半妖死神の定食屋は怨みを晴らす

響ぴあの

文字の大きさ
10 / 39

塩男(シオダン)

しおりを挟む
 半妖死神であると同時に、エイトは漫画家だ。しかし、企業秘密だとかで、残念ながら一度も仕事部屋に入れてもらったことはない。エイトの仕事部屋は関係者以外立ち入り禁止で、入ってはいけないと言われている。先日はネームを見せてくれたが、ほんの一部だけだし、あれは特別らしい。まだ出来上がっていない原稿などは関係者以外に見られるとまずいということだ。それくらいは理解はしているが、本当はどんな話なのか1番に見たい、そう思っていた。

 でも、エイトは仕事となると鬼のように厳しくて、頑固者だ。立ち入り禁止の部屋は聖域のようにも思う。ナナが入ることができない場所だ。

「エイト、漬物の素ってないの?」

 エイトが仕事場から出てきたタイミングで聞いてみた。ナナは常日頃、忙しくしているようにしていた。それは、悲しみを忘れてしまえるように、自分なりの作戦だ。そうでもしないと、母を亡くしたさびしさで涙が止まらなくなる。

「漬物の素は買わない主義だからな。中途半端に使って冷蔵庫に入れていると忘れて賞味期限が切れるっていうのがあるあるなんだよな」

「じゃあ買ってくるよ」

「待ってろよ。塩と砂糖があれば、漬物って1晩あれば浸かるんだぞ」

「そうなの?」

「塩を2、砂糖を1の割合でここにあるキュウリをビニール袋に入れてつけて冷蔵庫に入れておくとあっという間に出来上がりだ。ちなみに砂糖には保存する力があるんだぞ。わざわざ、漬物の素なんぞ買う必要ねーよ」

 そう言うと、エイトはキュウリを切って、ビニールに入れる。エイトの魔法を使うかのような漬物技術に見入ってしまった。彼の漬物の揉み方は実に鮮やかだった。普段から料理をしている男の手つきだ。

「塩って最強なんだよ。緑の野菜をゆでるときに1さじ入れるときれいな緑色になるし、トウモロコシを蒸すときも、塩をすりこんで蒸すと甘さが引き立つんだよな」

「本当にエイトって雑学王、家事男子だよね」

「おう、俺のことはこれから雑学王とでもカジダンとでも呼んでくれ」

 得意げに腰に両手を当てながら話すエイトのことがおかしくもほほえましくて、つい笑ってしまった。もしかしたら彼なりに気を遣ってくれているのかもしれない。

「塩にはさ、清める力もあるだろ。葬式の後に塩をまいたりするけどさ。俺がおまえを清めるから安心しろ。俺は塩男《シオダン》だ。おいしい漬物をつける主力戦隊長だ」

「なによそれ?」

 意味不明な言動だが、どこか優しくて、エイトという塩を頼りに生きているのだと痛感した。未成年のナナには塩対応に見えて実は砂糖のごとく優しい雑学王が必要なのかもしれない。中学を卒業したらちゃんと独立しよう。それまでの1年程度の家族だけれど、頼れる存在だ。

「塩について使えること、自主勉強で調べてみようかな」

「塩はマジで使えるぞ。俺も使える男だがな」

「何を威張ってるのよ」

 いつも偉そうにドヤ顔のエイトのことを笑いながらからかってみる。このまま漫画家から家事料理研究家にでもなろうと思っているのかな? 家事漫画でも料理漫画でも書いたら大ヒットしそうな勢いだ。それくらい彼の漫画は売れていたし、飛ぶ鳥を落とすくらいの勢いがあった。

 エイトは本当に不思議な人だ。見た目はカップラーメンばかり食べていそうだし、金持ちならば、生活の知恵とかいらないだろうし。買えば済むのに、あるもので済ますという主婦の知恵のような男がとっても意外性にあふれているように思えた。いい意味で物を大切にする節約主婦みたいな人。こんなに豪華な建物に住んでいて、収入もあるのにアンバランスで、不思議な人だ。

「エイトってサイコさんとか恋愛対象には思っていないの?」

「ないなぁ。あいつは彼氏次々と変わるタイプだし」
 サイコさんってエイトのこと結構好きだと思うんだけどな。気づいていないのかな?

「愛沢さんは?」

「だって、仲間だろ」

「仲間だったら恋愛感情が芽生えないってこと? じゃあ編集だったお母さんは仲間じゃなかったの?」

「好きになるというのは、急になるもんだろ。仲間だから恋愛感情を持たないかどうかは俺の感情次第なんだよな。俺にも予測不能っていうのかな、おまえはそういった経験ないのか?」

 核心に迫る。
「私は、好きな人もいないけど。いつ、お母さんを好きになったの?」

 少し間をおいて、エイトは丁寧に説明を始めた。それは、保護者として当たり前の仕事だというかのように。

「体調が悪い中、俺が締め切り前でテンパっていたとき、おいしいおじやを作ってくれたんだよな。それで、結婚しようと思った」

「はぁ? 何それ? それで結婚したいなんて普通思わないでしょ」

「普通なんてくそくらえだ。俺はその瞬間好きだと思ったから結婚したいと思ったんだ」

「エイトの思考回路、おかしいんじゃない?」

「でもさ、惚れたっていう瞬間だったんだよ。まぁ俺の場合おふくろを高校の時に亡くしていて、その亡くなった母が作ってくれた味だったんだよな。美佐子さんの味に運命感じたみたいな」

「なにそれ?」
 目の前の成人した男が運命を語る姿が少しおかしくもあった。

「俺は、単純で計算なしで生きているからさ。単細胞だから、即結婚ってなったのかもしれないな」
 母はこの人の胃袋をつかんだのかもしれない。直感で結婚するって本当に後先考えていない人なのかもしれない。母もチャレンジャーだなぁ。

「その時から、美佐子さんに対して特別な感情を抱いていたから、それからすぐ、二人だけの時に、この部屋でプロポーズした」

「お母さんはなんて?」

「私、子供いるし、未亡人だよって彼女は言ったんだ。俺は、だから何? そんなの関係ないって言ってやった」
 そんな素敵な思い切りのあるプロポーズをされた母は女性として幸せだったのではないだろうか。

「少し考えさせてって言われたから、きっと断られると思ったんだよ。俺の誕生日がそのあとにあったんだけど、誕生日に彼女は婚姻届けを持ってきたんだ」
 まさかの婚姻届け。サプライズの誕生日プレゼントだったらしい。

「お母さんが?」

「婚姻届けにサインとハンコも押してあって、いつでも出していいよって」
 意外な一面を見た。正直意外だ。母はもっと慎重なタイプだったと思っていたのだが。

「でも、私に相談なかったよ」

「もちろん、おまえに会ってから入籍しようと思って、俺はこの紙を持っていたけど、結局会う前に美佐子さんが事故に遭って……」

 今に至るのか。なんだか、不思議な話だ。まるで、この人と同居するかのようにうまく感じがする。

「お母さんとデートしたりしたの?」

「俺、仕事がめちゃくちゃ忙しくて、ちゃんとしたデートもしていない」

 デートもなしに、結婚? 本当に急な話だ。それくらいエイトのことを母も好きになったのかもしれない。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

後宮恋歌 ―皇帝になる男と、ただ一人の妃―

佳乃こはる
キャラ文芸
 大陸の宗主国・夏は、覇王と呼ばれる皇帝の支配のもと、栄華を誇っていた。  北の辺境国・胡から人質同然に送られ、百人目の妃として後宮に入った少女・小蘭は、ある夜、奔放で掴みどころのない皇子・蒼龍と出会う。  軽薄な言動の裏に、皇帝となる宿命と深い孤独を抱える蒼龍。  そして、理不尽な運命に翻弄されながらも、自ら選び取る強さを失わない小蘭。  守るために距離を取ろうとする皇子と、後宮で生き抜く覚悟を決めた少女。  嫉妬と陰謀が渦巻く後宮の中枢で、二人の想いは甘く、しかし危うく惹かれ合っていく。  立場も未来も違う二人が、互いを信じ、運命へ抗うーーそんな後宮の物語。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...