奇妙でお菓子な夕日屋

響ぴあの

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書いたことが事実になるメモ帳 B君の場合

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 お金さえあれば、幸せなのに――。
 お金さえあれば、いい生活ができたのに――。

 少年Bのお父さんが多額の借金をした。人がいいから借金の保証人になって、肩代わりをしたということだ。だから、お父さんが経営していた小さな会社も倒産することになってしまった。

 もしお金さえあれば、きっと幸せだったと思っていた。義務教育だからなんとか小学校に通うこともできるけれど、食べるものにも困るくらいお金がないのだ。だから、お母さんはパートを夜遅くまでやっている。それも、2つも3つも仕事を掛け持ちしているのだ。お母さんはいつも疲れているし、お母さんを楽にさせたいとBはつねに思っていた。

 でも、Bはまだ小学校5年生だから、今すぐ働いておかねを稼ぐことは無理だ。もし、大人だったら力になれたのに――。Bは今できることを精一杯やっている。家の家事はBがこなしているし、迷惑をかけないようにしている。お父さんは新しい仕事を探しているが、なかなか見つからない。だから最近、お父さんは家にずっといる。

「今すぐお金もちになりたい。そうすればうちは幸せになるんだ」

 そう思っていたところ、書いたことが事実になるメモ帳とかかれたものが飛んできた。結構新しくきれいなメモ帳だったが、1枚しか紙は入っていない。もう1枚は説明が書いてあった。

『このメモ帳は書いたことが本当になります。ただし、1つだけ書いてください。2つ以上を書くと無効になります。人間の力を超えたねがいごとは無効です』

 七夕の短冊に書く感覚でちょちょいと書いてみた。
『お金持ちになりたい』
 書いただけで満足する、そんな感じだ。

 Bは半信半疑のまま、自宅に戻ると、おんぼろの借家だった場所に大きな新しい豪邸がたっていた。手入れされたきれいな庭にはたくさんの花が植えられていた。庭には芝生が敷き詰められていて、Bは目を疑った。

「おかえりなさい」

 お母さんが犬と一緒に出てきた。一匹何十万もするであろう室内犬だった。少し前までは犬を飼う余裕もなかったのに。お父さんは優雅にゴルフの手入れをしていた。あんな立派なゴルフの道具なんてなかったのに。二人とも疲れていないし、相変わらず優しかった。そんな時に、電話がかかってきたようだった。お父さんが携帯電話で話していた。

「借金の保証人に名前だけ貸してほしい? もちろんいいよ。書類を持ってきなさい」
「お父さん、だめだよ、この前だまされたばかりじゃないか」
「何を言っているんだ。とてもいい友達だからね。だますような人じゃないよ。今からサインするんだよ」
「そうよ、お母さんもよく知っている人だけど、とても良い人よ」
 この二人には、借金をした不幸な記憶がないのだろうか。Bはかろうじて覚えていたが、家族には記憶が残っていない。

 そのあと、Bの父親はその友達の借金の肩代わりになるなんて全く疑うこともなく、保証人の欄にサインをしたんだ。その一筆がどれほど人生を左右するのか考えもせずに。お金なんてたくさんあっても、すぐになくなるものだ。そういうことは今の僕たちにはわからないのだ。というより、大切な記憶を忘れてしまったのかもしれない。

※個人情報のためこの少年の名前はBと記します。

♢♦♢♦♢

 夕陽屋の人生の書庫で何やら一冊の本を読んで夕陽が独り言を言っていた。どうやらはるかが落としたメモ帳の拾い主の本を読んで楽しんでいるようだ。ここにいれば、1日中退屈することなく楽しい時間を過ごすことができる人生の書庫。人の人生をのぞくのはいい趣味とは言えないとは思うが。

 本を閉じて夕陽は白い綿の妖精のふわわに話しかける。

「2度あることは3度あるっていうよな。記憶って大事だよな。お金があっても、判断力を間違えたらあっという間になくなってしまう。これがお金の恐ろしさだふぁ」 
 ふわわは警告するようなことを話す。

「不幸な記憶も捨てたものではないのに。失敗は成功のもとになると思うんだけどな」

 次の話の友達チョコレートはこのお話のお父さんが子供の頃の話らしいのです。人間は不思議な縁でつながっているのかもしれません。


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