あと3年の彼女は心の映像を盗み見る

響ぴあの

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雪月風花の自宅へ

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「お花見しようよ」
 雪月はいつも唐突な提案をする。

「でも、桜はもう散っただろ」
「お花見=桜だと思っていること自体視野が狭いなぁ。雑草の花や花壇の花、名も知らぬ花をながめることをお花見というんだよ」

 きっぱりと言い切る雪月。
 時羽は、拳と手のひらを合わせて、そうかと相槌を打つ。

「たしかに、花を見ればお花見だ。なにも桜にとらわれる必要はないってことだよな。日本人は桜にとらわれ過ぎだと思えてくるな」

 妙に納得している時羽をながめながら、雪月は優しく微笑む。

「花って幅広く種類はあるから、何も春にしなくてもいいよな。冬は寒いし、花が散ってあまり咲かないから却下だとしても、夏や秋に花見もいいと思うな。朝顔を見て花見するとかさ」
「夏は暑いし、朝顔は朝しか咲いていないでしょ」
「じゃあ昼顔でいいんじゃないか」
「昼はものすごく暑いよ。それに、夏は花見より花火じゃない?」
「そうか? 俺は夏の花も結構好きだ。ひまわりとか最高だな」

 イベントごとに不慣れな時羽らしい回答だと雪月は思った。たしかに、時羽の場合、人の多い花火大会に行くよりも朝顔やひまわりの観察をしているほうが彼らしい。友達ができないと思っている時羽に友達をもっと作るきっかけを与えたいと雪月は密かにもくろんでいた。

「じゃあ、今度の土曜日にこの公園で待ち合わせね」
「え? 花見って今からじゃないのか?」
「やっぱりお弁当と水筒は欠かせないよね。天気が雨だったら、別な場所に行ってみようよ。待ち合わせは公園ね」
「俺、仕事入っているからな」
「時羽君、仕事あるもんね。じゃあ仕事終わってからでいいよ。夜の花見ってことで」
「仕事は一応土日は朝から4時までなんだ。だから、4時半にはここに来れると思うけど、休日まで俺の顔を見ていて嫌気がささないのか?」

 まじまじと鋭い眼光を光らせながら聞いてくる。
 時羽はガンを飛ばすという行為を無意識に行うので、一見ケンカを売っているように感じる人も多い。しかし、その瞳の奥には、彼の自信のない故のネガティブな思考と確認がある。

「私、時羽君の目元と瞳が好きだって言ったでしょ。土曜日まで鑑賞できるなんてありがたいよ」

「喫茶店のことだけど、表向き普通の喫茶店として営業しているけれど、一部の都市伝説のような噂を聞きつけて来る客は寿命の取引を望むんだ。だから、取引のことはあまり言わないでほしい。それから、これ以上君は取引を望まないでほしい。あと3回見られるはずの季節すらも見れなくなってしまうのはダメだと思う」
 真面目な表情で時羽は説得する。

「大丈夫だよ。命は大事にしたいから」
「事件について協力したいと思っている。君の力を使って犯人を捜そう。でも、逮捕できる確証はないけどさ」
 時羽が視線を背けながら協力する姿勢を見せた。

「俺なりに調べてみるから」
「今からうちに来ない? 事件の資料はたくさんあるから。今日は定休日でしょ」
 幻想堂は月曜と火曜が定休日となっている。だから、無下に断ることもできないで、雪月の言いなりとなって時羽は歩く。事件の協力をすると言っても資料がないのでは手掛かりがつかめない。

 雪月の家は公園からわりと近く立派なマンションに住んでいた。まだ空は明るく、オートロック式のマンションへ何の警戒もなく雪月は招いた。時羽の思考が見えるから、警戒する要素がまるでないということを知っているからかもしれない。

 時羽の頭の中と言えば、マンションが立派だとか、俺なんかを連れてきて、雪月はクラスから除け者にされるのではないかという心配ばかりだ。邪心は一切ない。女子の部屋に入るということについて時羽は特別何も感じていないのだった。精神年齢が小学校低学年程度の時羽。そのことを一番わかっている雪月にとって良き協力者となると思えたから招いたのだろう。

 雪月の家は、掃除が行き届き、物が片付いていた。シンプルな家具で室内はまとまった印象になっていた。
「雑誌に出てきそうな片付いた部屋だな」
「私、家事得意だから」

 雪月は紅茶を入れて持ってくる。

「たまには私が淹れたものも飲んでよ」
 雪月お手製の本物のフルーツが入ったフルーツティーだった。見た目もドライフルーツではないので、色が鮮やかで甘い果実の香りがする。コーヒーが専門の時羽が紅茶を飲むことは比較的少ない。もちろん幻想堂でも紅茶を出すことはあるが、フルーツティーはメニューにはないので、とても目を引いた。

「あのさ、俺なんかを呼んでクラスメイトにお前まで悪い印象与えてしまわないか?」
「どういう意味? 付き合っているって思われるってこと?」
「そういう意味じゃなくて、嫌われ者の俺なんかと居ると友達なくすぞ」

 真面目な顔で時羽が話すので、雪月はそんな彼をいじりたくなる。嫌われていないってどうやったらこの人は信じるのだろうか? 根っからのネガティブ思考だと時羽の思考を変えることはかなり難しい。心の中を読めても変えることはできない。じっくり向き合ってみるしかないかな。そう思いながら、フレーバーティーをもの珍しそうな顔をしながら飲み始める時羽がまるで子供のように思えた。純真無垢という言葉が鋭い目つきに似合わずぴったりだからだ。

「これが、新聞記事の切り抜きを貼っているものだよ」
 雪月が分厚いファイルを持ってくる。そこには細かな記事まで新聞記事が貼られていた。そして、当時の目撃証言や彼女が自ら行動して得た情報がぎっしりつまっていた。

「このファイルには愛が詰まっているんだな……」
「何、その感想。見かけによらず発想がロマンチストなんだね」
「べ、別にロマンチストとかじゃないけれど。一生懸命集めた様子が伝わるな」

 雪月と違って、時羽は心が映像として見えるわけではないが、一生懸命作業した様子や何度もページを開いた跡があった。愛情がなければ作れないだろうということはよくわかる1冊だった。

「記事から心は見えないんだよな?」
「そうだね。その人が触れていないと難しいから手掛かりはないの。現場のものもたくさん触れたんだけど、何も見えなかったよ」
「半ば諦めているんだ。犯人がこの世界のどこかで、のうのうと生きていると思うと、悔しいよ」
「未解決事件というのはわりとあるからな。当時ドライブレコーダーとか防犯カメラにも映っていなかったんだよな?」
「ひととおり調べたけれど、証拠がなかったの」

 新聞記事には、死んだ女性について書かれていた。頭を強く打ったと書いてある。打ち所が悪かったのかもしれない。しかし、大きな資材が工事中のビルの上から落ちてきたが、当時誰もいなかったことから偶然かもしれないということも示唆されている。ということは故意に資材を誰かが落としたわけではなかったのかもしれない。偶然誰もいない現場で資材が落ちたという可能性もある。調査では、誰も工事中のビルにも母親の周囲にもいなかったということが書かれていた。ビルの会社は責任を取り、建設を断念したと書いてある。

 新聞記事は当たり前のように事件を淡々と記事として書いている。ニュースでもそうだが、知らない誰かの話だから、聞き流してしまうけれど、身内の話ならば、平然と聞いていられないような悲惨な事件も多い。そして、その内容は、どんなドラマの脚本よりも真実であり、悲しみや苦しみが埋め込まれている。

 新聞記事を改めて読むとどんなミステリー小説よりも謎に包まれたストーリーが展開される。真相が闇の中の場合は余計そう感じるのかもしれない。

 雪月が家族写真を持ってくる。これが母親か。優しそうだな。そう思うと、彼女が心を盗み見る。

「優しそうじゃなくて、本当に優しい人だったんだよ」と目を細める。ここならば、誰も見ていないから、雪月が時羽といることでマイナス評価を受けないことを安堵している時羽の心を見た雪月は「もう少し自信をもつべきだよ」と諭す。

 その表情はまるで担任教師かその類の命令口調で、思わず時羽は微笑んだ。そして、悲しい物語の登場人物となってしまった目の前にいる雪月を見て、時羽はちくりと胸が痛むのを感じていた。
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