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第32章:兄として、妹の教育を間違えました(反省)

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 やがて画面内の中華娘が間延びした叫び声とともに、スローモーションで倒れこんだ。とうとうライフがゼロになり、決着がついたのである。光琉ひかるが使うアメリカ軍人の勝利がコールされる。

「やった、はじめてショーさんに勝った! やっぱりアイの力の前に不可能はないわ。これでデートの続きができるよ、にいちゃん! ほめてほめて」

 椅子から立ち上がり、無邪気にはしゃぎながら俺の方を振り向く光琉。俺はそんな妹の頭頂部に、

「てい!」

 おもむろに手刀をくらわせた。もちろん怪我をしないよう、力は加減してだが。

「い、いったーーい、何すんの!? いきなりぼーりょくを振るうなんて、にいちゃん、いつからDVD夫になったのよ!!」

「DVDじゃなくてDVな、ドメスティックdomesticバイオレンスviolenceの略なんだから……って、やかましい、何がDVで誰が夫じゃ! 大して痛みもないだろうが」

 両手で頭を押さえながら大げさに騒いでみせる妹を、俺はジト目でにらんだ。

「お前、今、不正をしたろ」

 そう、光琉がショーさん相手に勝利できたのは、もちろん純粋なゲームの実力によるものではない。光魔法を姑息に活用した結果なのである。

 俺たちは何か物体を視る時、その物体が反射する光が眼に届くことによって姿形を認識することができる。遠くの反射光を操り、術者の眼まで届けることによって遠視を可能とするのが光魔法"光望こうぼう"である、ということは先に述べた。

 その応用で、他者の眼に届く反射光を操作することで眼の前に存在する風景とはまるで別の風景を視認させる、いわばことも光魔法には可能なのだ。前世でも敵を撹乱かくらんするために、しばしばメルティアが使っていた術である。あの魔法の名前は、えーと、何と言ったか……

「ふ、不正って何のこと? あたしはセーセードードーと勝負して勝ったのよ? べ、別に"佯光ようこう"を使ってショーさんに幻覚を見せたりなんか、していないんだからねッ!」

「そうそう、光魔法"佯光"ってのが術の名前だったな……あとそれ、自白したも同じだからな?」

 光琉が相も変わらぬ自爆癖を発揮した。おかげで話がはやい。

 光琉はその”佯光”を使って、対戦相手のショーさんに実際のゲーム画面とはまるで違う幻のゲーム画面を視せていたのだろう。例えば現実には光琉の操るアメリカ軍人がしゃがんでいる時、ショーさんには空中にジャンプしているキャラの姿が視える、といった風に。

 ……性懲りも無く、またしてもくだらんことに唯一無二の魔法を濫用しおってからに!

「言ったよな、人前では絶対魔法は使うなって、あれほど言ったよな?」

「だ、だいじょーぶだって。にいちゃん以外、誰も気づいていないし……」

「そもそも、卑怯な手を使ってまでゲームに勝って嬉しいか!? お前もゲーマーの端くれなら、良心の呵責かしゃくは覚えんのか!」

「結果さえ出せればどんな手段を使っても構わない」と考えるさもしい人間は一定数いるだろうが、妹にはそうなって欲しくはないと思っている。福本◯行の世界では逍遥される価値観かもしれないが、今の対戦の場合負けたからといって高額の借金を背負わされるわけでも、血液を抜かれるわけでもないのだ。

「あとお前、さっきから昨晩のリベンジだって騒いでいたけど……さては俺に対しても、同じ手を使って勝つつもりだったろ。”佯光”を密かに発動させれば、俺の魔覚に気取られる前に勝負を決められると踏んでいたな?」

「……もう、いちいちうるさいな! いいじゃん、別に!!」

 とうとう光琉は開き直った。

「一体何がいけないのよっ。勝利を掴み取るためにあらゆる努力を惜しまないケナゲなココロゴケを、もう少しほめてくれてもいいんじゃない!?」

「その論法が認められるなら、カンニングもドーピングもケナゲな努力として賞賛せねばならなくなってしまうだろうなあ」

「甘いわにいちゃん、はちみつを入れすぎたホットミルク並に甘すぎるわ。どんな手段を使おうと、最終的に「勝てばよかろう」なのよ!!」

「それはヒロインの言うことじゃねえ、ラスボスの台詞だッ!!」

 某究極生物みたいな発言まで飛び出してしまった。俺は頭の中で密かに反省する。兄として、妹の教育を間違えたかなあ……

「それに「バレなきゃイカサマじゃない」って、◯太郎も言ってたし!」

「いや、バレてんだよ。思いっきり俺にバレてんだよ。いい加減見苦しい言い訳はやめろ」

 兄妹で不毛な言い争いを続けていると、筐体きょうたいの向こう側からショーさんが近づいてきた。心なしか頬を紅潮させている。

「まいりました、小生しょうせいの完敗です。いやあ驚きましたぞ光琉氏、少し会わない間に別人のように腕を上げたではありませんか」

 素人同然の小娘に負けたというのに物腰は鷹揚なまま、率直に相手を称えている。内心はどうあれ、少なくとも表面的には悔しさや屈辱感は微塵も滲ませていない。これぞ大人の対応、というものである。

 そしてどうやら当人は妹のイカサマには気づいておらず、純粋にゲームの実力で遅れをとったと思いこんでいるようだった。ショーさんに魔法について説明するわけにもいかず、後ろ暗いところのあるこちらとしては只管ひたすら恐縮するしかなかった。

「正面から攻撃されたらと思ったら、いつの間にか逆方向に回りこまれている……あれほど素早い動きはこれまで見たことがありません。この短期間のうちに、一体どんな特訓をしてきたのですか?」

「いやあ、別に特別なことはしてないんですけどお? なんて言うか、ある日突然、眠っていたが目覚めちゃったっていうかあ」

 薄い胸を張り出しながらいけしゃあしゃあと応える我が妹様。うーん、こいつ殴りたい。

「どうです、光琉氏。小生が主催する"龍拳会"に入る気はありませんかな?」

「リューケン会?」

「この地域の格ゲーの猛者たちが集うサークルです。中にはプロとしてeスポーツで活躍しているメンバーもおりますぞ。皆おのれの力量を高めるため、日夜互いに対戦を繰り返しながら切磋琢磨しておるのです。あの幻影とみまがうばかりのレバー操作ができる光琉氏なら、十分彼らとも渡り合えるでしょう。会の更なる発展のため、考えてはいただけませんか?」

 そういう魅惑的な勧誘はやめてほしい。アホの妹がますます図に乗るから。

「えー、どうしようかなあ。誘ってもらえるのは嬉しいけどお、あたしもこう見えて何かとイソガシイオンナだからなあ」

 暇だろうが。少なくとも放課後に兄貴となりふり構わずデートしようとする程度には暇人だろうが……まあ家での食事の支度は全般的に任せてしまっている手前、あまり強くも言えないのだが。

「なんせ今は猛アタックをかけているヒトがいるんだけどお、照れているのか中々素直に応じてくれなくてえ……」

「わーわーわーわー……し、ショーさん! 大変光栄な申し出ですけど、そんな会に入っても妹じゃ足手まといにしかなりませんよ。他の皆さんにも迷惑がかかるでしょうし、その話はなかったことにしてください、ね!」

 またしても余計なことを口走ろうとした妹の前に躍り出て、俺は店長に断りを入れた。まったく油断も隙もない、この可憐なる失言製造機めが。

 ショーさんはなおも諦めきれない様子で、「いやいや光琉氏の実力は実際に手合わせした小生が保証しますぞ」などと言って勧誘を続けてくる。その光琉当人はといえば、早くもこの流れに飽きたのか「ねー、にいちゃんそれよりさっさと対戦しよーよー」などと後ろからせっついてきたりしている。お前、ちょっと自由過ぎない!?

 ええい、この状況、もうどうしたものだかわからん。”身分みわけ”の魔法が使えるわけでもない俺は前後両方に対処することもままならず、進退窮まってしまった。

 と。

「ちょっと、あなたたち! 学生が放課後にこんなとこに寄り道して、いいと思っているの!?」

 横合いから唐突に、聞き覚えのある叱責が飛んできた。

 背中に冷や汗が流れるのを自覚しつつ声の方を振り向くと……予測違わず、そこにいたのは我がクラスの厳格なる風紀委員どのだった。制服をきっちりと着こなしたままの奥杜おくもりかえでが、何故かこのゲーセン3階フロアで両手を腰に当て、仁王立ちしたままこちらをにらんでいるではないか!

 ただでさえややこしい事態がさらに混迷を深めたことを、俺は悟らざるをえなかった。
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