ぎそうになって、慌てて止める。
そんなことしたらバレバレだ。
「さっき広間にいた時突然ライラックの香りがしたの」
「へえー」
あぁ、転移した時傍にいたからなぁ。
あの時は早くその場から消えたくって安易に魔術を使っちゃった。
「魔術封じの護符が貼っていないのは広間と庭だけで、庭より外に出たのなら反応するはず。その反応がないから庭にいると思って出てきて、ライラックの香りを頼りにここに辿り着いたの」
そうなんだ。
うっかり庭より外に転移しなくて良かった。
って、どうしてクルルはそんなことまで知っているの?
フルオリーニ様は皇族の護衛をしているから知っていたのでしょうけれど、そうそう知ることができる情報ではない。
それも気になるけれど、今はこの追い詰められた状況をどうするかが先。
こうなったらいっそ消えちゃう?
それで誤魔化せる?
……そんなやけっぱちな考えが浮かんだのと背後で人の気配がしたのは同時だった。
これ以上の厄介ごとは御免よ、と振り向いた瞬間、私の口は大きな手で塞がれた。
何? 何が起きているの?
大きな手に大きなシルエット。
男の人が二人突然現れた。
暴れようとしたら、男はもう一方の手で私の両手を後ろ手にして纏めて握る。
「おい、連れ去るのはどっちの女だ?」
「小柄で目の大きな女だって聞いていたけれど……どっちもそうだぞ?」
「ちっ、しかも暗くて髪の色もドレスの色もよく分からない」
連れ去る?
小柄で大きな目って……
目だけ動かし横を見ると、同じように口を押えられ後ろ手にされたクルルと目が合った。
確かに私達の特徴はよく似ているし、光の届かないここでは髪や瞳の色は見分けがつかない。
とにかくこのままでは私もクルルも危険。
どうする? いっそ二人そろって転移する?
でも、正体を明かすことはできれば避けたい。
他に手は無いか頭の中で考えを巡らせる。
その迷いが間違いだった。
私が決断をするよりも、男達の方の決断の方が一呼吸早かった。
「いいや、どっちも連れていこうぜ」
低い声と共に握られたいた手が離され、男の手刀が首に下ろされる。
脳天まで響くような痺れる衝撃に、身体がぐらりとよろめく。目の前に地面が迫り今度は全身に痛みが走った。
そうだ、……私、逃げ足は速いけれど、反射的に動くのは苦手だったんだ。緑の草を見ながら頭に浮かんだのは、ご主人様の眉を下げ困ったような顔。
ーーそれを最後に私は意識を失った。
1
あなたにおすすめの小説
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた魔王様と一緒に田舎でのんびりスローライフ
さら
恋愛
美人な同僚・麗奈と一緒に異世界へ召喚された私――佐伯由香。
麗奈は「光の聖女」として王に称えられるけれど、私は“おまけ”扱い。
鑑定の結果は《才能なし》、そしてあっという間に王城を追い出されました。
行くあてもなく途方に暮れていたその時、声をかけてくれたのは――
人間に紛れて暮らす、黒髪の青年。
後に“元・魔王”と知ることになる彼、ルゼルでした。
彼に連れられて辿り着いたのは、魔王領の片田舎・フィリア村。
湖と森に囲まれた小さな村で、私は彼の「家政婦」として働き始めます。
掃除、洗濯、料理……ただの庶民スキルばかりなのに、村の人たちは驚くほど喜んでくれて。
「無能」なんて言われたけれど、ここでは“必要とされている”――
その事実が、私の心をゆっくりと満たしていきました。
やがて、村の危機をきっかけに、私の“看板の文字”が人々を守る力を発揮しはじめます。
争わずに、傷つけずに、人をつなぐ“言葉の魔法”。
そんな小さな力を信じてくれるルゼルとともに、私はこの村で生きていくことを決めました。
王子の寝た子を起こしたら、夢見る少女では居られなくなりました!
こさか りね
恋愛
私、フェアリエル・クリーヴランドは、ひょんな事から前世を思い出した。
そして、気付いたのだ。婚約者が私の事を良く思っていないという事に・・・。
婚約者の態度は前世を思い出した私には、とても耐え難いものだった。
・・・だったら、婚約解消すれば良くない?
それに、前世の私の夢は『のんびりと田舎暮らしがしたい!』と常々思っていたのだ。
結婚しないで済むのなら、それに越したことはない。
「ウィルフォード様、覚悟する事ね!婚約やめます。って言わせてみせるわ!!」
これは、婚約解消をする為に奮闘する少女と、本当は好きなのに、好きと気付いていない王子との攻防戦だ。
そして、覚醒した王子によって、嫌でも成長しなくてはいけなくなるヒロインのコメディ要素強めな恋愛サクセスストーリーが始まる。
※序盤は恋愛要素が少なめです。王子が覚醒してからになりますので、気長にお読みいただければ嬉しいです。
溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~
紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。
ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。
邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。
「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」
そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。
これで、私も自由になれます
たくわん
恋愛
社交界で「地味で会話がつまらない」と評判のエリザベート・フォン・リヒテンシュタイン。婚約者である公爵家の長男アレクサンダーから、舞踏会の場で突然婚約破棄を告げられる。理由は「華やかで魅力的な」子爵令嬢ソフィアとの恋。エリザベートは静かに受け入れ、社交界の噂話の的になる。
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~
朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。
婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」
静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。
夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。
「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」
彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる