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第一章 義姉上の死亡記録
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今日は能力の測定があるそうだ。
教師に連れられ、やってきたのは学園施設のひとつ、半球体のーーといっても、天井は大きく穴の開いた大きな施設だ。
建物を形成する石材のひとつひとつに古代の術式を練り込んで作られたもので、内外からの攻撃を無力化することができるらしい。現在は技術的に再現不可能といわれている。
数十年は経っているはずの壁は、白い石が整然と積み上がっていた。天井だけ不揃いに焼け焦げている。
クラス合同でおこなわれるので、アレックスとカルミア様の姿があった。
爽やかな風がアレックスの金髪を輝かせる。
「あの天井は、昔の生徒が開けた穴という噂があるらしいね。きっと素晴らしい魔法の才を持っていたのだろう」
「えぇ、きっとアレックス様みたいな方に違いありませんわ!」
アレックスにはまるで聞こえていないようで、翠の瞳はずっと遠く、空の向こうを見ていて、カルミア様を映すことはなかった。
あれが婚約者の態度か?とミューにぼやきたいと思ったが、 今はいない。魔法特待生は、俺たちとは別室で測定されるそうだ。
「ジニア様」
優しい風にのって、ふわふわした声が耳へ届く。振り返れば、ルフィナ様がいた。
「ジニア様の魔法をこの目で見られるなんて、楽しみです!」
俺の魔法は平凡なもので、楽しみにされることなど何もないが……
「俺もルフィナ様の魔法、楽しみです。存分にお力を奮ってください」
「はいっ!」と元気のよい声が返ってくる。
今日は彼女にとって運命の日。
聖女様が使う魔法は一般的な火や水の魔法ではなく、聖魔法と呼ばれる癒しの魔法だ。傷は治り、枯れ木は若返り、壊れた建物さえ元通り。
この世界の神に愛された聖女である証。
最後に聖女が現れたのは、百年以上前の話だ。今では、伝説の存在として語り継がれるだけだった。
ルフィナ様が魔法を使えば、立場の弱い男爵令嬢から一転、この国のーーいや、この世界の注目の的となるのだ。
「ふふっ。ジニア様に、すごいの見せちゃいますよ~!」
にまにまといたずらっ子のように笑っている。
ルフィナ様はこんなふうに笑うこともあるのか、初めて見た。
年若い男性教諭が二人一組を作るよう指示を出すと、アレックスのもとには女生徒が塊となって取り囲んでいた。
「アレックス王子! わたくしとペアになりませんか?」
「いいえ、殿下! ワタクシと! どうかワタクシを選んでくださいまし!」
「おやおや、困ったね。一人だけしか選べないなんて」
「アレックス様!! なにを迷うことがあるのです! 婚約者の私を差し置き、他の方を選ぶなんてあり得ません!」
カルミア様の一喝で、女生徒の塊は一歩引いたかのようにみえた。
ただひとりだけ、カルミア様とアレックスの間に割り込み、アレックスの腕に腕を絡める女性がいた。左肩からまとめて流れるワインレッドの長い髪は毛先だけ黄色く、くるくると踊っている。南を治めるハート公爵家のご令嬢だったと思う。
「ポリアンサ様……」
「カルミア様。どうかそのようにおっしゃらないで。わたしたちにも殿下とお近づきになる機会があってもよろしいのではなくて?」
さすがのカルミア様も、同じ公爵家のポリアンサ様には強く言えないようだ。
そうよそうよと周りの令嬢もポリアンサ様に同調し始める。
アレックスは輪の中心で曖昧に微笑むだけで、彼女らの争いを止める気はないようだ。俺も昔は、アレックス殿下はお優しいのだなぁなどと思ったが、最近はなんで人気なのか、わからなくなってきた。はやく決めてくれ。
「ジニア様! ぜひ私と!」
ルフィナ様のキラキラとした瞳とかち合った。
たしかにミューがいないので、他に知り合いもいない俺としては非常に助かるが……。
「お気遣いいただき、ありがとうございます。しかし、ルフィナ様は、俺なんかでよろしいのですか?」
あなたの未来の旦那はあちらにいるのに。
今の彼は、俺にとって信頼できる人物ではないが、前回の殿下はご立派な方だった。彼ならば、ルフィナ様を放っておくなんてことはなかったし、魔法にも剣術にも優れた才能を発揮していた。また、ルフィナ様もそんな殿下を信頼し、よく支えていた。
そうでなくとも、見た目は良い男だ。クラスの女性は皆アレックスのもとへ集っている。
「……? えぇ。なぜそんなことを言うのですか?」
アレックスなど見向きもせず、くりくりとした金眼は俺をまっすぐ見ていた。
彼女には、王子とお近づきになりたいとか、令嬢の務めとかいう考えが一切ないようだ。それはそれで少し心配になる。
「あっ! そうか! えぇっと、大丈夫ですよ! 誰にでも苦手なことってありますから!」
励まされた。
たしかに俺はあまり魔法が得意ではないが、なにか思い違いをしているようだ。
「ーーきゃあっ!」
誰かの悲鳴と同時に背後が明るくなり、俺から伸びた長い影がルフィナ様を覆った。
振り返れば、尻餅をつくアレックスと倒れているポリアンサ様。床は黒く焼け焦げ、すすが舞った。ただひとり渦中に立っているのは……
「カルミア、君が……」
「え……?」
しばらくアレックスの言葉が飲み込めなかったカルミア様だが、ハッとして弁明する。
「 い、いいえ! 違います、アレックス様! 私はーー」
強く否定しようとしたカルミア様の耳に、誰のものとも分からぬ小さな声が、届いてしまった。
「今、一瞬だけ大きな火の玉がみえたような……」
カルミア様の周りは、ぐるりと固い面持ちが並んでいる。ひそり、また、声がする。
「……そういえば、カルミア様は特に火の魔法がお得意だと聞いたことがありますわ」
「そんなまさか……ではアレックス王子に近付けないように……」
「あらイヤだ。まさか私たちを……」
疑いは次第に大きくなり、反芻する。どろどろとした感情が渦巻く中へ、ひとりだけ進み出た。
「やめてください!」
ルフィナ様だ。 カルミア様を庇うように立っている。
「皆さん何してるんですか!! 怪我している人がいるんですよね? 他にやることがあると思います!」
意識がないポリアンサ様の体を支え、その胸元へルフィナ様が手をかざした。新緑を照らす太陽を思わせる光が、紋様を描いた。光がポリアンサ様を包み、傷がみるみる治っていく。
「え、ウソ……傷が……」
「これって聖女魔法……!?」
聖女だ、聖女様だ…と、今まで見ていただけの男子も含め、ざわつきが大きくなった。
「聖女様! あぁ、聖女様がいらっしゃるわ!!」
歓喜に震えるクラスメイトを横目に、俺はルフィナ様の隣へ片膝をついた。
「医務室へ行きましょう。人だかりを抜けます。俺の後ろから付いてきてください。」
俺はポリアンサ様を抱えた。背中におぶらせたほうが安全だと思ったが、ポリアンサ様のドレスのスカートが捲れてしまうのは防ぎたい。
ルフィナ様がお姫様抱っこ……ううん。相手は怪我人……、などと呟いている。この人混みが怖いのかもしれない。いや、怖いだろう。いきなり聖女聖女と祭り上げられているのだから。
ーーーー
そんな光景をひととおり見送ったアレックスが「カルミア」と呼んだ。
「実に残念だよ……」
冷たいなにかが、カルミアに鋭く刺さった。
「私は……何も……っ!」
耐えられなくなったカルミアは、ついにその場から逃げ出した。
教師に連れられ、やってきたのは学園施設のひとつ、半球体のーーといっても、天井は大きく穴の開いた大きな施設だ。
建物を形成する石材のひとつひとつに古代の術式を練り込んで作られたもので、内外からの攻撃を無力化することができるらしい。現在は技術的に再現不可能といわれている。
数十年は経っているはずの壁は、白い石が整然と積み上がっていた。天井だけ不揃いに焼け焦げている。
クラス合同でおこなわれるので、アレックスとカルミア様の姿があった。
爽やかな風がアレックスの金髪を輝かせる。
「あの天井は、昔の生徒が開けた穴という噂があるらしいね。きっと素晴らしい魔法の才を持っていたのだろう」
「えぇ、きっとアレックス様みたいな方に違いありませんわ!」
アレックスにはまるで聞こえていないようで、翠の瞳はずっと遠く、空の向こうを見ていて、カルミア様を映すことはなかった。
あれが婚約者の態度か?とミューにぼやきたいと思ったが、 今はいない。魔法特待生は、俺たちとは別室で測定されるそうだ。
「ジニア様」
優しい風にのって、ふわふわした声が耳へ届く。振り返れば、ルフィナ様がいた。
「ジニア様の魔法をこの目で見られるなんて、楽しみです!」
俺の魔法は平凡なもので、楽しみにされることなど何もないが……
「俺もルフィナ様の魔法、楽しみです。存分にお力を奮ってください」
「はいっ!」と元気のよい声が返ってくる。
今日は彼女にとって運命の日。
聖女様が使う魔法は一般的な火や水の魔法ではなく、聖魔法と呼ばれる癒しの魔法だ。傷は治り、枯れ木は若返り、壊れた建物さえ元通り。
この世界の神に愛された聖女である証。
最後に聖女が現れたのは、百年以上前の話だ。今では、伝説の存在として語り継がれるだけだった。
ルフィナ様が魔法を使えば、立場の弱い男爵令嬢から一転、この国のーーいや、この世界の注目の的となるのだ。
「ふふっ。ジニア様に、すごいの見せちゃいますよ~!」
にまにまといたずらっ子のように笑っている。
ルフィナ様はこんなふうに笑うこともあるのか、初めて見た。
年若い男性教諭が二人一組を作るよう指示を出すと、アレックスのもとには女生徒が塊となって取り囲んでいた。
「アレックス王子! わたくしとペアになりませんか?」
「いいえ、殿下! ワタクシと! どうかワタクシを選んでくださいまし!」
「おやおや、困ったね。一人だけしか選べないなんて」
「アレックス様!! なにを迷うことがあるのです! 婚約者の私を差し置き、他の方を選ぶなんてあり得ません!」
カルミア様の一喝で、女生徒の塊は一歩引いたかのようにみえた。
ただひとりだけ、カルミア様とアレックスの間に割り込み、アレックスの腕に腕を絡める女性がいた。左肩からまとめて流れるワインレッドの長い髪は毛先だけ黄色く、くるくると踊っている。南を治めるハート公爵家のご令嬢だったと思う。
「ポリアンサ様……」
「カルミア様。どうかそのようにおっしゃらないで。わたしたちにも殿下とお近づきになる機会があってもよろしいのではなくて?」
さすがのカルミア様も、同じ公爵家のポリアンサ様には強く言えないようだ。
そうよそうよと周りの令嬢もポリアンサ様に同調し始める。
アレックスは輪の中心で曖昧に微笑むだけで、彼女らの争いを止める気はないようだ。俺も昔は、アレックス殿下はお優しいのだなぁなどと思ったが、最近はなんで人気なのか、わからなくなってきた。はやく決めてくれ。
「ジニア様! ぜひ私と!」
ルフィナ様のキラキラとした瞳とかち合った。
たしかにミューがいないので、他に知り合いもいない俺としては非常に助かるが……。
「お気遣いいただき、ありがとうございます。しかし、ルフィナ様は、俺なんかでよろしいのですか?」
あなたの未来の旦那はあちらにいるのに。
今の彼は、俺にとって信頼できる人物ではないが、前回の殿下はご立派な方だった。彼ならば、ルフィナ様を放っておくなんてことはなかったし、魔法にも剣術にも優れた才能を発揮していた。また、ルフィナ様もそんな殿下を信頼し、よく支えていた。
そうでなくとも、見た目は良い男だ。クラスの女性は皆アレックスのもとへ集っている。
「……? えぇ。なぜそんなことを言うのですか?」
アレックスなど見向きもせず、くりくりとした金眼は俺をまっすぐ見ていた。
彼女には、王子とお近づきになりたいとか、令嬢の務めとかいう考えが一切ないようだ。それはそれで少し心配になる。
「あっ! そうか! えぇっと、大丈夫ですよ! 誰にでも苦手なことってありますから!」
励まされた。
たしかに俺はあまり魔法が得意ではないが、なにか思い違いをしているようだ。
「ーーきゃあっ!」
誰かの悲鳴と同時に背後が明るくなり、俺から伸びた長い影がルフィナ様を覆った。
振り返れば、尻餅をつくアレックスと倒れているポリアンサ様。床は黒く焼け焦げ、すすが舞った。ただひとり渦中に立っているのは……
「カルミア、君が……」
「え……?」
しばらくアレックスの言葉が飲み込めなかったカルミア様だが、ハッとして弁明する。
「 い、いいえ! 違います、アレックス様! 私はーー」
強く否定しようとしたカルミア様の耳に、誰のものとも分からぬ小さな声が、届いてしまった。
「今、一瞬だけ大きな火の玉がみえたような……」
カルミア様の周りは、ぐるりと固い面持ちが並んでいる。ひそり、また、声がする。
「……そういえば、カルミア様は特に火の魔法がお得意だと聞いたことがありますわ」
「そんなまさか……ではアレックス王子に近付けないように……」
「あらイヤだ。まさか私たちを……」
疑いは次第に大きくなり、反芻する。どろどろとした感情が渦巻く中へ、ひとりだけ進み出た。
「やめてください!」
ルフィナ様だ。 カルミア様を庇うように立っている。
「皆さん何してるんですか!! 怪我している人がいるんですよね? 他にやることがあると思います!」
意識がないポリアンサ様の体を支え、その胸元へルフィナ様が手をかざした。新緑を照らす太陽を思わせる光が、紋様を描いた。光がポリアンサ様を包み、傷がみるみる治っていく。
「え、ウソ……傷が……」
「これって聖女魔法……!?」
聖女だ、聖女様だ…と、今まで見ていただけの男子も含め、ざわつきが大きくなった。
「聖女様! あぁ、聖女様がいらっしゃるわ!!」
歓喜に震えるクラスメイトを横目に、俺はルフィナ様の隣へ片膝をついた。
「医務室へ行きましょう。人だかりを抜けます。俺の後ろから付いてきてください。」
俺はポリアンサ様を抱えた。背中におぶらせたほうが安全だと思ったが、ポリアンサ様のドレスのスカートが捲れてしまうのは防ぎたい。
ルフィナ様がお姫様抱っこ……ううん。相手は怪我人……、などと呟いている。この人混みが怖いのかもしれない。いや、怖いだろう。いきなり聖女聖女と祭り上げられているのだから。
ーーーー
そんな光景をひととおり見送ったアレックスが「カルミア」と呼んだ。
「実に残念だよ……」
冷たいなにかが、カルミアに鋭く刺さった。
「私は……何も……っ!」
耐えられなくなったカルミアは、ついにその場から逃げ出した。
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