裏切られた令嬢は冷たい公爵様に拾われて、最愛の奥方として満たされる〜婚約破棄された夜、隣国で見つけた真実の幸福〜

sika

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第23話 立ち上がる令嬢

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春を告げる花が王都の外壁に咲き始めていた。  
長い冬の間、閉ざされていた門は再び開かれ、人々はゆっくりと新しい光を受け入れていく。  
しかしその穏やかな光景の裏で、王都の政務は混乱の最中にあった。  
旧い血脈と新しい体制の間で、権力の綱引きが続いている。  

グラシア公爵――レオンハルトは、その中心で忙殺されていた。  
国の新政を起ち上げる会議に出席し、地方の代表者たちと協議し、改革の草案を夜更けまで書き上げる日々。  
彼の働きがなければ、王国の再建は動かないと言われるほどだった。  

だが、その分だけ、アリアは彼の背中を遠くに感じ始めていた。  

「アリア様、また徹夜なさったそうですよ。」  
朝の執務室で、セドリックが呆れたように言った。  
「体がもたないのに……あの方はいつも無理をされる。」  
アリアはそっと微笑む。  
「わかっているの。けれど、誰よりも彼が苦しんでいることも知っています。」  

紅茶の湯気に包まれた彼女の瞳には、確かな覚悟が宿っていた。  
「だからこそ、私が動く番です。」  

セドリックは目を丸くした。  
「動く、とは?」  
「彼にばかり背負わせたままでは、きっと同じことを繰り返す。今度は私がこの国の民と向き合います。」  

***  

アリアが最初に訪れたのは、戦の影響で荒れた外区の村だった。  
かつて王都に物資を供給していた土地だが、近年の戦と政争で取り潰されて久しい。  
村の門をくぐると、泥にまみれた子どもたちが驚いた顔をしてこちらを見る。  

「お嬢様……いや、貴族様?」  
誰かがそう呟いた。  
アリアは微笑んで頭を下げた。  
「違います。あなたたちと同じ国の人です。お力を貸していただきたくて参りました。」  

その夜、村の広場に集まった人々を前に、アリアは静かに語った。  
「この国は、今変わろうとしています。けれど、上にいる人ばかりが決めるのではなく、皆さま一人一人が動かなければ、何も変わりません。」  
「……俺たちに何ができる?」老いた男が問う。  
「仕事をください。畑を返してください。」女が涙をこぼす。  

アリアは頷いた。  
「ええ、それを取り戻すために話をしに来ました。土地を整え、再び働ける仕組みを――レオンハルトが作ろうとしている新法は、皆さまのためのものです。」  

民たちは驚いたように顔を見合わせる。  
「公爵様が、俺たちのために?」  
「はい。けれど、書類の上だけでは動けません。  
彼が政を整える間、私はここで皆さまの声を集めます。」  

アリアの強く優しい言葉は、誰の心にもゆっくりと届いていった。  

***  

数日後、屋敷に戻ったアリアを迎えたのは、少し疲れた微笑みを浮かべたレオンハルトだった。  
「行っていたのか。……勝手に動くなと言ったはずだ。」  
その声は怒りより、心配の色が強い。  
「ごめんなさい。でも、どうしても必要だったのです。」  
「民のところへ行ったんだな。」  
「はい。彼らはあの戦で家も土地も失いました。でも、それでも生きようとしている。  
あなたがつくろうとしている新政は、彼らの力がなければ支えられません。」  

レオンハルトは腕を組んでしばらく黙ったが、やがて僅かに息を吐いた。  
「……強くなったな。」  
「あなたがそうしてくれたからです。」  

アリアはそっと微笑み、手紙の束を差し出した。  
「彼らの声をまとめました。次の会議で使ってください。国として何を求められているか、これがその答えです。」  
封を開けたレオンハルトの目が動く。  
手書きの文字が並ぶその紙には、途切れた生活と、それでも支えてほしいという切実な願いが綴られていた。  

「……これほどのものを、一人で。」  
「いいえ。彼らが書いたのです。自分の言葉で。」  
「アリア。」  
レオンハルトは低く、ゆっくりと名を呼んだ。  
そして立ち上がり、まっすぐな視線で彼女を見た。  

「お前はもう、俺と並んでこの国を動かす者だ。」  
「……いいえ、ただ一緒に立ちたいだけです。」  
「それが並ぶということだ。」  

彼は微笑み、机の上の羽ペンを取る。  
「この書簡は新政の第一案として議会に提出する。  
署名欄に俺の名を書き、そしてその隣にお前の名も。」  

「え? でも、私は官職にも就いていません。」  
「そんなものは関係ない。これは俺の政治ではなく、俺たちの約束だ。」  

そう言って彼は羊皮紙に筆を走らせ、アリアの手を取った。  
「ほら、ここに。お前が信じる未来に、書け。」  

アリアはためらいつつも、震える手で自らの名を記した。  
『アリア・グラシア』  
その瞬間、胸の奥に小さな火がともった。  
この署名がただの印ではなく、未来への誓いであることを、彼女は理解していた。  

「あなたと同じ書に名を刻める日が来るなんて、夢のようです。」  
「夢ではない。お前が歩んで掴んだ現実だ。」  
レオンハルトはその瞳を見つめ、静かに言った。  
「もう二度と、自分を卑下するな。お前はこの国を立て直した“希望”そのものだ。」  

その言葉を聞いた瞬間、アリアの目から涙が零れ落ちた。  
泣きながら笑う彼女を、レオンハルトはそっと抱き寄せた。  
「泣くな。喜びの涙でも、心が苦しくなる。」  
「でも嬉しくて……ようやく肩を並べられた気がするんです。」  
「お前は最初から俺の隣にいたさ。」  

彼の胸に顔を預け、アリアは穏やかに目を閉じた。  
外では風が春の匂いを運び、薄紅の花びらが窓辺を舞う。  
遠くで鐘が鳴る。  
それは再建の始まりを告げる音。  

「ねえ……この国は、きっともう大丈夫ですよね。」  
「そう信じさせてくれたのはお前だ。」  
ゆっくりとアリアは顔を上げた。  
「なら、私はこの国のために立ち続けます。あなたの隣で。」  
「ああ。共に行こう。」  

二人が手を取り合ったその瞬間、窓から差した陽光が室内を満たす。  
その光に照らされながら、アリアの瞳はまっすぐ未来を見つめていた。  

立ち上がる令嬢。  
それは運命に屈した少女ではなく、国を導く新しい始まりを担う真のレディの姿だった。  

(第23話 終)
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