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A02運行:特命掛、結成

0028A:電話っていうのは、相手の声がいつもと違って聞こえるからいやだね

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 相田に別れを告げて、井関達は私鉄の窓口へ駆けこんだ。

「すみません、責任者と話がしたい」

 国鉄職員手帳を掲げながらそんなことを言う怪しい4人組を、彼らはそれなりに迎えてくれた。

「今日はどんなご用件で」

「貨車の件で伺いました」

 出てきたのは、私鉄”王子鉄道”の社長だった。社長は国鉄の手帳と4人の背広姿を見て、困惑したような顔になる。

「ええ、はあ。貨車、ですか?」

「こちらをご覧になって」

 井関は相田から借りた写真を社長の眼前に差し出した。すると、社長は顔色を変える。

「待ってくださいや。これはウチの貨車じゃないですか。これがなぜ、こんなところに」

「それを、確かめに来たんです」

 社長は明らかに動揺していた。その態度は、自分は何も知らないとでも言いたげで、井関はちょっと同情した。

「わかっています。ですから、現場の人間にお話を聞きたい」

「承りました。では、ここへ呼び出しましょう」

「いえ、それには及びません」

 井関達はとっとと外へ出る支度を済ませて、社長へ向き直った。

「我々の方から出向きますから。案内をお願いいたします」




 誘導されるままに恵須取駅へと出向く。そこは、貨車を扱うセンターがあった。

「なにがどうなってやがる!」

 井関達がセンターの中へ入ると、そんな怒号が聞こえてきた。

「ああ、芝さん。今国鉄の方がいらして……」

「すまんがちょっと後にしてくれ。今取り込み中なんだ」

 芝と呼ばれた取り扱い責任者は、ぶっきらぼうにそう言った。

「今、塔路炭鉱から二つの通達が来たんだが、それが食い違っているんだ」

「すみません。それ、詳しくお聞かせ願えますか」

 井関は二人の会話に一つの”ひっかかり”のようなモノを感じて、そこへ割り込んだ。

「どうも、塔路の駅で使う貨車を間違えてしまったらしい」

「それは、国鉄乗り入れ禁止の貨車に、国鉄向けの荷物を積んでしまった、ということですか?」

「そうだ。だから、国鉄の貨車に荷物を乗せ換えてくれ、という内容の電報がきたんだ」

 井関は水野に目くばせする。すると、彼は小声で「よくあることです」と教えてくれた。

「ここまでは特に大きな問題はないようですね。それで、どうされましたか?」

「その国鉄禁止貨車は4両目にくっついているんだが……。今しがた電話で、4両目の貨車を国鉄に送ってくれと連絡がきた」

「なんだって!?」

 4両目の貨車が国鉄へ乗り入れできない。だからそこから荷物を移し替えてくれという電報。その4両目をそのまま国鉄へ送ってくれという電話。この二つは、明らかに矛盾している。
 井関はびっくりして社長の方を振り返った。

「社長、これはどういうことですか?」

「いやはや、私にはさっぱり……」

 社長はうろたえるばかりだ。

「最近、こんなことばかりなんだ。貨車の連結順序を間違えたから入れ替えてくれ、とか。塔路炭鉱の連中、たるんどる」

 芝はそう言ってペンを投げた。

「前にも、あったんですか?」

「ああ。最近はしょっちゅうだ。それも、電話で」

「電話で?」

 井関は社長へ向き直る。

「このような事態が発生した場合の本来の手順は?」

「電報にて連絡が基本です。急を要する場合には、その旨を添えて電話連絡します」

 社長は管理職にしてはきっぱりと断言した。その言葉を、芝ははっきりとしな首肯で支持する。これで井関は、一つのことを確信した。

「芝さん。ともかく、塔路にもう一度確認してみては……」

「したさ。けど、電報で通達したことがすべて、だとよ」

 芝が諦観を込めてため息をついた時、井関は二人の間に割り込んだ。

「二つ質問があります。一つ、今回の指示はどちらが正しいのでしょうか?」

「それは実際に列車がやってこないとわからない。が、おそらく正しいのは電報の方だ」

「そうですか。では二つ目。もしこの電報が無かったとして、電話を受けたとき芝さんはどのように行動しますか?」

「もちろん、電話打ち合わせに沿って職務を遂行するよ。それが仕事だからね」

「わかりました。ありがとうございます」



 数十分後、列車がやってきた。
 結果から言えば、電報が正しかった。国鉄乗り入れ禁止貨車は4両目に連結されていて、そこには国鉄向けの荷物が積載されている。

 もし、電話の指示通りにこの貨車を国鉄に乗り入れさせていたら、どんなことが起こったかわからない。

 これで井関は確信した。

「怪しいのは、電話だ」
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