裏路地の魔法使い〜恋の仲介人は自分の恋心を封印する〜

琴乃葉

文字の大きさ
46 / 50
最終章

8.

しおりを挟む

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 船は夕陽が沈む少し前に港を出た。サンリオ―二国の港は大きな湾の内側に作られている。そのため波は穏やかだ。遊覧船はまっすぐ西に進み太陽が沈むのを確認すると、左に舵をとり湾の淵に沿うように半時計周りに進む。そのままぐるりと一周まわり、ディナーが終わりころ再び西に向かって外洋に出る。

 これからの事を考えながら沈む夕日を見る。
 ココットのいる場所からはおそらくこの景色は見えないだろう。
 見せてやりたいが、見た所で感動してくれるかは微妙だな。腹が減った、夕食はまだかと言われそうだ。

 夕陽が沈んだあとは甲板中央にある階段で船内に入り食事をする。ここにはココットの好きなケーキも沢山あった。食わしてやりたいな、今頃腹を空かせているだろう。
 食欲など湧いてこないので適当に皿に食べ物をのせ席に着くと、ナターシャが真っ赤な口紅を塗った顔で微笑んできた。

 あのタイミングでココットが消えたのは明らかにこの女の命令。ということは、ナターシャはリンドバーグ侯爵が何をしているのか知っているということ。
 その笑顔の裏に隠れた本性に悍ましさを感じる。

「フルオリーニ様、どうされたのですか? 今日は少しぼんやりされているように思うのですが」
「申し訳ありません。仕事の疲れがたまっているのでしょう」
「そうでしたか、そんな時にお誘いしてくださるなんて嬉しいですわ」

 そんな時にか。今夜だからこそ誘ったのだと、思わず悪態をつきたくなる。
 誘拐した人達と一緒にココットを異国に売りさばこうなど、目の前にいる女は今俺がどれほどの殺意を抱えて対峙しているかなんて想像もしていないんだろうな。

「ここの食事はとても美味しいですね」
「そうらしいですね。乗船した知り合いが言っていました」

 この船の持ち主はペラルタ子爵家。どこかで聞いたことがある名前だと思ったら、ココットが擬態した男の名前だった。

 つまらない会話を交わしながら、酒を腹に流し込む。しかし、酔っぱらうわけにはいかない。
 ナターシャが皿にとった食事を食べ終わったところで、いい加減この空間にいるのが限界に。
 夜風にあたり気持ちを落ち着けたい。

「ナターシャ嬢、少し早いが甲板に出ないか?」
「ええ。構いませんわ」

 まだほとんどの乗客が食事をしている中で立ち上がると、エスコートを求めるような視線をよこされ仕方なく腕を差し出す。
 ため息を飲み込んで階段に向かうと、護衛の男達も後ろを付いてきた。騎士服を着てはいないが腰には剣を付けている。もちろん俺も剣は持ってきた。

 甲板に人影はなく、手摺にもたれ後方を見ると数隻の小舟が後ろを付いて来ている。

「ナターシャ嬢、あそこに小舟があるのが見えますか?」

 俺の言葉にナターシャは手すりに両手をおき僅かに身を乗り出す。
 潮風がむせ返るような香水の香りを運んできて、おもわず眉間に力が入る。

「話には聞いていますが、このあとあの小舟から花火が打ちあがるとか」
「ええ。五隻の小舟が船の前方部分を取り囲むようにして打ち上げるようです。初めは数発ずつ時間をおいて。次第にその間隔を縮め二十分ほどで終わると聞いている」

 ナターシャは楽しみですね、と目を細める。
 それが何を意味するのか分かっていて、どうして微笑むことができるのだろう。

「……幼い時、私と母が乗っている馬車が事故に巻き込まれたことがあります。私はコンスタイン公爵の名のもと医者に母の治療を優先させました」

 突然の話にナターシャは僅かに怪訝な顔をしたが、すぐ眉を下げいたわるような表情を見せる。

「そのお話は存じております。事故のせいで公爵夫人の足に後遺症が残ってしまったとか。おいたわしいことでございます」
「母の治療を優先させたばかりに、とある男爵夫妻が命を落としてしまった」
「それは仕方ありませんわ。公爵家と男爵家ですもの。公爵夫人の治療が優先されてあたりまえです」
「しかし、相手は命を落とした」
「男爵家の命など、公爵夫人の足に比べれば取るに足りないものではございませんか。身分と地位をもっているのですから、優先されて当然ですわ」

 当然、か。
 手摺を持つ手に力が入る。この女にとってココットの命などそこらへんに生えている雑草とかわりないのだろう。その命がかけがえのないもので、己の身を投げうってでも守りたい、そう思う者がいることさえ想像できないのだ。

 話をしているうちに甲板が賑やかになってきた。食事を終えて出てきた人が少しでも良い場所で花火をみようと船首へと向かう。

「フルオリーニ様、私達も前の方へいきませんか?」
「悪いが人ごみは苦手でして。ここでも良いでしょうか?」

 今いるのは船の中央付近。幾つかあるベンチもすでに埋まったことに不満を感じているようだが、気づかないふりをする。

「お客様、間もなく花火を打ちあげます」

 給仕係の声がして、さらに甲板に人が増えた所で最初の一発が夜空に上がった。

 真っ赤な大輪の華がパッと周りを照らす。かなり近くから打ち上げているので迫力もあるし音も大きい。

「綺麗ですね。私こんな間近で見るのは初めてです」
「俺もです。これだけ音が大きいと確かに好都合だ」
「えっ?」

 ナターシャの不思議そうな声を消すように次の花火が上がった。そして暫く間をおいてもう一発。

 数発聞いたところで、そろそろ頃合いかと手摺から手を放す。

「ナターシャ嬢、少々場所を変えたいのだが良いでしょうか?」
「え、ええ。どちらに? やはり船首に向かいますか?」
「いいえ、人のいない場所に。二人だけで話したいことがあります」
「まぁ!」

 何を勘違いしたのか、感嘆の声を上げ頬を染める。護衛達には少し離れるよう告げると俺達は船尾へと向かった。

 船は二階建ての作りになっている。甲板の下には先程食事をしたビュッフェ会場があり、その部屋の向こう側、船尾にあたる部分はデッキになっている。ただし、部屋に扉はなく、行くためには部屋の外側を沿うようにある細い廊下を通る必要がある。

 船の後方にある階段にまっすぐ向かう俺の腕をナターシャが引っ張る。

「あの、ここでも人はいないと思うのですが?」

 乗客はすべて船首で花火を見ている。これがこのクルーズの特色でもあるのだから当たり前のこと。

「いえ。階段をおりましょう」

 掴む手を強引に振りほどき、幅の細い階段に脚を置く。ついてこないのならそれでも良いと思っていたが、ナターシャはおぼつかない足取りで階段を下りてきた。ドレスだから足元が見えずそのスピードは遅い。

「待ってください」

 焦った声は手を貸して欲しいからだろうか。
 それともこれから向かう場所で何があるのか知っているからだろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした

しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」 十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。 会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。 魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。 ※小説家になろう様にも投稿しています※

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」

歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。 「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは 泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析 能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り 続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。 婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

処理中です...