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現代妖怪カロー(過労)

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 現代妖怪ヒーローならぬヒローと呼ばれるあやかしがいるらしい。過剰に労働しすぎて疲れが抜けない人間がたくさんいる。それは、ヒロー(疲労)が取り憑いているからだろう。ヒローは大人にも子供にも取り憑く妖怪だ。子供は勉強や学校や友達関係に疲れることがある。大人であれば、家事や仕事や人間関係で疲れる。疲れたと感じた時は、ヒローに憑かれた時だ。自分に疲れがたまってきたら、肩の後ろに現代妖怪がいるかもしれない。そのことを思い出して、少し、背伸びをしたり肩の重みを振り払うべく肩を回すと、取り憑いたばかりならば、現代妖怪ヒローは消えるだろう。

 仕事をし過ぎると過労と言われるのだが、ヒローにも種類があってカローと呼ばれる妖怪は主に仕事で忙しい大人に取り憑くらしい。カローに取り憑かれると、どんどん仕事を引き受けたくなり、休息よりも忙しさを選んでしまう。そして、そのまま己の身を滅ぼしてまでなぜか仕事をしてしまう。それは断ることができない弱さなのかもしれないし、カローが巨大化して人間を支配してしまうからかもしれない。

「実は、山内先生が最近取り憑かれたようで、生気を感じられなくなっているんだ」
 城山先生が私と妖牙君に打ち明ける。

「どんどん仕事をこなしているのだけれど、やらなくていいものまでこなしてしまう。そして、残業ばかりしているようなんだ。以前はそんなに熱心に残業するタイプではなかったのだけれどね」

「やっぱり、現代妖怪のカローが取り憑いたんじゃないか? ちょっとパソコンを借りるよ」
 妖牙君はパソコンで現代妖怪について調べている。

「なるほど。ヒローという妖怪が進化してカローになるらしい。人間の真面目さや完璧主義を狙って取り憑くことが多いと書いてある。ちなみに、ヒローよりもより凶悪なのがカローと書いてある。人間のような姿をして、取り憑いた者に語り掛けるらしい。最もそれが見えるのは取り憑かれた本人と俺たちのような霊能力を持つ者らしいけどな」

 パソコンの画面を見るとイメージ図が描かれていた。少年のような姿のカローはもっとやったほうがあなたのためだ。みんなのために頑張ろうというような励ましの言葉をかけるらしい。そのイラストを見る限り、イケメンなので、女子は恋をするかもしれない。

 そして、カローが生まれた経緯が書いてある。昔、あるところに果朗《かろう》という少年がいた。果朗は、真面目で完璧に仕事をこなす人間だった。ところが、家族が病気になり、下には弟や妹が5人いた。そこで、果朗は長男の責任感があったので、親の分も一生懸命働いた。しかし、どう頑張っても果朗の家は裕福にならない。元々家が貧乏だったので、賃金の低い仕事を朝から晩まで頑張ってもどうにも裕福にはなれなかったのだ。頑張ればいつか幸せになれる、いつか裕福な暮らしができると信じていた彼は、一生懸命働いた。ゆっくり休むことが悪いことのような気がして、休まずに朝から晩まで働いた。しかし、それが原因で過労で亡くなってしまった。そして、彼自体が現代妖怪として生まれてしまったのだ。

 そして、あんなに真面目な人はいないと言われていた果朗は、現代人で真面目な人の心に入り込むようになったのだった。かつて自分がそうであったように、もっと頑張ろう。みんなのためだ。そう言い聞かせると洗脳してしまう魔力が潜んでいるらしい。いつの間にか真面目さが悪い方向に進んでいることなんて果朗は気づいてもいない。いまも、みんなのために正義のために行っているので悪気がないことは最もたちが悪い。

「山内先生を見て来よう」
 職員室にいる山内先生はずっと資料や電卓とにらめっこだ。たしかに生きている気力が感じられず、顔色は悪いのに頑張っているという様子だ。そして、その横には、ネットで見たイケメン妖怪カローがいる。

 なにやら話をしているが、果朗は真剣にもっとこうやったらいいのではと、アドバイスしている。あれは、親切心なのだろうが、結果的に人間にこなせる量の仕事ではなくなっていく。時間も体力も限られている人間にとっては、カローの要求を全て鵜呑みにしていたら、睡眠時間や心の休息時間がなくなってしまう。現代妖怪の特徴は、いくら消滅させてもどんどん生まれて来るということだ。もし、お祓いをしても、別な場所に発生してしまうのが果朗だ。そして、彼の生い立ちを知ると若干同情もするが、山内先生の体が心配だ。身近な人を守ることが使命だとあやかしカウンセラーの私たちは考える。死んだあやかしよりも生きている人間の命が大事だ。

 山内先生を何とか人のいない場所へ呼び出し、そこでお祓いをするのが一番だろう。ここは城山先生に頼んで呼び出すのがいいのかもしれない。

「城山先生、山内先生を理科準備室へ呼んでください。お願いします」
「了解。華絵さんも手伝ってくれるかな?」
「はい」
 笑顔の華絵さんはうまく城山先生と共存している。取り憑く取り憑かれるという関係ではなく、このようにうまくいくことは珍しいのだろう。

「特製、霊抜きドリンクを作っておいたよ」
 一見、栄養ドリンクのような黄色いドリンクは、なにやら霊を放す力があるらしい。この成分を体内に取り込むと、霊は消えてしまうという仕様になっているらしい。やっぱり城山先生は普通の人とは違う不思議な発明をする。

「どんな味なんですか?」
「味わいは栄養ドリンクと変わらないよ。でも、効能は疲れを取るというか、憑かれているモノから遠ざけるということだよ。結果的に疲れはとれるけれどね」

 内線で山内先生を呼び出す。

「何でしょうか? 私はとても忙しいのですが」
「実は、飲んでもらいたいドリンクがあるんです。先生の顔色が悪いので、栄養ドリンクを用意しました。これを飲んで仕事をするとあっという間に仕事が片付きますよ。集中力が上がって疲れが取れるのです」
「本当ですか?」

 そう言うと、すぐにやってきた山内先生は、疑うことなくドリンクを手に取り、飲み始めた。片方死の世界へ足を突っ込んでいるくらい顔色は悪い。憑かれた人間というのはこういうものなのだろうか。

「これは、おいしいですね」
「自家製なんですよ。とってもおすすめです」

 すると、山内先生の背中の方にいたカローが渋い顔をして鼻を抑える。香りが苦手らしい。そして、仕方なく少し離れた。

「山内さん、このドリンクを飲んじゃだめだ」 
 カローはささやく。しかし、やみつきの味なので、一度飲むと一気飲みしたくなる仕様だ。私は炭酸飲料が好きなので、喉が渇いた時に飲む爽快感がよくわかる。まさにそれと同じ要領で飲み干す。

「山内さん、仕事に戻ろう」
 カローが言うが、山内先生は眠くなったらしく、準備室のソファーで仮眠をとる。この様子だと自宅でも仕事をこなしており、睡眠時間がとれていなかったのだろう。カローが眠らないように起こしていたのかもしれない。夜目覚めてしまう人はもしかしたら、カローの仕業かもしれない。

「さて、山内先生も眠ったことだし、カローには消滅してもらう」
 妖牙君が青い札を取り出す。カローは青ざめる。

「私は、ただ真面目な山内君と波長が合ったんだ。だから、仕事をこなす彼を励ましサポートしていただけだよ。消される筋合いはない。私自身生前は一生懸命働いていた。当然のことだろ」

「でも、働き過ぎで死んだんだろ? 家族は泣いていなかったか? そこまでして命を削る必要はあったのか?」

「必要があったから私は働いた。しかし、結果的に死んでしまっただけだ」

「だったら、現代人にまで過労を要求する必要はないはずだ」

 理屈でねじ伏せようとする妖牙君はなかなかのあやかしカウンセラーだ。

「世の中もっと時間が欲しいとか気力がほしいという人間の側で見守るのが私の仕事だ」

「でも、ものには限度ってもんがあるんだぜ? 知ってるよな?」

 多分、カローは青い札に触れただけで消滅するくらいの弱い霊力だ。だから、カロー自体もそれをわかっているらしく、逃げ腰になる。しかし、取り憑いた相手がここにいるので逃げるわけにもいかない。一度逃げたらもう一度1から取り憑かなければいけない。

「私は引き下がるわけにはいかない」
 本来の真面目仕事気質だろうか、逃げようとはしない。

「じゃあ、消滅してもらおうか」

「私の家族が私の死後どうなったのかを見守っていたのだが、結果、私がいなくなったら全員死んでしまったよ。もっと妹や弟が大きかったら仕事ができたのかもしれない。そう思うと悔やまれてね」
 カローは涙を流す。悪い妖怪ではないようだ。しかし、その後、カローの体から黒い炎が揺れる。もしかしたら、悪霊として進化してしまったのだろうか。

「まずいな。進化しているが、真面目さが悪い方向に行っているな」

「助太刀しようか」
 城山先生が棒を取り出す。
「これは、僕が発明した霊棒というんだ。霊を切り裂く剣だ」
 オレンジ色に光る剣は周囲を照らす。オレンジ色は暖色のせいか人間が光を見ると落ちつく。

「このオレンジ色はあやかしには辛い色となる」
 まぶしそうに霊棒から目を逸らすカロー。

「悪いが、この霊棒でお前を斬る」
 妖牙君は容赦ない。構えはなかなか上出来で長年剣を操っていたかのようだ。
「なんだかかわいそうじゃない? あの人、悪気はなさそうだし」
「おまえは甘すぎるんだよ」

「わかった、山内君からは離れるよ。2度と近づかない」
 カローは逃げ腰だ。

「本当か? 本当に近づかないか? もしまた取り憑いたら、この霊棒でたたき斬る」
「現代人の真面目な心は私は大好きなんだ。波長が合う人間と一緒にいるとまるで生前の自分が成し遂げられなかったことを成し遂げたかのような気持ちになるんだ」

「生きていたら、ちゃんと休息していたらもっと、家族を守ることができたんじゃないか?」
「……そうかもしれないな」
「働き過ぎは体に毒なんだよ。おまえは生前カローに支配されてしまったのかもしれないな。そして、自分もカローになった」
「カローか。たしかにその可能性は否めないよ」

 そう言うと、きれいな顔のカローは少し悲しそうに目の前から消えてしまった。もしかして、波長が合う人間がいたら無意識に憑いてしまうかもしれない。

「疲れたら休む。憑かれる前にってことだ」
「城山先生、お見事です」
 拍手と共に華絵さんは褒めちぎる。山内先生は、しばらく寝ていて、目覚めた時にはしばらく働く気力が出ないと嘆いていたらしい。




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