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第62章:前世の宿敵は関西弁とともに(戦慄)②
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次の瞬間、突風に顔をなぶられた。そう錯覚してしまうほど、凄まじい"魔"の波動が前方からおそってきたのである。竜崎がこれまで敢えて抑えこもうとはせず無意識にあふれるに任せていた自身の魔力を、意識的に開放したのだ。
竜崎に「しょーきち」と呼ばれた、さっきまで戦っていた男の魔力も秀でたものだったが、はっきり言ってその比ではなかった。術に変換される前だというのに、浴びているだけで皮膚がひりついてくるようだ。
そしてこの竜崎の行動は、"魔覚"をとおして確かに俺の記憶を刺激した。すでに「竜人」というキーワードが念頭に昇っていたことも、多少影響したかもしれない。前日の昼休み、グラウンドから微量の"殺気"を向けられた時よりもさらに鮮明に、脳内である面影が像を結びつつあった。
そう、俺はこの魔力を知っている。峻烈で鋭利、背筋が凍るような闘気をはらんだ魔の波動。俺は竜崎星良と――彼女と前世で何度も戦った。殺しかけたことも、殺されかけたこともある。
その女は竜人だった。魔王軍に与し、サリス一行をいく度となく苦しめた。前世の彼女は全身を硬質の鱗で覆い、長い紫色の髪をたなびかせていた。だが面立ちは、目の前の竜崎そっくりだ。特に炯々とかがやくその瞳。全身の姿は人間のままだが、魔力を開放した影響か眼だけは"しょーきち"と同じ、爬虫類を思わせる形状に変わっていた。意志的でありながらどこか酷薄ささえうかがえる、歴戦の闘士の眼だ。
彼女の名は――
「そうか、あんたは……"星竜姫"ヴァンゼガルドか!」
「正解や。正直ホッとしたで。やっぱサリスはんに対しては、魔覚に訴えかけるのが一番はやいんやなあ」
竜崎はニッと口角をあげた。両手をだらりと降ろすと、それに合わせるように彼女からほとばしっていた魔力の波動もおさまった。眼も常人のそれにもどる。
星竜姫ヴィンゼガルド。
「星竜族」と呼ばれる竜人の一族を束ねる長であり、魔王の人界侵攻に際しては一族を挙げて魔軍に参加した。亜人でありながらその類稀な戦闘力を魔王に買われ、魔王軍最高幹部である"四黎侯"のひとりにまで抜擢される。
幹部といっても、彼女は後方でふんぞりかえっているタイプではなかった(そうしてくれていた方がこちらは楽だったのだが)。常に最前線に立ち、先陣を切って戦いに身を投じる猛将だった。特に勇者サリス一行の討伐、いやサリスの打倒には並々ならぬ執念を燃やしていた。
繰り返し戦う中でその実力を認め、おのれの獲物と見定めたらしい。彼女は強者と生命を削り合うことを何より好む、ある意味でわかりやすい「戦士」だった。集団を率いておそってきてもサリスの相手は決して他の者にゆずらず、いつも自ら挑んできた。部下をひとりも連れず、単身で奇襲をかけてきたことさえあった。
サリスが前世で最も多く死闘を演じた相手は、間違いなく彼女だろう。旅の途上いく度も襲撃を受け、いく度も決着を持ち越した。前世の俺にとって、彼女は宿敵と呼べる存在だった。そういう意味では、なるほど、激戦の中でお互いの身体を熱らせあった仲といえる(それだけの話だよ、わかった!?)。
「あらためて自己紹介しよか。現世のうちの名は竜崎星良、あんたが今言うたとおりフェイデアで「星竜姫」ゆうご大層な二つ名をつけられとったヴィンゼガルドの生まれ変わりや。そっちで倒れとるんは小吉焔、前世では竜人でうちの部下やった。その頃の名は小竜族の……まあこれは多分しらんやろな、あんたに言うても」
俺は依然うずくまっているしょーきち――小吉焔の方を見た。上目遣いながら、やはり俺に憎悪に満ちた視線の矢を放ち続けている。
うん、いくら考えてもこっちの顔には全然ピンとこねえな。大方、乱戦の中で斬り捨てた竜人部隊の雑兵、ってところか。そういった相手は無数にいたし、さすがに全員を記憶するなど不可能だ。思い出せなくても無理はない……んなこと口にしたら余計に小吉を怒らせるだけだろうから、もちろん黙っておくが。
しかしまずいな、まさか四黎侯――魔王軍の幹部級が出てくるとは。魔力だけではない、何気ない身のこなしや立ち姿、何よりにじみ出る風格から、竜崎が現世でも小吉とは別次元の実力者だと悟らざるを得ない。
戦いになれば、とても今の俺に勝機はない。星竜姫の攻撃は、魔耐性が高いからといって防ぎきれるような類いのものではない。まして得物が折れたモップの柄しかないときては、尚更だ。
せめてまともな武器、金属製の剣でもあれば何とか渡り合えるかもしれないが……いや、それも厳しいか。何せこちらは、覚醒してから日が浅すぎる。
「会いたかったでえ、あんたに。この時をどれだけ待ちわびたことか……うちはずっと信じてた、いや、分かってたんや。今生でもいつの日か、こうして再びあんたがうちの前にあらわれることを」
妖しい微笑を浮かべながら、歌うような声音で告げてくる。狂気さえ感じられる執着、だがそれも相手が星竜姫なら納得できる。前世の宿敵だった俺と、現世でも白黒つけることを渇望しているのか。それともこの地球でも何か良からぬことを画策していて、俺の存在が邪魔になると判断したのか……
いずれにせよ当面の問題は、この危地をどう乗り切るかだ。
「あかん、血がたぎってきたわ、もう辛抱できへん……勇者サリス!」
星竜姫――竜崎星良が地面を蹴り、すさまじい勢いで突進してきた! 俺は全神経に緊張をみなぎらせ、迎撃態勢をとる。
竜崎はまたたく間に俺の眼前まで迫ると。
その両腕を大きく広げ。
「……へ?」
思いっきり、俺に抱きついてきた。
竜崎に「しょーきち」と呼ばれた、さっきまで戦っていた男の魔力も秀でたものだったが、はっきり言ってその比ではなかった。術に変換される前だというのに、浴びているだけで皮膚がひりついてくるようだ。
そしてこの竜崎の行動は、"魔覚"をとおして確かに俺の記憶を刺激した。すでに「竜人」というキーワードが念頭に昇っていたことも、多少影響したかもしれない。前日の昼休み、グラウンドから微量の"殺気"を向けられた時よりもさらに鮮明に、脳内である面影が像を結びつつあった。
そう、俺はこの魔力を知っている。峻烈で鋭利、背筋が凍るような闘気をはらんだ魔の波動。俺は竜崎星良と――彼女と前世で何度も戦った。殺しかけたことも、殺されかけたこともある。
その女は竜人だった。魔王軍に与し、サリス一行をいく度となく苦しめた。前世の彼女は全身を硬質の鱗で覆い、長い紫色の髪をたなびかせていた。だが面立ちは、目の前の竜崎そっくりだ。特に炯々とかがやくその瞳。全身の姿は人間のままだが、魔力を開放した影響か眼だけは"しょーきち"と同じ、爬虫類を思わせる形状に変わっていた。意志的でありながらどこか酷薄ささえうかがえる、歴戦の闘士の眼だ。
彼女の名は――
「そうか、あんたは……"星竜姫"ヴァンゼガルドか!」
「正解や。正直ホッとしたで。やっぱサリスはんに対しては、魔覚に訴えかけるのが一番はやいんやなあ」
竜崎はニッと口角をあげた。両手をだらりと降ろすと、それに合わせるように彼女からほとばしっていた魔力の波動もおさまった。眼も常人のそれにもどる。
星竜姫ヴィンゼガルド。
「星竜族」と呼ばれる竜人の一族を束ねる長であり、魔王の人界侵攻に際しては一族を挙げて魔軍に参加した。亜人でありながらその類稀な戦闘力を魔王に買われ、魔王軍最高幹部である"四黎侯"のひとりにまで抜擢される。
幹部といっても、彼女は後方でふんぞりかえっているタイプではなかった(そうしてくれていた方がこちらは楽だったのだが)。常に最前線に立ち、先陣を切って戦いに身を投じる猛将だった。特に勇者サリス一行の討伐、いやサリスの打倒には並々ならぬ執念を燃やしていた。
繰り返し戦う中でその実力を認め、おのれの獲物と見定めたらしい。彼女は強者と生命を削り合うことを何より好む、ある意味でわかりやすい「戦士」だった。集団を率いておそってきてもサリスの相手は決して他の者にゆずらず、いつも自ら挑んできた。部下をひとりも連れず、単身で奇襲をかけてきたことさえあった。
サリスが前世で最も多く死闘を演じた相手は、間違いなく彼女だろう。旅の途上いく度も襲撃を受け、いく度も決着を持ち越した。前世の俺にとって、彼女は宿敵と呼べる存在だった。そういう意味では、なるほど、激戦の中でお互いの身体を熱らせあった仲といえる(それだけの話だよ、わかった!?)。
「あらためて自己紹介しよか。現世のうちの名は竜崎星良、あんたが今言うたとおりフェイデアで「星竜姫」ゆうご大層な二つ名をつけられとったヴィンゼガルドの生まれ変わりや。そっちで倒れとるんは小吉焔、前世では竜人でうちの部下やった。その頃の名は小竜族の……まあこれは多分しらんやろな、あんたに言うても」
俺は依然うずくまっているしょーきち――小吉焔の方を見た。上目遣いながら、やはり俺に憎悪に満ちた視線の矢を放ち続けている。
うん、いくら考えてもこっちの顔には全然ピンとこねえな。大方、乱戦の中で斬り捨てた竜人部隊の雑兵、ってところか。そういった相手は無数にいたし、さすがに全員を記憶するなど不可能だ。思い出せなくても無理はない……んなこと口にしたら余計に小吉を怒らせるだけだろうから、もちろん黙っておくが。
しかしまずいな、まさか四黎侯――魔王軍の幹部級が出てくるとは。魔力だけではない、何気ない身のこなしや立ち姿、何よりにじみ出る風格から、竜崎が現世でも小吉とは別次元の実力者だと悟らざるを得ない。
戦いになれば、とても今の俺に勝機はない。星竜姫の攻撃は、魔耐性が高いからといって防ぎきれるような類いのものではない。まして得物が折れたモップの柄しかないときては、尚更だ。
せめてまともな武器、金属製の剣でもあれば何とか渡り合えるかもしれないが……いや、それも厳しいか。何せこちらは、覚醒してから日が浅すぎる。
「会いたかったでえ、あんたに。この時をどれだけ待ちわびたことか……うちはずっと信じてた、いや、分かってたんや。今生でもいつの日か、こうして再びあんたがうちの前にあらわれることを」
妖しい微笑を浮かべながら、歌うような声音で告げてくる。狂気さえ感じられる執着、だがそれも相手が星竜姫なら納得できる。前世の宿敵だった俺と、現世でも白黒つけることを渇望しているのか。それともこの地球でも何か良からぬことを画策していて、俺の存在が邪魔になると判断したのか……
いずれにせよ当面の問題は、この危地をどう乗り切るかだ。
「あかん、血がたぎってきたわ、もう辛抱できへん……勇者サリス!」
星竜姫――竜崎星良が地面を蹴り、すさまじい勢いで突進してきた! 俺は全神経に緊張をみなぎらせ、迎撃態勢をとる。
竜崎はまたたく間に俺の眼前まで迫ると。
その両腕を大きく広げ。
「……へ?」
思いっきり、俺に抱きついてきた。
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