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15話
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逃避行の旅に終わりが見えてきた。
平均的な歩行速度は平地で時速四キロメートル。
一日に約八時間歩いたと仮定して、魔物との戦闘や休憩、慣れない森歩きを考慮すると半分も進めてないだろう。
今日で九日目。よって進んだ距離は約九十キロメートル。
東京から箱根くらいまで歩いたことになる。
苦労しているわりに進んでいないけれど、俺たちは予定していた地点にようやく到着したのだ。
目の前に広がるのは、豊富な水量を誇る川。
いや、川というより、大河と呼ぶにふさわしい。
川幅は一キロメートルにもおよび、とても深く、船でなければ渡れないほどだ。
水はキレイなので川底まで見通せる。
まるで水族館のように、水中の生命が躍動する様子を眺めることができるのだ。
「千坂君、ここでいいのか」
石亀永江に声をかけられた地学部の千坂隆久は、お手製の地図を確認している。
「はい。山の位置も記録と一致しています。森の中心はまだまだ先ですが、町から十分離れたので問題ないと思います」
「ではここに村を造るのだな?」
「いいえ、雨によって増水し、水害が発生する恐れがあります。足元は湿地ではないので可能性は低いですが、できれば地面が高くなっている場所を探しましょう」
「ふむ……。見渡せる場所があればいいのだけど」
「ちょっと待っていろ」
狛勝人は靴を脱ぐとキョロキョロしている。
どうやら太くて高い木を探していたようだ。
目ぼしい木の根元までいくと登り始める。
メシッ、メシッと音がした。
恐ろしいことに、彼の指が木に刺さっている。
――握力で穴を空けたのか?
俺の想像していた木登りは、木に抱きついて登るのだが、アイツは指だけで登っている。
横から見たら雑巾がけをしているような姿勢だ。
脳筋のやることは理解できん。
遥か上空の彼が豆粒のように小さく見える。
しばらくして彼はするすると降りてきた。
そこへ、陸上部の曽木八重乃が彼の脱いだ靴をもってきた。
「ありがとう。――見渡せるような開けた場所はない。だが、この方角は木の先端が高くなっていた」
彼は見てきた方角を指さした。
「いってみましょう」
千坂隆久の先導で移動を始める。
しばらく歩くと地面が上り傾斜している感じが靴底から伝わる。
さらに上ると地面は傾斜から水平に戻った。
「いいですね、水面から離れました。ここならまず大丈夫でしょう」
「よしっ、ここが我らの新天地だ!」
両腕を高く突き上げ、石亀永江が喜んでいる。
「ふへぇ~~~っ」
俺たちは気の抜けた声を出しながら、荷物を背中から下ろし、地面に座ったのだ。
「ここはおーーっと声をあげるところだろ? キミたちは感動しないのか」
「感動ではなく安堵のほうが大きいですよ」
千坂隆久が困った顔をしている。
「張り合いのない。――村造りに関してわたしは知識がない。誰か説明できるか」
「クックック、吾が適任じゃないかね?」
二見朱里がドヤ顔した。
座ったばかりなのでふたたび立つだけの気力はないらしく、座ったままで手を振っている。
「くわしい、のか?」
「世界中の城や砦に関する知識なら吾の右に出る者などおるまいよ」
「いや、城ではなく村なんだけど」
「魔物の脅威に怯えながら暮らせというのかね?」
「いや、まあ、そうなのだが」
押しの強い石亀永江がキャラの濃い二見朱里に圧倒されている。
どうやら石亀永江は彼女が苦手のようだ。
「なに、そんなに心配しなくていいよ。趣味は極力抑えるからね」
「不安しかないのだが……」
「とにかく邪魔な木を伐採しなきゃね。たぁ千坂君よぅ、樽を作るときに木を消してたよね。あれはどんな理屈なんだ?」
たぁ千坂? 二見朱里は何を言い出そうとしたんだ?
「ボクの加護は工芸。家具なんかを作るための材料は加護収納に保管されるみたいなんだ」
「へぇ~。どのくらい保管できるんだね?」
「試したことないからわからないよ」
「なら試してみよう。このあたり一帯の木をすべて保管してみてくれないかね」
「いいよ」
千坂隆久は立ち上がるとお尻をパンパンとはらう。
「ボクにも手伝わせてくれるかな」
柔道部の気仙修司も立ち上がった。
「気仙君の加護はいったいなんだね?」
「ボクは建設なんだ」
キランと、彼女の瞳がまるで輝いているかのように映った。
「建設だとっ……。いったいどんなことができるんだね?」
「建築スキルは家とか建てれるよ。土木スキルは道路や河川なんかのインフラ。設備スキルは電気、ガス、水道なんかの配線、配管なんだけど、どれも使ったことはないからよくわかってないよ」
「いいねいいね! 後からくわしく聞かせてね」
「俺も手伝うよ」と、言いながら立ちあがったのは儀保裕之だ。
「鍛冶師も木を使うから伐採はお手のものさ」
「わてにも手伝わせておくれやす」
そう言いながら立ちあがったのは、競技かるた部の亀ケ谷暁子。
能面のような顔をしている女子だ。
濃い顔立ちが多いクラスで、彼女はとびぬけてアッサリしている。
かるたを始めてから京都が好きになり、京都弁を喋り始めたらしい。
なので俺は【エセ京都】と脳内で呼んでいる。
「亀ケ谷さんの加護はなんだね?」
「わての加護は紙使いどす」
「紙使い! 紙で銃弾をとめたり、紙で敵を切り裂いたり、紙を飛ばしたり。もしかして亀ケ谷さんはビブリオマニアだったりする?」
「びぶ? 意味はわからへんけど、紙を作ることしかできしまへん」
「ショック!」
出淵旭がうるさい。
「どんな紙でも作れるのかね?」
二見朱里が期待を膨らませながら質問している。
「ええ、あぶらとり紙なんかも作れますえ」
女子たちは立ち上がるとずわっと亀ケ谷暁子を取り囲む。
「どうして黙っていたのかね?」
「町では木材を探すのにも一苦労どす」
「早く! 早く作ってくれ!」
女子たちの圧が凄い。
なにをそんなに必死になっているのだろうか。
「二見さん、指示が止まってるぞ」
石亀永江が腕を組んでムスッとしている。
「スマン! それじゃあ四人は作業を始めてくれ。広さは野球のグラウンドが四面入るくらいで」
「そんなに?」と、石亀永江が驚いた。
「それでも狭く感じると思うけどね」
四人は広がりつつ、木々を次々と取り除いていく。
危険なので戦える才原優斗たちが同行している。
木々が消えていくと、視界が明るくなり、広場ができた。
大量の切り株が地面を覆い、それぞれが物語をもっているかのようだ。
日の光が広場を照らし、日陰だった地面が温められる。
切り株から立ち上る木の香りと土の匂いが混ざり合い、新たな生命の息吹を感じさせる。
「切り株が邪魔だね。誰か対処できる加護をもっていないかね?」
「俺様が燃やそうか?」
声をあげたのは潘英樹だ。
顔の傷は消えている。
出水涼音が治癒スキルで治してあげたのだ。
「火を使うのは避けたいね。生木を燃やすと煙が出ると千坂君が言っていただろ。兵士が追ってきている可能性も考慮したい」
「なるほど」
俺は兵士のことをすっかり忘れていた。
たしかに追ってきているかもしれないが、深い森のなかから煙が見えるとは思えない。
けれど彼女のいうとおり警戒しておいて損はないだろう。
「わたし、できるかもしれない、試していいかなぁ?」
手をあげたのはバトミントン部の乃木坂羽衣。
父性本能を刺激する容姿をしている。
もし妹にしたい選手権があれば、グランプリを取れる逸材。
本物の妹ではない。そう【義妹】と呼ぶにふさわしい女子なのだ。
しかし、女子たちからは冷たく扱われている。
彼女ら曰くあざといらしい。
女子特有の関係に首をつっこむほど俺に度胸なんてない。
「乃木坂さん、加護はなんだね?」
「わたし、農業なんだ」
「いいじゃないか! 村造りには必須の加護だよ!」
「そお?」
「これで食料問題の目途も立ったね」
「あまり期待されても困るんだけどぉ、みんなが喜ぶならわたしも嬉しいなっ」
「チッ」
誰かが舌打ちした。
それに、女子たちの表情に怒りマークがついた気がする。
俺はかわいいと思うのだが男子目線と女子目線は違うのかもしれない。
乃木坂羽衣は切り株の近くで中腰になると両手を伸ばす。
目を固く閉じると『う~~~ん』という声が聞こえるような表情をした。
ポンッ!
煙が出た次の瞬間、切り株は消え、かわりに耕された小さな地面になる。
「へぇ~これはおもしろいね。耕すと切り株が消えるんだ」
「そうみたい。でも、みんなみたいに収納はされてないよ。ごめんねぇ」
「いいんだ。切り株は材料とみなされていないのだろう。それじゃ、残りもお願いするね」
「うん、まかせてっ」
しばらくすると広々とした平地が完成した。
「とてもいいね」
二見朱里は満足そうにドヤ顔している。
「次は何をするんだ」と、石亀永江が話しかけた。
「城壁だね」
「住居が先ではないのか?」
「寝床なんてまだテントで十分だよ」
彼女の言うとおり、ここにくるまでずっとテントだった。
もう慣れたので数日伸びるくらい辛くはない。
それよりも、魔物に襲われないか心配するほうが安眠できないのだ。
「気仙君、建設の加護で城壁は作れないかね?」
「ボクの加護には建設可能な建物がリストになってるんだけど、城壁はないよ」
「吾の趣味なら城壁なんだがね。しかたない。魔物の侵入を防げるのなら別の設備でもよいのだが」
「ん~……。防波堤や堤防はどう?」
「いいじゃないか! では測量しなきゃな。新垣さん、ロープ作れるよね?」
新垣沙弥香は話を聞かず仲間と雑談していた。
隣の女子に肩をつつかれ、気づく。
「えっ、ウチ? 作れるけど」
「長さは指定可能?」
「ヨユーだよ」
「じゃあ二百五十メートルと二百九十四メートルのロープを作って」
「マジで?」
「マジマジ」
糸使いの加護をもつ新垣沙弥香は、首をかしげながら言われたとおり二本のロープを作った。
「儀保君、手ごろな長さの金属の棒を三本作ってよ」
「あいよっ」
儀保裕之が彼女の注文通りの棒を作った。
「運動部~、えっと、連城君、潘君、来て」
連城敏昭とバスケット部の潘英樹が呼ばれた。
三人は広場の中心に向かうと彼女から説明を受けている。
どうやら三人のいる場所が村の中心になるようだ。
鉄の棒とロープをコンパスの代わりにする。
ロープをピンと張らせたまま、鉄の棒で地面に線を描きながら連城敏昭が走る。
半径が二百五十メートルの円。となると一・五キロメートルは走ることになる。
がんばれ!
「あれ、なにやってんだ?」と、隣にいる儀保裕之が聞いてきた。
「あの円が外壁になるんだろうよ」
「へぇ~っ」
さすがは連城敏昭一周してもほとんど息を切らせていない。
三人は描いた円の線上に移動すると、二本の棒に短いほうのロープを結んだ。
三人のいる場所を始点として、連城敏昭が円の上を走る。
ロープがピンと張ったところで停止。
二見朱里がロープのうえに線を引く。
次に潘英樹が同じように円の上を走り、ロープがピンと張ったところで停止。
二見朱里が線を引く。
それを交互に繰り返すと、広場には正五角形が描かれた。
「あれ五角形だよな」
儀保裕之が首をひねっている。
「たぶん二見は星形要塞を造る気だ」
「星? なにそれ」
「北海道の五稜郭しらんか?」
「あ~、アレ。見たことある」
「あの国には大砲がなかった。星形要塞なら防衛には十分だろう」
「くわしいな」
「映画の受け売り」
「なるほど」
俺の予想通り広場には星形要塞の外殻となる下書きが描かれた。
趣味は抑えるっていってなかったか?
「気仙君、この線に沿って堤防を作ってくれ。できれば外側の地面を掘り下げて水堀にしたいのだが、できるかね?」
「やってみるよ」
気仙修司が手をかざすと地面がごっそりと削り取られた。
一辺が四メートルくらいの立方体に凹んでいる。
その穴の隣に手をかざすと、外側は垂直、内側は斜面の堤防が出現した。
高さは六メートルくらいだろう。
「気仙君! これは立派な城壁だよ!!」
二見朱里は感動しながら彼の手を握る。
そんな二人を地学部の千坂隆久がじっと睨んでいた。
――あれ? 千坂隆久のヤツ、怒っている?
気仙修司が下書きに沿ってぐるりと一周する。
その結果、頑丈な堤防と外堀が完成したのだ。
内側には堤防の上へ登るためのスロープも作られた。
まだ出入口は作られていないので疑似的な密室と言えるだろう。
広々とした地面、高い壁。
俺たちは安全な場所を確保したのだ!
……したはずだった。
ドン!!!
空から巨大な物体が落下してきた。
それは、ファンタジー世界では定番の生き物。
どの物語でも頂点に位置する化け物だ。
レッドドラゴン――。
平均的な歩行速度は平地で時速四キロメートル。
一日に約八時間歩いたと仮定して、魔物との戦闘や休憩、慣れない森歩きを考慮すると半分も進めてないだろう。
今日で九日目。よって進んだ距離は約九十キロメートル。
東京から箱根くらいまで歩いたことになる。
苦労しているわりに進んでいないけれど、俺たちは予定していた地点にようやく到着したのだ。
目の前に広がるのは、豊富な水量を誇る川。
いや、川というより、大河と呼ぶにふさわしい。
川幅は一キロメートルにもおよび、とても深く、船でなければ渡れないほどだ。
水はキレイなので川底まで見通せる。
まるで水族館のように、水中の生命が躍動する様子を眺めることができるのだ。
「千坂君、ここでいいのか」
石亀永江に声をかけられた地学部の千坂隆久は、お手製の地図を確認している。
「はい。山の位置も記録と一致しています。森の中心はまだまだ先ですが、町から十分離れたので問題ないと思います」
「ではここに村を造るのだな?」
「いいえ、雨によって増水し、水害が発生する恐れがあります。足元は湿地ではないので可能性は低いですが、できれば地面が高くなっている場所を探しましょう」
「ふむ……。見渡せる場所があればいいのだけど」
「ちょっと待っていろ」
狛勝人は靴を脱ぐとキョロキョロしている。
どうやら太くて高い木を探していたようだ。
目ぼしい木の根元までいくと登り始める。
メシッ、メシッと音がした。
恐ろしいことに、彼の指が木に刺さっている。
――握力で穴を空けたのか?
俺の想像していた木登りは、木に抱きついて登るのだが、アイツは指だけで登っている。
横から見たら雑巾がけをしているような姿勢だ。
脳筋のやることは理解できん。
遥か上空の彼が豆粒のように小さく見える。
しばらくして彼はするすると降りてきた。
そこへ、陸上部の曽木八重乃が彼の脱いだ靴をもってきた。
「ありがとう。――見渡せるような開けた場所はない。だが、この方角は木の先端が高くなっていた」
彼は見てきた方角を指さした。
「いってみましょう」
千坂隆久の先導で移動を始める。
しばらく歩くと地面が上り傾斜している感じが靴底から伝わる。
さらに上ると地面は傾斜から水平に戻った。
「いいですね、水面から離れました。ここならまず大丈夫でしょう」
「よしっ、ここが我らの新天地だ!」
両腕を高く突き上げ、石亀永江が喜んでいる。
「ふへぇ~~~っ」
俺たちは気の抜けた声を出しながら、荷物を背中から下ろし、地面に座ったのだ。
「ここはおーーっと声をあげるところだろ? キミたちは感動しないのか」
「感動ではなく安堵のほうが大きいですよ」
千坂隆久が困った顔をしている。
「張り合いのない。――村造りに関してわたしは知識がない。誰か説明できるか」
「クックック、吾が適任じゃないかね?」
二見朱里がドヤ顔した。
座ったばかりなのでふたたび立つだけの気力はないらしく、座ったままで手を振っている。
「くわしい、のか?」
「世界中の城や砦に関する知識なら吾の右に出る者などおるまいよ」
「いや、城ではなく村なんだけど」
「魔物の脅威に怯えながら暮らせというのかね?」
「いや、まあ、そうなのだが」
押しの強い石亀永江がキャラの濃い二見朱里に圧倒されている。
どうやら石亀永江は彼女が苦手のようだ。
「なに、そんなに心配しなくていいよ。趣味は極力抑えるからね」
「不安しかないのだが……」
「とにかく邪魔な木を伐採しなきゃね。たぁ千坂君よぅ、樽を作るときに木を消してたよね。あれはどんな理屈なんだ?」
たぁ千坂? 二見朱里は何を言い出そうとしたんだ?
「ボクの加護は工芸。家具なんかを作るための材料は加護収納に保管されるみたいなんだ」
「へぇ~。どのくらい保管できるんだね?」
「試したことないからわからないよ」
「なら試してみよう。このあたり一帯の木をすべて保管してみてくれないかね」
「いいよ」
千坂隆久は立ち上がるとお尻をパンパンとはらう。
「ボクにも手伝わせてくれるかな」
柔道部の気仙修司も立ち上がった。
「気仙君の加護はいったいなんだね?」
「ボクは建設なんだ」
キランと、彼女の瞳がまるで輝いているかのように映った。
「建設だとっ……。いったいどんなことができるんだね?」
「建築スキルは家とか建てれるよ。土木スキルは道路や河川なんかのインフラ。設備スキルは電気、ガス、水道なんかの配線、配管なんだけど、どれも使ったことはないからよくわかってないよ」
「いいねいいね! 後からくわしく聞かせてね」
「俺も手伝うよ」と、言いながら立ちあがったのは儀保裕之だ。
「鍛冶師も木を使うから伐採はお手のものさ」
「わてにも手伝わせておくれやす」
そう言いながら立ちあがったのは、競技かるた部の亀ケ谷暁子。
能面のような顔をしている女子だ。
濃い顔立ちが多いクラスで、彼女はとびぬけてアッサリしている。
かるたを始めてから京都が好きになり、京都弁を喋り始めたらしい。
なので俺は【エセ京都】と脳内で呼んでいる。
「亀ケ谷さんの加護はなんだね?」
「わての加護は紙使いどす」
「紙使い! 紙で銃弾をとめたり、紙で敵を切り裂いたり、紙を飛ばしたり。もしかして亀ケ谷さんはビブリオマニアだったりする?」
「びぶ? 意味はわからへんけど、紙を作ることしかできしまへん」
「ショック!」
出淵旭がうるさい。
「どんな紙でも作れるのかね?」
二見朱里が期待を膨らませながら質問している。
「ええ、あぶらとり紙なんかも作れますえ」
女子たちは立ち上がるとずわっと亀ケ谷暁子を取り囲む。
「どうして黙っていたのかね?」
「町では木材を探すのにも一苦労どす」
「早く! 早く作ってくれ!」
女子たちの圧が凄い。
なにをそんなに必死になっているのだろうか。
「二見さん、指示が止まってるぞ」
石亀永江が腕を組んでムスッとしている。
「スマン! それじゃあ四人は作業を始めてくれ。広さは野球のグラウンドが四面入るくらいで」
「そんなに?」と、石亀永江が驚いた。
「それでも狭く感じると思うけどね」
四人は広がりつつ、木々を次々と取り除いていく。
危険なので戦える才原優斗たちが同行している。
木々が消えていくと、視界が明るくなり、広場ができた。
大量の切り株が地面を覆い、それぞれが物語をもっているかのようだ。
日の光が広場を照らし、日陰だった地面が温められる。
切り株から立ち上る木の香りと土の匂いが混ざり合い、新たな生命の息吹を感じさせる。
「切り株が邪魔だね。誰か対処できる加護をもっていないかね?」
「俺様が燃やそうか?」
声をあげたのは潘英樹だ。
顔の傷は消えている。
出水涼音が治癒スキルで治してあげたのだ。
「火を使うのは避けたいね。生木を燃やすと煙が出ると千坂君が言っていただろ。兵士が追ってきている可能性も考慮したい」
「なるほど」
俺は兵士のことをすっかり忘れていた。
たしかに追ってきているかもしれないが、深い森のなかから煙が見えるとは思えない。
けれど彼女のいうとおり警戒しておいて損はないだろう。
「わたし、できるかもしれない、試していいかなぁ?」
手をあげたのはバトミントン部の乃木坂羽衣。
父性本能を刺激する容姿をしている。
もし妹にしたい選手権があれば、グランプリを取れる逸材。
本物の妹ではない。そう【義妹】と呼ぶにふさわしい女子なのだ。
しかし、女子たちからは冷たく扱われている。
彼女ら曰くあざといらしい。
女子特有の関係に首をつっこむほど俺に度胸なんてない。
「乃木坂さん、加護はなんだね?」
「わたし、農業なんだ」
「いいじゃないか! 村造りには必須の加護だよ!」
「そお?」
「これで食料問題の目途も立ったね」
「あまり期待されても困るんだけどぉ、みんなが喜ぶならわたしも嬉しいなっ」
「チッ」
誰かが舌打ちした。
それに、女子たちの表情に怒りマークがついた気がする。
俺はかわいいと思うのだが男子目線と女子目線は違うのかもしれない。
乃木坂羽衣は切り株の近くで中腰になると両手を伸ばす。
目を固く閉じると『う~~~ん』という声が聞こえるような表情をした。
ポンッ!
煙が出た次の瞬間、切り株は消え、かわりに耕された小さな地面になる。
「へぇ~これはおもしろいね。耕すと切り株が消えるんだ」
「そうみたい。でも、みんなみたいに収納はされてないよ。ごめんねぇ」
「いいんだ。切り株は材料とみなされていないのだろう。それじゃ、残りもお願いするね」
「うん、まかせてっ」
しばらくすると広々とした平地が完成した。
「とてもいいね」
二見朱里は満足そうにドヤ顔している。
「次は何をするんだ」と、石亀永江が話しかけた。
「城壁だね」
「住居が先ではないのか?」
「寝床なんてまだテントで十分だよ」
彼女の言うとおり、ここにくるまでずっとテントだった。
もう慣れたので数日伸びるくらい辛くはない。
それよりも、魔物に襲われないか心配するほうが安眠できないのだ。
「気仙君、建設の加護で城壁は作れないかね?」
「ボクの加護には建設可能な建物がリストになってるんだけど、城壁はないよ」
「吾の趣味なら城壁なんだがね。しかたない。魔物の侵入を防げるのなら別の設備でもよいのだが」
「ん~……。防波堤や堤防はどう?」
「いいじゃないか! では測量しなきゃな。新垣さん、ロープ作れるよね?」
新垣沙弥香は話を聞かず仲間と雑談していた。
隣の女子に肩をつつかれ、気づく。
「えっ、ウチ? 作れるけど」
「長さは指定可能?」
「ヨユーだよ」
「じゃあ二百五十メートルと二百九十四メートルのロープを作って」
「マジで?」
「マジマジ」
糸使いの加護をもつ新垣沙弥香は、首をかしげながら言われたとおり二本のロープを作った。
「儀保君、手ごろな長さの金属の棒を三本作ってよ」
「あいよっ」
儀保裕之が彼女の注文通りの棒を作った。
「運動部~、えっと、連城君、潘君、来て」
連城敏昭とバスケット部の潘英樹が呼ばれた。
三人は広場の中心に向かうと彼女から説明を受けている。
どうやら三人のいる場所が村の中心になるようだ。
鉄の棒とロープをコンパスの代わりにする。
ロープをピンと張らせたまま、鉄の棒で地面に線を描きながら連城敏昭が走る。
半径が二百五十メートルの円。となると一・五キロメートルは走ることになる。
がんばれ!
「あれ、なにやってんだ?」と、隣にいる儀保裕之が聞いてきた。
「あの円が外壁になるんだろうよ」
「へぇ~っ」
さすがは連城敏昭一周してもほとんど息を切らせていない。
三人は描いた円の線上に移動すると、二本の棒に短いほうのロープを結んだ。
三人のいる場所を始点として、連城敏昭が円の上を走る。
ロープがピンと張ったところで停止。
二見朱里がロープのうえに線を引く。
次に潘英樹が同じように円の上を走り、ロープがピンと張ったところで停止。
二見朱里が線を引く。
それを交互に繰り返すと、広場には正五角形が描かれた。
「あれ五角形だよな」
儀保裕之が首をひねっている。
「たぶん二見は星形要塞を造る気だ」
「星? なにそれ」
「北海道の五稜郭しらんか?」
「あ~、アレ。見たことある」
「あの国には大砲がなかった。星形要塞なら防衛には十分だろう」
「くわしいな」
「映画の受け売り」
「なるほど」
俺の予想通り広場には星形要塞の外殻となる下書きが描かれた。
趣味は抑えるっていってなかったか?
「気仙君、この線に沿って堤防を作ってくれ。できれば外側の地面を掘り下げて水堀にしたいのだが、できるかね?」
「やってみるよ」
気仙修司が手をかざすと地面がごっそりと削り取られた。
一辺が四メートルくらいの立方体に凹んでいる。
その穴の隣に手をかざすと、外側は垂直、内側は斜面の堤防が出現した。
高さは六メートルくらいだろう。
「気仙君! これは立派な城壁だよ!!」
二見朱里は感動しながら彼の手を握る。
そんな二人を地学部の千坂隆久がじっと睨んでいた。
――あれ? 千坂隆久のヤツ、怒っている?
気仙修司が下書きに沿ってぐるりと一周する。
その結果、頑丈な堤防と外堀が完成したのだ。
内側には堤防の上へ登るためのスロープも作られた。
まだ出入口は作られていないので疑似的な密室と言えるだろう。
広々とした地面、高い壁。
俺たちは安全な場所を確保したのだ!
……したはずだった。
ドン!!!
空から巨大な物体が落下してきた。
それは、ファンタジー世界では定番の生き物。
どの物語でも頂点に位置する化け物だ。
レッドドラゴン――。
応援ありがとうございます!
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