視える男(ひと)

七三 一二十

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本編

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※本作のタイトルは岩代俊明先生の名作コミック『みえるひと』のオマージュです。今でも続き待ってます。


――


「最近この辺り、よく出るらしいよ」

「え、何それ、ユーレイ?」

 会社で女子社員たちの雑談が耳に入るなり、モロボシは反射的にそちらを振り向いた。

「経理のレイコっているでしょ、あの娘霊感強いんだって」

「えー、ウッソだあ」

 いても立ってもいられず、モロボシは身を乗り出した。

「いや、それは本当だ。この辺りには幽霊がうじゃうじゃいる、僕にもえるんだ」

「ギャハハ、何それ、おもしれー」

 話を聞きつけた別の女子社員が、爆笑しながら話に加わる。

「嘘じゃない、信じてくれ!」

 幾らモロボシが訴えても、女子たちは一向に怯えた様子を見せず笑い転げている。

 モロボシは馬鹿馬鹿しくなって、自分のデスクに戻る。根暗な彼が女子に相手にされないのは、いつものことだ。



 もっともモロボシとてつい最近まで、幽霊がいるなどと露ほども信じていなかった。それが3日前、ふとした拍子に転んで頭を打った直後から、ようになったのだ。

 脳に強いショックを受けたことによってそれまで眠っていた第六感が目覚めた。そうとしか思えなかった。

 そうして視えるようになってみると、浮世には何と多くの幽霊がひしめいていることか。特に彼のアパートから会社までの通勤路を進む間は、目の端に幽霊が映らない瞬間はないほどだ。

 地面に着くほどの長い髪を垂らした女の幽霊、復員兵姿で敬礼している男の幽霊、中には人間ではなく犬や猫の幽霊まで道端をうろついている……。

 外出すれば否応なく様々な幽霊が目に映るようになってしまい、モロボシはノイローゼ気味だった。会社にきても幽霊のことばかり考えてしまい、仕事が全く手につかない。

 しかもただ視えるだけではない。昨日などとうとう幽霊のひとり(一体?)に語りかけられる、という目にあったのだ!

 夜、勤務時間が終わり、会社からの暗い帰路を歩いていると、「ねえ、ちょっと……」と底冷えするような声で後ろから呼びかけられた。

 恐る恐る振り返ると、そこにはうらびれた中年サラリーマンが立っていた。

 着ているスーツはぼろぼろ、その姿は半透明で、何より足元が完全にきえている……。

「うわあああっ!!」

 モロボシは恐怖に駆られ、叫び声をあげて逃げた。夢中で逃げた。どのような経路を辿ったかもおぼえていない。気がつけば自宅のベッドにうずくまって、ガタガタと震えていた。

 まさか幽霊の方から干渉してくるなんて! これも"視える"ようになったせいなのだろうか。

 こちらから姿が視えていることを、幽霊も気づいているのか?

 会社への通勤路がこれほどデンジャラスだったとは、先日まで思いもしなかった。正直休みたかったが、彼の会社は欠勤には特に厳しい。何日か休むと、すぐ首になってしまう。

 ローンを抱えている今、職を失うわけにもいかない。恐怖で一睡もできないまま朝を迎えると、モロボシはしぶしぶ出社したのだった。

 睡眠不足で頭が朦朧もうろうとしていた。太陽の光が眼に辛い。

 幽霊もやはり明るい時刻は苦手なのか、前夜に比べて明らかに見かける数が少なかった。皆、どこか動きも緩慢かんまんだ。

 だが暗くなってからが問題だ。会社から帰宅する際、昨日みたいにまた声をかけられたら……それを思うと身がすくんで、会社についても仕事が手につかなかった。



 そうして悶々もんもんと悩んでいると、いつの間にか退社時間になった。またあの路を帰らなくてはならない……憂鬱だったが、まさか会社に泊まるわけにもいかない。

「お先に失礼します……」

 誰にともなく挨拶し、滄浪そうろうとした足取りで会社を出たのだった。

 暗い路を暗い気持ちで歩む。また声をかけられたらどうしよう。今度は呪われるのでは? いや、ひょっとしたらすでに……。

「あのう、よろしいですか?」

 考えながら歩いていると、後ろから聞き覚えのある声。ばっと振り向くと、昨日と同じサラリーマン幽霊が立っていた。

 この瞬間、モロボシの胸中に恐怖に勝る怒りが込み上げてきた。

「幽霊が一体僕に何のようだよ、取りきたいのか!?」

「え、取り憑くって……」

「頼むからほっといてくれよ、お前たちとは関わりたくないんだ。視えるだけでも真っ平だ!」

 啖呵たんかをきると、憤然と駆け出した。

 その身体は、前方の建造物をすり抜け、自宅アパートへ向かっていく。

 だが興奮状態のモロボシは、そのことに気づいていない。



 呆然と立つサラリーマン幽霊の元へ、別の女幽霊が近寄ってきた。

「一体どうしたの?」

「いや、ご新規さんに挨拶しようと思ったんだけど……」

「あの人、たしか3日前この辺で頭を打って死んだ人よね。まだ生前の真似事で会社に行ってるの?」

 サラリーマン幽霊はため息をついた。

「どうやら、。職場に行っても誰にもみえなかったはずなんだけどなあ。自分が同じ幽霊になったから突然我々が視えるようになった、それくらいわからんものかね」
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