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22話
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二見朱里と千坂隆久がクラス会議の場で交際宣言をおこない、さらに同棲まで始めたのだ。
その影響で村にピンク色の雰囲気が漂っている。
例えるならバレンタインデー当日のような、誰かにチョコをもらえるかもしれないという期待。
意中の人が誰かにチョコをあげるかもしれないという不安。
クラスメイトを複雑な感情がかき乱す。
俺と儀保裕之は今の状況をロマンティックフィーバーと命名した。
この熱風はいつ止むのだろうか――。
俺と儀保裕之は昼食を摂るために、食堂へと足を運ぶ。
入口の外には、メニューの書いてある木製の看板がかけてある。
Aランチ
イノシシ肉の肉団子定食
Bランチ
ウサギ肉とじゃがいものピリ辛炒め定食
この板は七種類ある。
要するに一週間の日替わりメニューなのだ。
食堂はとても賑わっていた。
入口には台があり、そのうえに食器が置いてある。
まずは木のトレーをもち、お椀、お皿、スープ皿、フォークとスプーンを載せる。
そして空いているテーブルに座るのだ。
ちなみに、トレイとお椀とカトラリーは木製、お皿とスープ皿は陶器でできている。
どれも家具屋の千坂隆久が制作した。
「いらっしゃい」
笑顔の両津朱莉が注文を取りにきた。
「両津ちゃん、いつものね~」
儀保裕之が軽く冗談を言う。
「覚えてるわけないでしょ」
「だよね~。俺、Aランチ」
「こっちはBランチお願い」
彼女が空の食器のうえで手を広げる。
まるで手品のようにポンと料理が出現した。
お椀にお米、お皿にはサラダ付きの肉料理、スープ皿にはオニオンスープ。
湯気がのぼり、おいしそうな香りが鼻孔をくすぐる。
「そろそろ肉料理も飽きてきたな」と、儀保裕之が愚痴をこぼす。
「同感だ。魚が食いたい」
「食材さえあれば作れるんだぞ」
両津朱莉がほっぺを膨らませている。
料理人のプライドだろう。
「川が近くにあるのに、なんでさぁ?」
たしかに儀保裕之のいうとおりだ。
「あそこは堤防の外なんだよ。危ないじゃないか」
「なら堤防を延長すればいい」
「それに、メニューに出せるほど釣れないでしょ」
「俺だけの特別メニューってことで」
「ひいきはしないから」
「ちぇっ」
「ねえ」
話しかけてきたのは合唱部の筒井卯月。
とても美しいソプラノボイスの【歌姫】。
教科書の朗読をするときなどは、ついその美声に耳を傾けてしまう。
不思議なほど良く通る声が細い体のどこから出ているのか謎だ。
隣にいる水使いの三門志寿とは友達で、いつも二人いっしょだ。
きっと俺とコイツも、いつも二人でいると思われているだろう。
ロマンティックフィーバーの影響で俺も思考がピンク色だ。
もしかすると俺たちに告白するんじゃないか。
そんな期待が一瞬だけ脳裏をよぎる。
「あれっ? 二人は食べ終わったよね、追加注文?」
「いいえ、話が聞こえて。――魚、食べたいのかしら」
筒井卯月の口調はどこか冷たさを感じさせる。
クールビューティーといえばいいだろうか。
「もちろんさ。川があるのに指をくわえてみてるなんて嫌だね」
「そうよね……」
「そうだ、筒井は魚屋だろ、俺の気持ちわかるよな」
「わからないわっ!」
筒井卯月は怒って食堂を出ていった。
「まって卯ちゃん」
その後を三門志寿が追う。
「なんで機嫌を悪くしたんだ? 俺、なんかやった?」
「さあね~、ちゃんと謝りにいくんだぞ~」
両津朱莉はケタケタ笑いながら他のテーブルに注文を取りに向かった。
俺の仮説が正しければ筒井卯月の加護は魚屋に関係しているはずだ。
なにか理由があるのだろう。
後から話を聞きにいくか。
食堂はクラス全員が座れるように四人がけのテーブルが八卓ある。
店の奥のすみで黙々と食事をする瀧田賢がいた。
前にも同じような光景を見かけた記憶がある。
あの国を脱出するまでは才原優斗とともにリーダーシップを発揮した。
しかし、村に到着してからは見る影もなくひとりぼっちだ。
もとの世界でも似たような状態だったので不思議ではないのだが――。
裁判官である彼は警察官も兼任。
儀保裕之が作った刀を腰に下げ、村を見回りしている。
嘘を見抜ける加護に加え、裁判官と警察官。
嫌われる要素をすべて背負わされているのだ。
誰も彼に話しかけない。
軽いジョークですら嘘だと言われそうで緊張する。
もちろん彼は言わないだろう。けれど気後れするのも事実だ。
俺はネトラレの加護を隠している。
うっかりバレるのが怖いので近寄らないように警戒していた。
「どこ見てる?」
儀保裕之に気づかれた。
「瀧田か?」
「ああ」
「話しかければいいじゃん」
「アイツは悪くない、けど警察は苦手でさ」
「むずかしく考えんなよ。お~い、瀧田、いっしょに食べていいか?」
「かまわん」
「さあ行こうぜ」
コミュ力お化けめ……。
俺たちは瀧田賢の座るテーブルに合流した。
彼は黙々と食事をつづける。
「最近、いっつもひとりだなぁ」
コイツの頭には、歯に衣を着せるという言葉は記憶されていないらしい。
「悪口を言いにきたのか?」
瀧田賢がムスッとする。
「寂しそうだから相手をしにきた」
「同情か」
「友情だ」
瀧田は溜息をつく。
「オマエとは、それほど親しくはないだろ」
「小さな村だ、誰とでも親しくしといたほうが楽しいぜ」
「俺といても楽しくないだろ」
「オマエ、笑わないからな」
瀧田賢は眉間にシワをよせる。
「そうじゃない、俺と会話するのに気を遣うという意味だ」
「まったく」
「そうだな、オマエは才原と同じで言葉に裏表がない」
「それ誉め言葉だろ。嬉しいぜ」
「単純バカだと言っている」
同意だが、コイツの長所でもある。
「苦瓜のように嘘がバレないか慎重になるのが普通だ」
こっちにキタ!
しゃ~ない、話に加わるか。
「嘘とか関係なく瀧田は苦手なんだよ」
「さすが翔矢、言いにくいことをぶっちゃけるねぇ」
「嫌いなら近寄るな」
メガネの奥の瞳が俺を睨む。
「違うぞ、嫌いとは言ってない、苦手だと言ったんだ。成績優秀、運動神経もいい、そんな文武両道なヤツに嫉妬しない人間なんていないだろ」
「なんだよ翔矢、俺に嫉妬してたのか?」
「オマエは俺よりバカだろが」
「嫉妬か……初めて言われたよ。オマエらおもしろいな」
瀧田賢が苦笑いした。
「そう、それ。笑っとけ」
コイツに指摘されたのが恥ずかしいのか一瞬でスンとした。
恥ずかしがり屋を隠すためにポーカーフェイスを保っているのだ。
「盛り上がってるね。いっしょしていい?」
両津朱莉が来た。お茶を四つ載せたトレイをもっている。
気がつくと食堂には俺たちしかいない。
「いいよん」
瀧田賢の隣に座ると、お茶を配った。
「前から瀧田に聞きたかったんだ。なんで剣道部に入ったんだ?」
儀保裕之はなぜそんな質問をしたのだろう。
部活なんてたんなる趣味じゃないか。
「恥ずかしいから言わない」
「えっ? 恥ずかしい理由なの? 瀧田ってムッツリなの?」
両津朱莉が大げさに驚いた。
女子が男子をからかうこの雰囲気。
俺は苦手だ……。
「誤解するな。ある人物に憧れているだけだ」
「そこまで言ったのなら教えろよ」
デリカシーのない儀保裕之がズケズケと聞き出そうとする。
「シャーロックホームズだ」と照れながら吐く。
「誰だ?」
本気で言っているのかコイツ。
アホだと思っていたがここまでか。
「知らないの? 犬の名探偵よ」
両津朱莉も同レベルだった。
瀧田賢が驚愕する。
もし彼がシャーロキアンなら激怒しただろう。
「コナン・ドイルの小説に出てくる人間の名探偵だよ。でもホームズが剣道しているなんて聞いたことないけど」
映画好きの俺はホームズ主役の作品を何本も見たことがある。
「ああ。フェンシングが得意なんだけどフェンシング部はないから」
「なるほど」
「俺はシャーロックホームズのような名探偵になりたいんだ。だから勉強も剣術もマスターしている」
「名探偵か……。なら俺の疑問を解決してくれ」
「いいだろう」
儀保裕之は筒井卯月が怒って食堂を出ていった経緯を話した。
「――とまあ、なぜ怒ったのか理由が知りたいんだ」
「情報が出揃っていない段階で推理するのは間違えているが、お遊びならいいだろう」
瀧田賢はメガネの中央を中指で押してポジションを整える。
「筒井が怒った理由。それは儀保の無神経な発言だ」
「コイツはいつも無神経だ、いまさら怒る理由になるか?」
「翔矢、その発言も無神経だぜ」
「いいから聞け。儀保の発言は『魚屋だから魚が好きなのは当然』と決めつけている。しかし彼女は魚好きなのか?」
「知らね~」
「ふむ。おそらく魚が嫌いなのだろう。幼稚園や小学校のころに魚臭いとからかわれたのかもしれない。これは憶測だ」
「あ! 小学校でアイツと同じクラスでさ、からかった経験あるわ……」
コイツ過去の悪事をさらっと暴露しやがった。
「イジメとか、オマエ最低だな、友達やめるわ」
「ちげ~って! 興味をもってもらいたかったんだ。よくあるだろ、好きな子の気をひくのにイジメちゃうやつ~っ」
「好きだったのか?」
「まったく」
「話をつづけていいか?」と、瀧田賢が呆れた表情をした。
「どうぞどうぞ」
「これも憶測だが、彼女の加護は魚関係だろう。クラス会議で委員長が報酬の件を議題にあげた。彼女は加護の力を使うのを迷っていたのだろう。そこに儀保の無神経な発言だ。魚の加護があるのなら魚を捕るのがあたりまえだと聞こえたのかもしれない」
「うわっ、俺ってサイテー、ちょっといって謝ってくる!」
無駄に行動力があるので、すでに走り出した後だ。
「おい、食器、片づけていけ!」
俺の叫び声など聞いちゃいない。
「いいよ、わたしがやっておくわ」
「悪いな両津」
「食器洗うのきついらしいな。手伝おうか?」
瀧田賢の発言が予想外だったのだろう。
彼女はバカの残したトレイを落としそうになる。
「嬉しい! じゃあこれからもずっと手伝って!!」
彼女はいつも笑顔だが、今は見たこともないほど輝いている。
「俺は暇だからな。いいだろう」
「ついでにここでいっしょに暮らす?」
彼女の言葉は、午後のまったりとした空気を一変させるだけの力を秘めていた。
「は? なんの冗談だ」
「嘘が見抜けるんでしょ、わたしの言葉は嘘でしたか?」
彼の加護を使った告白。
真実を見抜ける彼だからそこ、彼女の言葉に嘘偽りがないと判定できる。
彼女の顔は真っ赤になり、目は期待と不安で輝き、唇は微かに震える。
瀧田は頭から湯気が出そうなほど赤面した。
ロマンティックフィーバーが俺の目の前で吹き荒れている。
大きなハートマークの幻影が浮かんでいた。
俺の存在など気にもしていない二人だけの空間。
「あの国から逃げるとき、瀧田君はずっと先導してくれてた。その姿がとってもカッコ良くって」
いつもの優しく明るい声じゃない。小さじ一杯の甘味が含まれている。
その甘さは男子高校生には刺激が強すぎる。
「あ、うん、ありがとう」
感情をなくしたロボットのように平坦な声でこたえた。
ガチガチで見ている俺が恥ずかしい。
「返事はいつでもいいから」
彼女は少しだけ残念そうな表情になる。
すぐ返事をもらえるのを期待していたのかもしれない。
感謝しろよ瀧田賢。俺がキューピット役を演じてやろう。
「確かシャーロックホームズは女嫌いだったよな。瀧田も女嫌いなのか?」
「いや、嫌いじゃない」
「両津のことは?」
「嫌いじゃない」
「そうか、避妊薬、もらってきてやるよ」
「おいっ! 苦瓜!! 俺もオマエが苦手だよ」
「お互い様だな」
二人は近いうちに交際を開始するだろう。
なので【恋愛対象】に両津朱莉を指名しておく。
経験値を増やしてくれるペアの誕生だ。
俺は二人の邪魔をしないよう、早々に食堂を後にするのだった。
その影響で村にピンク色の雰囲気が漂っている。
例えるならバレンタインデー当日のような、誰かにチョコをもらえるかもしれないという期待。
意中の人が誰かにチョコをあげるかもしれないという不安。
クラスメイトを複雑な感情がかき乱す。
俺と儀保裕之は今の状況をロマンティックフィーバーと命名した。
この熱風はいつ止むのだろうか――。
俺と儀保裕之は昼食を摂るために、食堂へと足を運ぶ。
入口の外には、メニューの書いてある木製の看板がかけてある。
Aランチ
イノシシ肉の肉団子定食
Bランチ
ウサギ肉とじゃがいものピリ辛炒め定食
この板は七種類ある。
要するに一週間の日替わりメニューなのだ。
食堂はとても賑わっていた。
入口には台があり、そのうえに食器が置いてある。
まずは木のトレーをもち、お椀、お皿、スープ皿、フォークとスプーンを載せる。
そして空いているテーブルに座るのだ。
ちなみに、トレイとお椀とカトラリーは木製、お皿とスープ皿は陶器でできている。
どれも家具屋の千坂隆久が制作した。
「いらっしゃい」
笑顔の両津朱莉が注文を取りにきた。
「両津ちゃん、いつものね~」
儀保裕之が軽く冗談を言う。
「覚えてるわけないでしょ」
「だよね~。俺、Aランチ」
「こっちはBランチお願い」
彼女が空の食器のうえで手を広げる。
まるで手品のようにポンと料理が出現した。
お椀にお米、お皿にはサラダ付きの肉料理、スープ皿にはオニオンスープ。
湯気がのぼり、おいしそうな香りが鼻孔をくすぐる。
「そろそろ肉料理も飽きてきたな」と、儀保裕之が愚痴をこぼす。
「同感だ。魚が食いたい」
「食材さえあれば作れるんだぞ」
両津朱莉がほっぺを膨らませている。
料理人のプライドだろう。
「川が近くにあるのに、なんでさぁ?」
たしかに儀保裕之のいうとおりだ。
「あそこは堤防の外なんだよ。危ないじゃないか」
「なら堤防を延長すればいい」
「それに、メニューに出せるほど釣れないでしょ」
「俺だけの特別メニューってことで」
「ひいきはしないから」
「ちぇっ」
「ねえ」
話しかけてきたのは合唱部の筒井卯月。
とても美しいソプラノボイスの【歌姫】。
教科書の朗読をするときなどは、ついその美声に耳を傾けてしまう。
不思議なほど良く通る声が細い体のどこから出ているのか謎だ。
隣にいる水使いの三門志寿とは友達で、いつも二人いっしょだ。
きっと俺とコイツも、いつも二人でいると思われているだろう。
ロマンティックフィーバーの影響で俺も思考がピンク色だ。
もしかすると俺たちに告白するんじゃないか。
そんな期待が一瞬だけ脳裏をよぎる。
「あれっ? 二人は食べ終わったよね、追加注文?」
「いいえ、話が聞こえて。――魚、食べたいのかしら」
筒井卯月の口調はどこか冷たさを感じさせる。
クールビューティーといえばいいだろうか。
「もちろんさ。川があるのに指をくわえてみてるなんて嫌だね」
「そうよね……」
「そうだ、筒井は魚屋だろ、俺の気持ちわかるよな」
「わからないわっ!」
筒井卯月は怒って食堂を出ていった。
「まって卯ちゃん」
その後を三門志寿が追う。
「なんで機嫌を悪くしたんだ? 俺、なんかやった?」
「さあね~、ちゃんと謝りにいくんだぞ~」
両津朱莉はケタケタ笑いながら他のテーブルに注文を取りに向かった。
俺の仮説が正しければ筒井卯月の加護は魚屋に関係しているはずだ。
なにか理由があるのだろう。
後から話を聞きにいくか。
食堂はクラス全員が座れるように四人がけのテーブルが八卓ある。
店の奥のすみで黙々と食事をする瀧田賢がいた。
前にも同じような光景を見かけた記憶がある。
あの国を脱出するまでは才原優斗とともにリーダーシップを発揮した。
しかし、村に到着してからは見る影もなくひとりぼっちだ。
もとの世界でも似たような状態だったので不思議ではないのだが――。
裁判官である彼は警察官も兼任。
儀保裕之が作った刀を腰に下げ、村を見回りしている。
嘘を見抜ける加護に加え、裁判官と警察官。
嫌われる要素をすべて背負わされているのだ。
誰も彼に話しかけない。
軽いジョークですら嘘だと言われそうで緊張する。
もちろん彼は言わないだろう。けれど気後れするのも事実だ。
俺はネトラレの加護を隠している。
うっかりバレるのが怖いので近寄らないように警戒していた。
「どこ見てる?」
儀保裕之に気づかれた。
「瀧田か?」
「ああ」
「話しかければいいじゃん」
「アイツは悪くない、けど警察は苦手でさ」
「むずかしく考えんなよ。お~い、瀧田、いっしょに食べていいか?」
「かまわん」
「さあ行こうぜ」
コミュ力お化けめ……。
俺たちは瀧田賢の座るテーブルに合流した。
彼は黙々と食事をつづける。
「最近、いっつもひとりだなぁ」
コイツの頭には、歯に衣を着せるという言葉は記憶されていないらしい。
「悪口を言いにきたのか?」
瀧田賢がムスッとする。
「寂しそうだから相手をしにきた」
「同情か」
「友情だ」
瀧田は溜息をつく。
「オマエとは、それほど親しくはないだろ」
「小さな村だ、誰とでも親しくしといたほうが楽しいぜ」
「俺といても楽しくないだろ」
「オマエ、笑わないからな」
瀧田賢は眉間にシワをよせる。
「そうじゃない、俺と会話するのに気を遣うという意味だ」
「まったく」
「そうだな、オマエは才原と同じで言葉に裏表がない」
「それ誉め言葉だろ。嬉しいぜ」
「単純バカだと言っている」
同意だが、コイツの長所でもある。
「苦瓜のように嘘がバレないか慎重になるのが普通だ」
こっちにキタ!
しゃ~ない、話に加わるか。
「嘘とか関係なく瀧田は苦手なんだよ」
「さすが翔矢、言いにくいことをぶっちゃけるねぇ」
「嫌いなら近寄るな」
メガネの奥の瞳が俺を睨む。
「違うぞ、嫌いとは言ってない、苦手だと言ったんだ。成績優秀、運動神経もいい、そんな文武両道なヤツに嫉妬しない人間なんていないだろ」
「なんだよ翔矢、俺に嫉妬してたのか?」
「オマエは俺よりバカだろが」
「嫉妬か……初めて言われたよ。オマエらおもしろいな」
瀧田賢が苦笑いした。
「そう、それ。笑っとけ」
コイツに指摘されたのが恥ずかしいのか一瞬でスンとした。
恥ずかしがり屋を隠すためにポーカーフェイスを保っているのだ。
「盛り上がってるね。いっしょしていい?」
両津朱莉が来た。お茶を四つ載せたトレイをもっている。
気がつくと食堂には俺たちしかいない。
「いいよん」
瀧田賢の隣に座ると、お茶を配った。
「前から瀧田に聞きたかったんだ。なんで剣道部に入ったんだ?」
儀保裕之はなぜそんな質問をしたのだろう。
部活なんてたんなる趣味じゃないか。
「恥ずかしいから言わない」
「えっ? 恥ずかしい理由なの? 瀧田ってムッツリなの?」
両津朱莉が大げさに驚いた。
女子が男子をからかうこの雰囲気。
俺は苦手だ……。
「誤解するな。ある人物に憧れているだけだ」
「そこまで言ったのなら教えろよ」
デリカシーのない儀保裕之がズケズケと聞き出そうとする。
「シャーロックホームズだ」と照れながら吐く。
「誰だ?」
本気で言っているのかコイツ。
アホだと思っていたがここまでか。
「知らないの? 犬の名探偵よ」
両津朱莉も同レベルだった。
瀧田賢が驚愕する。
もし彼がシャーロキアンなら激怒しただろう。
「コナン・ドイルの小説に出てくる人間の名探偵だよ。でもホームズが剣道しているなんて聞いたことないけど」
映画好きの俺はホームズ主役の作品を何本も見たことがある。
「ああ。フェンシングが得意なんだけどフェンシング部はないから」
「なるほど」
「俺はシャーロックホームズのような名探偵になりたいんだ。だから勉強も剣術もマスターしている」
「名探偵か……。なら俺の疑問を解決してくれ」
「いいだろう」
儀保裕之は筒井卯月が怒って食堂を出ていった経緯を話した。
「――とまあ、なぜ怒ったのか理由が知りたいんだ」
「情報が出揃っていない段階で推理するのは間違えているが、お遊びならいいだろう」
瀧田賢はメガネの中央を中指で押してポジションを整える。
「筒井が怒った理由。それは儀保の無神経な発言だ」
「コイツはいつも無神経だ、いまさら怒る理由になるか?」
「翔矢、その発言も無神経だぜ」
「いいから聞け。儀保の発言は『魚屋だから魚が好きなのは当然』と決めつけている。しかし彼女は魚好きなのか?」
「知らね~」
「ふむ。おそらく魚が嫌いなのだろう。幼稚園や小学校のころに魚臭いとからかわれたのかもしれない。これは憶測だ」
「あ! 小学校でアイツと同じクラスでさ、からかった経験あるわ……」
コイツ過去の悪事をさらっと暴露しやがった。
「イジメとか、オマエ最低だな、友達やめるわ」
「ちげ~って! 興味をもってもらいたかったんだ。よくあるだろ、好きな子の気をひくのにイジメちゃうやつ~っ」
「好きだったのか?」
「まったく」
「話をつづけていいか?」と、瀧田賢が呆れた表情をした。
「どうぞどうぞ」
「これも憶測だが、彼女の加護は魚関係だろう。クラス会議で委員長が報酬の件を議題にあげた。彼女は加護の力を使うのを迷っていたのだろう。そこに儀保の無神経な発言だ。魚の加護があるのなら魚を捕るのがあたりまえだと聞こえたのかもしれない」
「うわっ、俺ってサイテー、ちょっといって謝ってくる!」
無駄に行動力があるので、すでに走り出した後だ。
「おい、食器、片づけていけ!」
俺の叫び声など聞いちゃいない。
「いいよ、わたしがやっておくわ」
「悪いな両津」
「食器洗うのきついらしいな。手伝おうか?」
瀧田賢の発言が予想外だったのだろう。
彼女はバカの残したトレイを落としそうになる。
「嬉しい! じゃあこれからもずっと手伝って!!」
彼女はいつも笑顔だが、今は見たこともないほど輝いている。
「俺は暇だからな。いいだろう」
「ついでにここでいっしょに暮らす?」
彼女の言葉は、午後のまったりとした空気を一変させるだけの力を秘めていた。
「は? なんの冗談だ」
「嘘が見抜けるんでしょ、わたしの言葉は嘘でしたか?」
彼の加護を使った告白。
真実を見抜ける彼だからそこ、彼女の言葉に嘘偽りがないと判定できる。
彼女の顔は真っ赤になり、目は期待と不安で輝き、唇は微かに震える。
瀧田は頭から湯気が出そうなほど赤面した。
ロマンティックフィーバーが俺の目の前で吹き荒れている。
大きなハートマークの幻影が浮かんでいた。
俺の存在など気にもしていない二人だけの空間。
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いつもの優しく明るい声じゃない。小さじ一杯の甘味が含まれている。
その甘さは男子高校生には刺激が強すぎる。
「あ、うん、ありがとう」
感情をなくしたロボットのように平坦な声でこたえた。
ガチガチで見ている俺が恥ずかしい。
「返事はいつでもいいから」
彼女は少しだけ残念そうな表情になる。
すぐ返事をもらえるのを期待していたのかもしれない。
感謝しろよ瀧田賢。俺がキューピット役を演じてやろう。
「確かシャーロックホームズは女嫌いだったよな。瀧田も女嫌いなのか?」
「いや、嫌いじゃない」
「両津のことは?」
「嫌いじゃない」
「そうか、避妊薬、もらってきてやるよ」
「おいっ! 苦瓜!! 俺もオマエが苦手だよ」
「お互い様だな」
二人は近いうちに交際を開始するだろう。
なので【恋愛対象】に両津朱莉を指名しておく。
経験値を増やしてくれるペアの誕生だ。
俺は二人の邪魔をしないよう、早々に食堂を後にするのだった。
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