最高で最強なふたり

麻木香豆

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番外編

虹雨と焼き鳥屋台1

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 ふぅ、この時期は仕事が忙しすぎてな……あぁ。疲れすぎてお腹が減らない。俺は家に帰る前にフラフラっととある商店街に立ち寄った。いつも通らないこの道。

 クンクン、お腹は空いていないが美味しそうな匂いがするぞ、こんな寂れた商店街で焼き鳥の屋台があるのか。
「いらっしゃい」

 俺は近くに自転車を置いて屋台の椅子に座った。

「焼き鳥ちょうだい」
「はい喜んで」

 店主は若いお兄ちゃんか。俺の隣にも客がいるがあまり見ないようにしよう。
 なになに、焼き鳥、ビール、日本酒、ノンアル、烏龍茶、どて煮、枝豆、だし巻き卵。ほぉ。種類豊富だな。焼き鳥もタレ、塩、そのまま。

「俺は塩がいい」
「へい」
「ついでだし巻きも頼んでいいか」
「へい」

 いい匂いがする。こんなに疲れていたのにお腹が空いてきたぞ。店主のお兄ちゃんの手ツキも良い。

「ずっとやってるのかい」
「ええ、この辺りで場所変えてここ数ヶ月くらいやってるんです」
「見かけんかったなぁ」
「いろんな場所で客層をリサーチしてましてね」

 と言いながら出してくれたのは焼き鳥。塩。うまそうだ。上手に焼いているもんだ。

「ずっと料理やってたのか」
「まぁそうですね……親を2人とも早くに亡くしましてね、引き取られた祖父母もまだ現役だったので料理は僕がやってたんですよ」

 煙でその店主の表情は見えないがまずいこと聞いたか。次にだし巻き卵。

「上手に巻いているなぁ……ふむ、おいしい。なんか懐かしい味がする」
「それは嬉しいです……僕の得意料理の一つでもありますよ」

 少し煙の合間から口元が上がってるのが見えた。

 そういえば息子もだし巻き卵を作るのがうまかった。最初はお世辞にも普通の卵焼きだろ、とまぁ初めて作ってくれたしそれが嬉しくって美味しいとは言ったがな。

 だんだん上手になってきて弁当に入れてくれた卵焼きが上手になってきた。だしも自分でとるようになって……それに合うのはビールだけでなく焼き鳥もあると美味いなぁって言ったら焼き鳥も焼くようになってくれてな。焦げた焼き鳥。正直まずかった。

 そのころも仕事が忙しくてな、妻が死んでから男手ひとつで……親も仕事をしていて頼れなくって俺が稼がないと暮らしていけなくてオーバーワークだった。
 だからついイライラしてて不味いって言っちまった。あぁ、子供相手に何言ってしまったんだよ。息子はしょんぼりしていた。

 だが俺の息子、挫けずに何度も練習して練習して焼き鳥を美味しく焼く練習をして毎晩食わされていたっけ。だんだん上手な手つきになっていくが美味しいって真っ先に言えなくてな。



 ……煙の先に見えた店主の顔。泣いている?

「美味しいですか、お父さん」
 目の前にいた店主は、息子だった。

「なんでここに……あ、ああああ、美味しいよ。すっごく美味しい。お前……店を出したのか。すごいじゃないかっ!!!! もっとくれ! もっと」

 俺は身を乗り出した。心なしか息子に見える店主だが、少し大人びている。子供の頃の面影が……。

「お父さん、探しましたよ。ここの商店街の道で……亡くなったんですね」

「はっ?」

 息子がそういうと俺の目の前が歪んだ。いきなり場面が変わった。


 今日は早く帰りたくなって、いつもと違った道で帰ったらもっと早いんじゃないかって子供じゃないんだから。

 こんな古びた商店街もあったのか、所々閉店してて寂れているが雰囲気は好きだ。このアーケードもいいなぁ、って思いながら歩いたんだっけな。


 ドン!!!!!!!!!


 俺は宙を飛んだ。


「ヤッベェ、轢いちまった」
「うわ、俺の父ちゃん代議士だからよ……それにこの車も借りたやつだし」
「その凹みくらい俺の工場でなんとかするよ。てかこのおっさんどうする」
「……あたりくらいしな、誰も見てないし防犯カメラないからこのまま川に流すか」
「めっちゃあそこの川、流れ早いからな……」
「運べ、早よ。お前柔道日本一だろうが」

 ……待てよ……俺はまだ生きている……声が出ない、体が動かない……。トランクに入れられたのか……? そこで意識を失った。


「あぁ、そうだ……俺は」

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