ネトラレクラスメイト

八ツ花千代

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13話

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 新緑が息吹く森の中、兵士たちは静かに進軍する。
 木々のあいだを縫うように差し込む光がキラキラと輝いている。
 その光は、地面に小さな斑点を描き出し、兵士たちの足元を優しく照らす。

 大規模演習――。

 仰々ぎょうぎょうしい作戦名だが、ようはキャンプ合宿だ。
 森で生活しながら魔物と戦い強くなる。
 それはあくまで建前。
 俺たちの目的は逃亡なのだ。

 訓練なので魔物との戦闘はクラスメイトがおこなうことになっている。
 同行する兵士の任務は物資の運搬。それと俺たちの監視だろう。



 先頭を歩くのは索敵ができる弓道部の由良麻美ファン
 その隣を攻撃力の高い狛勝人空手バカ
 二人だけでほとんどの魔物が駆除される。

 少しあいだをおき、石亀永江委員長が非戦闘系のクラスメイトを先導している。


 二人の戦闘を初めてみたクラスメイトは、凄惨せいさんな現場を直視し、顔を青くしていた。
 可哀そうだが慣れるしかない。

 物資を運ぶ兵士たちはその後ろだ。
 子供たちのお守りに不満があるようで、不機嫌な表情をずっとしている。

 しんがりは俺と儀保裕之悪友。それと才原優斗イケメン出水涼音令嬢だ。

「まるでオリエンテーションだぜ」

 儀保裕之悪友は拾った小枝を指揮者のように振りながら呟いた。
 大きな布のバックパックを背負っている姿はたしかにオリエンテーションだ。
 天気は良いし、風も気持ちがいい。浮かれる気持ちもわかる。

「先頭をバケモノみたいなヤツが歩いているからな。ここは安全だ」
こまはそんなに凄いのか?」
「凄いと言うか、ヤバイ。あれはマジで人間じゃない。見たいって言ったよな、いくか?」
「いや、気分良く食事がしたいから遠慮する」
「根性なしめ」

 俺と儀保裕之悪友は緊張感なくケラケラと笑う。

 そんな俺たちを兵士が睨んでくる。
 気にしない気にしない。
 だって、すぐに別れるのだから。





 視野が広がる場所に足を踏み入れた。
 かつて森林開拓の計画で利用されていたらしい。
 中心部には、焚き火の痕跡が静かに残っていた。

 森への進入から数刻が経過。
 それほど進んでいないが、昼食を摂るのに適した時間だ。
 なので、食事の準備が始まった。
 肉と野菜を使ったスープを作るという。
 痛みやすい食材から使うのがセオリーらしい。



 おいしそうな香りが漂うまで、それほど時間はかからない。
 グツグツと煮える音が、俺の食欲を掻き立てる。

 スープを入れた木の器を、クラスの女子たちが兵士に配って回った。
 兵士たちは、器を受け取りながら、鼻の下を伸ばしている。

 その気持ちは、俺にも理解できた。
 かわいい女の子に食事をもらうと、つい油断してしまうよな。
 悪いけど、目を覚ましたあとで後悔してくれ。





 兵士たちは、いびきをかきながら寝ている。
 睡眠薬入りのスープは、さぞおいしかっただろう。

 クラスメイトが加護の力で睡眠薬を作ったそうだ。
 誰が作ったのか、俺は知らされていない。
 強くゆすったくらいでは目を覚まさないのは実験ずみで、数時間は夢の中だ。

「ここまでは計画通りだな」

 緊張した表情で才原優斗イケメンが呟いた。
 彼の肩を連城敏昭野球バカが優しくたたく。
 肩の力を抜けよ。そう伝えているようだ。

 才原優斗イケメンが広場の中央で指揮をとる。

「みんな、手筈通りに行動してくれ」
「おう!」
「はいっ!」



 今までは、宰相に知られないように加護は秘密にしていた。
 だが、これからは全力で加護を使っていく。
 なのでクラスメイトの加護を始めてみる人もいた。

 儀保裕之悪友の加護は鍛冶師だ。
 兵士たちのもっている武器や防具、食器や調理器具などの金属を解体し加護収納に保管する。


 料理研究部の両津朱莉ママの加護は料理。
 食材さえあれば、どんな料理も作ることができるらしい。
 さらに、食材と認識できるものはいくらでも加護収納に長期保存できるそうだ。
 兵士たちが担いできた重い荷物のなかから食材だけをサクサクと収納する。


 被服部の新垣沙弥香あらがきさやかの加護は糸使い。
 糸から繊維を作り、さらにどんな服でも作れるそうだ。

 こちらの世界の下着事情だが、ブラは基本的に付けない。
 下はカボチャパンツらしい。
 なので、この世界にきてすぐに彼女は女子たちに下着を作ってあげていたそうだ。
 男子のパンツは……?

 糸や繊維は材料として収納できるらしく、兵士たちの服や荷物などから繊維をごっそりと取り上げた。

 パンツ一枚の男たちが地面にゴロゴロ転がっている。
 暖かいので風邪はひかないだろう。

新垣あらがき殿は糸使いでござるか! 糸を自在にあやつり、敵の首を絞めたりするのでござるな」

 出淵旭アニオタが彼女に絡んでいる。

「んなのできるワケねーだろ」
「できないでござるか?」
「ウゼェなあキモオタどっかいけ」

 新垣沙弥香あらがきさやかは性格キツ目の【ギャル】なのだ。
 派手な金髪パーマは緑豊かな森ではとくに目立つ。
 才原優斗イケメンが好きな由良麻美ファン儀保裕之悪友の幼馴染の牧瀬遙ミーハー
 この三人が俺の苦手な派手系女子グループだ。





 クラスメイトが出発の準備をしている最中、才原優斗イケメンは寝ている石亀永江委員長のそばにいた。
 彼女は宰相の犬なので兵士といっしょに眠らされたのだ。
 そこへ、出水涼音令嬢に連れられて狛勝人空手バカがやってくる。
 俺は少し離れたところから様子を伺っていた。

「呼んだか?」
「隷属の首輪、こまなら引きちぎれるんじゃないかと思って」
「試してみるか」

 狛勝人空手バカは彼女の首に巻かれている鎖を掴む。

「ふんっ!!!!」

 こめかみに血管が浮き出ると、みるみるうちに彼の顔が赤くなる。
 プルプルと腕が震えているが鎖は切れないようだ。

「マジかよ、ただの鎖じゃねえな」
「そうか……。もしこの首輪に探知機能があると俺たちの場所が宰相に伝わってしまう。できればここではずしたいのだが……」
「わたくしに良い案があるのだけど」

 出水涼音令嬢がニッコリと笑った。

「聞かせてくれ」

 彼女はコッソリと才原優斗イケメンに耳うちした。

「それはマズいだろ」
「他に手はあるのかしら?」

 妖艶な瞳が彼を見つめている。
 アイツいったい何を企んでいる?

こま君、ここはもういいわ、他の人を手伝ってあげて」
「ああ」

 狛勝人空手バカ石亀永江委員長を気にしながらもその場を後にした。

苦瓜にがうり君、シーツもってない?」

 なぜ彼女は俺に声をかけたのだろう。
 他の人もシーツをもっているはずだ。
 俺を指名した目的や理由がわからない。

「あるが……」

 俺はバックパックからシーツを取り出し、彼女に渡した。
 彼女は受け取ると石亀永江委員長の顔に被せる。

 ――何してるんだ?

 才原優斗イケメンは顔をこわばらせ、いやに汗を流している。
 彼は腰の剣を静かに抜くとシーツのなかへ入れた。

「おい!」と、俺が止めるのを無視して作業をつづける。

 彼女は寝ている石亀永江委員長のクチを押さえる。

「ん゛!」

 断末魔の叫びはシーツによって遮られた。

「オマエら……」

 彼はシーツのなかから血まみれの鎖を取り出した。

 ――この女! 石亀永江委員長で不死の実験をしやがった!

 狛勝人空手バカを呼んだときに気づくべきだった。
 鎖を切れば死ぬとすでに周知されている。
 コイツはアイテムの効果でも死なないか試したかったのだ。
 けれど鎖は切れない。なので斬死に予定を変更した。


 シーツを少しだけめくり、傷の様子を観察している。
 自動で蘇生されないのが気に入らないのか、不機嫌そうな表情をした。

「ねえ苦瓜にがうり君、委員長に触れてみて」

 記憶力のいい女だ。
 俺が石亀永江委員長に触れた後から蘇生が始まったのを覚えていたのだろう。
 だからシーツをよこせと俺を呼んだのだ。

 彼女を死なせるわけにはいかない。
 コイツに言われるがまま石亀永江委員長の体に触れた。
 グチュグチュと嫌な音をたてながら首が繋がる。

 コイツは首についている血をシーツで拭き取り、傷を確認する。
 拭き残しの血で汚れてはいるが傷はなかった。
 その結果に満足したらしく満面の笑みを浮かべている。
 自分のためなら平気で他人の命を奪えるヤツなのだ。

 コイツの笑顔に底知れない恐怖を感じた俺は、背中に不快な汗が流れた。

「ね、うまくいったでしょ?」
「あ、ああ」

 才原優斗イケメンがドン引きしている。

 ――オマエの彼女だろ! 責任もってなんとかしろ!

 そう叫びたかったが我慢した。
 なぜなら二人の関係を俺は知らないことになっている。

 不死でいるためには俺が必要だとコイツは学習した。
 殺されることはないが、俺を逃がさないだろう。
 最悪、監禁されるかもしれない。
 なんとかしないと……。

「委員長から不死の効果をはずした。もう手荒な真似はやめるんだ」

 これ以上実験をされては石亀永江委員長が可哀そう。
 不死ははずさないが、コイツの暴挙を止めるためにはウソが必要だ。

「不死ははずせますのね」

 しまった、また秘密を知られた。

「出発の準備が整っ、おいどうした?」

 瀧田賢インテリメガネ才原優斗イケメンを呼びにきた。

「ひ、み、つ」

 出水涼音令嬢はそう言うと女子たちのいるほうへいってしまった。

 瀧田賢インテリメガネうそを看破できる。
 へたに言い訳をすれば印象が悪くなるだろう。
 だから秘密と言ったのだ。

 出水涼音令嬢が言わなくてもそのうち才原優斗イケメンから洩れるだろう。
 たぶん俺の加護のことも――。



△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 測量技術の発達していないこの世界では、正確な地図は存在しない。
 しかし、日ごろの研鑽けんさんの結果、伝承や周囲の地形から予測し地図を作った男がいる。
 地学部の千坂隆久モヤシだ。
 二見朱里歴女といっしょに情報収集班で活動していた。
 彼の作った地図と方位磁石をもとに森を進む。



 兵士たちを置き去りにして数日経過した。
 クラスメイトの表情にも疲れが見え始めている。

 魔物も強くなってきたらしい。
 弓道部の由良麻美ファン狛勝人空手バカだけでは手に負えなくなってきた。
 才原優斗イケメンも戦闘に加わり、なんとかしのいでいる。

「想像以上に厳しいな」

 休憩中の狛勝人空手バカが汗を拭いている。
 底なしの体力だと思っていたが、限界はあるようだ。

「単体の強さはそれほどではないが、数が多いとクラスメイトを守りきれん」
「そうね、弓でのサポートも限界だわ」
「もうひとり前衛がいればいいのだが」

 才原優斗イケメンがクラスメイトに呼びかける。

「みんな、見ていてわかると思うけど戦いが厳しくなってきた。もし戦闘系の加護をもっていたら助けてくれないか」
「あのっ」

 女子が手を挙げた。
 陸上部の曽木八重乃そぎやえのだ。
 短距離走の選手で、大会ではそこそこの成績をおさめている。
 タイムが伸びない理由。それは彼女が【巨乳】だからだ。
 ゆっさゆっさと揺らしながら走る姿は、男子高校生の性欲を鷲づかみする。
 性格は明るく社交的。
 言動では目立たないが、見た目のインパクトがヤバイ。

「わたしの加護は槍術やりじゅつらしいんだけど、ヤリなんてもったことない」

 空手部のこまと弓道部の由良麻美ファンは珍しく部活と加護がマッチしていた。
 しかし、ほかのクラスメイトは違うようだ。
 俺の仮説では、加護は親の影響を受けているはずなのだが……。

 ちなみに『やりじゅつ』じゃなくて『そうじゅつ』だろう。

「試しに俺の背後から魔物を刺してみたらどうかな?」

 女たらしの才原優斗イケメンが笑顔で誘っている。
 あの顔でお願いされて断れる女子はいないだろう。

「や、やってみる!」

 チョロすぎるだろ……。

「俺の出番じゃね!」

 目立ちたがり屋の儀保裕之悪友が謎のポーズでアピールしている。

「どんなヤリがいい?」
「どんなって……。あっ、母が薙刀なぎなたの師範をしているの。アレだったら見たことあるし」

 いわゆる見稽古だろうか。

「オーケー、薙刀なぎなたね」

 瀧田賢インテリメガネに刀を作ったときのように集中している。
 ヤツの手元に真っ赤な柄の薙刀なぎなたがあらわれた。

「名前は弁慶ちゃん。恐怖心の緩和と、装備者への重量軽減をつけてある」

 怯えないように恐怖心の緩和をつけてあげたんだな。
 さすが儀保裕之悪友だ。女性への気配りができるヤツ。
 まあ、下心が見え見えだけどね。

 曽木八重乃巨乳薙刀なぎなたを受け取ると、おでこに柄をつけて呟いた。

「弁慶ちゃん、よろしくね」


「前から魔物が来るわ!」

 索敵の加護をもつ由良麻美ファンが緊張感を含んだ叫び声をあげた。

「わたし、やってみる」
「え?」

 曽木八重乃巨乳薙刀なぎなたを顔の横に担いだ。

「ふんっ!!!」

 そのフォームは陸上競技のヤリ投げだった。
 しかし薙刀なぎなたは斜め上ではなく、水平に飛んでいく。

 木の幹に当たったのに推力は衰えない。
 幹は引きちぎられたようにえぐれる。
 木肌は剥がれ落ち、内部の繊維は粉々に砕け散り、周囲には木の断片が雨のように降り注ぐ。
 何本もの木に穴を空けながら薙刀なぎなたは飛び、姿を消してしまう。

「あ、魔物の反応が消えたわ……」と、索敵していた由良麻美ファンが驚いた。

 敵の姿は見えていなかったはずだ。
 なぜ投げる方向かわかったのだろう。
 まさか、必中のスキル?

「俺の作った薙刀なぎなたが……」

 儀保裕之悪友は悲しげな表情になって、ガクリとその場に崩れ落ちた。

「え? 使いかた間違えた?」

 いったい彼女の母は何を見せたのだろうか。

「必殺技キター!」

 出淵旭アニオタが遠くで叫んでいる。
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