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A05運行:国鉄三大ミステリー①下田総裁殺人事件

0052A:軽戦車と聞くと、どうもよわっちぃイメージがあった。申し訳ないと思っている

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「誰だ!」

 三人が呆然とそれを見ている中で、急に小林が叫んだ。

 瞬間、物陰でガサガサという音がする。

「まさか……。犯人……」

 井関がそうつぶやいた時、乾いた音が響く。

「えっ」

 次の瞬間、笹井の頬を何かがかすめた。驚いてそこを触れると、どろりと生暖かいものが溢れてくる。

「銃弾だ!」

 井関がそう叫んだ瞬間、ガチャンという音が響く。

「再装填の音だ。もう一発来るぞ!」

「逃げろ!」

 水野が白骨とバッジを抱えて逃げようとその場から立ち上がった瞬間、今までいたその場所に弾丸が着地した。

「先輩、逃げて!」

「お前も逃げるんだよ!」

 井関が水野の首根っこをひっつかんで自然にできた窪みへと退避させる。それから彼の服の泥を取ってやると、怪我は? と聞いた。

「無いです。でも……」

「なら、とりあえず走るぞ!」

 小林は既に笹井と共に逃げている。二人はこちらを振り向いて合図して、窪みから出るタイミングを作ると言ってきた。

「ヨシ、サン・ニー・イチ!」

 小林と笹井がわざと音を立てて走る。銃声がそれを追いかける。そのすきに、井関は水野を連れて走った。

 やがて四人は合流する。銃声はまだ追いかけてくるが、遠い。

「捲いたか?」

「いや……」

 その瞬間、頭上の枝が破壊された。銃口は未だ正確に彼らを狙っているようだった。

「クソったれ! ふもとまで走るぞ!」

「しかし、地元の住民が……」

「うーむ……」

 考えている間にも、銃声はどんどんと近づいてくる。しかも時がたつにつれ銃口の数が増えているようにも感じる。
 これが錯覚なのか、それとも真実なのか。緊張で井関の視界がぐんにゃりと歪む。

 その時、水野が白骨とバッジを井関に押し付けた。

「先輩、敵の狙いは白骨を探し当てた私です」

「水野……。っ!? お前、まさか!」

「先輩方、後輩の私にここまで良くしていただき、ありがとうございました。感謝いたします。サヨウナラ」

 水野はそういうと、踵を返して敵と相対しようとした。刹那、笹井の腕が彼の肢体を抱きこむ。

「バカヤロウ! ワシゃ認めんぞ!」

 笹井はそのまま腕っぷしで水野を引きずる。そのうちに井関が右脚を持ち、小林が左脚を持ち上げ、まるで神輿を担ぐかのように逃走を再開する。

「待ってください先輩、私が囮になれば!」

「バカモン! 君含めて四人で東京高校四人組ちょうとっきゅうぐみだ!」

「そうだぞ水野君。君が欠けることなど許されん!」

「おろしてください!」

「ダメだ!」

 そのまま三人は水野を担ぎながら山を下りる。すると、街が見えてきた。ここで井関は逡巡する。このまま街へ下りたら、市民が犠牲になるかもしれない。

「先輩、やはり私が……」

「馬鹿野郎。その時は、全員一緒だ」

 護るべき国民のことを考え、彼らに立ち向かうか、それともなんとかして街中に逃げ込むべきか……。その手の中に握られた証拠を想いながら考える。

 銃声が近づいてくる。

「どうする、べきか……」

 その時、街中に人影が見えた。井関は瞬間、身をひるがえす決意をする。国民を巻き込むわけにはいかない。

 だが、そんな井関を笹井は制止した。

「なぜだ!」

「よく見ろ、あれは軍人だ!」

 少し角度を変えてみてみる。すると、人影は一人ではなく複数だった。そしてそのすべてが、武装した陸軍人であるように見えた。

「彼らに助けを求めよう! 助かるぞ!」

「おおい、助けてくれー!」

 四人は走る。途中何度も泥道に足を取られ、スーツがぐちゃぐちゃになったが、とにかく走った。
 しばらくして軍人もこちらに気が付いたようで、四人に手を振った。

「どうした、羆でも出たか」

「助けてください、銃を持った連中に襲われました!」

 笹井がそう言って自らの頬を差し出す。

 だが軍人は事態を呑み込めていないようで、はて、という顔をする。

「猟師にでも間違えられたか」

「いやしかし、狩猟許可は出ていないはずだが……」

 その時、乾いた音と共に水野が倒れた。水野の左肩から鮮血が噴き出す。

「水野!」

「狙撃手だ!」

 第二発が撃ち込まれる。軍人が井関たちの上に覆いかぶさった。

 四人の盾となった軍人の背中に弾丸が降り注ぐ。うめき声が井関の耳元で響く。

「軍人さん!」

「黙れ! これが本官の職務だ!」

 彼の鉄帽てっぱちが吹き飛ぶ。井関は彼の死と自らの死を覚悟した。その時、轟音が地面を揺さぶる。

「あ、アレは!」

 戦車だ。鋼鉄に彩られた装甲が今まさに、見えない銃口と井関との間に割って入った。

「M3戦車だ!」

 敵弾を装甲が弾く。お返しとばかりに機関銃が火を噴く。数分後、あたりには静寂が現れた。

 戦車のハッチが開く。そこから現れたのは、良く見知った顔だった。

「どうも、お久しぶりです。お怪我は……あるようですね。手当いたします」

 鉄道聯隊、日野勝。この度の始まりを告げた男である。
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