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第52章:聖女を名乗る前に規範意識をしっかり身に付けてほしい(兄心)
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さて、ハートを振るわせ燃え尽きるほどヒートしながら開始したランニングを終え、帰宅した俺はといえば。
「ぜえはあ……ぜえはあ……ヒッヒッフー……!!」
……呼吸困難に陥りながら、自宅玄関前の廊下にうつ伏せでぶっ倒れていた。
「なに、生まれるの?」
すでに夢見心地から現実への帰還を果たしていた光琉が、憎たらしいイヤミをぶつけてくる。ラマーズ法じゃねえよ。
「お、思ったよりキツかった……肺が痛い……足がつった……」
おのれのひ弱さをみくびっていた。走りはじめた当初はアドレナリンの効果か実に快調で、ぐいぐいスピードをあげていた。その内高台にある神社へと伸びる石段を見かけたので、全速力で駆け上がりだした(スポーツ漫画の特訓シーンでよく見るあれである)。で、全段の半分ものぼらないうちに、こむら返りに襲われたのある。
長らく運動から遠ざかっていたのでこむら返りなど久々の体験だったが……むっちゃ痛えな、あれ! 俺は人目のない石段上でひと通り悶絶した後、生まれたての子鹿よろしく頼りない足取りで石段を降り、ほうほうの体で家まで帰り着いたというわけだった。
「くそ、こんなことでほんとに強くなれんのか……?」
さすがに自分が情けなくなった。前世と――サリスと、あまりに差があり過ぎる。こんな顛末はとても事細かに妹に説明する気にはなれなかったが、まあ無様に玄関に這いつくばっている時点で、醜態としては充分すぎるだろう。
「普段身体を動かさないくせに、いきなり飛ばしすぎるからそうなるのよ! ちゃんと準備体操した? ほおんと、考えなしにはりきっちゃって。んふふ」
妹様が腰に手を当て、偉そうに俺を見下ろしながら苦言を呈してきた……なんでちょっと嬉しそうなんだよ。つくづくさっきは余計な宣言をしてしまったもんだな、俺も!
「まったく、世話が焼けるんだから。家にやさしいツマが待っていてくれてよかったわね!」
好き勝手ほざくと、当然の権利と言わんばかりに俺のジャージのズボンを脱がしにかかる。今回も一応の抵抗は試みたが、如何せん太ももの痛みが激しく、治療を欲する気持ちの方がつよかった。3度目ともなれば今更という気もしたので、早々に観念して妹のなすがままに身をまかせたのだった。順応と堕落は同義なんだな、知ってた?
この俺への辱めもとい治療行為は依然玄関前の廊下に留まったまま行われたわけだが(俺が動けなかったためである)、幸いこの間タイミング悪しく誰かが玄関のドアを開けて訪ねてくるなどということはなかった。もし他人に(妹にパンツ一丁に剥かれた)現状を目撃されたら、某◯日野兄妹よろしく俺たちもハルカナソラへ旅立たねばならないところだった。世の兄妹は皆、玄関先での行いには気をつけような!……今の俺が言っても、まるで説得力に欠けるが。
「お客さーん、きもちいーですかー?」
「いらんこと言うな! この状況だとアヤシイ店みたいになっちゃうだろ」
一言余計なのが玉に瑕だが、実際光琉の回復魔法は大したものなのだ。"慈光"を当てられた脚全体が心地よい温もりに包まれ、みるみる痛みが引いていく。心なしか昨日癒しの光を受けた時よりも、回復がスムーズになっている気がした。記憶がよみがえってからわずか1日で、妹は相当前世の勘を取り戻しているのかもしれない。
ほどなく聖光による治療は終わった。脚が万全の状態にもどった俺は可及的速やかにズボンをあげると、バスルームにダッシュで向かう。シャワーで汗とともに諸々の記憶を流してしまいたいところだった。
髪を乾かしさっぱりした気分でダイニングにおもむくと、光琉はすでに手際もあざやかに朝食の支度を終えていた。トーストにミルク、スクランブルエッグにフルーツヨーグルトと、昨夜に比べれば簡素だが朝の食事としては十分すぎる量のメニューがテーブルに並んでいる。ランニングしてきたばかりで一時的に欠食児童と化していた俺は、それらを余さず胃におさめた。もちろん、光琉の料理が俺にとって不味かろうはずもない。
まだ時間があったので食器洗いも朝のうちに済ませてしまう。タオルで濡れた手を拭くと、俺はダイニングのソファでのんびりスマホをタップしていた光琉をうながした。
「そろそろ学校いくから準備しろよ……何やってたんだ?」
「ん、何でもない」
光琉はスマホを隠すようにして立ち上がると、自分の部屋へと階段を上っていった。妹にしては珍しいこそこそした態度だが、まああんなのでも歳頃の女子だしな。隠しごとのひとつふたつない方がおかしいか。
兄妹ともに制服に着替え、母の仏前に並んで手を合わせる。
「今日は"瞬燐"はなしだからな」
やはり光琉が作ってくれた昼の弁当をバッグにおさめて家を出る直前、俺は妹にそう釘を刺した。昨日の朝すでに取り決めていたことだが、念を押したのである。遅刻を回避しようと"瞬燐"を使ったことで、光の聖女の存在を魔の者たちに広く知らしめてしまった。それを思えば、今後あのチート魔法を軽々しく発動させるのは厳禁だ。
「そんなの、当たり前でしょ」
俺の注意を受け、制服姿の光琉はさも心外だと言わんばかりに形の良い眉をしかめた。どうやら妹なりに現状に対して危機感を持っているようだ、とひそかに安心する。
「せっかくにいちゃんと登校デートできるってのに、一瞬でついたりしてたまるもんですか。そんなの勿体なすぎるでしょ!」
「お願いだから少しは危機感を持って!?」
何だ、登校デートって。兄妹で出かけることを一々デートと呼ぶのやめろ。その……は、恥ずかしいじゃねえかよ。
この妹に危機感を説くというミッションには相応の時間を要しそうだと判断し、ひとまず棚上げすることにした。玄関ドアに鍵をかけ、校則どおり徒歩で学校へ向かう。
デートということでは断じて(そう、断じて!)ないが、目的地が同じなのだからわざわざ別々に行く必要もない。兄妹並んで朝の通学路を歩くのは、至極合理的な選択である。石田あたりにかかったらこれもまたシスコンだ何だとレッテルを貼る材料にされそうだが……想像しただけで腹が立ってきたぞ。色眼鏡人間にはなりたくないね、まったく。
閑散とした朝の住宅街を歩いていると、後ろから自転車が走ってきて傍らを通り過ぎていった。運転しているのはうちの高等部の制服をきた男子だったが、ひとりではなく荷台には同じく高等部の制服をきた女子が横座りしていた。バカップルが道交法を無視して二人乗り通学をしているのだ。
光琉は走り去る自転車にしばらく目を奪われていたが、ふいに俺に向き直った。
「ねえ、にいちゃん! 今度さ、」
「却下」
「まだ何も言ってないでしょ!?」
「わからいでか。どうせ俺と自転車に二人乗りして学校行きたい、とか言い出すんだろ」
「な、なんでわかったの。にいちゃん、"読心"の魔法が使えたの!?」
「魔法なんか必要ねえよ」
聖女を自称するなら、少しは規範意識を持ってほしいものだが。
「だってだってえ、あっちの方がカップルっぽいんだもん。負けてらんないじゃん!」
「何に対抗意識を燃やしとるか……大体いいのか、自転車乗ったら"登校デート"とやらがその分短く終わってしまうぞ」
妹は「あ」と口をおさえると、腕を組んで真剣に考え出した。どちらを優先させるべきか、頭の中で天秤が揺れ動いているようだった。まさしくアホの悩み方だが、そのアホを黙らせるためとはいえ今の状況を"デート"だと半ば認める発言をしてしまった俺は俺で、内心密かに煩悶する羽目になった。諸刃の剣だった!
気を取り直すように顔をあげると、いつの間にか公園の入り口前まできていた。昨夕、俺たちが土僕の襲撃を受けた、あの公園である。
外から観る分には、現在の公園は平穏を取り戻しているようだった。昨日の一件で噴水付近は相当荒れてしまったが、そのことで騒ぎになっている様子もない。入り口を封鎖されているわけでもなく、入ろうと思えば誰でも入れる状態だ。
普段だったら、学校への近道としてこの中を通るところだが……
「ぜえはあ……ぜえはあ……ヒッヒッフー……!!」
……呼吸困難に陥りながら、自宅玄関前の廊下にうつ伏せでぶっ倒れていた。
「なに、生まれるの?」
すでに夢見心地から現実への帰還を果たしていた光琉が、憎たらしいイヤミをぶつけてくる。ラマーズ法じゃねえよ。
「お、思ったよりキツかった……肺が痛い……足がつった……」
おのれのひ弱さをみくびっていた。走りはじめた当初はアドレナリンの効果か実に快調で、ぐいぐいスピードをあげていた。その内高台にある神社へと伸びる石段を見かけたので、全速力で駆け上がりだした(スポーツ漫画の特訓シーンでよく見るあれである)。で、全段の半分ものぼらないうちに、こむら返りに襲われたのある。
長らく運動から遠ざかっていたのでこむら返りなど久々の体験だったが……むっちゃ痛えな、あれ! 俺は人目のない石段上でひと通り悶絶した後、生まれたての子鹿よろしく頼りない足取りで石段を降り、ほうほうの体で家まで帰り着いたというわけだった。
「くそ、こんなことでほんとに強くなれんのか……?」
さすがに自分が情けなくなった。前世と――サリスと、あまりに差があり過ぎる。こんな顛末はとても事細かに妹に説明する気にはなれなかったが、まあ無様に玄関に這いつくばっている時点で、醜態としては充分すぎるだろう。
「普段身体を動かさないくせに、いきなり飛ばしすぎるからそうなるのよ! ちゃんと準備体操した? ほおんと、考えなしにはりきっちゃって。んふふ」
妹様が腰に手を当て、偉そうに俺を見下ろしながら苦言を呈してきた……なんでちょっと嬉しそうなんだよ。つくづくさっきは余計な宣言をしてしまったもんだな、俺も!
「まったく、世話が焼けるんだから。家にやさしいツマが待っていてくれてよかったわね!」
好き勝手ほざくと、当然の権利と言わんばかりに俺のジャージのズボンを脱がしにかかる。今回も一応の抵抗は試みたが、如何せん太ももの痛みが激しく、治療を欲する気持ちの方がつよかった。3度目ともなれば今更という気もしたので、早々に観念して妹のなすがままに身をまかせたのだった。順応と堕落は同義なんだな、知ってた?
この俺への辱めもとい治療行為は依然玄関前の廊下に留まったまま行われたわけだが(俺が動けなかったためである)、幸いこの間タイミング悪しく誰かが玄関のドアを開けて訪ねてくるなどということはなかった。もし他人に(妹にパンツ一丁に剥かれた)現状を目撃されたら、某◯日野兄妹よろしく俺たちもハルカナソラへ旅立たねばならないところだった。世の兄妹は皆、玄関先での行いには気をつけような!……今の俺が言っても、まるで説得力に欠けるが。
「お客さーん、きもちいーですかー?」
「いらんこと言うな! この状況だとアヤシイ店みたいになっちゃうだろ」
一言余計なのが玉に瑕だが、実際光琉の回復魔法は大したものなのだ。"慈光"を当てられた脚全体が心地よい温もりに包まれ、みるみる痛みが引いていく。心なしか昨日癒しの光を受けた時よりも、回復がスムーズになっている気がした。記憶がよみがえってからわずか1日で、妹は相当前世の勘を取り戻しているのかもしれない。
ほどなく聖光による治療は終わった。脚が万全の状態にもどった俺は可及的速やかにズボンをあげると、バスルームにダッシュで向かう。シャワーで汗とともに諸々の記憶を流してしまいたいところだった。
髪を乾かしさっぱりした気分でダイニングにおもむくと、光琉はすでに手際もあざやかに朝食の支度を終えていた。トーストにミルク、スクランブルエッグにフルーツヨーグルトと、昨夜に比べれば簡素だが朝の食事としては十分すぎる量のメニューがテーブルに並んでいる。ランニングしてきたばかりで一時的に欠食児童と化していた俺は、それらを余さず胃におさめた。もちろん、光琉の料理が俺にとって不味かろうはずもない。
まだ時間があったので食器洗いも朝のうちに済ませてしまう。タオルで濡れた手を拭くと、俺はダイニングのソファでのんびりスマホをタップしていた光琉をうながした。
「そろそろ学校いくから準備しろよ……何やってたんだ?」
「ん、何でもない」
光琉はスマホを隠すようにして立ち上がると、自分の部屋へと階段を上っていった。妹にしては珍しいこそこそした態度だが、まああんなのでも歳頃の女子だしな。隠しごとのひとつふたつない方がおかしいか。
兄妹ともに制服に着替え、母の仏前に並んで手を合わせる。
「今日は"瞬燐"はなしだからな」
やはり光琉が作ってくれた昼の弁当をバッグにおさめて家を出る直前、俺は妹にそう釘を刺した。昨日の朝すでに取り決めていたことだが、念を押したのである。遅刻を回避しようと"瞬燐"を使ったことで、光の聖女の存在を魔の者たちに広く知らしめてしまった。それを思えば、今後あのチート魔法を軽々しく発動させるのは厳禁だ。
「そんなの、当たり前でしょ」
俺の注意を受け、制服姿の光琉はさも心外だと言わんばかりに形の良い眉をしかめた。どうやら妹なりに現状に対して危機感を持っているようだ、とひそかに安心する。
「せっかくにいちゃんと登校デートできるってのに、一瞬でついたりしてたまるもんですか。そんなの勿体なすぎるでしょ!」
「お願いだから少しは危機感を持って!?」
何だ、登校デートって。兄妹で出かけることを一々デートと呼ぶのやめろ。その……は、恥ずかしいじゃねえかよ。
この妹に危機感を説くというミッションには相応の時間を要しそうだと判断し、ひとまず棚上げすることにした。玄関ドアに鍵をかけ、校則どおり徒歩で学校へ向かう。
デートということでは断じて(そう、断じて!)ないが、目的地が同じなのだからわざわざ別々に行く必要もない。兄妹並んで朝の通学路を歩くのは、至極合理的な選択である。石田あたりにかかったらこれもまたシスコンだ何だとレッテルを貼る材料にされそうだが……想像しただけで腹が立ってきたぞ。色眼鏡人間にはなりたくないね、まったく。
閑散とした朝の住宅街を歩いていると、後ろから自転車が走ってきて傍らを通り過ぎていった。運転しているのはうちの高等部の制服をきた男子だったが、ひとりではなく荷台には同じく高等部の制服をきた女子が横座りしていた。バカップルが道交法を無視して二人乗り通学をしているのだ。
光琉は走り去る自転車にしばらく目を奪われていたが、ふいに俺に向き直った。
「ねえ、にいちゃん! 今度さ、」
「却下」
「まだ何も言ってないでしょ!?」
「わからいでか。どうせ俺と自転車に二人乗りして学校行きたい、とか言い出すんだろ」
「な、なんでわかったの。にいちゃん、"読心"の魔法が使えたの!?」
「魔法なんか必要ねえよ」
聖女を自称するなら、少しは規範意識を持ってほしいものだが。
「だってだってえ、あっちの方がカップルっぽいんだもん。負けてらんないじゃん!」
「何に対抗意識を燃やしとるか……大体いいのか、自転車乗ったら"登校デート"とやらがその分短く終わってしまうぞ」
妹は「あ」と口をおさえると、腕を組んで真剣に考え出した。どちらを優先させるべきか、頭の中で天秤が揺れ動いているようだった。まさしくアホの悩み方だが、そのアホを黙らせるためとはいえ今の状況を"デート"だと半ば認める発言をしてしまった俺は俺で、内心密かに煩悶する羽目になった。諸刃の剣だった!
気を取り直すように顔をあげると、いつの間にか公園の入り口前まできていた。昨夕、俺たちが土僕の襲撃を受けた、あの公園である。
外から観る分には、現在の公園は平穏を取り戻しているようだった。昨日の一件で噴水付近は相当荒れてしまったが、そのことで騒ぎになっている様子もない。入り口を封鎖されているわけでもなく、入ろうと思えば誰でも入れる状態だ。
普段だったら、学校への近道としてこの中を通るところだが……
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