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ふーふになるまで

第10話 手遅れ

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「ただいまぁ……」
 午前中に母親と喧嘩して家を出たが普通に帰ってきた湊音。出かける前と違って紙袋をいくつかぶら下げて。

 もうヘトヘトである。美容院からの服屋二件ハシゴからのテーラーでスーツを作るからと採寸もした。
『疲れた……李仁さんのペースが凄すぎ』
 紙袋の中には着ていた服や明日のデートに着ていく服、仕事に来て行く服、靴や鞄もある。
 流石にこれらは自分のお金で買ったが、まともに自分で買ったことがない湊音は髪型変えただけで着る服のジャンルの幅も広がったことに驚いた。

 今着ている服も自分では選ばないような服装でもある。
「おかえりなさい、今朝は言い過ぎたわ……て、ミナ……くん?」
「僕だよ、母さん」
 志津子は絶句してる。いつものボサッとしていた息子はいない。
 そして泣きながら湊音を抱きしめる。
「かっこいいじゃない! もおおおおっ」
『かぁさーーーん、いきなり抱きしめられても!』

 すると広見もやってきて驚いた顔をしている。
「誰だ」
「僕だよ!」


 そして次の日。明里と駅前で待ち合わせをしていた。李仁が選んでくれたジャケットとジーパン。鞄も新しいショルダータイプである。

「おまたせ」
 湊音は明里を見つけて声をかけると、彼女も驚いていた。少し頬を赤らめて
「どうしちゃったの……お洒落しちゃって」
 と湊音の腕を軽く叩く。

「ちょっとイメチェン」
「イメチェンし過ぎぃー……」
 なんか明里の顔が浮かないような顔もしているが、湊音は自分から手を繋いだ。奥手の彼がそんなことをなかなかしないのに。
 見た目を変えただけで気持ちまで変わってしまうのだろうか。

 水族館に着き、魚たちを見る。子供の頃に何度も行ったであろう場所なのに大人になってから意中の相手と行くとなぜだか新鮮な気持ちになるのはなぜなのかと湊音は思う。
 水族館終わってからディナーを食べに行き、明里の部屋でセックスして帰る。久しぶりに湊音はテンションが上がってきた。

 しかしそれと裏腹に明里は終始浮かない顔をしながらメインの大水槽の魚を見ている。
『どうしたのかな、体調悪いのかな……そいや李仁さんに色々と伝授してもらったけど気遣いも大事、女の子は体調のコンディションはよくない日が多いって言ってたからなぁ……生理とかじゃないよね?』

 すると明里の目から涙が流れた。
「明里さん……」
「ごめんなさい、つい」
 湊音はハンカチを差し出す。明里は自分のハンカチで涙を拭く。

「なんか体調良くないとか? だったら休もう」
 明里は首を横に振った。涙はこぼれ落ちる一方。湊音はオロオロ。とりあえずベンチに座らせた。

「ねぇ湊音さん」
「は、はい」
「私たち、付き合ってないんだよね」
「……その、あの」
「まだ付き合ってくださいとか言われてなくてセックスばかり……」
「ごめんなさい、それは……」
 明里は涙を流しながら湊音をみている。

「あなたがはっきりしないから……んっ……       
 私、他の人と、婚活パーティーで出会った人と会ったの」
「えっ……」
『僕が一番ですとか言ってたのに?!』
 明里はまだ話を続ける。

「その人と昨日、セックスした」
「えっ」
「一日中ずっと部屋のなかでセックスしてた」
「……どういうこと?」 
パシん!
湊音はビンタをされた。
「そういうことよ。その男もやるだけやってごめん、もう付き合えないとか言って……そしたら今日現れたのがイメチェンしてかっこよくなった湊音さん! こんなにイケメンで、もう今日告白フラグたってんじゃんって思ったけど……不安で、不安で他の婚活パーティーで会った人と片っ端から会ってセックスしたっ」

「ええええ……」
湊音は開いた口が塞がらなかった。

「ごめん、もう無理だよね……」
「そ、その、えっと……」
またビンタ。

「あなたがしっかりしてないからよ! ごめん、本当は今日のデートも断ろうと思ったの。でもこれを最後にって思ったけどもう手遅れ。最後まではっきりしたいあなた、体ばかりで結婚のこと考えないあなた、もう最低最悪。こっちは真剣なんだよ。もう26なの、間に合わないの! なんのための婚活?! さようなら!」
 明里はそう言って去っていった。周りの客からの視線が痛い。

『明里さんっ、なんで……』
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