冬月シバの一夜の過ち

麻木香豆

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崖っぷちの二人

第十九話 曰くつき

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 また夢だ、シバは真っ暗な中……騒がしい音で耳が痛くなる。

 この夢が嫌で彼は仕事に精を出し、それ以外の時は元妻のまさ子、または女たちのところにいた。
 そして体を交わして得体の知れない悪夢を見ないようにしていた。

 関係のあった女の一人から無理やり心療内科に連れて行かれてシバは診療を受けているがまだ悪夢を見続けている。

 もちろんのようにその心療内科の女医とも関係を持っているからなんとか通っているだけ、とも言えなくはない。

 シバは後悔した。また寝てしまった。あの後ジュリとセックスをしていれば……。

 と思いながらも暗闇から逃れることはできない。

 しかしふと感じる一つの感覚。

 それは嗅覚だ。雨の匂い。

 そして次は聴覚。ザーッという音が聞こえる。

「シバ! シバ! 起きなさい!」

 ジュリの声が聞こえる。シバはなぜこの悪夢に? と思いながらもまだ彷徨う。

 そして最後に触覚……。



 パシン!



「痛ぇえええええっ!」

 と飛び起きたシバ。ジュリがベランダからずぶ濡れになって同じくずぶ濡れのシーツを抱えている。

 外は大雨、予報は雨だったか? とシバは首を傾げる。

「ゲリラ豪雨よ! もしかしてと思って行ったら寝てたし」
「すまん……でも頬を叩くのはバイオレンスだぞ」
「何度呼んでも起きないから」
「薬飲んでたからな」
「薬……」

 シバは浴室に行きタオルを持って行ってジュリにかぶせる。

「シーツこんなになっちゃって……替え、持ってくるわ」
 が、シバはそのままジュリを押し倒した。





 冷え切ったジュリの身体をシバは温める。タオルケットだけは残っていたため二人はそれに包まる。二人は全裸である。

「温かい、シバ……」
「お前の身体、まだ冷えてる。コーヒーでも飲むか?」
「このままでいさせて、まだ」

 シバはホッとした。もう悪夢は見なくていい。覚ましてくれたジュリに感謝する。

「すんげえー雨だな」
「そうね……」
 だがジュリでは物足りない……シバはまた思う。失礼だから本人にはそんなことは言えないのだが。

「……私はシバの本命でなくてもいいわ」
 ギクリ、とするシバ。
 実の所こういうことを言われたのはジュリ以外でもあった。一度や二度ではない。そりゃ本命彼女(まさ子のこと)がいながら複数の女と関係を持つからである。

 しかし不思議と妬まれることよりもいつかは戻ってきてね、という人が多かった。それは不思議である。シバはなんとも思ってはいないようだが。でも彼女たちは肝心な時には救いの手を出さないという。

「本命……かぁ」
 李仁のことしか思い浮かばないがもう李仁とは連絡が取れなくなってしまった。かと言って似たようなジュリが代わりに、にはならないようだ。

 でもまた悪夢を見ないために自分と付き合ってくれる一人であったら、とシバはジュリを抱き寄せた。

「……どうせもうこの学校にはいられんだろ?」
「何言ってんの、クビなわけないじゃない」
「えっ、うそっ」
 あっけらかんにジュリが言うものだからシバは訳がわからないようだ。

「あんなごときでやめてもらっちゃ困るわ。そりゃ手加減なしで部員たちを倒しちゃったのはアレだけど。湊音先生にはない部分を埋めてもらって。もちろんあなたにものすごーく足りない部分は湊音先生に補ってもらって」
「なんだよ、足りない部分ってよ」
 シバはタバコを取り出して吸おうとするとジュリ取り上げられた。

「やめてよ。タバコのにおい嫌いなんだから」
「……わかったよ」
「よろしい。部屋にも匂いつくから。これ以上この部屋を貸し出せなくなるのごめんだから」
 その言葉にシバは、ン? となった。ジュリはしまったと言う顔もしないが目を逸らした。

「なんだ、ここは曰く付きなのか? すぐにこの部屋に入れてくれた訳だし」
 シバはジュリに顔を近づけるが服を着始めて鼻歌を歌う始末である。

「あんたも十分曰く付きだけど! まぁここも歴史ある学校ですからね、色々あるわよ。色々」
「その色々が気になるよ! 下の階の弥富をはじめ何人かは女の子を連れ込んでやってるんだろ」
「あなたもじゃない、早々」
「いや、その……住人たちもそうだが、他にも何かある。ここで死んだ奴がいるとか?」

 そういうとジュリは目を大きく見開いた。的中! とシバはニヤッと笑った。
「……まぁ、死んだというよりもー死んだ人が住んでいた部屋ってことかな」
「死んだ人……まーさーかー」
「そのまさかよ」
 まだ名前を出していないがシバはわかっている。

「……大島先生がこの部屋にいた?」
 ジュリは頷いた。

「一応既婚者だったけど大会前日やテストが立て込んでる時は元々ここ、空き部屋だったから自分の私物とかなんやら置いて居座ってたんだよね。まぁ長いことここで働いているから何も言わなかったけどさ」

 シバは部屋を見渡す。たしか家具とかいろんなものも前居た人が残したもの、と言っていたことを思い出した。

「まさかっ! この家電、家具……!」
「YES、大島先生の」
「まーじーかーっ!!!!」

 プルルルル

 いきなりシバのスマホの着信が鳴った。タイミング良く? 鳴ったためシバは腰を抜かす。

「ここで死んだ訳じゃないし、ほとんど揃ってるんだから文句言わないでよ。他の人たちも同じように遺品だとか言って怖がって入ってくれないのよ……」
「そりゃ嫌だよ」
「大丈夫よ、寝具とか肌に触れるものは全部取り替え……取り替えざるおえなかった。てか着信に出たら?」

 シバは画面を見て慌てて出る。
「はい」
『シバ、こないだはごめん。今日なら会えるけど……急にごめんね』

「い、いや……大丈夫、大丈夫!」

 久しぶりの女性の声。あの駅で待ち合わせしようとした女である。
 すっかり外も晴れている。

「雨も止んだし行けるよ! また駅かな?」
『……うん、車で迎えに行くから』
「おっす、わかった!」

 シバは着信を終えた後ジュリの視線を感じる。

「……女か」
「ああ、女だ」
「わたしを抱いた後にまた女を抱くのか、性欲魔神」
 ジュリはシバにキスをして部屋を去っていった。

「性欲魔人……お前も人のこと言えねーだろ」
 と言いながら久しぶりに会う女と会うために身なりを整えることにした。

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