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ラスール邸での生活

ザックスの意外な一面

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「どうだ?慣れたか?」
「ザックス!どうやって入ったの?」
 中庭で伯爵の部屋に飾る花を選んでいたアデリアは、驚きつつ笑顔だった。三日ぶりに会うザックスは、それだけで安心できるからだ。
「屋敷の中、とりわけ伯爵の部屋の辺りは人が少ないからな。門さえ超えちまえば楽勝だよ」
 得意気に胸を張るザックスを見て、少し涙腺が緩むのは懐かしさからだろうか。
「アディどうした!?いじめられてるのか?」
「ううん、ザックスに会えたのが嬉しくて……」
「――ぐっ……。そ、そうか、可愛い事いうじゃないか。――その服も似合ってるよ」
 長丈のメイド服は、端まで皺が無い。ストーブの上で温めて使うアイアン製アイロンの使い方は、スチュアートが教えてくれた。スパルタだったけど。
「そうでしょ?わりと気に入ってるんだ―」
「それで、まだ続けられそうか?アンおばさんに様子見て来てくれっていわれてさ」 
「……そうなんだ……?ん-とスチュアートって執事は厳しいけど、いろいろ教えてくれるわ。厳しいけど。それに比べて伯爵はわりとおおらかっていうか……この前、お庭で寝ちゃってた時もご自分の上着を掛けて下さってたりして――ちょっと変わってるけど、良い人っぽいのよねぇ――皆は元気?」
「ああ、おばさんは周りにアディの自慢ばかりしているし、リズはお前みたいにお屋敷勤めしたいからって勉強頑張ってるよ。テディは――またお菓子食べたいってさ」
 想像に易い言動に、アデリアの肩の力が抜けていく。
「あ、これ……」
 ポケットから出したのは、ナプキンに包まれたお菓子だ。昨日のお茶会で出されたお菓子を、後でまた食べようと持っていたものだ。
「これをテディに」
「おお、こりゃ喜ぶな」
「うん、私もう少しだけ頑張ってみるよ。母さんの自慢に自分がなれるなんて思ってなかったし」
「おお……すごいなアディ」
 ザックスの瞳は、寂しさと尊敬が入り混じっている。
「それに――」
「それに?」
「今夜伯爵と夕食を一緒に食べるように言われてるの!」
「なんだそりゃ!せっかく見直しかけたのに!」
 ズッコケそうになるザックスは置いておいて、アデリアは頬を両手で包み笑いが止まらない。
「だってぇ……いつもはスチュアートさんと一緒なんだけど、マナーとか煩いのよ!あの片眼鏡!まあ料理は美味しいけど。伯爵が食べる料理ならそれより美味しいって事でしょ?!楽しみなのよー!」
「ほんっと……まあ、元気ならいいや。そろそろ学校の時間だからオレ行くよ。また、顔見に来るからさ」
 貧民街の子供たちは朝から働いている子が多い。その仕事がひと段落する昼過ぎに、子供たちは学校へ行く。ザックスはそこで子供達に読み書きや世の中の事を教える先生をしていた。
「うん!みんなによろしくね!」
 アデリアに手を振り来た道を戻るザックスは、意外と上手くやれてそうなアデリアにほっとした。
「あ……そういや、アディに言い忘れたなぁ。伯爵家にまつわる噂話」
 ラスール伯爵について調べたザックスが得た奇妙な情報がいくつかあった。しかし、それはまた次来た時で良いかと軽く考え、早くテディにお菓子を渡してあげる事を優先した。
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