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第二章 再会
始まりは再び
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ーーバフッ!
ふかふかと柔らかいものが俺の体を受け止めた。死後の世界だろうか。おそるおそる目を開けば、そこは実家のベッドの上だった。
この光景、つい最近見た覚えがある。
「三度めの人生、ということなのだろうか」
俺は死に損なったのか?
自分の腹をさすっても、そこには穴どころか傷すら無い。
「そうだ。たしか、そう、テラスだーー」
俺は必死になって走った。走り方もめちゃくちゃで、腕と足の動きがちぐはぐになりながら、それでも走った。
義姉上がいる場所へーー
テラスに繋がる部屋に入った。扉の役割を兼ねている内開きの窓は開け放たれている。
太陽が眩しい。光に目が慣れて、ゆっくりと景色が映し出される。
白いテーブル、白い椅子、白い手すり。シンプルながら細かい装飾が施されたそれの周囲に人影は無かった。外の青々と繁る木が陰を作るのみだ。
「いない……なんで……」
窓枠にもたれかかり、そのままずるずると力無く座り込む。鼓動は早くなり、短い呼吸を繰り返す。
そうか。いるわけない。俺がこの手でーー
「あら、ジニア。そんなに慌ててどうしたの?」
耳馴染みのよい声に振り向けば、白いワンピースを纏った義姉上がいた。首は繋がっている。
「あ、ねうえ……」
ーー生きてる。
長い髪はさらさらと風に流れ、スカートの裾は踊るように翻る。絵画のような光景、それでいて現実であることに心の底から安堵した。
「……ジニア!? どうしたの? どこか痛い?」
「え?」
ぽろぽろと大粒の涙が溢れて止まらない。
情けなくて、ぐしぐしと袖で顔を擦ってもまだ止まらない。
ふいに、レースのあしらわれた薄ピンク色のハンカチが、優しく頬に触れる。そういえば、これは義姉上が養母上からプレゼントされたお気に入りだ。
しゃくり上がる声を抑えながら、抵抗する。
「義姉、上の、ハンカ、チが、汚れて、しまいます」
「そんなこと気にしなくてよいのよ。かわいい義弟の涙も拭けない姉にしないでちょうだいね」
そう言われては、おとなしくしている他ない。
鼻もずびずびと音が鳴っている。息をぐっと止めて必死に隠そうとしても、義姉上は分かっているとでも言うように丁寧に拭っていく。ハンカチはもう使い物にならなくなっていた。
「それで、なにかあったの?」
これは最後のチャンスかもしれない。縋るような思いで、震える唇を固く結び、ひとつずつ言葉を紡いだ。
「……お願いがあります。アレックス殿下に会うのはおやめください」
どうか、何卒。そう訴えると義姉は、睫毛をぱたりと瞬かせ、ひとつだけ呟いた。
「……ごめんなさい」
がっくりと肩を落とした。そう言われると、分かってはいた。理屈の上では。
殿下は、正式な手順を踏まえて義姉上に会うことを申し出ている。それを我が公爵家は了承し、今は殿下が向かって来ている最中だ。
王家の人間をいきなり門前払いすれば、公爵家や領地の今後に影響が出てしまうだろう。
「なにか理由があるのでしょう? 話してごらんなさい」
「それは……」
わからない。説明しようが無い。
アレックスと出会ったから義姉上が変わってしまったということは分かっても、何をされたのかは知らないからだ。
自分は未来から過去に戻ってきたなどと荒唐無稽な話を信じてもらえるかも分からないし、長々と説明している時間もない。
言葉を探していると、恰幅のよいメイド長が廊下から急いで寄ってきた。
「あぁカルミア様、こちらにおいででしたか! さぁさ、アレックス殿下をお出迎えする支度をしないとなりませんわ」
「そうね……本当にごめんなさい、ジニア。私は、行かなくては」
そう言って立ち上がる義姉上の腕を反射的に掴んだ。
「お、俺も一緒に殿下に会います! 会わせてください!」
前と同じように、追い出されてしまうだけかもしれない。それでも今はただ、何もせずにはいられなかった。
ふかふかと柔らかいものが俺の体を受け止めた。死後の世界だろうか。おそるおそる目を開けば、そこは実家のベッドの上だった。
この光景、つい最近見た覚えがある。
「三度めの人生、ということなのだろうか」
俺は死に損なったのか?
自分の腹をさすっても、そこには穴どころか傷すら無い。
「そうだ。たしか、そう、テラスだーー」
俺は必死になって走った。走り方もめちゃくちゃで、腕と足の動きがちぐはぐになりながら、それでも走った。
義姉上がいる場所へーー
テラスに繋がる部屋に入った。扉の役割を兼ねている内開きの窓は開け放たれている。
太陽が眩しい。光に目が慣れて、ゆっくりと景色が映し出される。
白いテーブル、白い椅子、白い手すり。シンプルながら細かい装飾が施されたそれの周囲に人影は無かった。外の青々と繁る木が陰を作るのみだ。
「いない……なんで……」
窓枠にもたれかかり、そのままずるずると力無く座り込む。鼓動は早くなり、短い呼吸を繰り返す。
そうか。いるわけない。俺がこの手でーー
「あら、ジニア。そんなに慌ててどうしたの?」
耳馴染みのよい声に振り向けば、白いワンピースを纏った義姉上がいた。首は繋がっている。
「あ、ねうえ……」
ーー生きてる。
長い髪はさらさらと風に流れ、スカートの裾は踊るように翻る。絵画のような光景、それでいて現実であることに心の底から安堵した。
「……ジニア!? どうしたの? どこか痛い?」
「え?」
ぽろぽろと大粒の涙が溢れて止まらない。
情けなくて、ぐしぐしと袖で顔を擦ってもまだ止まらない。
ふいに、レースのあしらわれた薄ピンク色のハンカチが、優しく頬に触れる。そういえば、これは義姉上が養母上からプレゼントされたお気に入りだ。
しゃくり上がる声を抑えながら、抵抗する。
「義姉、上の、ハンカ、チが、汚れて、しまいます」
「そんなこと気にしなくてよいのよ。かわいい義弟の涙も拭けない姉にしないでちょうだいね」
そう言われては、おとなしくしている他ない。
鼻もずびずびと音が鳴っている。息をぐっと止めて必死に隠そうとしても、義姉上は分かっているとでも言うように丁寧に拭っていく。ハンカチはもう使い物にならなくなっていた。
「それで、なにかあったの?」
これは最後のチャンスかもしれない。縋るような思いで、震える唇を固く結び、ひとつずつ言葉を紡いだ。
「……お願いがあります。アレックス殿下に会うのはおやめください」
どうか、何卒。そう訴えると義姉は、睫毛をぱたりと瞬かせ、ひとつだけ呟いた。
「……ごめんなさい」
がっくりと肩を落とした。そう言われると、分かってはいた。理屈の上では。
殿下は、正式な手順を踏まえて義姉上に会うことを申し出ている。それを我が公爵家は了承し、今は殿下が向かって来ている最中だ。
王家の人間をいきなり門前払いすれば、公爵家や領地の今後に影響が出てしまうだろう。
「なにか理由があるのでしょう? 話してごらんなさい」
「それは……」
わからない。説明しようが無い。
アレックスと出会ったから義姉上が変わってしまったということは分かっても、何をされたのかは知らないからだ。
自分は未来から過去に戻ってきたなどと荒唐無稽な話を信じてもらえるかも分からないし、長々と説明している時間もない。
言葉を探していると、恰幅のよいメイド長が廊下から急いで寄ってきた。
「あぁカルミア様、こちらにおいででしたか! さぁさ、アレックス殿下をお出迎えする支度をしないとなりませんわ」
「そうね……本当にごめんなさい、ジニア。私は、行かなくては」
そう言って立ち上がる義姉上の腕を反射的に掴んだ。
「お、俺も一緒に殿下に会います! 会わせてください!」
前と同じように、追い出されてしまうだけかもしれない。それでも今はただ、何もせずにはいられなかった。
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ありがとうございます!励みになります。
続きを見たいです‼️お願いしますm(_ _)m頑張って下さい
お待たせして申し訳ない!
牛歩ながら鋭意製作中です~。年内にはもう一回更新できるかなーとは思ってますので、もうしばらくお待ち下さい。