冬月シバの一夜の過ち

麻木香豆

文字の大きさ
上 下
15 / 53
一夜の過ち

第十三話 初めての飲み。

しおりを挟む
「乾杯ー」
「……」

 二人は小さな居酒屋のカウンターで隣同士になりシバはビールグラスを鳴らそうとするが湊音はノリが悪い。

 シバはホッとしている。首の皮が一枚繋がった……と。ビールも美味しい。ごくごくと喉を通っていく。そしてプハーっと。典型的なのんべぇなシバである。

「すいません。タバコ吸っていいですか?」
 湊音が胸元からタバコを取り出す。シバはどうぞ、という仕草。自分もと取り出した。一応残しておいた。学校では吸えないけども。

 二人はタバコに火をつけそれぞれ異なる仕草で吸う。湊音は口にタバコを咥えて火をつけ左手の親指と人差し指でつまみ、シバは右手を添えて人差し指と中指の間で挟んで。

「チビ、タバコ吸うんか」
「なっ、チビって……失礼な!」
「悪い悪い。泣きじゃくって子供みたいだったからな」
「変なところ見られてしまった……くそっ」
 二人の目の前に頼んでいた焼き鳥やサラダが来る。シバが雑に小皿にとりわけ湊音に渡すと

「ありがとう……君も意外だな。そんなことするなんて」
 と湊音は受け取る。

「意外?」
「身なりだけでなくて、あなたみたいなガサツでコントロールできない人がこんなふうに人のものを取り分けるだなんて」
「……見た目で判断するなよ。まぁ俺も人のこと言えないけどなぁー」
「わかってるが見た目で判断されることもある。僕も学生と間違えられる、未だに。30過ぎだぜ」
 それを聞いてシバは笑った。

「だったら俺は湊音先生のことは泣き虫チビっていう印象だな」
「ぬっ……」
「いや、なんとなくそんな泣き虫ってのが意外だと思った」
「……るせぇ。とっとと食べろ。で、家に帰れ。あくまでも互いの食欲を満たすためだ。人間の3代欲求の一つだ!」
 湊音はサラダを口に掻きこむ。焼き鳥も食べ、ビールをちびちびと飲んだ。

「クビになると思ったのに。理事長にしてはすぐ切り捨てなかった……普通はすぐバッサバサ切り捨てるんですよ。気に入らなかったら」
「まじか……」
 次に来たキムチチャーハン。シバが取り分けようとしたら湊音の方が蓮華を取って取り分けた。

「あらあら、ありがとうございますねぇ湊音先生」
「……とっとと食え」
「そんなに早く食べさせて帰すだなんて。何か話したくて誘ったんましょう、湊音先生? 3大欲求とか言っちゃってさー」
 シバが大きな口でチャーハンを入れる。その横で湊音は口にしようとしない。

「……やっぱり刑事さんだったから勘が鋭いな」
「ふぉい?」
 モゴモゴとチャーハンを含ませ、奥からくるキムチの辛さにシバは旨さを感じる。

「どうしてもあの剣道部を廃部したくないんだ。でも今の僕にはどうすることもできない……」
「で? んー、美味い!! 湊音先生も食べた方がいいよ」
 シバはもう一口チャーハンを頬張る。湊音はビールをさっきまでちびちび飲んでいたのを一気に喉に流し込みグラスを置いた。

「おい、いい飲みっぷりだな」
「……」
 シバは笑った。だが飲み方を見ると心配でしかない。

「あんまし変な飲み方すると明日に響きますよ」
「……知るかっ」
 赤らんだ湊音の顔。なのに……。
「……あ、ビール注文しましょうか」
「あ、ああ。って湊音先生飲めないでしょ」
 シバはノリツッコミ。

「いや、飲みたくなりました。明日は休みですしとにかく飲んで嫌なこと忘れましょう……店員さん! 生二つ!」
「いや、湊音先生……どう見ても飲めるような……それに嫌なことって?」

 シバは湊音の飲み方見て普段飲まない人間だと勘づいていた。だから止めたのだが、湊音はキムチチャーハンをあっという間に平らげてしまった。

「うんまぁいいいい!」
 シバはこいつはやばいやつだ、と察した。自分も今後のことがどうなるか考えたくもないから付き合って呑んだが……。
しおりを挟む

処理中です...