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ピラルク―

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「ピラルクーなん?ピラルクちゃうんか?」
 でかい水槽の中にでかい魚が2種類泳いでいた。1種類はアロワナで、もう一種類はピラルクーだ。
「表記はピラルクーやなぁ」
「なんやイカつい顔のわりに可愛い名前やなぁ」
「えーっと《1億年前から変わらない姿》やて」
「え?!ほんならこいつ1億歳なん?!おじいちゃんやん!」
「はあ?!そんなことないやろ?……ない、よなぁ?」
 年齢はどこにも書かれておらず、言葉の勢いをなくした俺はじぃっと水槽の中を睨みつけた。
 大きな鱗に突き出した口。貫禄さえ感じるようなその佇まいは、恐竜の末裔だと言われても信じられる気がした。湊が1億年生きていると考える気持ちもわかる。
「……ふふっ」
「なんや?」
 至近距離から漏れた吐息の方を、俺は眉をひそめて見つめる。
 そこには腕で笑ってしまうのを堪えるように口を抑えた湊がいた。というか、目は完全に笑っている。
「眉寄せて、細い目更にほそして見てるからつい……ほんまに一億歳やとおもた?」
「はあ?お前が言い出したんやろ!」
「ぶはっ!んなわけないやん!ちょっと考えたら分かるやろ、ほんま脳筋やなぁ」
 ひっ、ひっ、と酸素を吸い込みながら笑う湊の表情は、子供の頃から何も変わってない。
 テディだの王子だの呼んでる女子たちに見せてやりたいくらいムカつく顔だ。
「はあ~~~?!お、お前かて脳筋やんか!」
「あんなぁ、サッカーは頭脳プレイやの。作戦立てて考えて動く戦略が必要やの」
 とんとん、と頭を指でタップしながらの言葉に、カチンときた。
「じゅ、柔道かてそうやっちゅーに!」
「ほんならこの前のテストどうやったん?」
「……今それ関係ないやろ」
 この前のテストの結果は良くなかった。だって、試験直前に湊がひとつ上の美人な先輩に呼び出されたって聞いたから仕方が無いだろう。
 結局あの先輩と付き合ったはもちろん、呼び出された事さえ湊は俺に言ってない。
 付き合ってるなら、先輩と水族館来るだろうし、付き合ってないって事でいいのだろうか。
「まーまー、怒んなって……補習は無いんやろ?」
「無い。湊は?」
「補習なったらレギュラー外されるし、それなりにやったよ」
 Vサインをする湊の奥で、ピラルクーがゆっくりと泳いでいるのが見えた。
 変わる必要が無いから1億年もそのままの姿なのか、変われなかったからなのか。
 頭のいい南じゃないから難しい事はよく分からないけど、変わらない魚の姿を見ていると今のままでも良いと言われている気分になった。
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