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事件
テーラーにて
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「まずは服だ。今日のリラックス出来そうな恰好も良いが、一着くらい良い服も持っていた方が良いだろう」
そう言われて連れてこられたのは大通りに面した大きなテーラー……ではなく、路地を進んだ先にぽつんと建つ、小さなレンガ造りのお店だった。中に入ると背筋の伸びた高齢の店主が丁寧にお辞儀をしてきた。
警護の為、事前にデートプランをボディガードには報され、犯人にバレないように配置されているらしいが、侑吾には全てがサプライズだ。
「蕗谷。すまないなわざわざ」
「坊ちゃまからのご要望でございますから喜んで。こちらに用意してございます」
店内には他に客はいない。落ち着いた色調の店内の奥へ進むと、何着かのスーツが置かれていた。遠目に見ても全てがカッコイイ。
「どれが良い?」
「――へ?」
「本当ならフルオーダーが良いんだが、さすがに今日は着られないからね。ここから選んでもらえればすぐに蕗谷がサイズを直してくれるよ」
「い、いやいやいやいやいや……頂けませんよ?!」
「良いスーツは一着くらい持っていても困る事は無いと思ったんだが?」
「そうじゃなくって!」
「お客様は細身でいらっしゃいますから、こちらの生地ですと張りがでて良いかもしれませんね。このストライプが入ったものはカジュアルにも着て頂けるかと」
一歩二歩と後ろに下がった侑吾の背に、老紳士がジャケットを当ててくる。
「ああ……坊ちゃまから伺っていた通りのサイズのようですね。これなら少し詰めるだけで今日着用して頂けるかと思います」
開いているのか開いていないのか分からないくらいの目をした蕗谷は、うやうやしくそう言った。
「気に入らなかったかい?ここは私のお気に入りの店だったんだが……もっと派手な店の方が好みかな?」
「お気に召しませんでしたか、やはり若い方にはわたくしのような老人のセンスでは満足いただけないんですかねぇ」
「そんな事は無いです!」
寂しそうに蕗谷にそう言われると、チクチクと胸が痛んでついそう言ってしまう。
「ああ良かった。ではまずはこちらを試着してみてください」
「え?あ……えっと……――はい」
蕗谷に背中を押され、試着室へと入っていく侑吾を鷹司はニヤニヤと笑って見ていた。全く全てがわざとらしい。
ただ、袖を通したスーツは本当に気持ちが良くて、こちらの背筋が伸びる気持ちになった。
「いかがでしょう?」
思わず息を飲んだ。試着室の中の鏡に映る自分に見惚れる日が来るなんて。
「……カッコイイ……」
「ああ、本当に似合っているよ」
いつの間にか扉があけ放たれていて、老紳士の代わりに鷹司が後ろに立っているのが鏡に映っていた。
「君にはスリーピースが似合うと思っていたんだ」
「なんだか、少し恥ずかしいです……」
「どこに出しても恥ずかしくないスーツだと思うがね?」
「スーツは素晴らしいと思います!そうじゃなくて、俺が……中身がスーツに見合わないんじゃないかって」
「何故そう思うんだ?」
「だって……スーツなんて着る仕事でもないし、正社員でもないし……」
そう言われて連れてこられたのは大通りに面した大きなテーラー……ではなく、路地を進んだ先にぽつんと建つ、小さなレンガ造りのお店だった。中に入ると背筋の伸びた高齢の店主が丁寧にお辞儀をしてきた。
警護の為、事前にデートプランをボディガードには報され、犯人にバレないように配置されているらしいが、侑吾には全てがサプライズだ。
「蕗谷。すまないなわざわざ」
「坊ちゃまからのご要望でございますから喜んで。こちらに用意してございます」
店内には他に客はいない。落ち着いた色調の店内の奥へ進むと、何着かのスーツが置かれていた。遠目に見ても全てがカッコイイ。
「どれが良い?」
「――へ?」
「本当ならフルオーダーが良いんだが、さすがに今日は着られないからね。ここから選んでもらえればすぐに蕗谷がサイズを直してくれるよ」
「い、いやいやいやいやいや……頂けませんよ?!」
「良いスーツは一着くらい持っていても困る事は無いと思ったんだが?」
「そうじゃなくって!」
「お客様は細身でいらっしゃいますから、こちらの生地ですと張りがでて良いかもしれませんね。このストライプが入ったものはカジュアルにも着て頂けるかと」
一歩二歩と後ろに下がった侑吾の背に、老紳士がジャケットを当ててくる。
「ああ……坊ちゃまから伺っていた通りのサイズのようですね。これなら少し詰めるだけで今日着用して頂けるかと思います」
開いているのか開いていないのか分からないくらいの目をした蕗谷は、うやうやしくそう言った。
「気に入らなかったかい?ここは私のお気に入りの店だったんだが……もっと派手な店の方が好みかな?」
「お気に召しませんでしたか、やはり若い方にはわたくしのような老人のセンスでは満足いただけないんですかねぇ」
「そんな事は無いです!」
寂しそうに蕗谷にそう言われると、チクチクと胸が痛んでついそう言ってしまう。
「ああ良かった。ではまずはこちらを試着してみてください」
「え?あ……えっと……――はい」
蕗谷に背中を押され、試着室へと入っていく侑吾を鷹司はニヤニヤと笑って見ていた。全く全てがわざとらしい。
ただ、袖を通したスーツは本当に気持ちが良くて、こちらの背筋が伸びる気持ちになった。
「いかがでしょう?」
思わず息を飲んだ。試着室の中の鏡に映る自分に見惚れる日が来るなんて。
「……カッコイイ……」
「ああ、本当に似合っているよ」
いつの間にか扉があけ放たれていて、老紳士の代わりに鷹司が後ろに立っているのが鏡に映っていた。
「君にはスリーピースが似合うと思っていたんだ」
「なんだか、少し恥ずかしいです……」
「どこに出しても恥ずかしくないスーツだと思うがね?」
「スーツは素晴らしいと思います!そうじゃなくて、俺が……中身がスーツに見合わないんじゃないかって」
「何故そう思うんだ?」
「だって……スーツなんて着る仕事でもないし、正社員でもないし……」
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